思考終端-code:UTOPIA

兜坂嵐

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SHAMBHALA

SHAMBHALA-それもひとつの終末

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サイネージは唐突に、軽薄な明るさへ切り替わった。
「貼るだけ!液晶テレビ・サイバースクリーンZ!」
甲高いナレーションとともに、壁、天井、窓ガラスが次々と発光し、
街全体が“画面”へと塗り替えられていく。
「今や壁も天井も窓ガラスも、全部テレビ!
“貼る液晶”で暮らしの全てがサイバーに!」
巨大なリビング、狭いスラムの一室、天井にまでニュース番組が流れ、
どこでも《サイバースクランブル》が視聴可能、という主張がこれでもかと叩き込まれる。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ――。
“デリートされた社長の遺影”めいた肖像が、広告の端に滑り込む。
誰も気づかない。
あるいは、気づいても気にしない。

次のCM。
「ロボペット全種対応!
ギア‐γ(ガンマ)ネジ型エナジーカプセル!」
CGのロボ犬が尻尾を振り、器用にネジ型カプセルを咥える。
「ロボペットにも、ご飯の時間を!全モデル対応!与えやすさNo.1!」
カプセルをネジネジとセット。
次の瞬間、満充電のエフェクトが弾ける。
――CMは続く。
だがレイスは、もう見ていなかった。

呆れたように煙を吐き、サイネージから静かに離れる。
背後では広告が延々と回り、奥では短パン派とスパッツ派がまだ揉めている。
モブ主婦が、ロボ犬の背中にネジ型カプセルをセットしながら言う。
「うちの子、ギアγしか食べないのよね~」
「他のフードだと反応悪くてさ。やっぱコレが一番!」

ユピテルとプルトの不毛なファッション戦争。
ようやく“勝敗つかずの泥仕合”として区切りを迎えたころだった。
セントラルパークの奥から、ふたつの影がゆっくり歩いてくる。
フォウとレイスだ。
両手にしっかりソフトクリームを持ち、表情は無。
完全に“いま食べてる最中なので会話不可”の顔。
天使と悪魔のくせに、漂うのは圧倒的な“別世界感”。
ユピテルが雷鳴みたいな声で叫ぶ。

「何別世界にいるンだお前らぁーーーッ!?」
フォウ、無言でハッピーミルクをぺろり。
レイス、メルト・キャラメリゼを淡々と舐めながら視線だけ動かす。
完全に戦線に興味ゼロ。

プルトが静かに眉を上げる。
「……いま話しかけるのは悪手です」
「なんでだよ!?ソフトだぞ!?溶けるだろ!?はよ喋れ!!」
レイスはソフトの先端を整えるように一口かじり、視線だけで語った。
(今しゃべると落ちるだろうが)
フォウもコクコク頷く。
溶けかけたチョコチップがぽとっと落ちそうになり、慌ててすする。
サタヌスは腹抱えて笑っていた。
「天使と悪魔って言ってもよ、ソフトクリーム優先のときは人間以下なんだな!」



ユピテルはキレ散らかす。
「戦争やってる最中に甘味食ってんじゃねェよ!!一ミリも状況に参加してねェ!!」
二人の平和が強すぎて、戦争の熱量が一瞬で溶けて消えた。
子どもたちもざわつき始める。

「天使さんソフト食べてる!」
「悪魔さんも!?」
「仲良し~!!」
ユピテルが最後に吐き捨てる。
「……こんなくだらねェ戦争、
 コイツらが一番平和に終わらせちまったじゃねェか……!」
レイスはようやく一言だけ呟いた。
「……甘いものは戦争を終わらせる」
フォウは大きく頷く。
「うんっ!」
そして、ちらりと視線を戦場へ。

