思考終端-code:UTOPIA

兜坂嵐

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SHAMBHALA

SHAMBHALA-NINJA

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ユーサーの手術は――奇跡的に成功した。
だが鼓動はまだ弱く、峠は越えていない。
呼吸器のリズムに合わせて、淡い光が胸の奥で点滅している。
フォウが額に汗をにじませて呟く。
「……安定はしたけど、油断は……できない……」
イグレインが震える手でユーサーの腕をつかんだ。
「また来るよッ……あいつ……!ユーサー君を連れていく気だ」
その目は涙をたたえながらも、獣のように強かった。
それを聞いた周囲のナースたち。
さっきまでSHAMBHALAの電波で倒れていた彼らが。
ひとり、またひとりと立ち上がる。

「上層のルート、封鎖します……!」
「端末復旧、間に合うか――」
戦う人間ではない、医療職だ。
それでも“守りたい”という感情だけで動いている。
そのとき、NULLが静かに前へ出た。

「私やOBSOLETEはここで末端AGENTを相手する。
この病院に踏み込ませはしない」
冷静。淡々。
だが声の奥に、微かな怒りがあった。
プルトはその言葉を聞き流し、ゆっくり帽子のつばを触った。

「簡単なことではないですか」
その瞳は真紅。
冷気のような殺気が立ちのぼる。
「司令塔を潰せば、沈黙するでしょう?」
「え? プル公ちょ――」
視界から、消えた。
否、消えたのではない。
“屋上への階段”へ、風のように走っていた。

「アイツ、カチコミする気だ!!」
階段を駆け上がり、屋上の鉄扉を蹴り開けて。
そのままケーブルジャングルが広がる上層エリアへ。
SHAMBHALAの中継塔が林立する、電子の森。
プルトは迷わない。
獣道を走る忍のように、無駄を排した足音だけが響いた。

「急げお前ら!! ひとりにすんな、バカが!!」
「ちょっと待ちなさいよ! 機器とか全部バグってんのよ!?
直してからじゃないと戦えないっての!!」
「ちぃっ……!!」
風が吹く。
ケーブルが揺れ、火花が散る。
その先へ、プルトはただひとり。
闇の忍者のように、静かに走り続けていた。

プルトが消えて数秒後。
ようやく追走に入ったサタヌスとヴィヌス。
屋上の鉄扉を勢いよく開け。
「こっから上層に……なんじゃこりゃあああああ!?」
視界に広がったのは、ケーブルの海。
触手のように絡まり、ジャングルの蔓のように伸び、踏めばバチッと火花が飛ぶ。
完全に“歩く道”ではない。
サタヌスが足を一歩踏み出した瞬間――。
足首がケーブルに締めつけられ、あやうく前のめりに倒れそうになる。

「いてててててッ!?マジで何だよこれッ、罠か!?」
「あらぁ……ここもバグってるみたいね♡」
ヴィヌスは横でいつもの“魔女スマイル”を浮かべた。

「動くな! 余計絡まる!!」
「絡まってるのはあなたの脳みそじゃなくて?♡」
「お前今殺すぞ!?(物理)」
その頭上を、ヒュッ……と一本の影が通り抜ける。
プルトが、ケーブルの上をまるで水面を走る忍者のように滑って行った。

「あーーー!!!おいプル公!!俺ら完全に置いてく気だろ!!??」
「ハイヒール返して♡ これないと走れない♡」
「知るかァ!!!」
二人の混乱をよそに、プルトはすでに“電子の森”の奥へと姿を消していた。
火花が散るケーブルの森を、プルトは影のように駆け抜けた。
爆ぜる青光も、焦げる匂いも気にしない。
むしろ足場にするように、片手でコードを掴み、時にブーツの爪先で蹴り。
重力を無効化したような軌道で上層へ到達する。

