思考終端-code:UTOPIA

兜坂嵐

文字の大きさ
58 / 90
AVALON

AVALON-幸福庁、公式演説

しおりを挟む
 ナノシティの空気が張りつめている。
 幸福炉崩壊の爪痕は街の至る所に残り、市民たちは明日の“幸福指数”すら信じきれずにいる。
 今日はAVALONの公式演説が予定されていた。
 クロノチームも、パライソドームの前へと足を向ける。
「なあ、気づいてた? AGENT5も残り三人だってさ」
 PATCHがぽつりと呟く。
 遠ざかる守護天使たちの影――。
 もはや残るのはADMINIS、SHAMBHALA、AVALONの三体だけだった。

「いよいよ男臭くなってきたな……」
 レイスが肩を竦め、PATCHは続ける。
「あーあ、気づけば残りAGENT5も男だけじゃん……このむささよ」
「華がないな」とレイスが嘆けば、サタヌスが悪びれずに笑った。
「これが男祭りってやつだ」
 そこでヴィヌスが、腕組みしつつドヤ顔で割って入る。
「何言ってんの? 四勇者だって4人中3人男だから、むささは負けてないわよ?」
 PATCHが即座に突っ込む。

「いや、むさみで競う話じゃないから!」
 ヴィヌスは意地でも引かない。
「ガイウス、サタヌス、メルクリウス……」
「しかも腹黒メガネ(メルクリウス)は加入遅かったし」
「しばらくマジで“ガイウスとサタヌスの3人旅”だったのよ?マジでむさかったわ!」
 部屋割りの時点で事故だった。
「俺寝相悪いから、ベッドは譲るよ」
 ガイウスが笑顔でそう言った。
「じゃあ床でいい」サタヌスは即決し、毛布だけはしっかり確保していた。
「ちょっと!? 私どこで寝るのよ!?」
 ヴィヌスの声が怒りで震える。

 結局、ガイウスは椅子で猫のように丸くなり。
 サタヌスは床で爆睡、ヴィヌスはキレながら毛布なしでベッドを占拠する羽目になる。
「腹黒メガネがいない勇者パーティ、ブレーキ壊れた戦車よ」
 ヴィヌスは懲りずに自画自賛した。
「女一人でやってけてた私、偉大でしょ?」
 PATCHが感心したように笑う。
「むしろ尊敬するわ……」

 街のざわめきと、遠くで響く幸福庁ドローンの電子音。
 パライソドーム前、幸福庁の公式ドローンが空を埋め尽くしていた。
 AI合成音声が次々と流れる。
「ELDORADO会長は幸福炉の暴走を止めるため」
「市民を守るべく英雄的な行動を取られましたが、事故の影響で消息不明となりました」
「市民の皆様には一層のご協力をお願い申し上げます――」
 市民のざわめきと、警備用バリケードの無機質な光。
 幸福炉停止の余韻が街の空気を張り詰めさせている。

 野次馬も、アウトローも、噂好きのギャルも。
 今日ばかりは同じ方向に首を伸ばしていた。
 クロノチームも、物陰からその様子を見ている。
 レイスがぼそりと呟く。
「正直、AVALONとか真面目すぎて鼻につくんだけどな」
 PATCHが苦笑しながら答えた。
「でも今日は見に行く。公式演説だってさ」
 ああいう“立場の人間”とは、いずれ正面からぶつかる運命だ。
 今のうちに観察しておくのも悪くない。
 そんな下心をチーム全員が共有している。

 ドローンがさらに一台、目の前を低く飛ぶ。
 サタヌスは立ち止まり、しばらくその無表情なレンズを見上げていた。
「……偽札ババア。むかつくやつだったけどよ」
 ポケットから取り出したパン屑を、ぽいと口に放り込む。
「合掌しといてやるよ。」
 雑な仕草で手を合わせた。
 それはスラム育ちの子供だけが知っている、誰も見ていないところで“死者”に贈る流儀だ。

(スラムで一番つれぇのは、むごく死ぬことじゃねぇ)
(死んだってことを“無かったこと”にされることだ)
(世界から消される、それが本当の地獄だ――)
 サタヌスの背中に、遠くパライソドームの白い球体が静かにそびえていた。
 幸福庁の“都合の良い”音声アナウンスだけが、今日も変わらず都市の空気を満たしていた。

