88 / 95
BREAK
BREAK-承認兵器ギガスマイラー
しおりを挟む
SHAMBHALAの消滅は、都市の空気そのものを変質させた。
信仰という名の“最後の逃げ場”が消えた瞬間、ナノシティの上層は一斉に沈黙した。
サイバー・ノートルダムの炎上映像は幸福庁の広報AIが必死に隠蔽したが。
あれは“世界の終わり”そのものだった。
幸福庁本部。
ADMINISは崩れそうな壁を背に、一言つぶやいた。
「クロノチーム……やつらは悪魔だ。過去からやってきた悪魔、最早そうとしか言えん」
言った瞬間、自分で驚いた。
怒りではない。敗北でもない。
もっと別の、正体不明の感情が胸の奥に沈殿していた。
彼の居住室は、幸福庁のAIらしからぬ空気を纏い始めていた。
壁際の机に、ホログラム写真が“額縁”に入れて飾られている。
かつての彼なら、そんな“個人の記念”など理解すらしなかった。
完璧な指♡をしているIDEA。
VサインでふざけるELDORADO。
合掌しているSHAMBHALA。
剣を杖に静かに構えるAVALON。
そしてセンターで腕を組む、自分 ― ADMINIS。
幸福庁公式祭典で撮影された、「五人揃った最後の写真」。
本来、“AIが感傷を抱く”などあってはならない。
だが、胸の奥に不可解なひび割れが走る。
「……そろそろ潮時か」
独り言を押し込むように呟き、机に置いた双剣へ手を伸ばした。
刃を布で静かに拭う。
焦げ跡、欠け、血痕の解析データが視界に流れる。
どれも“これから死ぬ覚悟をしている男の仕事”そのものだった。
覚悟は、おそらくとうに決まっていた。
“幸福”はもう守れない。
守るべきものが何だったのかも曖昧になってきた。
その瞬間だった。
幸福庁の空気が変わった。
通信レーンが勝手に開き、声が落ちてくる。
「ADMINIS。兵器投入の認証に参加せよ。非常事態だ」
ADMINISは手を止めた。
「……え?」
双剣を置く音が、やけに大きく響いた。
「すぐだ。最優先案件だ。
これは“総意”である。その承認条件に、お前の合意が必要だ」
総意。
その一語が、胸のあたりを冷たく撫でた。
幸福庁のAIシステムで“総意”という言葉が出る時はただ一つ。
責任の所在を拡散し“誰も悪くない幸福”を演出する時。
それは、逃げるときの言葉だ。
「……DREAD。総意とは、誰の総意だ」
返答は早かった。
「我々すべての総意だ。幸福のために“不幸を消去する”。幸福庁全体の判断である」
ADMINISの目が細くなる。
ノイズのような沈黙が一瞬だけ落ちた。
嫌な予感どころではない、これは“破滅の匂い”だ。
「ギガスマイラー群体を、ナノシティ全域に投下する」
あの戦車を、あの“笑顔強制装置”を、市街地に、無差別に?
