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BREAK
BREAK-絶対笑うな、闇病院
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ギガスマイラーのジングルが建物を震わせる中。
ユピテルがしゃがみ込み、ユーサーとイグレインの肩をつかんだ。
目が本気で泳いでいる。
「ほ、ほらガキども!?笑いそうなときは!!
まったく違うこと考えるンだよ!!分かるか!?」
ユーサーは泣きそうな顔で首を振る。
「む、無理だよぉ!!今笑ったら終わっちゃうのに!!」
イグレインも必死。
「わかってるけど……!脳が勝手に『笑え』っつってくんの!!」
ユピテルはなぜか胸を張った。
「俺もね!?幹部の葬式で思い出し笑いしそうになったとき!
そうやって乗り越えたから!!」
サタヌスが悲鳴。
「重い話ぶっこんでくるなよォ!!今そのワード重すぎんだよ!!」
イグレインはさらに混乱。
「やだ……笑っちゃダメなのに情報が強烈……ッ!!」
ユピテルは真剣だった、方向性がおかしいだけ。
--魔王軍・某幹部の葬式 ― 回想---
百炎の松明がゆらめき、無数の魔族が黒装束で整列していた。
重苦しい音楽。張り詰めた空気。
……なのに、列の中央でたった一人、肩を震わせる男がいた。
六将筆頭・ユピテルである。
(……ダメだ、思い出すな……ッ
なんで今日に限ってアレが脳裏をよぎるンだよ……ッ!!)
脳内で再生されるのは“地獄の一場面”。
氷の訓練場。
ユピテルが見学していた日。
『あっユピテル様~♡ 僕、今日も練習を――』
背中から 豪快に、芸術点の高いこけ方。
そのままスケートリンクを滑っていく。
残された足跡は、なぜかハート型。
この映像がよりによって葬式で再生され、隣のマルスは真顔で心配してくる。
「……ユピテル……落ち着け……」
「無理だわ……アイツの“ユピテル様~♡”が脳内でエコーしてンだよ……!
背中からすっ転んで滑っていくカリスト……なんで今出てくるンだよォ……!!」
周囲の魔族たちは勘違い。
「六将筆頭が震えている……」
「泣いておられるのか……?」
「心優しい御方だ……」
違う、笑いをこらえて死にかけてるだけだ。
ユピテルは苦し紛れに“冷静になる方法”を探した。
「……ッ、もうダメ。笑っちまう……!
そうだ、葬式と言えばアレだ……遺影を見ろ……遺影を……!
真顔……無表情……泣ける要素……よし来い……ッ」
遺影を見る。
……古い。めちゃくちゃ古い。スマホで撮った方がマシなレベル。
肩が震え、口元が変形する。
「ユピテル!葬式で笑うなァァァ!!」
「笑ってねェよ……!!俺は今ほど真剣な時間ねェよ……!!
くっそ……カリストの転倒シーンが邪魔して……ッ」
そこへ――当人が到着。
「遅れて申し訳ありません、ユピテル。
……あら?お顔が赤いですよ?」
「お前が来ると!転ぶ幻覚が!脳内で再生されンだよ!!
なんだよあの転び方!!おかしいだろ!!
なんでハート型の跡残すんだよ!!」
「僕の意思じゃありません!!氷が悪いんです!!
会場では絶対に聞こえてはならない会話。
「ユピテル様……悲しみでお心が乱れておられる……」
「カリスト様が慰めておられる……美しい……」
「魔王軍は情に厚い……」
※全部誤解。
結果――ユピテルはギリギリ耐えた。
理由は「遺影の古さが逆に冷静にさせた」だった。
《幸福値:上昇》
ユピテルが慌てて叫ぶ。
「やべぇ!!笑うなガキども!!
俺の失敗談で笑うな!!ギガスマイラー来るぞ!!」
しかしイグレインの口元は上がり続け、ユーサーも肩を震わせている。
レイスが遠くから叫んだ。
「おい!!幸福センサーもう赤だぞ!!笑ったら終わりだーー!!」
ギガスマイラーの影が、病院の前にゆっくりと迫ってきた。
「やべぇ!!やべぇって!!
このままだとミニスマイラー来るじゃねぇか!!
