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クーデターの足音
タンスのなかにいる
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ラボの空気は、納期明けの打ち上げみたいな妙な熱気に包まれていた。
レイスは煙草を指で弾き、真顔でカイネスに向き直る。
「カイネス博士、約束だ。……ポータル接続、やってくれるか?」
カイネスは静かにうなずいた。その目は、ガチだ。“帰さないぞ”という圧が全身から滲み出ている。
「……あぁ、勿論。だが座標微調整のため、漏れなく朝帰りになるが構わないね?」
その口調はいつもの涼しげな論理系。
けれど目だけが「絶対に朝までに終わらせてやる」という。執念に満ちていた。
ユピテルがすかさず肩をすくめて笑う。
「勿論。ポータル接続は便利だが……座標ミスると最悪、壁の中に転移だからなぁ……」
サタヌスが小声でボソリ。
「いしのなかにいる」
ウラヌスは咄嗟にツッコミを入れる。
「Wizかよっ!」
ポータル転送。
――天才科学者と、悪ノリの悪魔たち、そして“選ばれし外道たち”が手を取り合う一瞬だけの奇跡。
便利だが、絶対に“信用しきってはいけない”魔術工学の極北。
クロノチームの脳裏には「信用ならない記憶」が蘇っていた。
その1:ユピテル、「魔王城の壁にめり込む」事件。
かつて、ユピテルが自作の“ポータル設計図”を使って最短ルート転送を試みたときのこと。
着地先――魔王城の壁ド真ん中。
物質と物質のあいだ、分子レベルで身体が「壁」に重なる。
呼吸はできず、重力も感じない。ただ、世界が自分ごと一度フリーズする。
それでもユピテルは、どこか他人事のように呟いた。
「なるほど、“いしのなか”ってこういう感覚か……」
微動だにせず、眉ひとつ動かさず。
廊下の反対側でカリストが泡を食う。
「ユピテル様ああああ!!絶対に動かないでくださいぃ!!フリじゃありませんよおおお!」
プルトが「冷静すぎて逆に怖いですよ」とツッコみ。
ウラヌスは「動画撮っときゃバズったのに!」と悔しがった。
その2:サタヌス、「入浴中のヴィヌス」と鉢合わせ事件。
勇者PT時代。
サタヌスはサボり癖で道中を“ポータルショートカット”しようとしたが。
転送座標を2mズラしてしまった結果――バスルーム直行。
ドアを開けた瞬間、目の前にいたのは、バスタオル一枚のヴィヌス(入浴中)。
ヴィヌスは一瞬だけ驚いた後、余裕の微笑みでこう言った。
「……スラム王子のエッチ♡」
サタヌスはその場で正座、顔を真っ赤にしつつ「す、すいませんでしたァァァ!」
扉の向こうでガイウスが「アホだな……」と呟き。
メルクリウスは無表情で「彼は反省しないと思うよ」とだけコメント。
しかもこの事件、後日ヴィヌスが“舞台MC”でネタにしたため。
サタヌスの黒歴史として伝説入りした。
その3:ウラヌス、「カエルラボ直行」事件。
転送座標ミスで、ウラヌスがカイネス博士の“カエル大量培養槽”に直で出現。
一瞬で「毒ガス充満の水槽」に沈み、カエルと一緒に泡を吹いた。
「カエルと一緒にバブルバスはやだ~~!!」と叫ぶも。
博士は「ついでに標本増えないかな」と悪ノリ全開で観察。
ポータル座標ミスはギャグとトラウマの紙一重。
“壁”にめり込むも、“裸”に遭遇するも、魂のダメージは同じくらい深い。
カイネス博士の「座標微調整」という一言は。
科学者の矜持と“ちょっとした狂気”が混ざった、最高にスリリングな約束。
「……さて、舞台は朝まで借りるぜ。今日は寝かせねぇぞ」