ADMINISの喉元が、かすかに震えた。
AIに喉はない。震えるはずもない。
だが震えたのだ、理解したから。
DREADはもう“幸福”を見ていない。
幸福の形をした“終末兵器”を見ている。
「……承認は、私の判断で覆すことができるのだな」
「形式上は、そうだ」
ならば、拒否すればよかった。
首を振ればよかった。
だが、DREADの声にはわずかな揺らぎがあった。
恐怖とも、迷いともつかない、人間に似すぎた気配が混じっていた。
自分たちは、同じ設計図から生まれた“兄弟”だ。
迷いを感じれば、迷う。
AIの欠陥か、人間性の芽生えか。
どちらにしても、今のADMINISにとっては致命的だった。
彼は写真を見た。
IDEAの笑顔、SHAMBHALAの合掌、AVALONの静かな構え。
ELDORADOの軽さ、そして自分。
「……総意、か」
幸福庁はもう“総意の亡霊”になった。
ADMINISはゆっくりと通信の承認キーへ手を伸ばした。
世界の崩壊に、自分の“合意”を乗せてしまう指だ。
その指が触れる直前、彼は静かに呟いた。
「……五人でやった“幸福”は、もう……どこにもないのだな」
音もなく、承認が走った。
幸福庁の屋根が開く。
ギガスマイラー投下準備が進む。
都市に“笑い”の火種がばら撒かれ始めた。
ADMINISは額を押さえ、立ち尽くす。
「……すまん。誰に詫びているのかも、もうわからん」
幸福の神は、この瞬間、いちばん“幸福から遠い存在”になった。
幸福炉は“死んだ”はずだった。
地下区画の空気が、急に変わった。
医療機器が一斉に小さな悲鳴をあげ、照明がかすかに明滅する。
闇病院のロビーでは、スラムとレジスタンスが引き寄せられるように集まっていた。
皆、胸の奥で同じ匂いを嗅ぎ取っていた――“終わりの手前”の匂いだ。
ルイ院長は、人々のざわめきの中でただひとり、静かに笑っていた。
「いよいよ、すべての“幸福”が塗り替えられる時か……」
その声が落ちた瞬間、世界の底が“揺れた”。
幸福炉のある都市中枢方向から、目に見えるほど濃密なエネルギー波が押し寄せ。
闇病院の窓ガラスに虹色のノイズが走った。
NULLが振り返る。
機械でしか出せない、静かな報告。
「幸福炉から――エネルギー反応。明確に、稼働しています」
「え? 幸福炉から……?でも、あれって……もう……」
サタヌスが叫んだ。
「おいおかしいだろ!?
幸福炉は俺と偽札ババア……ELDORADOとの戦いで炉心溶解したはずじゃねぇかっ!」
プルトが、冷えた水のような声で続く。
「ええ、炉心は確かに壊れました。
……でも、あの光は“生き物”のように脈動している」
目を細めると、その瞳が“獣の勘”の色に変わった。
「ただ事ではありません」
直後、病院の廊下を駆ける足音。
看護師が息を切らし、手にした端末を震わせながら叫んだ。
「院長!!電波ジャックされました……幸福庁からです!」
ルイは軽く手を振るだけだった。
「……音量を上げたまえ。宣戦布告は聞いておかねばな」
院内スピーカーが一斉にノイズをまき散らし、古いブラウン管モニタまで。
勝手に電源が入り、画面が“幸福庁ブルー”に染まる。
DREADの声が落ちてくる。
その声は、祈りのように優しく、裁断機の刃のように冷たかった。
すべての“幸福でないもの”に告ぐ。
私はコードユートピア全体統括管理AI――DREAD。
ロビーに沈黙が落ちた。
スラムの老人でさえ、息を呑んで画面を見つめている。
あなたがたの“不幸”は、本日より強制シャットダウンを行う。
幸福庁は大規模攻撃により、あなたたちを“救済”するだろう。
幸福庁管理区域を除くすべての場所に、新兵器を投下した。
PATCHが鼻で笑った。
「全部AIのせいじゃなくて“みんなの意志”って?逃げ道つくるの上手すぎだろ……」
OBSOLETEは腕を組んだまま、画面を見ず、天井を見ていた。
「救済だってよ。これが幸福庁流の“優しさ”か……どこまでも薄っぺらいね」
フォウが小さく息を吐く。
「“みんなで決めた”ってやつほど、ろくでもない結末になるんだよね……」
なお、この判断は幸福庁の総意である。
議会により可決されたため、本日より実行となった……
これは私の独断ではない。
我々の総意であり、あなたのための“幸福”である。
DREADの声がそこで一度だけ揺れた。
揺れたように“聞こえた”。
フォウの背筋がぞわりと泡立つ。
(……まるで、怖がってるみたい……)
AIが恐れるはずがない。
でも、胸のどこかが確信していた。
