嫉妬帝国エンヴィニア

兜坂嵐

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クーデターの足音

冷蔵庫から始まる物語

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 ウラヌスがスマホ片手にふてくされた声で叫ぶ。
「博士ぇー、アルヴ座のはずがカー君の部屋に繋がったんだけど。しかもタンスww」
 カイネスは端末の座標パネルを静かに見つめ、冷静に続ける。
「どうやら下1桁を間違えたらしい、再調整といこう」
 納期直前でも理知的だが、その瞳は“次の実験”への好奇心に燃えていた。

 レイスは肩をすくめて煙草をくゆらす。
「壁に転移しなかっただけマシだわな」
 その空気を読まないまま、サタヌスが口を挟む。
「いや、さっきのカリストの顔よ……SSRだろアレ。失敗でも釣り来るわ」
 ユピテルも妙に真面目な顔で頷く。
「長年副官として置いてきたが、カリストのあンな顔。滅多に見られないぜ。お前ら大事にしろよ!」
「録画しときゃよかったな、バズるぞ絶対」
「お前らほんと反省ゼロだな」
 科学者が“納期と失敗”に対して冷静すぎる夜。
 だが、カイネスだけは「納期は守る。たとえ宇宙がバグっても」の一点だけは絶対に曲げない。
 たまに副作用で人の心もバグるが、仕様である。

「では再調整を始めよう。今度こそアルヴ座だ」
「念のため、次の転送で事故った場合、君たち全員に“冷蔵庫の中”コースも用意してある」
 その顔は完全に「事故」を楽しんでいた。
「博士よ、納期だけは守ってくれ。でも魂は置いてかないでくれよ」
「この人、失敗しても次のネタに使う気マンマンだぞ……」
「やべー、クロノチームって“舞台裏SSR”しか出ねぇわ……」
 ポータルの最終調節を終え、クロノチームはいったんの休息を取る。
 窓の向こうでは東の空が白み始めていた。

----

 稽古前の静けさ。
 タウロスは一足早く朝食を平らげ、マグカップ片手に冷蔵庫を開ける。
「さて、コーラでも飲んで気合い入れ……」
 その瞬間――冷蔵庫の中から、青白い転送光と共にクロノチームがぞろぞろ現れる。
「うおぉ!?おいぃ!またアドリブか!?何の冗談だコレ!?」
 タウロス。思わぬ事態に持ってたコーラを取り落としそうになり、顔を真っ赤にして絶叫。
 レイスは片膝をついて優雅(?)に登場し、髪を掻き上げる。
「やりやがったな博士……まさか冷蔵庫でワープさせるとはな」
 ウラヌスはケタケタ大爆笑しながら冷蔵庫から身を乗り出す。



「冷蔵庫から登場とか、超美形でもギャグになるやつうう!
 おい、舞台演出にしようぜこれ!“クールな登場”ってな!」
 舞台袖で見ていたモールトは感極まって叫ぶ。
「素晴らしいっ!コメディの基本は常識の破壊ですぞおおっ!
 これぞ現代劇と古典芸術の融合!アルヴ座、未来へ羽ばたく新時代の幕開けだあ!」
 異世界劇場、冷蔵庫という名の“時空の抜け道”。
 真剣な演劇の朝に、唐突なSFギャグがぶち込まれ。
 “斬新な演出”として歓喜しはじめる。
 真顔のリースも、袖から静かに頷き。
「……劇場は生き物だ。こうして異物が混ざることで、台本にない“美”が生まれるのだ」
 ノックスは無言で転送扉の仕組みを観察し「……再現可能だ」とだけ呟いて。
 また新たな舞台装置へのアイデアを閃く。

 クロノチームとアルヴ座、舞台裏で合流完了!
 “日常と異常の境界”は、冷蔵庫ひとつで飛び越える。
 さあ、演劇の朝が始まる――!

 冷蔵庫ワープ事件からわずか数分。
 タウロスはまだ手にコーラの残骸を握りしめたまま、モールトとユピテルの応酬に呆れ顔。
「流石に毎回冷蔵庫に入るのは遠慮してぇ……おいデコ、カイネス博士に頼んでこい」
「おうよ」
 無骨なストリート悪童が肩で風切って退場する背中を見送りつつ。
 ウラヌスがヒョイと顔を出す。
「おまたせー♪未来人パートの台本埋まった?」
「先ほどの斬新な登場を見て、登場シーンを書き直している所でございますっ!」
 モールトは早口でページをめくりながら、ノリノリで新規台本を組み直し中。
 ユピテルは、どこか憎めない悪童スマイルで冷ややかに言う。
「冷蔵庫から未来人登場ってシュールすぎるンだわ」
 ――が、その目は明らかに「今度は舞台の天井から出てきてぇ」みたいな欲に溢れている。
 タウロスは、冷蔵庫を睨みながらひとりごと。