「むしろ望むところだ。エンジニアに徹夜は不可避だろう?」
「そーいや徹夜明けの博士、めっちゃテンションおかしいよな」
「眠気MAXのカイネスは、突然マナ定数計算しながら歌い出すからなぁ……」
「バグって変な踊りするしね」
緊張と悪ふざけ、サブカル系のノリと、世界を繋ぐ理論の最前線。
「朝まで返さねぇぞ」の圧と、「いしのなかにいる」恐怖を。
紙一重で乗り越える夜が始まる。
----アルヴ座・夜---
舞台にはまだ温かいスポットライトの残り香。
稽古を終えたばかりのアルヴ座の面々が、客席の闇に沈む劇場でひと息つく。
リースはステージ中央で黒衣を翻し、静かに指を鳴らす。
「ふむ、クロノチーム登場パートの稽古は明日以降になりそうだな、諸君」
台本を閉じ、淡々と告げるその声には。
“長い待機”すら演出の一部とする、冷徹な美学が漂う。
フィーナは袖の鏡台で、かすかに微笑みを浮かべる。
「フフ……待つのは慣れたわ。私たちは、十年待ったんだもの。
一晩やそこら、いくらでも演じてみせるわ」
彼女の声には、過去と未来をすべて受け入れる“女優の静けさ”が宿っていた。
「だが今日は終わりだ。夜更かしはセリフの読み違いのモトだぜ」
タウロスは筋肉質な腕で幕を下ろし、ぶっきらぼうに笑う。
明日を信じて、今日を納める。舞台の“盾”らしい誠実さ。
舞台袖の奥、薄暗い廊下――ノックスは無言のまま、もう誰も使っていない部屋へと歩を進める。
扉の隙間から、誰も知らない青白い光。
ポータル転送の微粒子が、舞台の闇にひっそりと舞っていた。
誰も気づかぬまま、この劇場は、世界の裏側と繋がりはじめている。
ノックスの仮面越しの視線だけが、その“異物”に一瞬触れる。
彼は黙ってドアを閉じる。
――舞台の「本番」は、まだ開かれていない。
だが、観客も知らぬまま、世界はもう次の幕を待っている。
“待つ者”の静けさ。
眠る劇場の天井から、わずかに舞い降りる青白い粒子。
それは「他の時代」「他の物語」が、いまここに重なりはじめた証だった。
フィーナの小さな独り言が、まだ誰にも聞こえぬ場所で、かすかに空気を震わせる。
「……さあ、次はどんな演者が来るのかしら?」
アルヴ座は、永遠の幕間に息をひそめていた。
-----
まだ誰も寝静まらない時間。
カリスト――すなわち“ロト王子”は、大きな姿見と衣装棚の間で。
慎重に明日の婚礼用コーディネートを吟味していた。
(この白か、それとも黒か……いや青も悪くない。だが王族として品格を――)
突然、タンスの奥から不穏な振動。
まるでホラー映画のごとく、扉が「ガタン」と揺れる。
「きゃあああああーー!?」
カリスト、思わず本気の悲鳴。
……出てきた声は、完全に「女の子」のそれ。
ヒロイン級の悲鳴を上げ、衣装を掴んでタンスを防御するカリスト。
普段の冷静さも、洗脳モードも一瞬でぶっ飛び。
ただただ素で「取り乱す女の子」になっていた。
タンスの中から、ウラヌスが顔を出す。
「うぇっ!?ちょwww女の子だったじゃん!!今の悲鳴、完全に女の子だったじゃん!!」
すかさずユピテルも“裏ポータル”から半身を出し、笑いかける。
「カリス……あ、そうか今洗脳状態だっけ。悪ぃ悪ぃ、座標ミスった」
――舞台裏からタンスへ。
どこをどう間違えたら“王子のクローゼット”に繋がるのか。
マッドサイエンスの理論は人の尊厳を軽く超越する。
カリストは顔を真っ赤にしつつ、衣装の一部を慌てて身体に巻きつけながら。
タンスを守るように後ろ手で「氷哭」の柄に手をかける。
声は震え、目には涙。
「何でよりによってタンスからっ……出ていって!出ていって下さい!!
