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SIDE-ERROR_410: JAPAN GONE・4
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闇病院の一室。
窓の外には、ドローンの低い駆動音が響いている。
ユーサーはゆっくりと体を起こした。
胸の奥で、人造心臓が規則正しく鼓動している。
その音を聞きながら、フォウがベッド脇に立つ。
両手に、小皿がふたつ。
「えっと……どっちも作っちゃった……。ユーサーくんが、好きなほう食べて……!」
湯気が立ちのぼる。
片方は白く柔らかな香り。
ミルクと豚の脂が混ざった、丸い匂い。
もう片方は、刺激的な酸味。
玉ねぎの甘さとピクルスの鋭さ、マスタードが鼻の奥をくすぐる。
一瞬、シャルキュティエールの皿に目が留まる。
(……くっそ……これ絶対うまいじゃん……)
焼けた肉の匂い。
酸味のあるソース。
体が元気なら、迷わずそっちだった。
サタヌスがベッドの足元から身を乗り出す。
「お?そっち先食いてぇよな~?男ならよ!」
ユーサーは小さく息を吐く。
「……こっちは、今食ったら胃が死ぬ」
冗談のようで、半分本気だ。
彼は迷いなく指をさした。
「……こっち。ポール・オ・レ。今のオレでも大丈夫だから」
レイスが壁にもたれて煙を吐く。
「ガッツリ系食いてぇだろうけどなぁ。……生きてりゃまた食える」
ユーサーは、弱く笑う。
「うん。元気になったら……その時はシャルキュティエールいきたい」
その瞬間。
背後の扉が勢いよく開く。
「じゃあそれ、もらうわ!!!」
イグレインが電光石火の勢いで皿を持ち、視界から消える。
サタヌスが吹き出す。
「はえぇ!!」
イグレインはすでに一口食べている。
「うまっ……なにこれ。攻めてるけどちゃんと優しいじゃん」
口元を拭きながら、少しだけ頬が緩む。
ユーサーはそれを見て、小さく笑う。
「……早く元気になって、あれも……食べたいな」
それは“料理”の話であり“未来”の話でもあった。
フォウは顔を真っ赤にして頷く。
「じゃあ……また作るから……ね」
その言葉は、約束だった。
廊下の向こうから、賑やかな声が聞こえる。
食堂には、白い煮込み料理が並び、パンをちぎる音がしている。
国家は消え、旧東京は粉砂になった。
神格体は荒野で睨み合っている。
それでも湯気は立つ。
スプーンは動く、誰かが誰かの体を気遣う。
世界は消えていない。
少なくともこの病院では、“また作るから”が未来形で存在している。
大停電の余韻がようやく街から抜け落ち。
「Le Sakura Table」店内には穏やかなランチの空気が戻っていた。
和と仏が混ざった香り。
出汁とバターの匂いが同居する、不思議な空間。
OBSOLETEがワイングラスを指先で回しながら言う。
「そういえば、あなた達の名前を聞いていない気がする」
視線は、カウンターの向こう。
「名前は何というんですか?」
「私か?アルマン・ムカイだよ」
「カミーユよ」
ミカがぴくりと反応する。
「ムカイ?旦那さんって日本人でしたよね?」
カミーユはグラスの水面を見つめながら、さらりと言う。
「ええ。貴方みたいに偽名を名乗ってるの」
少し間を置いて、続けた。
「本当の名前は、彰(あきら)っていうのよ」
アルマン――いや、彰は苦笑する。
「バラすなよ」
「だってもう隠す必要ないでしょう?」
ナノシティの再編が落ち着き、少なくとも今この店は、偽名を必要としない。
ミカが少し身を乗り出す。
「どうやって出会ったんですか?」
その問いに、カミーユは遠くを見る目をした。
場所はセーヌ川沿い、光がきれいだった。
観光客と地元民が混ざる市場。
魚の匂いとパンの匂いが漂う、騒がしい午前。
彰は、まだフランス語が拙かった。
「ええと……これ、サバ?」
店主が眉をひそめる。
「それはバール(スズキ)だ」
「あ、すみません……」
