思考終端-code:UTOPIA

兜坂嵐

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SHAMBHALA

SHAMBHALA-復讐と、やさしさと

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消灯後の病棟は、昼間とは別の顔をしていた。
機械音は最低限に抑えられ、廊下の照明は落とされ、窓から差し込む月明かりだけが、白いシーツの輪郭を淡く浮かび上がらせている。
サタヌスはベッドの上で仰向けになり、月光に照らされた上半身だけを闇に切り出していた。
「……やっぱマスターアサシンってさ、アサシンじゃなくて“教祖”なんだな」
眠る気は最初からない声だった。
「お前、マジで説法始めそうな顔してたぜ」
隣のベッドでは、プルトが腰かけて本を読んでいる。
ページをめくる指先だけが、かすかに光を拾い、目元は完全に暗がりへ沈んでいた。

「マスターアサシンは“裁く者”でもある、と言われています」
声は低く、感情の起伏がない。
「復讐の代行。総本山の場所を売ろうとした裏切り者。
 ……“アサシン”に相応しくないものを裁く役目です」
一拍、間を置く。
「だから、“アサシンの頂点”がマスターアサシンです」
サタヌスは薄ら笑いを浮かべた。
「やっぱ宗教野郎特有の嘘くささ、ねぇのが良いわ」
「お前とメルクリ。
 教義がどうとかじゃなくて、現場で命張ってきた奴の顔してる」
そのとき、廊下から小さな声が飛んできた。

「……あの二人は放っておいて」
看護師の、慣れた声。
「夜襲対策で眠れなくても問題ないの」
サタヌスは小さく鼻を鳴らす。
「ま、明日になりゃまた死人出るかもしれねぇけどな」
プルトは本から視線を外さず、淡々と返す。
「……死を避けられない分、せめて“穏やか”を守りたいですね」
その言葉と同時に、プルトの脳裏に、過去の光景が浮かぶ。

――“復讐の代行”粛清事件。
ある日、弟子のアサシンが報告に来た。
「市民から復讐を依頼され、任務を遂行しました」と。
その市民は、涙を流して感謝したという。
「あなたのおかげで人生が救われました」と。
だが、エレボスは何も問わなかった。
ただ一歩近づき、静かに――手刀を振るった。
弟子は即死だった。
少女だったプルトは、その場で凍りついた。

(なぜ……?)
当時の彼女には理解できなかった。
復讐を果たし、感謝され、役目を終えた弟子が、なぜ殺されたのか。
「プルト。復讐はな、“どちらかが止める”まで続く輪廻だ」
低く、古めかしい言い回し。
「他者に頼む時点で、“輪廻”を生む意味を知らぬということだ」
「自分で止めもせず、他者の刃に委ねた時、復讐は“終わらない”」
記憶が現在へ戻る。

サタヌスは天井を見つめたまま、ぼそりと呟いた。
「……お前の親父、言い回しが古臭くてわからねぇ」
「もっと簡単に言え」
プルトは本を閉じ、即座に答えた。
無表情で、容赦なく。
「お前は誹謗中傷されたとき、私人逮捕系YouTuberにDMを送りますか?」
一瞬の沈黙。

「……弁護士に話しなさい、と言われています」
サタヌスは即答で吹き出した。
「あー理解した」
「そりゃ粛清するわ、親父」
プルトは小さく、コクッと頷く。

月明かりの中、二人はそれ以上言葉を交わさなかった。
宗教でも、教義でもない。
ただ“止めなければならない輪廻”があることを、二人とも理解していた。
夜は静かに、更けていく。

夜の総本山は、昼とは別の生き物のように静まり返っていた。
石造りの回廊に灯るのは最小限の燭台だけで、影は長く伸び、音はすべて飲み込まれていく。
門下生を粛清した直後だった。
血の匂いは既に消され、床も洗われている。
それでも、空気の奥にだけ、取り返しのつかない決断の名残が沈殿していた。

薄暗い書斎で、エレボスは一人、記録を取っていた。
古い紙に、淡々と事実だけを書き連ねる。
感情の痕跡は、一切残さない。
その扉の前で、足音が止まる。

小さな影。
眠れなくなった少女――ロリプルトだった。
扉が軋む音に、エレボスはすぐ気づく。
だが振り返らず、筆を置いたまま、穏やかな声で呼びかけた。
「……驚かせてしまったな、プルト」
ロリプルトはびくりと肩を震わせ、恐る恐る中へ入ってくる。
目は怯え、唇は小さく噛み締められていた。

エレボスは立ち上がり、ゆっくりと振り返る。
その顔には怒りも冷酷さもなく、ただ“父”の表情があった。
そっと手を差し伸べる。
「私が弟子の首を刎ねたのは、怒ったからではない」
「……無益だからだ」
ロリプルトは、その言葉の意味を測りかねたまま、声を震わせる。