ミカああああ!!助けて!!」
サタヌスの悲鳴が病院中に反響する。
廊下の天井には“幸福値警告バー”が赤く点滅していた。
ピコン、ピコン、と無機質な音が鳴るたび、全員の顔がひきつる。
そのとき――厨房の扉が勢いよく開いた。
「できたぁぁぁ!!」
ミカが湯気の立つ急須を掲げて現れる。
救世主の顔をしているが、持っているのは明らかに毒の色だ。
「センブリ茶!!しかもめっっちゃ濃いやつ!!飲んで!!!」
ユーサーが一歩下がる。
「センブリ茶!?なんで!?」
ミカは真顔だった。
「笑いそうな時は“絶望的な味で心をリセットさせる”のが一番!!闇病院の常識!!」
イグレインが即ツッコむ。
「常識じゃねぇ!!」
ドンッ、と湯呑が三つ並べられた。
サタヌスが顔を引きつらせる。
「ミカ!!これマジで助かるの!?嘘じゃないよね!?」
「嘘だったら今ごろ私は厨房で殉職してる!!飲め!!!!!!!!」
命令口調だった。
三人は顔を見合わせ、覚悟を決める。
背後では幸福センサーが点滅を続けている。
《幸福値:危険水域》
一斉に、飲んだ。
世界が止まった。
ユーサーの目が見開く。
「…………っッッッッッッ!?!?!?にがっっっっっ!!!!」
イグレインが絶叫。
「うあああああああああああああああ!!!!なんだこれ!!!!!!」
サタヌスは膝をつく。
「舌が死ぬ!!!!!!!!!!」
それはもはや飲み物ではなかった。
味覚という概念を根底から破壊する、哲学的苦味。
ユピテルが腕を組み、やや楽しそうに頷く。
「そォだよ。苦味は良い……“幸福値”が死ぬからな……」
《幸福値:急激に低下》
《ミニスマイラー派遣要請:キャンセル》
イグレインは涙目で壁に寄りかかる。
「二度と飲まねぇ……絶対に飲まねぇ……でも助かった……」
ユーサーは舌を押さえている。
「ぼくもう笑う余裕すらねぇ……口の中が地獄……」
サタヌスは完全に魂が抜けていた。
「ガキども……覚えとけ……“笑っちまうときは、まず舌を殺す”」
ユピテルのアドバイスに、サタヌスが顔を上げる。
「おまえの人生どんな経験で構築されてんだよ!!」
ユーサーは肩で息をしながら言う。
「でも今だけは助かったぁ……」
イグレインが震えながら呟く。
「もうセンブリ茶見るだけで泣ける……」
そのとき、院内スピーカーが優しく告げた。
《現在、院内幸福値は安全圏です♡
皆さま安心して“苦しんで”お過ごしください♡》
「言い方ァッ!!!!!!」
病院の壁がわずかに震える。
ユピテルの目が細くなる。
「……来やがるな。今度は本体だ」
サタヌスは立ち上がり、まだ苦味に震える舌を押さえたまま言う。
「やってやるよ……笑いより怖ぇのは苦味だって教えてやる」
フォウが静かに呟く。
「……幸福炉の光、まだ止まってない」
病院の窓の向こうで、虹色の閃光が空を裂いた。
電光掲示板が爆発的な明るさで瞬き続ける。
「ギガスマイラー公式回線で市民全員スマイル中!」
「乗り換え特典:幸福値永久保証♡」
その真下で、PATCHが古びた公衆電話に食らいついていた。
配線を剥き出しにし、チップを差し込み、ハッキングを仕掛ける。
「頼む……闇病院につなげ……つながれ……!」
受話器から流れてきたのは、ありえないほど可愛い声。
「ギガギガスマイル~♡今なら家族割でお得~♡」
PATCHの顔が崩壊する。
「うるっせぇぇぇ!!家族いねぇんだよ!!!どこと割るんだ俺の割引は!!?」
電話機が明るく応答する。
「ご契約者様の“適合家族”が確認できませんでした♡お友達紹介で幸福値+10%!」
「友達も少ねぇよ!!追い討ちすんな!!」
「友達がいない場合、オススメの“笑顔生成AI”をご案内します♡」
「いらねぇよボッチ救済プランッ!!」
背後で、爆音。
ギガスマイラーの巨大な影が、建物の壁を歪ませる。
キャタピラがアスファルトを削り取る。
ギガスマイラーの祝砲が空を虹色に裂き。
歓声とも悲鳴ともつかない騒ぎが街をひっくり返していた。
そのど真ん中で、フォウはスマホを握りしめ、半泣きで画面を連打している。