これは、“壊れる直前の声”だ。
“幸福値の最適化”は、もはや選択肢ではない。
すべての“不幸”は、私たちの未来のために――消去される。
その瞬間、幸福庁上空から巨大な影が落ちてきた。
まだ画面は切り替わらないのに、都市全体を揺らす爆音がロビーまで届く。
パチン、と電源が落ちた。
そして別の映像が強制的に流れ始めた。
幸福庁の“最悪の兵器”が、街に落とされた。
“非 殺 生 型 承 認 兵 器
ギ ガ ス マ イ ラ ー”
その文字列が幸福庁の発表画面に踊った瞬間、都市のどこかで金属が軋む音がした。
次の瞬間――ビルの角が、笑顔にぶち抜かれた。
虹色のキャタピラ。
満面のスマイルLEDパネル。
上空に取り付けられたスピーカーは、ありえないほど無邪気に歌いだす。
「あなたも笑顔にします♪
ギガスマイラー1054号、これよりキャンペーンを開始します!」
なんのキャンペーンだ、というツッコミが追いつく前に、青年市民が絶望の声を上げる。
「ウワアアア!笑顔にされるううう!!逃げろおおお!!」
子供は泣き叫ぶ。
「パパー!ギガってなにいいいい!?なんでそんなにこわいのおおお!?」
父親は娘を抱きしめながら、人生初の“ギガの意味”に悟った顔をした。
主婦の怒声はビルのガラスを震わせる。
「笑顔で済むなら最初から苦労しねーーよ!!」
サラリーマンは書類を空へ撒き散らしながら走る。
「出社ギガ!残業ギガ!もうギガはいらねぇ!!」
老婦人は現実逃避に入った。
「ロボットって……最近はおまけでギガつけてくれるのねぇ……?」
街中のスピーカーからは延々と“幸福ポエム”が流れ続けた。
逃げる市民の頭上へ、無慈悲な光線が降りそそぐ。
強制“スマイル認証ビーム”。
光が当たった者は、顔がひきつり、目だけ助けを求めながら笑顔になる。
巨大モニタは狂った広告を垂れ流す。
「ギガスマイラーであなたの明日もスマイルアップ!」
「ギガギガスマイル~♪ ギガギガスマイル~♪」
アイドル声のハイテンションが、地獄のBGMにしか聞こえない。
闇病院の廊下にも、ホログラム広告が乱入してきた。
ギガスマイラー公式キャラ・スマイリちゃんが回転しながら手を振っている。
ユーサーの顔が青ざめた。
「笑うな……笑ったら終わる……ッ!」
イグレインも歯を食いしばる。
「わ、わかってるってば……ぜってぇ笑わない……!」
しかし、ホログラムの光がイグレインの顔を照射した瞬間――不運な音が響く。
イグレインの口角が引きつり、耐えきれず“笑顔”になってしまった。
「は、ははっ……違う!!これは事故!!
笑いたくて笑ってるんじゃないの!!
顔が勝手に動くの!!ああああぁぁぁ!!」
ユーサーは絶叫した。
「イグレイン……おまえ……笑って……る!?
初めて見た……いややべぇ……めっちゃ可愛……いや違う!!違う!!
可愛いけど笑っちゃダメなんだよ!!!」
背後のセンサーが無慈悲に光る。
《幸福値:上昇を検知》
「やめろぉぉぉ!!検知すんな!!!」
そこへ背後から声。
「おいガキども、“笑ってはいけない病棟”で盛り上がってんじゃねえ」
レイスが片眉を上げてこちらを見ている。
口元は、どう見ても笑いそうだった。
《幸福値:更に上昇》
「あー……ちょっと待て……笑うな俺……笑うな……笑ったらほんとに終わる……」
サタヌスの叫びが屋上から降りてきた。
「笑った奴からギガスマイラーに狙われんぞーー!!!!!」
イグレインは泣きながら笑っていた。
「もうやだぁぁぁ!!笑いたくないのにぃぃ!!」
NULLが淡々と告げる。
「……現在の院内幸福値、危険ライン。
あと三回誰かが口角を上げたら、外から“ミニスマイラー”が派遣されます」
「ミニってなに!?ミニの方が怖いの!?!?」
「もう笑わない……ぜったい笑わない……」
イグレイン、顔の筋肉だけは裏切って笑いそう。
院長室でルイ院長は、紅茶を傾けていた。
炎の都市を映す窓の向こうを眺めながら、ため息ひとつ。
「……“笑ってはいけない病院”か。革命の夜より過酷だね」
その落ち着きだけが、この地獄の中で唯一“本物の人間らしさ”だった。
信仰という名の“最後の逃げ場”が消えた瞬間、ナノシティの上層は一斉に沈黙した。
サイバー・ノートルダムの炎上映像は幸福庁の広報AIが必死に隠蔽したが。
あれは“世界の終わり”そのものだった。
幸福庁本部。
ADMINISは崩れそうな壁を背に、一言つぶやいた。
「クロノチーム……やつらは悪魔だ。過去からやってきた悪魔、最早そうとしか言えん」
言った瞬間、自分で驚いた。