「いや、次は絶対台所の床下とかに仕掛けんなよ……?心臓もたねぇ……」
 “舞台の外”からやってきたクロノ組の悪ノリは、アルヴ座の“常識”すら呑み込んでいく。
 だが、それを見てモールトは目を輝かせる。
「コメディの基本は常識の破壊――驚きがなければ、劇場は死ぬのだ!」
 そんな“観客に先回りされた美学”を、アルヴ=シェリウスの亡霊すら。
 クスクス笑って眺めているような、“演劇”の朝だった。

 リースが台本を見直しながら「続きを好きに書いていい」と言った直後。
 ウラヌスが肩で風を切りながら割り込む。
「フリー素材化大歓迎だが、設定盛り過ぎはやめとけよー!観客萎えるぞ★」
 その声は明るくも毒があり、どこか“歴史の彼方から降りてきた演劇ギャル”の凄み。
 リースはじっとウラヌスを見つめる。
「ほう……現代でも、目立ちたがりが出張りすぎるのは同じか。
 十年前も、舞台の主役は“自分しかいない”と勘違いした者ばかりだった」
 静かに、本質だけを見極めるような瞳。

 ウラヌスはメスガキらしくピースしながら。
「だろ?モブが量産型チート設定とか、ラスボスでも困るからな!
 ちゃんと“見せ場”絞れって話~」
 ユピテルが興味深そうに話に割り込む。
「要するに“デウス・エクス・マキナ”ってやつかな?」
「響きはカッコいいが、駄作の証さ。物語のピンチに“神様”が降りてきて全部解決!
 あれやられると、一気に萎えるだろ?」
 リースは鼻で笑い頷く、アルヴの影として見てきた“駄作”を想起するように、深く。
「神すら“舞台装置”でしかない」
「むしろ“役者がどう演じて退場するか”が一番美しい」
「分かってんじゃーん!“自分の役目終わったらちゃんと散る”のがイケてんのよ★」
「舞台はみんなで回すもん、自己主張と空気読みは両立な~!」

 “脚本家の魂”と“メスガキ現代人”が舞台でバトる。
 時代も文化も超えて「物語をどう作るか」「誰が主役か」?
 その根源的な問いだけが、今もなお“芝居の炎”として生きている。
 観客を置き去りにした物語は、ただの自己満足。
 “演者と観客の距離感”を測る知恵――それは、古代でも変わらない。

------

 サタヌスが椅子に座って腕組みしながら、空白のページを見詰める。
「この先好きに書いていいんだろ?……じゃよ、あれは辞めとこうぜ」
 レイスが訝しげに顔を上げる。
「あれ?」
 サタヌスはバッサリ言い切る。
「とくに本筋と関係ない恋愛パート」
 一瞬の沈黙のあと、レイスは「……あぁー……オミットだな、削ろう」と肩をすくめた。
 現代も古代も、“駄作”へのアンチテーゼだけは一致団結。
 舞台裏、脚本家も演者も、誰もが「避けたい展開」を真剣に論じている。

 1万2000年前のエンヴィニア。
 世界はまだ「台風」を神そのものの怒りと信じ。
 雷も洪水も“誰かの祈りか、神の機嫌”で生じると考えられていた時代。
 だが、そんな超自然の只中でも。
「舞台を破壊する“完璧すぎる役者”」問題は存在していた。

 ――観客は“物語”を見に来ている。
 だが、時に“完璧すぎる演者”が現れる。
 すべての才能、すべての美貌、すべての運命を一身に集め、役者の誰よりも輝いて。
 だが、輝きが強すぎれば、それは“他の演者の影”をかき消し、“舞台”そのものを瓦解させる。
 その言葉、“メアリー・スー”という現代語がなかった時代、まだ「名前」はなかった。
 だが「物語を壊す完璧さ」の恐怖は、何千年も変わらず、演劇の裏で囁かれてきたのだ。

 “メアリー・スー”の恐怖は、神話と同じくらい古い。
 たとえ言葉がなかった時代でも、“舞台が一人のためだけにある”虚しさは。
 何千年も変わらず演者と観客の心を冷やしてきた。
 舞台とは神々の戦場、だが本当に“怖い災害”は。
「他者の物語を飲み込む、完璧すぎるキャラ」の登場だったのかもしれない。

 リースがまとめるように呟く。
「観客が“茶番”と感じた瞬間、その舞台は終わる。
 ならば我々は“本物の演者”である限り、どこまでも“観客目線”を忘れてはならない」
「結論:“観客ナメたら死ぬ”ってことな~★」
「次は“伝説の恋愛爆死エピソード”で大笑いしながら稽古しようぜ」
「資料用に“伝説の駄作台本”も保管してありますぞ!」
「やめろ、笑い死ぬ……」
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