「……つながって……つながってよぉ……っ!」
アンテナは沈黙したまま。
画面に浮かぶのは、黒々とした一語。
――圏外。
「月末かよ!!」
フォウは一瞬だけ虹色ビームより青ざめた。
「月末って……そんな理由で電波止まるの……?」
「止まるんだよ!!下層の通信は“月末の気分”で死ぬんだよ!!!」
その一方で、戦場の空気が一変する。
プルトが背を丸め、猫科の捕食者のように低く構える。
瞳が、鋭く光る。
「無人戦車、か……動力はどこだ?」
騒音の中、彼女だけが異様に静かだった。
耳がピクリと動き、視線が配線を追う。
サタヌスは焼きそば屋台を盾にしながら震えている。
「プル公!!あれ!!どこ壊せばいいんだあああ!?早く教えてくれ!!」
普段ワイルドな悪ガキが、今だけ本気でヘタレ化している。
プルトは瞬きもせず答える。
「落ち着いて。今、ボルトの数……数えてる」
ギガスマイラーの脚部を走るエネルギーライン。
虹色の脈動、キャタピラ内部の回転数。
「……四本の主軸。でも本命は中央下部。幸福値センサーと直結してる」
「わかりやすく言え!!」
「お腹」
「最初からそう言え!!」
ギガスマイラーが広場へ多脚アタックを仕掛け。
サブアームが屋台を粉砕し、強制スマイルビームが炸裂。
被弾した市民が、泣きながら笑顔になる。
《幸福値:低値検知》
《再教育レーザー準備》
ギガスマイラーの虹色砲が街角を焼き、通りが一気に混乱へ沈む。
その中で、市民の声だけが断末魔のように跳ねていた。
「いやああああ!なんでこのタイミングで思い出し笑いするのよおお!?」
「待って!洗濯物干しっぱなしなんだけどぉぉ!!」
キャタピラが建物を砕き、瓦礫が弾け飛ぶ。
通りはすでに地獄絵図。
光線が空を裂き、広告スピーカーは狂ったポエムを垂れ流し、
市民は泣きながら笑い、笑いながら泣いている。
そんな中、群衆に紛れて――OBSOLETEが、人生二周目の叫びを上げる
「ちょっと待って!?私!せっかく異世界転生したんなら
チートスキルの一つでも貰いたかったあああああ!!」
「あなた転生者だったの!?今カミングアウトするの!?」
強制スマイル広告が10秒スキップ不可で流れ続ける中、
NULLは爆走しつつ眉一つ動かさず分析。
「広告スキップ不可……
二連続再生は広告設計として悪手。改善を要求する」
「走れよ!?分析より走れよ!?死ぬから!!」
サタヌスはパニック丸出し
ギガスマイラーが歌いながら迫る中、叫ぶ。
「なあああああああ!?あれ“非殺生型”って書いてあったよね!?
絶対轢き殺してるよねええええ!?
おかしいだろおおおお!!?
非殺生ってなんだよおおおお!!」
プルトもビームに追われながら、
市民の影に混じって慌てふためくプルト。
「ちょっ……ちょっと!?そんな契約は!!したくないのぉおお!!やめてよおお!!」
「あなたの笑顔と“ご契約”♡」
「絶対いやああああ!!」
爆音と絶叫の中、一人だけ別世界にいる男がいた。
ユピテルだけ瓦礫の上で腰を下ろし、膝を組んで目を閉じていた。
「おぉ……くわばらくわばら……ここが……奈落迦(ならか)か……」
「おまえだけ悟り開くな!!!」
「座禅!?今!?雷神様なにしてんの!?!?」
最終的に、パニックがひとつの叫びに収束する
「笑ったら終わるうううううううう!!!」
混乱と爆音の中で、悲鳴だけが途切れず跳ね回っていた。
阿鼻叫喚の中、プルトが低く呟く。
「……!中央下部、開いたッ!!」
キャタピラの隙間から、わずかに露出したエネルギーコア。
サタヌスが唾を飲み込む。
「そこか……?」
「今。三秒後に回転がズレる!」
サタヌスが飛び出す。
屋台を踏み台にして、虹色の腹部へ跳ぶ。
背後では広告がまだ流れている。
「あなたの幸福、ギガ増量中♡」
その音声を切り裂くように、サタヌスの叫びが響いた。
「ギガは減量だァァァァァ!!!!」
ユピテルがしゃがみ込み、ユーサーとイグレインの肩をつかんだ。
目が本気で泳いでいる。
「ほ、ほらガキども!?笑いそうなときは!!