言い直そうとして、また間違える。
そのときだ、白い日傘をさした影が通りかかった。
逆光で顔がよく見えず、夏の風が吹く。
スカートがふわりと揺れる。
彰は、思わずつぶやいた。
「……モネ?」
カミーユは、ぴたりと足を止めた。
「失礼ね。私は絵じゃないわ」
彰は真顔で言う。
「“散歩、日傘をさす女”にそっくりだった」
あの、クロード・モネの光の中に立つ女性。
カミーユは眉を上げ、それから笑った。
「それ、口説いてるつもり?」
彰は首を横に振る。
「いや、事実を述べただけ」
それが、最初の会話。
セーヌ川の水面が白く光る中、カミーユは歩きながら言った。
「向井?……珍しい苗字ね」
彰は少し緊張して答える。
「向井彰です」
彼が本名をきちんと名乗ろうとした瞬間。
カミーユは間髪入れずに言った。
「呼びにくいからアルマンでいい?」
「え?」
「アルマン。発音しやすいし、顔にも合う」
あまりに自然な言い換え。
普通のパリ人すぎて、思わず笑ってしまった。
その“軽さ”が、救いだった。
名前を変えることに、悲壮も政治も感じさせない。
ただの音の選び直し。
彰は、その日からアルマンになった。
Le Sakura Tableの午後。
食後の皿が下げられ、カウンターにはカフェオレの湯気だけが残っている。
カミーユは、中国と韓国と日本の区別も曖昧だった。
日本好きアピールもしたことがない。
彰が日本人だと知ったときも、彼女はこう言った。
「え、日本人なの?へぇ。……で、あなたは何が好きなの?」
国の話より、個人の好みを聞いた。
“日本文化ガチ勢”ではない。
文化を商品として追いかけるタイプでもない。
国家が消滅すると、その国に紐づいた著作物も管理権を失う。
“出典不明コンテンツ”は削除対象。
消されたのは爆弾でも武器でもなく、キャラクターとフォント。
ミカは苦笑する。
「でもさ。屋台はやたら美味しくなったよね」
日本難民が増え、安い食材を美味くする技術が発展した。
出汁の引き方、焼き方、漬け方。
“生き延びる料理”は、消せなかった。
カミーユはカフェオレを混ぜ続ける。
「日本があった頃はね、日本大好き!って言う人は多かったわ」
一拍。
「でも国が消えたら、そのムーブメントは止まった」
文化は好きだった、でも文化を生んだ人々を尊重していたか?
カミーユは、静かに言う。
「私達は結局、日本文化が好きだっただけ。
日本人は中国人の親戚くらいに思っていた」
店内が、少し静かになる。
「擬態しないと生きられない世界にしてしまった。それが“日本消滅”が突きつけた現実よ」
彰は何も言わず、否定もしない。
ミカは、照れ笑いを浮かべる。
「まあ……別に、今さら怒らないけどね」
軽い声、でも含む意味は軽くなかった。
Le Sakura Table の厨房から、ほのかな柑橘の香りが漂ってきた。
カミーユがトレイを持って現れる。
「そうそう、あの大停電を見てインスピレーションが浮かんだの」
皿に並ぶ、小さなプチケーキ。
「これ、食べてみて。すでに人気になってきててね」
《Citron Noir Pikapetit シトロン・ノワール・ピカプティ》
上層はふわりと軽いレモンムースの鮮やかな黄色。
中央、黒糖キャラメルの深い黒。
そして頂点に、真っ赤なラズベリーが一粒。
サタヌスが眉をひそめる。
「ん? 黄色。黒。赤い丸……」
じっとケーキを見る。
「……なんだこれ、どっかで見た気すンだけど」
カミーユは嬉しそうに目を細める。
「私が日本のキャラで唯一ちゃんと“好きだった子”を再現したものよ」
サタヌス、さらに凝視。
「……電気ねずみ?」
カミーユ、指で口元を隠す。
「正解♪」
レイスが吹き出す。
「あの黄色いネズミ好きなのか!?日本あんま知らねぇんじゃなかったっけ?」
カミーユはワインを注ぎながら言う。
「ちがうの。日本のキャラだから好きだったんじゃないわ。」
「ねずみだからよ。あの子たち、ほんとタフでしょう?」
レイスは腕を組む。
