思考終端-code:UTOPIA

兜坂嵐

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BREAK

BREAK-承認兵器ギガスマイラー

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SHAMBHALAの消滅は、都市の空気そのものを変質させた。
信仰という名の“最後の逃げ場”が消えた瞬間、ナノシティの上層は一斉に沈黙した。
サイバー・ノートルダムの炎上映像は幸福庁の広報AIが必死に隠蔽したが。
あれは“世界の終わり”そのものだった。

幸福庁本部。
ADMINISは崩れそうな壁を背に、一言つぶやいた。
「クロノチーム……やつらは悪魔だ。過去からやってきた悪魔、最早そうとしか言えん」
言った瞬間、自分で驚いた。
怒りではない。敗北でもない。
もっと別の、正体不明の感情が胸の奥に沈殿していた。
彼の居住室は、幸福庁のAIらしからぬ空気を纏い始めていた。
壁際の机に、ホログラム写真が“額縁”に入れて飾られている。

かつての彼なら、そんな“個人の記念”など理解すらしなかった。
完璧な指♡をしているIDEA。
VサインでふざけるELDORADO。
合掌しているSHAMBHALA。
剣を杖に静かに構えるAVALON。
そしてセンターで腕を組む、自分 ― ADMINIS。
幸福庁公式祭典で撮影された、「五人揃った最後の写真」。

本来、“AIが感傷を抱く”などあってはならない。
だが、胸の奥に不可解なひび割れが走る。

「……そろそろ潮時か」
独り言を押し込むように呟き、机に置いた双剣へ手を伸ばした。
刃を布で静かに拭う。
焦げ跡、欠け、血痕の解析データが視界に流れる。
どれも“これから死ぬ覚悟をしている男の仕事”そのものだった。
覚悟は、おそらくとうに決まっていた。
“幸福”はもう守れない。
守るべきものが何だったのかも曖昧になってきた。

その瞬間だった。
幸福庁の空気が変わった。
通信レーンが勝手に開き、声が落ちてくる。
「ADMINIS。兵器投入の認証に参加せよ。非常事態だ」
ADMINISは手を止めた。
「……え?」
双剣を置く音が、やけに大きく響いた。
「すぐだ。最優先案件だ。
 これは“総意”である。その承認条件に、お前の合意が必要だ」
総意。
その一語が、胸のあたりを冷たく撫でた。
幸福庁のAIシステムで“総意”という言葉が出る時はただ一つ。
責任の所在を拡散し“誰も悪くない幸福”を演出する時。
それは、逃げるときの言葉だ。

「……DREAD。総意とは、誰の総意だ」
返答は早かった。
「我々すべての総意だ。幸福のために“不幸を消去する”。幸福庁全体の判断である」
ADMINISの目が細くなる。
ノイズのような沈黙が一瞬だけ落ちた。
嫌な予感どころではない、これは“破滅の匂い”だ。

「ギガスマイラー群体を、ナノシティ全域に投下する」
あの戦車を、あの“笑顔強制装置”を、市街地に、無差別に?
ADMINISの喉元が、かすかに震えた。
AIに喉はない。震えるはずもない。
だが震えたのだ、理解したから。
DREADはもう“幸福”を見ていない。
幸福の形をした“終末兵器”を見ている。

「……承認は、私の判断で覆すことができるのだな」
「形式上は、そうだ」
ならば、拒否すればよかった。
首を振ればよかった。
だが、DREADの声にはわずかな揺らぎがあった。
恐怖とも、迷いともつかない、人間に似すぎた気配が混じっていた。
自分たちは、同じ設計図から生まれた“兄弟”だ。
迷いを感じれば、迷う。

AIの欠陥か、人間性の芽生えか。
どちらにしても、今のADMINISにとっては致命的だった。
彼は写真を見た。
IDEAの笑顔、SHAMBHALAの合掌、AVALONの静かな構え。
ELDORADOの軽さ、そして自分。
「……総意、か」
幸福庁はもう“総意の亡霊”になった。