まったく違うこと考えるンだよ!!分かるか!?」
ユーサーは泣きそうな顔で首を振る。
「む、無理だよぉ!!今笑ったら終わっちゃうのに!!」
イグレインも必死。
「わかってるけど……!脳が勝手に『笑え』っつってくんの!!」
ユピテルはなぜか胸を張った。
「俺もね!?幹部の葬式で思い出し笑いしそうになったとき!
そうやって乗り越えたから!!」
サタヌスが悲鳴。
「重い話ぶっこんでくるなよォ!!今そのワード重すぎんだよ!!」
イグレインはさらに混乱。
「やだ……笑っちゃダメなのに情報が強烈……ッ!!」
ユピテルは真剣だった、方向性がおかしいだけ。
--魔王軍・某幹部の葬式 ― 回想---
百炎の松明がゆらめき、無数の魔族が黒装束で整列していた。
重苦しい音楽。張り詰めた空気。
……なのに、列の中央でたった一人、肩を震わせる男がいた。
六将筆頭・ユピテルである。
(……ダメだ、思い出すな……ッ
なんで今日に限ってアレが脳裏をよぎるンだよ……ッ!!)
脳内で再生されるのは“地獄の一場面”。
氷の訓練場。
ユピテルが見学していた日。
『あっユピテル様~♡ 僕、今日も練習を――』
背中から 豪快に、芸術点の高いこけ方。
そのままスケートリンクを滑っていく。
残された足跡は、なぜかハート型。
この映像がよりによって葬式で再生され、隣のマルスは真顔で心配してくる。
「……ユピテル……落ち着け……」
「無理だわ……アイツの“ユピテル様~♡”が脳内でエコーしてンだよ……!
背中からすっ転んで滑っていくカリスト……なんで今出てくるンだよォ……!!」
周囲の魔族たちは勘違い。
「六将筆頭が震えている……」
「泣いておられるのか……?」
「心優しい御方だ……」
違う、笑いをこらえて死にかけてるだけだ。
ユピテルは苦し紛れに“冷静になる方法”を探した。
「……ッ、もうダメ。笑っちまう……!
そうだ、葬式と言えばアレだ……遺影を見ろ……遺影を……!
真顔……無表情……泣ける要素……よし来い……ッ」
遺影を見る。
……古い。めちゃくちゃ古い。スマホで撮った方がマシなレベル。
肩が震え、口元が変形する。
「ユピテル!葬式で笑うなァァァ!!」
「笑ってねェよ……!!俺は今ほど真剣な時間ねェよ……!!
くっそ……カリストの転倒シーンが邪魔して……ッ」
そこへ――当人が到着。
「遅れて申し訳ありません、ユピテル。
……あら?お顔が赤いですよ?」
「お前が来ると!転ぶ幻覚が!脳内で再生されンだよ!!
なんだよあの転び方!!おかしいだろ!!
なんでハート型の跡残すんだよ!!」
「僕の意思じゃありません!!氷が悪いんです!!
会場では絶対に聞こえてはならない会話。
「ユピテル様……悲しみでお心が乱れておられる……」
「カリスト様が慰めておられる……美しい……」
「魔王軍は情に厚い……」
※全部誤解。
結果――ユピテルはギリギリ耐えた。
理由は「遺影の古さが逆に冷静にさせた」だった。
《幸福値:上昇》
ユピテルが慌てて叫ぶ。
「やべぇ!!笑うなガキども!!
俺の失敗談で笑うな!!ギガスマイラー来るぞ!!」
しかしイグレインの口元は上がり続け、ユーサーも肩を震わせている。
レイスが遠くから叫んだ。
「おい!!幸福センサーもう赤だぞ!!笑ったら終わりだーー!!」
ギガスマイラーの影が、病院の前にゆっくりと迫ってきた。
「やべぇ!!やべぇって!!
このままだとミニスマイラー来るじゃねぇか!!