「……わかるけどわからねぇ理屈だな」
カミーユはくすっと笑う。
「……大停電の日、覚えている?」
クロノチームはうなずく。
ナノシティ全域が暗闇に沈んだ、あの不気味な数時間。
カミーユは続ける。
「真っ暗になって、街が止まって、冷蔵庫の中身が全部死んで……」
ミカが苦笑する。
「あの時は本当に地獄でしたね」
カミーユはふっと笑って、焼き菓子型に指で触れる。
「でもね。あの時……ふと思ったの」
光のない厨房、冷たい空気、鳴らない発電機。
そこで彼女の脳裏に浮かんだのは黄色いネズミのしっぽが火花を散らす光景。
「あの子がいたら、きっと言うでしょうね」
カミーユは、ちょっとだけ少年のようないたずら笑顔をした。
「“しょーがねぇな、人間は” って」
「……めっちゃ言いそうで笑う」
「そう。あの子は“電気”でしょう?
大停電が来たら……たぶん誰よりも先に動くのよ。街が困ってるからって」
カミーユは焼き菓子にラズベリーを載せながら言う。
「私は日本の文化を特別視していなかった。アニメも、キャラも、ほとんど知らない」
「だから私は、日本人だったあなた達に“日本文化が好きだった”なんて嘘は言わない」
コーヒーをひと口。
「好きだったのは……ただ一匹のねずみよ。それだけは、私の心に残ったわ」
そして、プチケーキの皿を指先で押しやる。
「生きる子のために作ったお菓子なら、きっと誰が食べても元気になるでしょう?」
「……食える文化は、消えねえんだな」
ミカが笑う。
「料理は著作権ないからね」
カミーユはグラスをかちりと置く。
「そういうことよ。日本は消えても……“黄色い子のお菓子”は、残るの」
ERROR_410 の世界で、一番最初に復元された“日本文化”は。
キャラグッズでも、フォントでも、アニメでもなく。
レモンと黒糖のプチケーキだった。
食器の片付けが終わり、店内は落ち着いた夜の静けさに包まれていた。
カミーユが最後の皿を拭いていると、入り口のベルが控えめにチリン……と鳴った。
世界の終焉すら斬り伏せる雷神にして、店のドアは律儀にノックして開ける男。
ユピテルだった。
「……来たぞォ。ンで、あいつらは?」
カミーユがさらっと言う。
「さっき帰ったわよ?」
ユピテル、0.1秒で顔が曇る。
「…………ハ?俺だけハブられたのかよォ?」
完全に“友達と合流できなかった中学生”のトーンである。
雷の剣士の威厳など欠片もない。
カミーユは肩をすくめる。
「あなたが遅かっただけじゃない?」
「いやいやいや……俺サマ、この店の常連だぞ……?」
「なんで俺だけ置いていくンだよォ……」
めっちゃスネてる。
雷属性の拗ね方は湿気がないので、逆におもしろい。
カウンターの奥に、ひとつだけ残った《Citron Noir Pikapetit》が目に入る。
「……まぁ……甘いモンは好きだし?」
急に機嫌が直り、再び“少年モード”に戻った。
「ンだよ、美味いじゃねぇか。
黄色。黒。赤……これどっかで見た色合いだよなァ?」
「あなたも好きでしょう? しぶとい子。」
ユピテル、ちょっと照れる。
「……まぁ、嫌いじゃねェけどよ。」
「アイツら俺を置いてくとかさァ……次会ったら絶対感電させるわ。」
とか言いながら、フォークの動きだけは止まらない。
最後に、皿の上のラズベリーをひょいと摘みながら、
「……次は俺も呼べよ?」
誰に言ってんのかは分からない。
カミーユか、クロノチーム全員か、たぶんこの世界そのもの。
でも、その声は“遅れてきた少年の本音” そのものだった。
窓の外には、ドローンの低い駆動音が響いている。
ユーサーはゆっくりと体を起こした。
胸の奥で、人造心臓が規則正しく鼓動している。
その音を聞きながら、フォウがベッド脇に立つ。
両手に、小皿がふたつ。
「えっと……どっちも作っちゃった……。ユーサーくんが、好きなほう食べて……!」
湯気が立ちのぼる。
片方は白く柔らかな香り。
ミルクと豚の脂が混ざった、丸い匂い。
もう片方は、刺激的な酸味。