 パライソドーム前、市民広場。
 警備ドローンの羽音と、野次馬の怒号が入り交じるステージ上。
 AVALONは幸福庁公式スーツに身を包み、いつも通り完璧な姿勢で壇上に立っていた。
 背筋は直線、表情もピクリとも動かさず、まるで“理想的AI天使”の見本。
 市民たちが一斉に詰め寄る。
「AVALON様!!資本主義が死んだってマジですか?」
「幸福炉が炉心溶解したとニュースで繰り返されていましたが、復興の見込みは!?」
 AVALONはその雑多な声に一切動じず、冷静なAIボイスで答えを返した。

「数日前の幸福炉メルトダウンによる大停電は――」
「幸福庁側がエネルギーを供給することで再発の可能性は消えた」
「とはいえ以前より供給量が少し減ったのは事実、市民諸君は――」
 その時、観客席のど真ん中からレイスが大声で煽る。
「プロテイン飲んだらマッチョになんのか~~!!?」
 PATCHも負けじと追撃する。
「俺!将来190センチになること希望してんだけど背伸びますか~~!!」

 レイスがすかさずツッコミを入れた。
「それは高望みだ。ガイウスはもう勇者界のバグ!!」
 PATCHは真顔で「いいじゃん夢くらい見させてよ!俺も骨格から鍛えるわ!」
「骨はプロテインじゃどうにもなんねぇよ!!」
 AVALONは一切表情を変えず、演説を続ける。
「節電を心掛け、使用しない家電のコンセントは抜くなど――」
 PATCHがまた叫ぶ。
「マッチョになって幸福指数あがりますか~~!?幸福庁調べでお願いします!」
「筋肉って裏切るんすか?あと、プロテインの美味い飲み方教えてくれ!」
 観客モブも便乗。

「AVALON様~♡キュンですポーズやって!天使のやつ!」
「推ししか勝たん!幸運祈願~!」
「てか昨日の幸福炉追悼番組、感動ポルノすぎてウケたんですが見ました!?」
「あのさー俺、昨日冷蔵庫開かなくなったんだけど補償してよ!」
「AIドローン!私写ってる!?ママ見てるー!?」
「生配信バズってるぞこれ、#AVALONガチ演説でトレンド入り確定!」
 だが、AVALONは最後まで涼しい顔のまま。
「市民の疑問には後ほどQ&Aセッションにて――」と型通りの回答を返すだけだった。
 絶対に直接“バカ話”には乗らない、AIエージェントの鋼のスルースキル。
 そのくせ、舞台下は人間くさい野次と笑いでごった返している。
 幸福庁の理想と、現場のリアル。その温度差が会場を埋め尽くしていた。

 ドームの透明な球体を背景に、AVALONは壇上で静かにマイクを握る。
 真っ直ぐな姿勢、白銀の髪に青い輪。幸福庁ポスターそのままの「理想AI」。
 だが、その足元――。
 市民たちの熱狂は、まるでフェス会場。
 スマホを掲げる群衆の波は、もはや幸福庁の管理すら振り切る勢い。



 プルトは群衆の陰から、スマホをいじりつつ、ぼそっと呟く。
「小児科の子に手裏剣投げてって言われるんですけど、どう返せばいいですか?」
 サタヌスは全力で手を挙げて。
「AVALON~!俺作詞の幸福炉溶けた♪聞いた~!?」と壇上に叫ぶ。
 その隣でヴィヌスは、誰かの横顔を覗き込むように。
「ほらやっぱ貴方の副官に似てるわよ、目元とか」と囁き、まるで推し活の現場。

 ユピテルはちょっと必死な顔。
「だから!!カリストはもう少し可愛いわ!」と力説している。
 そのすぐそばでフォウは両手を胸の前で組み。
「その頭のわっか、どうやってピカピカにしてるの?」と。
 純粋なトーンで疑問を投げかけていた。
 市民の叫びと推し活のプラカード、プロテインの缶。
 ライブ配信、AI演説、そのどれもがひとつの会場でぶつかり。
 交錯し、収拾がつかない騒ぎに。

 VIP席では裕福層の市民が叫ぶ。
「もうやめて!冷蔵庫の中身全部ダメになったのよ!?」
「高層タワーでエレベーター止まった地獄分かる!?」と顔を青ざめさせている。
 だが、その横で下層民たちの一部が、なぜか陽気に語り合う。