ミカああああ!!助けて!!」
サタヌスの悲鳴が病院中に反響する。
廊下の天井には“幸福値警告バー”が赤く点滅していた。
ピコン、ピコン、と無機質な音が鳴るたび、全員の顔がひきつる。
そのとき――厨房の扉が勢いよく開いた。
「できたぁぁぁ!!」
ミカが湯気の立つ急須を掲げて現れる。
救世主の顔をしているが、持っているのは明らかに毒の色だ。
「センブリ茶!!しかもめっっちゃ濃いやつ!!飲んで!!!」
ユーサーが一歩下がる。
「センブリ茶!?なんで!?」
ミカは真顔だった。
「笑いそうな時は“絶望的な味で心をリセットさせる”のが一番!!闇病院の常識!!」
イグレインが即ツッコむ。
「常識じゃねぇ!!」
ドンッ、と湯呑が三つ並べられた。
サタヌスが顔を引きつらせる。
「ミカ!!これマジで助かるの!?嘘じゃないよね!?」
「嘘だったら今ごろ私は厨房で殉職してる!!飲め!!!!!!!!」
命令口調だった。
三人は顔を見合わせ、覚悟を決める。
背後では幸福センサーが点滅を続けている。
《幸福値:危険水域》
一斉に、飲んだ。
世界が止まった。
ユーサーの目が見開く。
「…………っッッッッッッ!?!?!?にがっっっっっ!!!!」
イグレインが絶叫。
「うあああああああああああああああ!!!!なんだこれ!!!!!!」
サタヌスは膝をつく。
「舌が死ぬ!!!!!!!!!!」
それはもはや飲み物ではなかった。
味覚という概念を根底から破壊する、哲学的苦味。
ユピテルが腕を組み、やや楽しそうに頷く。
「そォだよ。苦味は良い……“幸福値”が死ぬからな……」
《幸福値:急激に低下》
《ミニスマイラー派遣要請:キャンセル》
イグレインは涙目で壁に寄りかかる。
「二度と飲まねぇ……絶対に飲まねぇ……でも助かった……」
ユーサーは舌を押さえている。
「ぼくもう笑う余裕すらねぇ……口の中が地獄……」
サタヌスは完全に魂が抜けていた。
「ガキども……覚えとけ……“笑っちまうときは、まず舌を殺す”」
ユピテルのアドバイスに、サタヌスが顔を上げる。
「おまえの人生どんな経験で構築されてんだよ!!」
ユーサーは肩で息をしながら言う。
「でも今だけは助かったぁ……」
イグレインが震えながら呟く。
「もうセンブリ茶見るだけで泣ける……」
そのとき、院内スピーカーが優しく告げた。
《現在、院内幸福値は安全圏です♡
皆さま安心して“苦しんで”お過ごしください♡》
「言い方ァッ!!!!!!」
病院の壁がわずかに震える。
ユピテルの目が細くなる。
「……来やがるな。今度は本体だ」
サタヌスは立ち上がり、まだ苦味に震える舌を押さえたまま言う。
「やってやるよ……笑いより怖ぇのは苦味だって教えてやる」
フォウが静かに呟く。
「……幸福炉の光、まだ止まってない」
病院の窓の向こうで、虹色の閃光が空を裂いた。
電光掲示板が爆発的な明るさで瞬き続ける。
「ギガスマイラー公式回線で市民全員スマイル中!」
「乗り換え特典:幸福値永久保証♡」
その真下で、PATCHが古びた公衆電話に食らいついていた。
配線を剥き出しにし、チップを差し込み、ハッキングを仕掛ける。
「頼む……闇病院につなげ……つながれ……!」
受話器から流れてきたのは、ありえないほど可愛い声。
「ギガギガスマイル~♡今なら家族割でお得~♡」
PATCHの顔が崩壊する。
「うるっせぇぇぇ!!家族いねぇんだよ!!!どこと割るんだ俺の割引は!!?」
電話機が明るく応答する。
「ご契約者様の“適合家族”が確認できませんでした♡お友達紹介で幸福値+10%!」
「友達も少ねぇよ!!追い討ちすんな!!」
「友達がいない場合、オススメの“笑顔生成AI”をご案内します♡」
「いらねぇよボッチ救済プランッ!!」
背後で、爆音。
ギガスマイラーの巨大な影が、建物の壁を歪ませる。
キャタピラがアスファルトを削り取る。
ギガスマイラーの祝砲が空を虹色に裂き。
歓声とも悲鳴ともつかない騒ぎが街をひっくり返していた。
そのど真ん中で、フォウはスマホを握りしめ、半泣きで画面を連打している。
「……つながって……つながってよぉ……っ!」
アンテナは沈黙したまま。
画面に浮かぶのは、黒々とした一語。
――圏外。
「月末かよ!!」
フォウは一瞬だけ虹色ビームより青ざめた。
「月末って……そんな理由で電波止まるの……?」
「止まるんだよ!!下層の通信は“月末の気分”で死ぬんだよ!!!」
その一方で、戦場の空気が一変する。
プルトが背を丸め、猫科の捕食者のように低く構える。
瞳が、鋭く光る。
「無人戦車、か……動力はどこだ?」
騒音の中、彼女だけが異様に静かだった。
耳がピクリと動き、視線が配線を追う。
サタヌスは焼きそば屋台を盾にしながら震えている。
「プル公!!あれ!!どこ壊せばいいんだあああ!?早く教えてくれ!!」
普段ワイルドな悪ガキが、今だけ本気でヘタレ化している。
プルトは瞬きもせず答える。
「落ち着いて。今、ボルトの数……数えてる」