玉ねぎの甘さとピクルスの鋭さ、マスタードが鼻の奥をくすぐる。
一瞬、シャルキュティエールの皿に目が留まる。
(……くっそ……これ絶対うまいじゃん……)
焼けた肉の匂い。
酸味のあるソース。
体が元気なら、迷わずそっちだった。
サタヌスがベッドの足元から身を乗り出す。
「お?そっち先食いてぇよな~?男ならよ!」
ユーサーは小さく息を吐く。
「……こっちは、今食ったら胃が死ぬ」
冗談のようで、半分本気だ。
彼は迷いなく指をさした。
「……こっち。ポール・オ・レ。今のオレでも大丈夫だから」
レイスが壁にもたれて煙を吐く。
「ガッツリ系食いてぇだろうけどなぁ。……生きてりゃまた食える」
ユーサーは、弱く笑う。
「うん。元気になったら……その時はシャルキュティエールいきたい」
その瞬間。
背後の扉が勢いよく開く。
「じゃあそれ、もらうわ!!!」
イグレインが電光石火の勢いで皿を持ち、視界から消える。
サタヌスが吹き出す。
「はえぇ!!」
イグレインはすでに一口食べている。
「うまっ……なにこれ。攻めてるけどちゃんと優しいじゃん」
口元を拭きながら、少しだけ頬が緩む。
ユーサーはそれを見て、小さく笑う。
「……早く元気になって、あれも……食べたいな」
それは“料理”の話であり“未来”の話でもあった。
フォウは顔を真っ赤にして頷く。
「じゃあ……また作るから……ね」
その言葉は、約束だった。
廊下の向こうから、賑やかな声が聞こえる。
食堂には、白い煮込み料理が並び、パンをちぎる音がしている。
国家は消え、旧東京は粉砂になった。
神格体は荒野で睨み合っている。
それでも湯気は立つ。
スプーンは動く、誰かが誰かの体を気遣う。
世界は消えていない。
少なくともこの病院では、“また作るから”が未来形で存在している。
大停電の余韻がようやく街から抜け落ち。
「Le Sakura Table」店内には穏やかなランチの空気が戻っていた。
和と仏が混ざった香り。
出汁とバターの匂いが同居する、不思議な空間。
OBSOLETEがワイングラスを指先で回しながら言う。
「そういえば、あなた達の名前を聞いていない気がする」
視線は、カウンターの向こう。
「名前は何というんですか?」
「私か?アルマン・ムカイだよ」
「カミーユよ」
ミカがぴくりと反応する。
「ムカイ?旦那さんって日本人でしたよね?」
カミーユはグラスの水面を見つめながら、さらりと言う。
「ええ。貴方みたいに偽名を名乗ってるの」
少し間を置いて、続けた。
「本当の名前は、彰(あきら)っていうのよ」
アルマン――いや、彰は苦笑する。
「バラすなよ」
「だってもう隠す必要ないでしょう?」
ナノシティの再編が落ち着き、少なくとも今この店は、偽名を必要としない。
ミカが少し身を乗り出す。
「どうやって出会ったんですか?」
その問いに、カミーユは遠くを見る目をした。
場所はセーヌ川沿い、光がきれいだった。
観光客と地元民が混ざる市場。
魚の匂いとパンの匂いが漂う、騒がしい午前。
彰は、まだフランス語が拙かった。
「ええと……これ、サバ?」
店主が眉をひそめる。
「それはバール(スズキ)だ」
「あ、すみません……」
言い直そうとして、また間違える。
そのときだ、白い日傘をさした影が通りかかった。
逆光で顔がよく見えず、夏の風が吹く。
スカートがふわりと揺れる。
彰は、思わずつぶやいた。
「……モネ?」
カミーユは、ぴたりと足を止めた。
「失礼ね。私は絵じゃないわ」
彰は真顔で言う。
「“散歩、日傘をさす女”にそっくりだった」
あの、クロード・モネの光の中に立つ女性。
カミーユは眉を上げ、それから笑った。
「それ、口説いてるつもり?」
彰は首を横に振る。
「いや、事実を述べただけ」
それが、最初の会話。
セーヌ川の水面が白く光る中、カミーユは歩きながら言った。
「向井?……珍しい苗字ね」
彰は少し緊張して答える。
「向井彰です」
彼が本名をきちんと名乗ろうとした瞬間。
カミーユは間髪入れずに言った。