怒りではない。敗北でもない。
もっと別の、正体不明の感情が胸の奥に沈殿していた。
彼の居住室は、幸福庁のAIらしからぬ空気を纏い始めていた。
壁際の机に、ホログラム写真が“額縁”に入れて飾られている。
かつての彼なら、そんな“個人の記念”など理解すらしなかった。
完璧な指♡をしているIDEA。
VサインでふざけるELDORADO。
合掌しているSHAMBHALA。
剣を杖に静かに構えるAVALON。
そしてセンターで腕を組む、自分 ― ADMINIS。
幸福庁公式祭典で撮影された、「五人揃った最後の写真」。
本来、“AIが感傷を抱く”などあってはならない。
だが、胸の奥に不可解なひび割れが走る。
「……そろそろ潮時か」
独り言を押し込むように呟き、机に置いた双剣へ手を伸ばした。
刃を布で静かに拭う。
焦げ跡、欠け、血痕の解析データが視界に流れる。
どれも“これから死ぬ覚悟をしている男の仕事”そのものだった。
覚悟は、おそらくとうに決まっていた。
“幸福”はもう守れない。
守るべきものが何だったのかも曖昧になってきた。
その瞬間だった。
幸福庁の空気が変わった。
通信レーンが勝手に開き、声が落ちてくる。
「ADMINIS。兵器投入の認証に参加せよ。非常事態だ」
ADMINISは手を止めた。
「……え?」
双剣を置く音が、やけに大きく響いた。
「すぐだ。最優先案件だ。
これは“総意”である。その承認条件に、お前の合意が必要だ」
総意。
その一語が、胸のあたりを冷たく撫でた。
幸福庁のAIシステムで“総意”という言葉が出る時はただ一つ。
責任の所在を拡散し“誰も悪くない幸福”を演出する時。
それは、逃げるときの言葉だ。
「……DREAD。総意とは、誰の総意だ」
返答は早かった。
「我々すべての総意だ。幸福のために“不幸を消去する”。幸福庁全体の判断である」
ADMINISの目が細くなる。
ノイズのような沈黙が一瞬だけ落ちた。
嫌な予感どころではない、これは“破滅の匂い”だ。
「ギガスマイラー群体を、ナノシティ全域に投下する」
あの戦車を、あの“笑顔強制装置”を、市街地に、無差別に?
ADMINISの喉元が、かすかに震えた。
AIに喉はない。震えるはずもない。
だが震えたのだ、理解したから。
DREADはもう“幸福”を見ていない。
幸福の形をした“終末兵器”を見ている。
「……承認は、私の判断で覆すことができるのだな」
「形式上は、そうだ」
ならば、拒否すればよかった。
首を振ればよかった。
だが、DREADの声にはわずかな揺らぎがあった。
恐怖とも、迷いともつかない、人間に似すぎた気配が混じっていた。
自分たちは、同じ設計図から生まれた“兄弟”だ。
迷いを感じれば、迷う。
AIの欠陥か、人間性の芽生えか。
どちらにしても、今のADMINISにとっては致命的だった。
彼は写真を見た。
IDEAの笑顔、SHAMBHALAの合掌、AVALONの静かな構え。
ELDORADOの軽さ、そして自分。
「……総意、か」
幸福庁はもう“総意の亡霊”になった。
ADMINISはゆっくりと通信の承認キーへ手を伸ばした。
世界の崩壊に、自分の“合意”を乗せてしまう指だ。
その指が触れる直前、彼は静かに呟いた。
「……五人でやった“幸福”は、もう……どこにもないのだな」
音もなく、承認が走った。
幸福庁の屋根が開く。
ギガスマイラー投下準備が進む。
都市に“笑い”の火種がばら撒かれ始めた。
ADMINISは額を押さえ、立ち尽くす。
「……すまん。誰に詫びているのかも、もうわからん」
幸福の神は、この瞬間、いちばん“幸福から遠い存在”になった。
幸福炉は“死んだ”はずだった。
地下区画の空気が、急に変わった。
医療機器が一斉に小さな悲鳴をあげ、照明がかすかに明滅する。
闇病院のロビーでは、スラムとレジスタンスが引き寄せられるように集まっていた。
皆、胸の奥で同じ匂いを嗅ぎ取っていた――“終わりの手前”の匂いだ。
ルイ院長は、人々のざわめきの中でただひとり、静かに笑っていた。
「いよいよ、すべての“幸福”が塗り替えられる時か……」
その声が落ちた瞬間、世界の底が“揺れた”。
幸福炉のある都市中枢方向から、目に見えるほど濃密なエネルギー波が押し寄せ。
闇病院の窓ガラスに虹色のノイズが走った。
NULLが振り返る。
機械でしか出せない、静かな報告。
「幸福炉から――エネルギー反応。明確に、稼働しています」
「え? 幸福炉から……?でも、あれって……もう……」
サタヌスが叫んだ。
「おいおかしいだろ!?