「む……えき、ですか?」
エレボスは少女を抱き上げ、自分の膝に寄せるように座らせた。
まるで、夜泣きする子をあやすような仕草だった。
「そうだ」
低く、しかし柔らかな声。
「法律で裁けぬ悪を討つ」
「自分に代わって復讐する」
一拍置き、問いかける。
「……お前は、そんな言葉を口にする者を、信頼できると思うか?」
ロリプルトは答えられず、視線を落とす。

「詐欺師だ」
「そんなものを野放しにすれば、アサシン全体の信用に関わる」
ロリプルトは膝の上で身をすくめ、小さく呟く。
「……でも、依頼されたのなら」
「やらなきゃいけないことも……あるの?」
エレボスの声は、そこで少しだけ硬さを帯びた。

「プルト」
名を呼ぶ声音は、優しくも、厳しい。
「お前は甘言で“復讐”を唆してはならない」
「人の憎しみに寄り添うことはあっても――」
視線をまっすぐに向ける。
「“終わらせてやる”などと、軽々しく口にするな」
一呼吸。
「……それは、本当に相手のためになることではない」
ロリプルトは何も言わず、ただ父の衣を握りしめた。
理解はまだ追いつかない。
それでも、その言葉が重いことだけは、はっきりと分かった。

メキア砂漠を語るとき、まず最初に訂正される言葉がある。
「闇ギルドのアサシン」ではない。
金で動かず、欲望で刃を振るわず、復讐も代行しない。
誰かの感情に乗って刀を抜くこともない。
それが“アサシン”と呼ばれるのに、彼らは驚くほど澄んでいる。

荒野で鍛え上げた身のこなし。
極限の環境で磨かれた精神。
そして、砂漠でしか育たない独特の価値観。
彼らは“人の情”という曖昧な動機に一切振り回されない。
誰かが泣いたから殺すことも、誰かが怒ったから裁くこともない。
あまりにその姿勢が揺らがないため、砂漠の民は彼らをこう呼ぶようになった。

“死を告げる天の使い”

天罰のように静かで、神話のように感情がない。
慈悲も残酷も、個人的な情動として扱わない。
一度動けば、そこに“意味”がある。
そしてその意味は、決して凡俗の欲望ではない。

だから各国は、彼らが動いた時のことを最も恐れる。
理由が読めないからではない、理由が必ず正しいからだ。
金でも欲でもなく、“必要だから動く”。
砂漠のアサシンが踏み出す一歩は、戦争より重く、政治より冷たく、神託より揺るぎない。

──そして、場面は現在へ。
「マジで寝てると黒猫だな、こいつ」
闇病院の病室。
ベッドの上で丸まって眠るプルトを見下ろし、レイスがぼそりと呟く。
「毛づくろいしそう」
サタヌスは気楽な調子で欠伸をする。

「あー、プル公寝たな」
「こいつ一回寝ると、昼まで起きねぇんだよなー」
振り返って言う。
「PATCHのとこ、遊びに行くか?」
――場面は受付へ。

闇病院の入口には、やけに場違いな一角があった。
“暇つぶし用マンガ棚”。
無意識に、レイスの足が止まる。
「……へぇ」
「ここの病院にも、マンガ棚あるんだな」
受付のモブ看護師が、事務的に答える。

「はい。ご自由にどうぞ」
「退屈しのぎ用です」
レイスは棚の前に立ち、無意識に“子供向け”コーナーを探す。
「……だよな」
「30世紀の病院に、アンパンマンなんか置いてねぇか」
フォウが首を傾げる。
「アンパンマン? なにそれ?」
レイスは少しだけ懐かしそうに笑った。

「昔さ。子供に大人気だったんだよ」
「自分の顔をな、腹すかせた子供に食わせるんだ」
フォウの目が、ぱっと丸くなる。
「じ、自分を!?わァ……こわい……」
完全に表情が固まった。
レイスはくすっと笑う。
「だよな。俺も最初に聞いたときは“バケモンかよ”って思ったよ」
棚から目を離し、少しだけ遠くを見る。
「でもな――」
「アイツ、自分がボロボロになっても、誰かのために動くヒーローだったんだ」
声は低く、穏やかだ。

「“本当のやさしさ”ってのは」
「傷つく勇気なんだって、子供の頃思ってた」
フォウはしばらく考えてから、静かに言う。
「……それって、とっても痛いことだよね」
そして、少しだけ顔を上げる。
「でも、誰かのために“自分が減っちゃう”のに、助けてあげるのは……」
「すごく、やさしいヒーローだね」
レイスは照れ隠しのように肩をすくめる。
「だろ?優しいんだよ――アンパンマンは」
フォウは胸の前で手を重ね、小さく頷いた。

「やさしさって……こわいけど、あったかいんだね……」
夜の闇病院には、死と、救いと、物語が静かに混ざり合っていた。
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