「呼びにくいからアルマンでいい?」
「え?」
「アルマン。発音しやすいし、顔にも合う」
あまりに自然な言い換え。
普通のパリ人すぎて、思わず笑ってしまった。
その“軽さ”が、救いだった。
名前を変えることに、悲壮も政治も感じさせない。
ただの音の選び直し。
彰は、その日からアルマンになった。
Le Sakura Tableの午後。
食後の皿が下げられ、カウンターにはカフェオレの湯気だけが残っている。
カミーユは、中国と韓国と日本の区別も曖昧だった。
日本好きアピールもしたことがない。
彰が日本人だと知ったときも、彼女はこう言った。
「え、日本人なの?へぇ。……で、あなたは何が好きなの?」
国の話より、個人の好みを聞いた。
“日本文化ガチ勢”ではない。
文化を商品として追いかけるタイプでもない。
国家が消滅すると、その国に紐づいた著作物も管理権を失う。
“出典不明コンテンツ”は削除対象。
消されたのは爆弾でも武器でもなく、キャラクターとフォント。
ミカは苦笑する。
「でもさ。屋台はやたら美味しくなったよね」
日本難民が増え、安い食材を美味くする技術が発展した。
出汁の引き方、焼き方、漬け方。
“生き延びる料理”は、消せなかった。
カミーユはカフェオレを混ぜ続ける。
「日本があった頃はね、日本大好き!って言う人は多かったわ」
一拍。
「でも国が消えたら、そのムーブメントは止まった」
文化は好きだった、でも文化を生んだ人々を尊重していたか?
カミーユは、静かに言う。
「私達は結局、日本文化が好きだっただけ。
日本人は中国人の親戚くらいに思っていた」
店内が、少し静かになる。
「擬態しないと生きられない世界にしてしまった。それが“日本消滅”が突きつけた現実よ」
彰は何も言わず、否定もしない。
ミカは、照れ笑いを浮かべる。
「まあ……別に、今さら怒らないけどね」
軽い声、でも含む意味は軽くなかった。
Le Sakura Table の厨房から、ほのかな柑橘の香りが漂ってきた。
カミーユがトレイを持って現れる。
「そうそう、あの大停電を見てインスピレーションが浮かんだの」
皿に並ぶ、小さなプチケーキ。
「これ、食べてみて。すでに人気になってきててね」
《Citron Noir Pikapetit シトロン・ノワール・ピカプティ》
上層はふわりと軽いレモンムースの鮮やかな黄色。
中央、黒糖キャラメルの深い黒。
そして頂点に、真っ赤なラズベリーが一粒。
サタヌスが眉をひそめる。
「ん? 黄色。黒。赤い丸……」
じっとケーキを見る。
「……なんだこれ、どっかで見た気すンだけど」
カミーユは嬉しそうに目を細める。
「私が日本のキャラで唯一ちゃんと“好きだった子”を再現したものよ」
サタヌス、さらに凝視。
「……電気ねずみ?」
カミーユ、指で口元を隠す。
「正解♪」
レイスが吹き出す。
「あの黄色いネズミ好きなのか!?日本あんま知らねぇんじゃなかったっけ?」
カミーユはワインを注ぎながら言う。
「ちがうの。日本のキャラだから好きだったんじゃないわ。」
「ねずみだからよ。あの子たち、ほんとタフでしょう?」
レイスは腕を組む。
「……わかるけどわからねぇ理屈だな」
カミーユはくすっと笑う。
「……大停電の日、覚えている?」
クロノチームはうなずく。
ナノシティ全域が暗闇に沈んだ、あの不気味な数時間。
カミーユは続ける。
「真っ暗になって、街が止まって、冷蔵庫の中身が全部死んで……」
ミカが苦笑する。
「あの時は本当に地獄でしたね」
カミーユはふっと笑って、焼き菓子型に指で触れる。
「でもね。あの時……ふと思ったの」
光のない厨房、冷たい空気、鳴らない発電機。
そこで彼女の脳裏に浮かんだのは黄色いネズミのしっぽが火花を散らす光景。
「あの子がいたら、きっと言うでしょうね」
カミーユは、ちょっとだけ少年のようないたずら笑顔をした。
「“しょーがねぇな、人間は” って」
「……めっちゃ言いそうで笑う」
「そう。あの子は“電気”でしょう?