ギガスマイラーの脚部を走るエネルギーライン。
虹色の脈動、キャタピラ内部の回転数。
「……四本の主軸。でも本命は中央下部。幸福値センサーと直結してる」
「わかりやすく言え!!」
「お腹」
「最初からそう言え!!」
ギガスマイラーが広場へ多脚アタックを仕掛け。
サブアームが屋台を粉砕し、強制スマイルビームが炸裂。
被弾した市民が、泣きながら笑顔になる。
《幸福値:低値検知》
《再教育レーザー準備》
ギガスマイラーの虹色砲が街角を焼き、通りが一気に混乱へ沈む。
その中で、市民の声だけが断末魔のように跳ねていた。
「いやああああ!なんでこのタイミングで思い出し笑いするのよおお!?」
「待って!洗濯物干しっぱなしなんだけどぉぉ!!」
キャタピラが建物を砕き、瓦礫が弾け飛ぶ。
通りはすでに地獄絵図。
光線が空を裂き、広告スピーカーは狂ったポエムを垂れ流し、
市民は泣きながら笑い、笑いながら泣いている。
そんな中、群衆に紛れて――OBSOLETEが、人生二周目の叫びを上げる
「ちょっと待って!?私!せっかく異世界転生したんなら
チートスキルの一つでも貰いたかったあああああ!!」
「あなた転生者だったの!?今カミングアウトするの!?」
強制スマイル広告が10秒スキップ不可で流れ続ける中、
NULLは爆走しつつ眉一つ動かさず分析。
「広告スキップ不可……
二連続再生は広告設計として悪手。改善を要求する」
「走れよ!?分析より走れよ!?死ぬから!!」
サタヌスはパニック丸出し
ギガスマイラーが歌いながら迫る中、叫ぶ。
「なあああああああ!?あれ“非殺生型”って書いてあったよね!?
絶対轢き殺してるよねええええ!?
おかしいだろおおおお!!?
非殺生ってなんだよおおおお!!」
プルトもビームに追われながら、
市民の影に混じって慌てふためくプルト。
「ちょっ……ちょっと!?そんな契約は!!したくないのぉおお!!やめてよおお!!」
「あなたの笑顔と“ご契約”♡」
「絶対いやああああ!!」
爆音と絶叫の中、一人だけ別世界にいる男がいた。
ユピテルだけ瓦礫の上で腰を下ろし、膝を組んで目を閉じていた。
「おぉ……くわばらくわばら……ここが……奈落迦(ならか)か……」
「おまえだけ悟り開くな!!!」
「座禅!?今!?雷神様なにしてんの!?!?」
最終的に、パニックがひとつの叫びに収束する
「笑ったら終わるうううううううう!!!」
混乱と爆音の中で、悲鳴だけが途切れず跳ね回っていた。
阿鼻叫喚の中、プルトが低く呟く。
「……!中央下部、開いたッ!!」
キャタピラの隙間から、わずかに露出したエネルギーコア。
サタヌスが唾を飲み込む。
「そこか……?」
「今。三秒後に回転がズレる!」
サタヌスが飛び出す。
屋台を踏み台にして、虹色の腹部へ跳ぶ。
背後では広告がまだ流れている。
「あなたの幸福、ギガ増量中♡」
その音声を切り裂くように、サタヌスの叫びが響いた。
「ギガは減量だァァァァァ!!!!」
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キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。
ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!
オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ラン(♂)の父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリー(♀)だった。
ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。
学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。
当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。
同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。
ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。
そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。
まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。
その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。
こうしてジュリーとの同居が決まった。
しかもジュリーの母親、エリカも現われ、ランの家は騒然となった。
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