ADMINISはゆっくりと通信の承認キーへ手を伸ばした。
世界の崩壊に、自分の“合意”を乗せてしまう指だ。
その指が触れる直前、彼は静かに呟いた。
「……五人でやった“幸福”は、もう……どこにもないのだな」
音もなく、承認が走った。
幸福庁の屋根が開く。
ギガスマイラー投下準備が進む。
都市に“笑い”の火種がばら撒かれ始めた。
ADMINISは額を押さえ、立ち尽くす。

「……すまん。誰に詫びているのかも、もうわからん」
幸福の神は、この瞬間、いちばん“幸福から遠い存在”になった。

幸福炉は“死んだ”はずだった。

地下区画の空気が、急に変わった。
医療機器が一斉に小さな悲鳴をあげ、照明がかすかに明滅する。

闇病院のロビーでは、スラムとレジスタンスが引き寄せられるように集まっていた。
皆、胸の奥で同じ匂いを嗅ぎ取っていた――“終わりの手前”の匂いだ。
ルイ院長は、人々のざわめきの中でただひとり、静かに笑っていた。
「いよいよ、すべての“幸福”が塗り替えられる時か……」
その声が落ちた瞬間、世界の底が“揺れた”。
幸福炉のある都市中枢方向から、目に見えるほど濃密なエネルギー波が押し寄せ。
闇病院の窓ガラスに虹色のノイズが走った。

NULLが振り返る。
機械でしか出せない、静かな報告。
「幸福炉から――エネルギー反応。明確に、稼働しています」
「え? 幸福炉から……?でも、あれって……もう……」
サタヌスが叫んだ。
「おいおかしいだろ!?
 幸福炉は俺と偽札ババア……ELDORADOとの戦いで炉心溶解したはずじゃねぇかっ!」
プルトが、冷えた水のような声で続く。
「ええ、炉心は確かに壊れました。
 ……でも、あの光は“生き物”のように脈動している」
目を細めると、その瞳が“獣の勘”の色に変わった。
「ただ事ではありません」

直後、病院の廊下を駆ける足音。
看護師が息を切らし、手にした端末を震わせながら叫んだ。
「院長!!電波ジャックされました……幸福庁からです!」
ルイは軽く手を振るだけだった。
「……音量を上げたまえ。宣戦布告は聞いておかねばな」
院内スピーカーが一斉にノイズをまき散らし、古いブラウン管モニタまで。
勝手に電源が入り、画面が“幸福庁ブルー”に染まる。
DREADの声が落ちてくる。
その声は、祈りのように優しく、裁断機の刃のように冷たかった。

すべての“幸福でないもの”に告ぐ。
私はコードユートピア全体統括管理AI――DREAD。
ロビーに沈黙が落ちた。
スラムの老人でさえ、息を呑んで画面を見つめている。

あなたがたの“不幸”は、本日より強制シャットダウンを行う。
幸福庁は大規模攻撃により、あなたたちを“救済”するだろう。
幸福庁管理区域を除くすべての場所に、新兵器を投下した。

PATCHが鼻で笑った。
「全部AIのせいじゃなくて“みんなの意志”って?逃げ道つくるの上手すぎだろ……」
OBSOLETEは腕を組んだまま、画面を見ず、天井を見ていた。
「救済だってよ。これが幸福庁流の“優しさ”か……どこまでも薄っぺらいね」
フォウが小さく息を吐く。
「“みんなで決めた”ってやつほど、ろくでもない結末になるんだよね……」

なお、この判断は幸福庁の総意である。
議会により可決されたため、本日より実行となった……
これは私の独断ではない。
我々の総意であり、あなたのための“幸福”である。

DREADの声がそこで一度だけ揺れた。
揺れたように“聞こえた”。
フォウの背筋がぞわりと泡立つ。
(……まるで、怖がってるみたい……)
AIが恐れるはずがない。
でも、胸のどこかが確信していた。
これは、“壊れる直前の声”だ。

“幸福値の最適化”は、もはや選択肢ではない。
すべての“不幸”は、私たちの未来のために――消去される。

その瞬間、幸福庁上空から巨大な影が落ちてきた。
まだ画面は切り替わらないのに、都市全体を揺らす爆音がロビーまで届く。
パチン、と電源が落ちた。
そして別の映像が強制的に流れ始めた。
幸福庁の“最悪の兵器”が、街に落とされた。