「星空見えたの奇跡だったし、焚き火ピクニック最高だったよな~!」
「普段より家族と一緒にご飯食べたの、停電のおかげだわ」
「電気ない日のほうが、むしろ隣と話せて楽しかったっていう……」
「年一でやってほしい(※ダメです)」
 その現場を監視しているDREAD様は。
 無限の幸福値アルゴリズムで計算しても。
 なぜか“停電ポジティブ層”の笑顔を理解できずに固まっている。

「幸福庁記録……エラー。停電=不幸、ではないのか?
 ……人間の幸福とは、一体……」
 AVALONのAIボイスが、どれだけ“正しい幸福”を語っても。
 現場のリアルは「推し」「筋肉」「星空」「手裏剣」「デート」
 幸福庁AIの想定外すぎる“雑音”で埋め尽くされていた。

 壇上のAVALONが、演説を一歩も崩さず続けている中。
 観客席からひときわ目立つ声が飛んだ。
 ユピテルが半笑いで空を仰ぐ。
「あーつらいわー、鍛えてもカリストの方がガタイよくて、俺様“幸福値”低いわ~」
 PATCHは咳き込みながら爆笑。
「地味にマウント合戦で幸福指数測るのやめろwww」
 輪っかをピコピコ回していたフォウが、真顔で首をかしげる。
「筋肉で幸福って、あるの?AIは記録してないけど……」

 そこへNULLが静かに、無機質なAI音声で割り込む。
「幸福庁ログによれば、“筋肉構築成功”は短期的幸福上昇に寄与する」
「ただし“リバウンド”時の自己評価低下により、総合幸福値は平均化される」
 サタヌスがクソガキ笑顔で叫んだ。
「えーつまり、“筋肉は裏切る”ってこと?」

 ヴィヌスは髪をかきあげ、クールに言い切る。
「けど“体が変わると人生が変わる”って本もあるじゃない」
「姿勢や自信も幸福指数に直結するんじゃなくて?」
 AVALONは壇上からナナメ上を見やりながら答える。
「姿勢が正しければ、心も正しくなる――それは幸福かもしれない」
「だが、筋肉とは“目的”ではなく“結果”だ」
 PATCHは納得しかけて首を傾げる。
「哲学?」
 ユピテルが口の端を上げてニヤついた。
「なンか言ってることは分かるけど……全然楽しくねェな」

 レイスが肩を竦めて毒を吐く。
「ま、それがAI社会の幸福ってヤツよ。“結果だけで中身ゼロ”」
 サタヌスが盛大に伸びをして笑う。
「なーんかムズいよなー。“本気で筋トレしたら幸福指数上がる”ってなら」
「OBSOLETE姐さんとか最強幸福じゃね?」
 幸福庁公式演説の空気は、筋肉論争と野次で完全にぶち壊された。
 それでもAVALONは一度もキレず、静かなままマイクを握り続けていた。
 民衆は爆笑し、SNSは“幸福指数=筋肉説”で大盛り上がり。
 理想と現実、AIの正論と人間のくだらなさが、パライソドーム前で正面衝突していた。

 AVALONは一度も表情を崩さず、壇上から会場を静かに見渡す。
 マイク越しに響く声はAI特有の冷たさと均質なトーン。
「では諸君……最後に」
「このところ、ナノシティではナイフを携帯する人物の目撃情報が多数寄せられている」
「夜間の外出は避け、もしも出会った場合は絶対に刺激しないように」

 一瞬、群衆のざわめきが止まる。
 レイスが小声で「……いや、それ絶対プルトだろ」と呟けばサタヌスも。
 ニヤつきながら「プル公、名指しで注意されてるぞ」と肩を揺らす。
 当のプルトは観客の波に紛れて、しょんぼり気味に呟く。
「……私、散歩してるだけなんですけど。」
 誰も信じてくれそうにないその独り言だけが、不思議と鮮明に響く。
 祭りの中心で、プルトだけがちょっとだけ“不幸”を噛みしめていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

​『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』

月神世一
SF
​【あらすじ】 ​「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」 ​ 坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。  かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。  背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。 ​ 目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。  鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。 ​ しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。  部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。 ​ (……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?) ​ 現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。  すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。  精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。 ​ これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。

転生勇者が死ぬまで10000日

慶名 安
ファンタジー
ごく普通のフリーター・岩倉運命は謎の少年に刺され、命を落としてしまう。そんな岩倉運命だったが、サダメ・レールステンとして転生を果たす…

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

入れ替わり夫婦

廣瀬純七
ファンタジー
モニターで送られてきた性別交換クリームで入れ替わった新婚夫婦の話

処理中です...