「……で、短パン・スパッツ戦争はどうなった?」
ユピテルが雷マークを歪ませ、苛立ちを隠さず叫ぶ。
「マジでなンも聞いてねぇ反応だな!?
ちょうど支持が半々になりやがって……収拾がつかねぇから“休戦”だよ、休戦!!」
プルトは無表情のまま、もみあげを耳にかける。
仕草だけがやけに余裕だ。

「もう終戦でいいんじゃないですか」
フォウが首を傾げる。
「今日は終戦記念日?」
ユピテル、完全にスネた声。
「俺、絶対お前がファッションリーダーだなんて認めないからな!?」
プルトは何も言わない。
視線すら向けず、髪を耳にかける動作だけで完全スルー。

ヴィヌスが腕を組み、冷静に締める。
「こういう時は、勝ち負けを決めない方がファッションは盛り上がるのよ」
ナノシティは今日も、“決まらないまま”回り続けていた。
セントラルパークの並木道を、いつもの面子がだらだら歩いていく。
短パン戦争は一応の休戦を迎えたが、空気はまだどこか騒がしい。
――そして、その理由はすぐに現れた。
通行人のざわめきが、波のように広がる。

「おい見ろ、あの姉ちゃん……!」
「プルトコスじゃね!? いや待て、布……足りてなくね……?」
視線の先。
堂々と歩いてくるのは、いかにも下層ギャルといった雰囲気の若い女性。
前髪で片目を隠す鬼太郎ヘア。
トップスは丈が短すぎ、スパッツは絶妙すぎる“はいてない風”のライン。
忍者というより、別ジャンルの覚醒を感じさせる存在感だった。

男衆、時間停止。
そして――全員きっちり二度見。
PATCHは真顔で手を合わせる。

「プルトの服ってさ、胸ないからカッコいいだけなんだなッ……」
静かな悟りの声。
レイスは肩を組み、満面の“悪い笑み”で空を仰ぐ。
「いや~~いいもん見れたわ。ありがとう忍者さん」
サタヌスは真剣な顔で観察している。
戦闘分析でもするかのような目だ。
「世の中まだまだ捨てたもんじゃねぇ……」
ヴィヌスは露骨にため息をつき、片手で目元を覆う。

「ドスケベどもめ……!」
「プルト本人は全然“はいてない”感ないのに……世の中ほんと理不尽ね……」
プルトは小さく息をつき、どこか諦めたようで、少しだけ嬉しそうでもある声で呟いた。
「……流行、というのは不思議なものですね」
セントラルパークの風が吹き抜ける。
短パンも、スパッツも、忍者も、ギャルも。
全部まとめて、今日のナノシティの景色になっていた。

露出過多な“プルトコーデ”のお姉さんたちが視界を横切り。
周囲がざわつき、視線が飛び交う中――。
本物のプルトは、騒ぎの中心からほんの一歩だけ外れた場所に立っていた。
いつも通りの無表情。
スパッツにローブ、片目を髪で隠したまま、静かに公園の喧騒を見ている。

サタヌスは、ちらっとだけそちらを見た。
ほんの一瞬。
それから、ふっと真顔に戻り、隣にいるプルトを見つめる。
声は低く、ぼそりと。
冗談の余地が一切ないトーンだった。

「……でもプル公は、本物がいいな」
「変な格好してる奴らより、お前が一番“忍者”って感じだし」
空気が、わずかに変わる。
ヴィヌスが間髪入れずに腕を組み、勝ち誇ったような顔で突っ込む。
「はいはい、デレデレですねあんたら」
「そのまま手でも取って、挙式すませてきたら?」
サタヌスは一気に耳まで赤くなり、勢いよく顔を背ける。
「う、うっせぇ!んなわけ……!」
言い切れないまま、視線が宙を泳ぐ。

プルトは相変わらず無表情だった。
だが――耳たぶだけが、ほんのり赤い。
「……私は式より、今はこれで十分ですから」
そう言いながら、スパッツの裾を整えるふりをし。
さりげなくサタヌスの方へ一歩寄る。