今さっきまで衣装選びしてたんですよ!?」
完全に“女子更衣室に乱入されたヒロイン”ムーブだが、構えはガチ。
サタヌスは、ポータルの隙間から覗き見しながらニヤリ。
「いつものカリストなら、氷哭抜いて斬りかかってくるテンションだな。
今日はマジ泣きしてて逆にこえぇよ」
深夜の王宮、タンスから這い出す悪魔と研究者、半泣きで剣を振りかけるロト王子。
舞台の裏側は、今日も“茶番と修羅場”が交錯していた。
騒ぎは一瞬の幻だったかのように、部屋には再び静寂が満ちる。
レイスの気の抜けた声が「カリスト、そう怒るなよ~謁見以来だろ」と響いたが。
王子は――“洗脳状態”の平常運転に戻っていた。
「私はロト……サロメ姫の夫となる男です」
機械のような静けさ。心に厚い氷の壁。
ウラヌスは盛大なため息混じりに、肩をすくめる。
「あーあー戻っちゃったwwヴィラン博士に再チャレンジ頼も」と。
満場一致のあきらめモードでタンスに引っ込む。
サタヌスも「ノリ悪りぃな~」と苦笑しながら、ユピテルは小声で。
「まぁ今はタイミングが悪かったってことだ」と肩をすくめて、ラボへの帰還ポータルを開く。
タンスから消えていく気配。
カリストだけが部屋に取り残された。
しばし、キョトンと呆けた表情で立ち尽くす王子。
――なんだったんだ今のは。
――あれは、夢か、幻か。
――自分は、いま何をしていた?
唐突な混乱に、脳が現実を再起動しきれない。
「今のは幻……そう、朝からずっと結婚式の話をされ、疲労していたのだっ……!」
声はかすれ、部屋に誰もいないことを確認してから、そっと鏡に映る自分を睨む。
「……何故だ。何故、置いていかれたと感じる、私は……」
クロノチームの賑やかな影が消えたあとに残るのは“寂しさ”という名の空白だけ。
(自分が“選ばれなかった”のではないか――)
(この世界のどこかで、皆が自分抜きで何かを進めているのでは――)
王子はゆっくりと目を閉じる。
氷の鎧に守られた“本心”が、かすかにひび割れる。
悪ふざけと静けさの狭間で、王子の心は誰にも見えぬ場所で揺れている。
――何かが始まる前の夜は、決まって一番孤独なのだ。
レイスは煙草を指で弾き、真顔でカイネスに向き直る。
「カイネス博士、約束だ。……ポータル接続、やってくれるか?」
カイネスは静かにうなずいた。その目は、ガチだ。“帰さないぞ”という圧が全身から滲み出ている。
「……あぁ、勿論。だが座標微調整のため、漏れなく朝帰りになるが構わないね?」
その口調はいつもの涼しげな論理系。
けれど目だけが「絶対に朝までに終わらせてやる」という。執念に満ちていた。
ユピテルがすかさず肩をすくめて笑う。
「勿論。ポータル接続は便利だが……座標ミスると最悪、壁の中に転移だからなぁ……」
サタヌスが小声でボソリ。
「いしのなかにいる」
ウラヌスは咄嗟にツッコミを入れる。
「Wizかよっ!」
ポータル転送。
――天才科学者と、悪ノリの悪魔たち、そして“選ばれし外道たち”が手を取り合う一瞬だけの奇跡。
便利だが、絶対に“信用しきってはいけない”魔術工学の極北。
クロノチームの脳裏には「信用ならない記憶」が蘇っていた。
その1:ユピテル、「魔王城の壁にめり込む」事件。
かつて、ユピテルが自作の“ポータル設計図”を使って最短ルート転送を試みたときのこと。
着地先――魔王城の壁ド真ん中。
物質と物質のあいだ、分子レベルで身体が「壁」に重なる。
呼吸はできず、重力も感じない。ただ、世界が自分ごと一度フリーズする。
それでもユピテルは、どこか他人事のように呟いた。
「なるほど、“いしのなか”ってこういう感覚か……」
微動だにせず、眉ひとつ動かさず。
廊下の反対側でカリストが泡を食う。
「ユピテル様ああああ!!絶対に動かないでくださいぃ!!フリじゃありませんよおおお!」