大停電が来たら……たぶん誰よりも先に動くのよ。街が困ってるからって」
カミーユは焼き菓子にラズベリーを載せながら言う。
「私は日本の文化を特別視していなかった。アニメも、キャラも、ほとんど知らない」
「だから私は、日本人だったあなた達に“日本文化が好きだった”なんて嘘は言わない」
コーヒーをひと口。
「好きだったのは……ただ一匹のねずみよ。それだけは、私の心に残ったわ」
そして、プチケーキの皿を指先で押しやる。
「生きる子のために作ったお菓子なら、きっと誰が食べても元気になるでしょう?」
「……食える文化は、消えねえんだな」
ミカが笑う。
「料理は著作権ないからね」
カミーユはグラスをかちりと置く。
「そういうことよ。日本は消えても……“黄色い子のお菓子”は、残るの」
ERROR_410 の世界で、一番最初に復元された“日本文化”は。
キャラグッズでも、フォントでも、アニメでもなく。
レモンと黒糖のプチケーキだった。
食器の片付けが終わり、店内は落ち着いた夜の静けさに包まれていた。
カミーユが最後の皿を拭いていると、入り口のベルが控えめにチリン……と鳴った。
世界の終焉すら斬り伏せる雷神にして、店のドアは律儀にノックして開ける男。
ユピテルだった。
「……来たぞォ。ンで、あいつらは?」
カミーユがさらっと言う。
「さっき帰ったわよ?」
ユピテル、0.1秒で顔が曇る。
「…………ハ?俺だけハブられたのかよォ?」
完全に“友達と合流できなかった中学生”のトーンである。
雷の剣士の威厳など欠片もない。
カミーユは肩をすくめる。
「あなたが遅かっただけじゃない?」
「いやいやいや……俺サマ、この店の常連だぞ……?」
「なんで俺だけ置いていくンだよォ……」
めっちゃスネてる。
雷属性の拗ね方は湿気がないので、逆におもしろい。
カウンターの奥に、ひとつだけ残った《Citron Noir Pikapetit》が目に入る。
「……まぁ……甘いモンは好きだし?」
急に機嫌が直り、再び“少年モード”に戻った。
「ンだよ、美味いじゃねぇか。
黄色。黒。赤……これどっかで見た色合いだよなァ?」
「あなたも好きでしょう? しぶとい子。」
ユピテル、ちょっと照れる。
「……まぁ、嫌いじゃねェけどよ。」
「アイツら俺を置いてくとかさァ……次会ったら絶対感電させるわ。」
とか言いながら、フォークの動きだけは止まらない。
最後に、皿の上のラズベリーをひょいと摘みながら、
「……次は俺も呼べよ?」
誰に言ってんのかは分からない。
カミーユか、クロノチーム全員か、たぶんこの世界そのもの。
でも、その声は“遅れてきた少年の本音” そのものだった。
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