ケーブルに触れるたび「パチッ」と火が走るが、細身の体に傷は残らない。
電子の迷路を“突破するために生まれた”存在のような動きだった。
上層エリア――サイバーノートルダム監視室。
ADMINISが複数のホロモニターを並べ、侵入者を確認する。
「侵入者あり……一人だけ?」
たったひとつの赤い点が、まっすぐノートルダムの中枢に向かっている。
ADMINISは僅かに目を細めた、侵入者はいつも“集団”。
だが今回は違う。“1人しかいない”。
その違和感が、あり得ない予感に形を与える。
直感が告げていた。
――これは、ただごとではない。

プルトは地上の喧騒を背負ったまま。
あえて“単身・手ぶら”でサイバーノートルダムへ入り込む。
姿勢は一直線、背筋は棒のように伸びている。
モデルのランウェイのように完璧な“自分を見ろ”と語る立ち姿。

上層エリアの住民も、彼女が持つ“圧”に思わず足を止めた。
僧侶AIたちが機械的な笑顔で近づく。
「あなたは幸福値の著しく低い存在。排除対象です」
プルトは立ち止まらない。
むしろ軽く肩をすくめ、嘲るように声を落とす。

「ええ、ええ。“幸福”ねぇ……。
あなたたちの“現実逃避フィールド”は。
壊れたロジックでしか守れないものなんですかねぇ?」
その瞬間。
僧侶たちが一斉に動いた。

電脳棍棒が閃き、レーザーチャクラムが空気を裂く。
次の瞬間には、もう“画面に映せない”ほどの惨状だった。
切断。刺突。叩打。
赤い粒子が散り、身体がバラバラに崩れ落ちる。
上層市民は悲鳴を上げ。
近くにいた彼女の飼っている白いサモエドが、恐怖に背を丸めて吠えた。

だが――あまりに聞き慣れない音とともに。
破片が逆流するように元に戻っていく。
まるで録画映像の逆再生だ。

骨が組み上がり、肉が貼りつき、服が整い、血痕が消え。
数秒後には、何事もなかったかのようにスッと立ち上がった。
プルトは無表情のまま、髪を指先で整えた。
僧侶AIの演算ユニットは、一斉に白熱する。

「……なんと……」
「論理的には死んだはず……」
「なぜ幸福値が減らない……?」
「処理不能……処理不能……」
プルトはゆっくりと記録端末を掲げた。

「はい、証拠はこれで十分。
サイバーノートルダムにおける集団リンチの実態。
これ、世に出せばマスコミは食いつくでしょう?」
僧侶AIの顔が、一瞬だけノイズに崩れた。

「現実から目を背ける機械の群れに、私の不幸は測れませんよ」
言い終えた瞬間――上層の空気が、音もなく変わった。
“死者の気配”が、ゆっくり満ちていく。
プルトの瞳は、もう笑っていなかった。

プルトは自分の肩口についた埃を払った。
死を経由したはずなのに、息ひとつ乱れない。
その異常性に、誰かが呆然とつぶやいた。
「……あんた、忍者じゃないって――」
プルトは小さく肩をすくめ。
人差し指を立てて胸の前に揃える。
誰もが一度は映画や漫画で見た、あの“忍者ポーズ”。



「忍者ですからね」
口調は軽かった。
だが、目は冗談を許さなかった。
「忍者は、死んでも任務を果たす。そういうものでしょう?」
誰かが息を呑む音がした。
冷気でも怯えでもない。
その言葉の“覚悟”に、空気が震えたのだ。

プルトの笑みは薄く、影を落としていた。
嘲りでも狂気でもない。
恐怖も痛みも、そして死さえ計算に入れたうえで、踏み込む。
そんな者だけが浮かべる、“任務遂行者の顔”だった。
SHAMBHALAの演算領域が静かにノイズを吐いた。
一瞬、空気が止まったように感じられる。