プルトが「冷静すぎて逆に怖いですよ」とツッコみ。
ウラヌスは「動画撮っときゃバズったのに!」と悔しがった。
その2:サタヌス、「入浴中のヴィヌス」と鉢合わせ事件。
勇者PT時代。
サタヌスはサボり癖で道中を“ポータルショートカット”しようとしたが。
転送座標を2mズラしてしまった結果――バスルーム直行。
ドアを開けた瞬間、目の前にいたのは、バスタオル一枚のヴィヌス(入浴中)。
ヴィヌスは一瞬だけ驚いた後、余裕の微笑みでこう言った。
「……スラム王子のエッチ♡」
サタヌスはその場で正座、顔を真っ赤にしつつ「す、すいませんでしたァァァ!」
扉の向こうでガイウスが「アホだな……」と呟き。
メルクリウスは無表情で「彼は反省しないと思うよ」とだけコメント。
しかもこの事件、後日ヴィヌスが“舞台MC”でネタにしたため。
サタヌスの黒歴史として伝説入りした。
その3:ウラヌス、「カエルラボ直行」事件。
転送座標ミスで、ウラヌスがカイネス博士の“カエル大量培養槽”に直で出現。
一瞬で「毒ガス充満の水槽」に沈み、カエルと一緒に泡を吹いた。
「カエルと一緒にバブルバスはやだ~~!!」と叫ぶも。
博士は「ついでに標本増えないかな」と悪ノリ全開で観察。
ポータル座標ミスはギャグとトラウマの紙一重。
“壁”にめり込むも、“裸”に遭遇するも、魂のダメージは同じくらい深い。
カイネス博士の「座標微調整」という一言は。
科学者の矜持と“ちょっとした狂気”が混ざった、最高にスリリングな約束。
「……さて、舞台は朝まで借りるぜ。今日は寝かせねぇぞ」
「むしろ望むところだ。エンジニアに徹夜は不可避だろう?」
「そーいや徹夜明けの博士、めっちゃテンションおかしいよな」
「眠気MAXのカイネスは、突然マナ定数計算しながら歌い出すからなぁ……」
「バグって変な踊りするしね」
緊張と悪ふざけ、サブカル系のノリと、世界を繋ぐ理論の最前線。
「朝まで返さねぇぞ」の圧と、「いしのなかにいる」恐怖を。
紙一重で乗り越える夜が始まる。
----アルヴ座・夜---
舞台にはまだ温かいスポットライトの残り香。
稽古を終えたばかりのアルヴ座の面々が、客席の闇に沈む劇場でひと息つく。
リースはステージ中央で黒衣を翻し、静かに指を鳴らす。
「ふむ、クロノチーム登場パートの稽古は明日以降になりそうだな、諸君」
台本を閉じ、淡々と告げるその声には。
“長い待機”すら演出の一部とする、冷徹な美学が漂う。
フィーナは袖の鏡台で、かすかに微笑みを浮かべる。
「フフ……待つのは慣れたわ。私たちは、十年待ったんだもの。
一晩やそこら、いくらでも演じてみせるわ」
彼女の声には、過去と未来をすべて受け入れる“女優の静けさ”が宿っていた。
「だが今日は終わりだ。夜更かしはセリフの読み違いのモトだぜ」
タウロスは筋肉質な腕で幕を下ろし、ぶっきらぼうに笑う。
明日を信じて、今日を納める。舞台の“盾”らしい誠実さ。
舞台袖の奥、薄暗い廊下――ノックスは無言のまま、もう誰も使っていない部屋へと歩を進める。
扉の隙間から、誰も知らない青白い光。
ポータル転送の微粒子が、舞台の闇にひっそりと舞っていた。
誰も気づかぬまま、この劇場は、世界の裏側と繋がりはじめている。
ノックスの仮面越しの視線だけが、その“異物”に一瞬触れる。
彼は黙ってドアを閉じる。
――舞台の「本番」は、まだ開かれていない。
だが、観客も知らぬまま、世界はもう次の幕を待っている。
“待つ者”の静けさ。
眠る劇場の天井から、わずかに舞い降りる青白い粒子。
それは「他の時代」「他の物語」が、いまここに重なりはじめた証だった。
フィーナの小さな独り言が、まだ誰にも聞こえぬ場所で、かすかに空気を震わせる。