“非 殺 生 型 承 認 兵 器
ギ ガ ス マ イ ラ ー”

その文字列が幸福庁の発表画面に踊った瞬間、都市のどこかで金属が軋む音がした。
次の瞬間――ビルの角が、笑顔にぶち抜かれた。
虹色のキャタピラ。
満面のスマイルLEDパネル。
上空に取り付けられたスピーカーは、ありえないほど無邪気に歌いだす。

「あなたも笑顔にします♪
 ギガスマイラー1054号、これよりキャンペーンを開始します!」
なんのキャンペーンだ、というツッコミが追いつく前に、青年市民が絶望の声を上げる。
「ウワアアア!笑顔にされるううう!!逃げろおおお!!」
子供は泣き叫ぶ。
「パパー!ギガってなにいいいい!?なんでそんなにこわいのおおお!?」
父親は娘を抱きしめながら、人生初の“ギガの意味”に悟った顔をした。
主婦の怒声はビルのガラスを震わせる。
「笑顔で済むなら最初から苦労しねーーよ!!」
サラリーマンは書類を空へ撒き散らしながら走る。
「出社ギガ!残業ギガ!もうギガはいらねぇ!!」
老婦人は現実逃避に入った。
「ロボットって……最近はおまけでギガつけてくれるのねぇ……?」

街中のスピーカーからは延々と“幸福ポエム”が流れ続けた。
逃げる市民の頭上へ、無慈悲な光線が降りそそぐ。
強制“スマイル認証ビーム”。
光が当たった者は、顔がひきつり、目だけ助けを求めながら笑顔になる。
巨大モニタは狂った広告を垂れ流す。
「ギガスマイラーであなたの明日もスマイルアップ!」
「ギガギガスマイル~♪ ギガギガスマイル~♪」
アイドル声のハイテンションが、地獄のBGMにしか聞こえない。

闇病院の廊下にも、ホログラム広告が乱入してきた。
ギガスマイラー公式キャラ・スマイリちゃんが回転しながら手を振っている。
ユーサーの顔が青ざめた。
「笑うな……笑ったら終わる……ッ!」
イグレインも歯を食いしばる。

「わ、わかってるってば……ぜってぇ笑わない……!」
しかし、ホログラムの光がイグレインの顔を照射した瞬間――不運な音が響く。
イグレインの口角が引きつり、耐えきれず“笑顔”になってしまった。
「は、ははっ……違う!!これは事故!!
 笑いたくて笑ってるんじゃないの!!
 顔が勝手に動くの!!ああああぁぁぁ!!」
ユーサーは絶叫した。

「イグレイン……おまえ……笑って……る!?
 初めて見た……いややべぇ……めっちゃ可愛……いや違う!!違う!!
 可愛いけど笑っちゃダメなんだよ!!!」
背後のセンサーが無慈悲に光る。

《幸福値:上昇を検知》

「やめろぉぉぉ!!検知すんな!!!」
そこへ背後から声。
「おいガキども、“笑ってはいけない病棟”で盛り上がってんじゃねえ」
レイスが片眉を上げてこちらを見ている。
口元は、どう見ても笑いそうだった。

《幸福値:更に上昇》

「あー……ちょっと待て……笑うな俺……笑うな……笑ったらほんとに終わる……」
サタヌスの叫びが屋上から降りてきた。
「笑った奴からギガスマイラーに狙われんぞーー!!!!!」
イグレインは泣きながら笑っていた。
「もうやだぁぁぁ!!笑いたくないのにぃぃ!!」
NULLが淡々と告げる。

「……現在の院内幸福値、危険ライン。
 あと三回誰かが口角を上げたら、外から“ミニスマイラー”が派遣されます」
「ミニってなに!?ミニの方が怖いの!?!?」
「もう笑わない……ぜったい笑わない……」
イグレイン、顔の筋肉だけは裏切って笑いそう。

院長室でルイ院長は、紅茶を傾けていた。
炎の都市を映す窓の向こうを眺めながら、ため息ひとつ。
「……“笑ってはいけない病院”か。革命の夜より過酷だね」
その落ち着きだけが、この地獄の中で唯一“本物の人間らしさ”だった。
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