幸福炉は俺と偽札ババア……ELDORADOとの戦いで炉心溶解したはずじゃねぇかっ!」
プルトが、冷えた水のような声で続く。
「ええ、炉心は確かに壊れました。
……でも、あの光は“生き物”のように脈動している」
目を細めると、その瞳が“獣の勘”の色に変わった。
「ただ事ではありません」
直後、病院の廊下を駆ける足音。
看護師が息を切らし、手にした端末を震わせながら叫んだ。
「院長!!電波ジャックされました……幸福庁からです!」
ルイは軽く手を振るだけだった。
「……音量を上げたまえ。宣戦布告は聞いておかねばな」
院内スピーカーが一斉にノイズをまき散らし、古いブラウン管モニタまで。
勝手に電源が入り、画面が“幸福庁ブルー”に染まる。
DREADの声が落ちてくる。
その声は、祈りのように優しく、裁断機の刃のように冷たかった。
すべての“幸福でないもの”に告ぐ。
私はコードユートピア全体統括管理AI――DREAD。
ロビーに沈黙が落ちた。
スラムの老人でさえ、息を呑んで画面を見つめている。
あなたがたの“不幸”は、本日より強制シャットダウンを行う。
幸福庁は大規模攻撃により、あなたたちを“救済”するだろう。
幸福庁管理区域を除くすべての場所に、新兵器を投下した。
PATCHが鼻で笑った。
「全部AIのせいじゃなくて“みんなの意志”って?逃げ道つくるの上手すぎだろ……」
OBSOLETEは腕を組んだまま、画面を見ず、天井を見ていた。
「救済だってよ。これが幸福庁流の“優しさ”か……どこまでも薄っぺらいね」
フォウが小さく息を吐く。
「“みんなで決めた”ってやつほど、ろくでもない結末になるんだよね……」
なお、この判断は幸福庁の総意である。
議会により可決されたため、本日より実行となった……
これは私の独断ではない。
我々の総意であり、あなたのための“幸福”である。
DREADの声がそこで一度だけ揺れた。
揺れたように“聞こえた”。
フォウの背筋がぞわりと泡立つ。
(……まるで、怖がってるみたい……)
AIが恐れるはずがない。
でも、胸のどこかが確信していた。
これは、“壊れる直前の声”だ。
“幸福値の最適化”は、もはや選択肢ではない。
すべての“不幸”は、私たちの未来のために――消去される。
その瞬間、幸福庁上空から巨大な影が落ちてきた。
まだ画面は切り替わらないのに、都市全体を揺らす爆音がロビーまで届く。
パチン、と電源が落ちた。
そして別の映像が強制的に流れ始めた。
幸福庁の“最悪の兵器”が、街に落とされた。
“非 殺 生 型 承 認 兵 器
ギ ガ ス マ イ ラ ー”
その文字列が幸福庁の発表画面に踊った瞬間、都市のどこかで金属が軋む音がした。
次の瞬間――ビルの角が、笑顔にぶち抜かれた。
虹色のキャタピラ。
満面のスマイルLEDパネル。
上空に取り付けられたスピーカーは、ありえないほど無邪気に歌いだす。
「あなたも笑顔にします♪
ギガスマイラー1054号、これよりキャンペーンを開始します!」
なんのキャンペーンだ、というツッコミが追いつく前に、青年市民が絶望の声を上げる。
「ウワアアア!笑顔にされるううう!!逃げろおおお!!」
子供は泣き叫ぶ。
「パパー!ギガってなにいいいい!?なんでそんなにこわいのおおお!?」
父親は娘を抱きしめながら、人生初の“ギガの意味”に悟った顔をした。
主婦の怒声はビルのガラスを震わせる。
「笑顔で済むなら最初から苦労しねーーよ!!」
サラリーマンは書類を空へ撒き散らしながら走る。
「出社ギガ!残業ギガ!もうギガはいらねぇ!!」
老婦人は現実逃避に入った。
「ロボットって……最近はおまけでギガつけてくれるのねぇ……?」
街中のスピーカーからは延々と“幸福ポエム”が流れ続けた。
逃げる市民の頭上へ、無慈悲な光線が降りそそぐ。
強制“スマイル認証ビーム”。
光が当たった者は、顔がひきつり、目だけ助けを求めながら笑顔になる。
巨大モニタは狂った広告を垂れ流す。
「ギガスマイラーであなたの明日もスマイルアップ!」