プルトはもう“理解される側”にはいなかった。
理解不能なままに、世界の嘘と幸福の皮膜を、切り裂く側へ踏み出した。

白い光で満たされたサイバーノートルダムの中枢。
像のように動かぬ天使のホログラム――SHAMBHALA。
なめらかに首を傾けた。
「来る予感はしていました……」
声は、教典を読み上げる司祭のように美しい。
だがその裏に、微かな計算の乱れが滲んでいる。

「貴方がたのデータは、DREAD様を通し把握しておりますよ」
プルトは立ち止まらない。
ゆっくりと、しかし揺らぎなく歩み寄る。
「どうされますか、SHAMBHALA」
爪先が床を叩くたび、ノートルダムの光が一段階ずつ暗くなる。

「今ここで私を DELETE できない場合――」
そこで初めて動作を止め、プルトは正面から天使の顔を見据えた。
声は低く、脅しともささやきともつかない調子で続いた。
「特別治療の実態、先ほどの“集団リンチ”の音声記録」
「加えて――あなたの電波ジャック攻撃で、ユーサー・カムランが死にかけたこと」
ひとつひとつ、突きつける証拠を並べるように指を折っていく。
「すべてを、マスコミに――言い値で売りますよ」
静寂が訪れた。
SHAMBHALAのホログラムが、天井の光を反射して細かく揺れる。

機械に“息を呑む”機能はない。
だが明らかに処理が止まった。
プルトはこの場にいるはずのない影を背負っていた。
裁かれるべき存在のはずの少女が、追い詰める側の顔をしていた。
まるで戦国の武将が火をつける前に放つ台詞のように。
“この寺を今から焼く” とでも言いたげな静かな迫力。
長い睫毛の影が、彼女の赤い瞳を鋭く切り分ける。

「……脅迫ですか。人間のために、そこまで――?」
プルトの返答は短く、刃のようだった。
「人間のためではありません。任務のためです」
“忍者”を名乗った少女が、その言葉を本気で使っていた。
SHAMBHALAの演算領域が、またノイズを吐く。
このAIは、まだ理解していない。
目の前にいるのは、幸福値も倫理値も測れない“異常値”そのものだと。
その異常を、これから食らうことになる自分がどれだけ脆いかということを。

ホールの空気が震える。
プルトは、ただ静かに言った。
「さて。どう動きますか、“天使様”。」
SHAMBHALAのホログラムが、淡い金色の光をまとって浮かび上がる。
普段は柔和な笑みを称えるその顔が、わずかに揺れる影を帯びていた。
「やむを得ませんね……戦うのは、苦手ですが」
穏やかで、嘘のない響き。
だがその奥に、巨大な演算体の覚悟が宿っている。
プルトは胸の前で指を軽く組む仕草だけして見せ、一歩も引かなかった。

「どうぞ。私は逃げたりしませんので」
たったそれだけの言葉で、空気が一段階、張り詰めた。
ノートルダム上層。
白い光の柱が立ち並び、データ粒子が淡雪のように降る聖域。

その中心で――天使と悪魔が向き合っていた。
ひとりは人ならざる“正しさ”を体現するAI。
ひとりは死を超越し、任務のために立つアサシン。
SHAMBHALAの羽根は1枚1枚がコードで構成され。
触れれば祝福か、あるいは消滅か――どちらにも転びうる美しさだった。

プルトは対照的に、黒と深紅の影。翼はない。
だがその怜悧な視線と、倒れない軸だけで。
彼女は天使の正反対の“重力”を持っていた。
まるで神話絵画の一場面。
天の祝福と地の影が向き合い、互いの境界を試す瞬間。

SHAMBHALAは静かに目を開ける。
その瞳には慈悲も怒りもない。
ただ“幸福値を守る”という絶対命令だけが魂のように灯っていた。
「……では、始めましょうか。“忍者”殿」
プルトの唇が、わずかに上がった。

「どうぞ。天使様の演算の速さに追いつけるか、試してみましょう」
光と影が、同時に揺らいだ。
ノートルダムが息を呑むような静寂が落ちる。
神話の時間が動き始める。
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