フォウがその光景を見て、ぱっと花が咲いたみたいな笑顔になる。
「わ~、おめでとう~!」
レイスは頭の後ろで手を組み、ニヤニヤと悪い笑みを浮かべる。
「もう夫婦漫才かよ。お幸せにな~」
全部が流行として通り過ぎていく。
けれど“本物”だけは、変わらずそこに立っていた。

セントラルパークの騒ぎが嘘みたいに。
闇病院の空気はいつも通り、静かで、少しだけ冷えていた。
自動ドアが閉まる音がやけに大きく響く。

そのちょうど正面で、白衣姿のルイ院長が立っていた。
相変わらず穏やかな表情で、しかし目だけは何かを測るように鋭い。
「――あぁ、君たち」
軽く手を上げて、廊下の奥を示す。
「せっかくだ。“終末”の一つの形を、目に留めておきたまえ」
案内された病室は、驚くほど静かだった。
機械音も最小限、カーテン越しの光が柔らかく床に落ちている。

ベッドに横たわるのは、末期がんの男性。
アンブロス・マル。
年配だが、表情は穏やかで、耳元には古いラジオが置かれていた。
デジタルでもAIでもない、つまみ式の、時代遅れの機械。
彼はこの病院の“人気者”だった。
理由は単純で、いつも誰かに昔のラジオ番組の話をしてくれるからだ。
「昔なぁ、夜中のラジオってのはよ……」
そう語る声は弱々しいが、どこか楽しそうだった。

医師が小さく説明する。
「積極的治療は、もうありません」
「今は終末期医療です。苦痛を抑え、穏やかな日々を過ごしてもらう段階に入っています」
それを聞いて、フォウが小さく首を傾げた。
「……なんで治さないの?」
「お医者さんなら、“救う”んじゃないの?」
空気が、少しだけ張り詰める。
プルトが一歩前に出た。
いつもの無表情だが、声だけが、わずかに低く、重い。

「宗教も、こういうものです。フォウ」
フォウが振り返る。
「どんなに“救済者”のように振る舞っても、
 救いから零れ落ちる人は、必ずいます」
プルトはおじいちゃんを見たまま、続ける。
「――医療も宗教も、“すべて”を救うことはできない」
静かな病室に、その言葉が沈む。

「終末期医療は、“治す”ためのものではありません」
「残された時間を、穏やかに、できるだけ“その人らしく”過ごすための支えです」
彼女の指先が、無意識にローブの端を掴んでいた。
「宗教も同じです」
「“全員を救わなければならない”と自分に課すのは……むしろ、傲慢なんです」
SHAMBHALAの微笑みが、ふと脳裏をよぎる。



「“救い”は、与えるものではありません」
「寄り添うものです。届かないものも、必ずある」
プルトは一瞬、言葉を切り、はっきりと告げた。
「SHAMBHALAは“全員を救う”と言う」
「……でも現実は、そうはいきません」
その時、ベッドのおじいちゃんが、かすれた声で笑った。

「俺は、幸せだよ」
皆がそちらを見る。
「ラジオがあってな。
 こうして、誰かが話を聞いてくれてる」
「それだけで、十分だ」
フォウの目が、少し潤む。
「……そっか」
「“救い”って、いろいろあるんだね」
サタヌスが肩をすくめて笑う。

「お前、意外と説教上手だな」
「やっぱ元・教祖かよ」
プルトは否定も肯定もせず、静かに答えた。
「私の言葉で、誰かが救われるとは限りません」
「それでも……」
ほんの一瞬、目を伏せる。
「伝える義務くらいは、あると思っています」
ルイ院長はその様子を、何も言わずに見ていた。
ただ、満足そうに微笑んでいる。

この病院は“救えないもの”を、ちゃんと見つめる場所だ。
“全員を救う”と語る宗教よりも、ずっと誠実な終末の形だった。
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