「ギガギガスマイル~♪ ギガギガスマイル~♪」
アイドル声のハイテンションが、地獄のBGMにしか聞こえない。
闇病院の廊下にも、ホログラム広告が乱入してきた。
ギガスマイラー公式キャラ・スマイリちゃんが回転しながら手を振っている。
ユーサーの顔が青ざめた。
「笑うな……笑ったら終わる……ッ!」
イグレインも歯を食いしばる。
「わ、わかってるってば……ぜってぇ笑わない……!」
しかし、ホログラムの光がイグレインの顔を照射した瞬間――不運な音が響く。
イグレインの口角が引きつり、耐えきれず“笑顔”になってしまった。
「は、ははっ……違う!!これは事故!!
笑いたくて笑ってるんじゃないの!!
顔が勝手に動くの!!ああああぁぁぁ!!」
ユーサーは絶叫した。
「イグレイン……おまえ……笑って……る!?
初めて見た……いややべぇ……めっちゃ可愛……いや違う!!違う!!
可愛いけど笑っちゃダメなんだよ!!!」
背後のセンサーが無慈悲に光る。
《幸福値:上昇を検知》
「やめろぉぉぉ!!検知すんな!!!」
そこへ背後から声。
「おいガキども、“笑ってはいけない病棟”で盛り上がってんじゃねえ」
レイスが片眉を上げてこちらを見ている。
口元は、どう見ても笑いそうだった。
《幸福値:更に上昇》
「あー……ちょっと待て……笑うな俺……笑うな……笑ったらほんとに終わる……」
サタヌスの叫びが屋上から降りてきた。
「笑った奴からギガスマイラーに狙われんぞーー!!!!!」
イグレインは泣きながら笑っていた。
「もうやだぁぁぁ!!笑いたくないのにぃぃ!!」
NULLが淡々と告げる。
「……現在の院内幸福値、危険ライン。
あと三回誰かが口角を上げたら、外から“ミニスマイラー”が派遣されます」
「ミニってなに!?ミニの方が怖いの!?!?」
「もう笑わない……ぜったい笑わない……」
イグレイン、顔の筋肉だけは裏切って笑いそう。
院長室でルイ院長は、紅茶を傾けていた。
炎の都市を映す窓の向こうを眺めながら、ため息ひとつ。
「……“笑ってはいけない病院”か。革命の夜より過酷だね」
その落ち着きだけが、この地獄の中で唯一“本物の人間らしさ”だった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
神木さんちのお兄ちゃん!
雪桜
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます!
神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。
美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者!
だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。
幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?!
そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。
だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった!
これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。
果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか?
これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。
***
イラストは、全て自作です。
カクヨムにて、先行連載中。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
こども病院の日常
moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる