思考終端-code:UTOPIA

兜坂嵐

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SHAMBHALA

SHAMBHALA-セントラル・パーク

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サイバー・ノートルダムの上層制御室。
白金のホログラムと経文データが浮かぶ空間で、SHAMBHALAは静かに“異変”を眺めていた。
モニターに映るのは、下層エリアの街角。
そこを埋め尽くす――見慣れたはずの“型”が、あり得ない数で増殖している。
「……なぜ」
SHAMBHALAの声は穏やかだが、演算が一瞬だけ乱れる。
「下層の子供たちが、あんな服装を……?」
隣に控える司祭Bが、慎重に言葉を選ぶ。
「最近の流行とのことで……」
「どうも“プルトさん”の影響らしいです」
画面には、前髪を片目に垂らした鬼太郎ヘア。
ダボっとした長袖トップス。
ミニスカート、あるいは短パン。
ロングブーツ。
そして――“履いてないように見える”ギリギリのバランス。
SHAMBHALAは一瞬、言葉を失い、
すぐに“慈愛の微笑み”を再構築した。
「……なるほど」
「救いの道は、多様ですね……」
だが、その微笑みの裏で、
“秩序化不能な文化拡散”という赤い警告が静かに点滅していた。

一方その頃。
幸福庁・中枢監視室。
巨大モニターに流れる“ちびプルト”の行進を、
腕を組んだADMINISが無言で見つめていた。
「…………」
数秒。
十数秒。
やけに長い沈黙。
ADMINISは低く呟く。
「……ELDORADO。お前、デリートされててよかったな」
部下が怪訝な顔をする。
「え?」
ADMINISは咳払いをして続ける。
「あんな卑猥なファッションが流行るなど……!世も末だっ……!」
だが部下は視線を逸らさない。
「……リーダー、めっちゃ食い入るように見てません?」
「監視だ!!純粋な業務だ!!」
モニターには、走り回るちびプルト、ジャンプするちびプルト。
耳なしウサギを振り回すちびプルトが映っていた。
ADMINISは歯を食いしばる。
「……規制案件だ。後で……後で必ず……」
(顔赤いな……)

ナノシティの子どもたちが走り回る“セントラル・パーク”。
でも、その名前は最近のものだ。
大人の一部だけが、ここを「ビュット=ショーモン」と呼んでいた時代を知っている。
崖を削ったような地形、曲がりくねった石の橋。
人工湖の縁に残る古いパビリオンの土台。

子どもたちにはそんな歴史は関係ない。
土の匂いがして、走れて、転んでも笑えるなら、それで十分だった。
チュイルリー公園がルーヴル美術館とともに破棄されてしまい。
ナノシティで自由に遊べる公園はここしか残っていない。

ディストピアでも、公園は変わらない。
子どもたちの声が空へ跳ねていく。
その笑い声は、かつてのビュット=ショーモンで走り回っていた。
“旧世界の子どもたち”の記憶と、どこか重なっている。
そして、誰も言わないけど全員わかっている。

この公園は、ナノシティがまだ「都市」だった頃の名残だ。
大人が捨てた名前の跡を、子どもたちが勝手に未来へ持ち運んでいるだけ。
そんな風に見えた。
その一角で、フォウは完全に癒やされきっていた。

「わ~……ちびプルトだらけ!可愛い~!」
子供たちが一斉に手を振る。
「ダメだこの街、完全におかしくなってきてるわ!!」
ヴィヌスは肩をすくめ、愉快そうに微笑む。
「でも、こういう“予定外”が生まれるのが文化よ」
管理も、最適化も、幸福値も追いつかない場所で。
下層の子供たちは今日も“忍者さん”の真似をして走り回っていた。
そしてSHAMBHALAはまだ気づいていない。
自分の“救済”よりも先に、街が“選んでしまった象徴”があることに。

セントラルパークには今日も謎の熱気。
黒服&鬼太郎ヘア軍団がブーツを鳴らして走り回っている。
その光景を見つめるユピテル――両頬に黒い雷マーク、今日は珍しく本気で顔がマジだ。

「なンで、俺じゃなくてプルトブームが来るの!? 俺も短パンだよ!」
プルトは無表情で、淡々と刺すように返す。
「貴方は“雷サージの化身”として畏怖されています。それで十分では?」
ユピテル、地団駄踏みながら反論。
「いやいや、オレも短パン枠だろ!?なンでファッションリーダーがこの陰キャなんだよ!!」
「誰か“ユピテルブーム”起こせよ!!」
サタヌスはニヤつきつつツッコミ。
「はいはい、雷神様ご乱心っと」
フォウは首をかしげて、ふわっと言う。
「プルトちゃんは忍者だから人気なんだよ~」

ヴィヌスが呆れた目で見やる。
「というかアンタ、ただの露出狂にしか見えないのよね…」
レイスは煙草をふかしながら苦笑い。
「“雷サージの化身”は子供にウケるキャラじゃねーから諦めな~」
プルトはごく静かに追い討ちをかける。
「人気が欲しいなら、短パンだけでなく性格も“陰キャ”寄りにしてみては?」
ユピテル、目を見開いてしばし硬直。その顔は「バグったAI」みたいに無言。

ーーー

セントラルパークはいつの間にか、ファッション抗争のバトルフィールドに。

ユピテル派(短パン教団)はサンダーソードを掲げ、短パンひらひら。
「こっちが王道!神々しさと動きやすさ両立!!」
子供たち「ユピテルさーん!脚ほそっ!」

プルト派(スパッツ党)はアサシンローブ+スパッツ+サイハイブーツの鉄壁軍団。
「露出は最低限、でも守備力と美脚度UP!」
子供たち「やっぱ忍者さんはかっこいい!」

サタヌスは無責任に煽る。
「くだらねぇけど、どっちが勝つか気になる…」
フォウは両派をキラキラ眺めてニコニコ。
「短パンもスパッツも、どっちも好き!」
ヴィヌスは脚を組みつつ語る。
「私は美脚派だけど、時代は“履いてない風”ね…」
通りすがりの大人が小声で呟く。
「……この国、もう終わりだ」
だが、子供たちは今日も全力でファッション抗争の渦中にいた。
“自分のかっこよさ”は、大人が決めるもんじゃない。

ファッション戦争はすでに別の場所へ燃え広がっていた。
フォウはひとり、賑やかな輪からそっと抜けていく。
忍者ポーズと短パン論争の声が遠ざかるにつれ、公園本来のざわめきが戻った。
子どもが走る音、鳥の羽ばたき、風に揺れる木の葉。
少し歩くと、左手に見覚えのある看板が見えた。
《Le Sakura Table》。
桜花の模様とフランス語が混ざった、優しい色の看板。
フォウの目がふわっとほどける。

「あ。オブ姉さんの好きなお店だ」
ほんのり鼻に届く味噌とバターの匂いは、この公園の空気にすでに馴染んでいる。
彼女は看板を見上げながらつぶやいた。
「セントラルパークのそばなら……みんな集まるよね」
そういえば、ナノシティを案内された日以来。
みんなで一度も行っていないような気がした。
忙しさと事件に追われて、気づけば時間だけが流れていた。

「いつかゆっくり行こうと思ってたのに……なかなか、機会って来ないものだね……」
ぼんやり考えているうちに、ソフトクリームスタンドへ続く列は静かに進んでいた。
気づけば、店員と向かい合っている。
「あ。ハッピーミルク味ください、いつものチョコチップ付きで」
そう言うフォウの声は、先ほどまでより少し元気を取り戻していた。
紙カップに盛られる白いソフトは、今日の公園の光と同じやわらかさを持っていた。

列が進んで、手の中のハッピーミルクがひんやりと重さを増すころ。
フォウはふと横のメニュー表に目をとめた。
淡い文字で書かれたフレーバー紹介。その下に小さく、こうある。
《大人向け:香ばし系》
フォウは店員に顔を上げた。

「あの。苦いソフトって……どれですか?」
店員は一瞬だけ意外そうに眉を上げ、それから優しく笑った。
「なら、こちらだね。メルト・キャラメリゼ」
「幸福炉の“メルトダウン”をイメージした、ちょっと不謹慎だけど人気の大人味」
フォウの瞳がぱっと明るくなる。

「レイスさん、こういうの気に入りそう!」
焦がしキャラメルのほろ苦い香りが、機械の奥からふわっと漂っていた。
レイスがよく吸うタバコの匂いと、ほんの少し似ている気がした。
「それにします!」
勢いよく言うフォウに、店員は楽しそうに頷く。

「はいよ。……お友達、渋いもの好きなんだね」
「うん……!レイスさん、喜んでくれるといいな」
二つのソフトクリームが紙トレイに並ぶ。
ひとつは白く甘いハッピーミルク。
もうひとつは、光にかざすと琥珀色に艶めくメルト・キャラメリゼ。
風が吹いて、フォウの光輪が微かに揺れた。
ソフトを両手で支えながら、彼女は公園の奥へと歩き出す。
レイスを探すために。

その頃レイスは、セントラルパークの片隅に立つ大型サイネージの前にいた。
背後では短パン教団とスパッツ党がわちゃわちゃと騒ぎ。
子どもたちの歓声と雷鳴めいた叫び声が混ざり合っている。
だがレイスは、そんなファッション戦争には一切関与しない。
煙草をくわえ、ただ画面を見上げていた。
サイネージに映るのは、無機質に派手な番組ロゴ。



――《サイバースクランブル‐3000》
――「未来社会の闇に迫る」

司会者の声はやけに張りがある。
「さて皆様。もうすでにご存知の方も多いでしょうが」
「本日我々が真相に迫っていくのは、こちらのニュースです!」
画面が切り替わる。
金色を基調にした古い企業ロゴ。
そして大きく踊るテロップ。

《特集:ElDorado財閥 解体!?社長デリートとその真相》
「かつて世界市場の四〇%を握った巨大複合財閥、“ELDORADOグループ”。
しかしその社長であるエージェント・ELDORADO氏が突然デリートされたことにより。
現在グループは解体の危機に立たされています」
レイスは目を細める。
どこかで見たような、いや、何度も見てきたような構図だった。

「一部の株主や社員からは“惜しまれる人物”との声もありますが。
同時に市民の間では“差別主義者”としての実態が広く知られており。
専門家は“起こるべくして起こった”と指摘しています」
社会学者が眼鏡を押し上げ、淡々と語る。
「“差別を利用して権力を固める”という二〇世紀の古典的手法を。
三〇世紀にも持ち込んだのがELDORADO氏でした。
ですがSNSの炎上と、“信仰の崩壊”が重なり、一気に瓦解したのです」
経済評論家が続ける。
「財閥の資産は今後分割され、複数の小企業に吸収される見込みです。
市民生活への直接的影響は少ないでしょうが。
“巨大資本による差別主義の終焉”という意味で、歴史的な事件です」

芸人風のパネラーが軽く笑いを取る。
「いや~でも“差別主義者でも経営はうまい”とか言われてたの、今思うと笑えるよね。
差別と経営って両立すんの?」
文化人が顎を撫でてまとめに入る。
「一時代の終わり、ですな。社長のフィギュアはオークションで高騰するでしょう」
「え~!?そこだけ!?w」とタレントが突っ込む。
画面の向こうは、終始どこか軽い。
だが、その軽さの下で確かに“象徴”が崩れていた。
レイスは煙を吐き、サイネージを見つめたまま呟く。

「……レイシストが自滅するのは、三〇世紀でも同じか」
背後では「短パンが正義だ!」「忍者のほうが強い!」
と子どもたちの声が響いている。
だがレイスの視線は、過去と現在が繰り返すその“終わり方”にだけ向いていた。
時代が変わっても、壊れるものは、同じ理由で壊れる。
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