「……さあ、次はどんな演者が来るのかしら?」
アルヴ座は、永遠の幕間に息をひそめていた。
-----
まだ誰も寝静まらない時間。
カリスト――すなわち“ロト王子”は、大きな姿見と衣装棚の間で。
慎重に明日の婚礼用コーディネートを吟味していた。
(この白か、それとも黒か……いや青も悪くない。だが王族として品格を――)
突然、タンスの奥から不穏な振動。
まるでホラー映画のごとく、扉が「ガタン」と揺れる。
「きゃあああああーー!?」
カリスト、思わず本気の悲鳴。
……出てきた声は、完全に「女の子」のそれ。
ヒロイン級の悲鳴を上げ、衣装を掴んでタンスを防御するカリスト。
普段の冷静さも、洗脳モードも一瞬でぶっ飛び。
ただただ素で「取り乱す女の子」になっていた。
タンスの中から、ウラヌスが顔を出す。
「うぇっ!?ちょwww女の子だったじゃん!!今の悲鳴、完全に女の子だったじゃん!!」
すかさずユピテルも“裏ポータル”から半身を出し、笑いかける。
「カリス……あ、そうか今洗脳状態だっけ。悪ぃ悪ぃ、座標ミスった」
――舞台裏からタンスへ。
どこをどう間違えたら“王子のクローゼット”に繋がるのか。
マッドサイエンスの理論は人の尊厳を軽く超越する。
カリストは顔を真っ赤にしつつ、衣装の一部を慌てて身体に巻きつけながら。
タンスを守るように後ろ手で「氷哭」の柄に手をかける。
声は震え、目には涙。
「何でよりによってタンスからっ……出ていって!出ていって下さい!!
今さっきまで衣装選びしてたんですよ!?」
完全に“女子更衣室に乱入されたヒロイン”ムーブだが、構えはガチ。
サタヌスは、ポータルの隙間から覗き見しながらニヤリ。
「いつものカリストなら、氷哭抜いて斬りかかってくるテンションだな。
今日はマジ泣きしてて逆にこえぇよ」
深夜の王宮、タンスから這い出す悪魔と研究者、半泣きで剣を振りかけるロト王子。
舞台の裏側は、今日も“茶番と修羅場”が交錯していた。
騒ぎは一瞬の幻だったかのように、部屋には再び静寂が満ちる。
レイスの気の抜けた声が「カリスト、そう怒るなよ~謁見以来だろ」と響いたが。
王子は――“洗脳状態”の平常運転に戻っていた。
「私はロト……サロメ姫の夫となる男です」
機械のような静けさ。心に厚い氷の壁。
ウラヌスは盛大なため息混じりに、肩をすくめる。
「あーあー戻っちゃったwwヴィラン博士に再チャレンジ頼も」と。
満場一致のあきらめモードでタンスに引っ込む。
サタヌスも「ノリ悪りぃな~」と苦笑しながら、ユピテルは小声で。
「まぁ今はタイミングが悪かったってことだ」と肩をすくめて、ラボへの帰還ポータルを開く。
タンスから消えていく気配。
カリストだけが部屋に取り残された。
しばし、キョトンと呆けた表情で立ち尽くす王子。
――なんだったんだ今のは。
――あれは、夢か、幻か。
――自分は、いま何をしていた?
唐突な混乱に、脳が現実を再起動しきれない。
「今のは幻……そう、朝からずっと結婚式の話をされ、疲労していたのだっ……!」
声はかすれ、部屋に誰もいないことを確認してから、そっと鏡に映る自分を睨む。
「……何故だ。何故、置いていかれたと感じる、私は……」
クロノチームの賑やかな影が消えたあとに残るのは“寂しさ”という名の空白だけ。
(自分が“選ばれなかった”のではないか――)
(この世界のどこかで、皆が自分抜きで何かを進めているのでは――)
王子はゆっくりと目を閉じる。
氷の鎧に守られた“本心”が、かすかにひび割れる。
悪ふざけと静けさの狭間で、王子の心は誰にも見えぬ場所で揺れている。
――何かが始まる前の夜は、決まって一番孤独なのだ。
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