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クーデターの足音
舞台の妖精
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リースは重々しく、いつもの無言のカッコつけとは違う「迷い」をにじませていた。
“舞台というのは本来、役者も観客も、その時代、その世界にしか生まれ得ない偶然の産物。
だがクロノチームは……異邦人。未来からやってきた『答えを知っている者』。
舞台壊し=現代の言葉で言うメアリー・スーが、筆を進めることを拒んでいた。
どんな舞台も、“未来人”が割り込んだ瞬間に崩壊が始まる。
その視線ひとつ、台詞ひとつで、現地の芝居も、感情も、何もかもが歪む。
アルヴ様は言われていた、舞台には妖精が住むと。
それは悪戯好きで、完璧を嫌い、完成すれば壊しにくる神性。
……自分たちが向き合っているのは、その“妖精”なのだ。
冷たい指先で古びた台本のページを撫でる。
ページの端には、アルヴの赤い筆跡――“舞台は壊れるためにある”。
それはまるで呪いだ。
「結局、俺たちも――舞台を壊すために来たんじゃないのか?」
レイスの自嘲と自己嫌悪、だけどそこには舞台人だけが知る、壊すことの悦びもあった。
カリストとサロメの挙式まで、あと10日。
リースは全員を集めて「このままでは、王族の支配構造をそのまま再演するだけ」と警告する。
しかしサタヌスがぼそっと言う。
「……なぁ、壊すのってそんな悪いことか?
俺、子供の頃からずっと“完璧なもの”壊したくてたまんねぇタイプだったぞ」
「はいはい!爆発オチだよね!?やっぱり、舞台ってのは最後に大爆発しなきゃ!」
ユピテルはニヤリと笑い、指をぱちんと鳴らす。
「“壊すために舞台を作る”ってのも粋だろ。美しいものほど、ぶっ壊したとき面白い。」
舞台は壊される。観客も役者も、全員でその“破壊”に巻き込まれて、はじめて“芝居”は本物になる。
それを恐れる王族は、きっと一生“観客”のまま。
でもクロノチームもアルヴ座も、最期の一瞬だけは“舞台そのもの”になるのだ。
未完の舞台は、今まさに崩れ始めていた。
ウラヌスが片隅でコーラ片手に叫ぶ。
「ていうか今さ、エンヴィニアでリアルタイムに起きてる物語自体がめっちゃドラマチックじゃん!」
「チョコミント姫(サロメ)が未来人に惚れちゃって、未来人たちが古代人とタッグ組んで。
その上、姫を取り返そうと全員で奔走する――」
「もう今起きてること、映画だよ映画www」
サタヌスは天井を見上げてニヤリと笑う。
「あぁ、夏の2時間映画感あるわ。コーラとポップコーンが欲しくなるやつ」
ユピテルは指で机を軽く叩きながら、悪くないと口角を吊り上げる。
「終わった後に“続編希望!”って言わせてみろよ、お前ら」
イケメン気取りの割にノリノリだ。
そのやりとりを見ていたフィーナの瞳が、ふいに潤む。
「……っ!そうね!今私たちが見ているものを、劇にすればいいのよ!」
「私たちが十年耐え抜いた日々!
そしてこの子たちがもがきながら歩いた物語を――全部、舞台にすればいい!」
舞台袖にいるノックスがぽつりと呟く。
「記録も脚本もいらない。今この瞬間を演じるだけだ」
リースも微笑む。
「演劇の原点だな。“今起きていることを、そのまま演じる”――それが一番強い」
物語は、作られるものじゃない。
現実の中で、誰かが誰かを本気で想って――失って、取り返そうとして。
そのすべてが“舞台”になる瞬間、演劇は現実に追いつく。
クロノチームの目に映る“今日”は、いつか伝説になり、誰かの人生を救う“物語”になる。
フィーナは高らかに宣言する。
「この夜を、物語に――全員で、新しい舞台を作るのよ!」
エンヴィニアの運命すら、今や“舞台装置”のひとつ。
本物の演劇は、今を生きている。
ユピテルは淡々と、だがどこか誇らしげに言い放つ。
「問題って言えばそう……エンヴィニアの滅亡と俺たちの帰還が終幕ってとこかな」
「例のお姫さん(サロメ)に見せる時点じゃ、どうやっても完結できねぇぜ?」
言葉の端に、“未完”ゆえの苛立ちと遊び心が滲む。
リースが深く息を吐き、渋い低音で返す。
「ああ。未完の劇でクーデターなど、正気の沙汰ではない」
「しかし……“今のエンヴィニア”を劇にするというアイデアに勝る案は、私には出ない」
タウロスは拳を握りしめ、まるで観客席ごと抱きしめるような熱を込める。
「あぁ。どんな奇跡も今起きてる事には霞んじまう」
「お前等約束したろ?未来にアルヴ様の遺作を届けるって」
サタヌスが肩をすくめて、苦笑混じりに言う。
「託されちまったな」
彼の手は、どこか嬉しそうに震えている。
ウラヌスは無邪気な笑顔を浮かべて、敬礼する。
「りょーかい♪どんな爆破オチでもぜーんぶ劇にするから、張り切ってこー!」
あくまで茶化しつつも、その目は“覚悟”そのものだ。
そして、モールトはリースに「書き直し」を命じられ。
「了解ッ!!!」とノリノリで台本修正に没頭し始める。
彼のペン先が走るたび、物語はさらに“今この瞬間”の命を刻みはじめる。
“未完”――それは恐怖でも敗北でもなく。
「今この瞬間だけが、唯一の真実」だと気付かせる証。
クーデターも滅亡も、過去も未来も、すべて“今”を舞台にするための演出に過ぎない。
命を賭けて届けるべきは、「生きている舞台」そのもの。
アルヴの遺作でさえ、今この時を生きる魂にしか完成できない。
「よし!!未完だろうが全力で演じ切るぜ、ボウズッ!」
「おう!!」
タウロスとサタヌスはほぼ同時にこぶしを突き上げ、走り出す。
その顔はどんな結末になろうが演じ切る、その気骨に満ちていた。
こうしてクロノチームとアルヴ座は、未完のラプソディ=リアルタイムのエンヴィニア劇で。
“世界そのもの”を壊しにかかる。
「未完」だからこそ、彼らの芝居は生きている。
---
在りし日のアルヴ=シェリウスは、稽古場の片隅や楽屋の闇で、時折ぽつりと語っていた。
「舞台にはね、“妖精”が住んでいるんだ。
ふわふわの毛玉みたいな姿で、目だけやたらとつぶら。
そう、まるで毛玉にビー玉をはめたような姿だ」
「彼らは“素晴らしいアイデア”をくれるが、完璧を嫌い、悪戯が大好きなんだよ。
完成しそうな舞台には必ずイタズラして、必ず“穴”を開けてくれる」
それは、毛玉にビー玉の目を持ち。演者しか見えないときもある。
最高の“ひらめき”をこっそり運んでくれる。
ただし「完璧なもの」を嫌う。
舞台が完成しそうになると、照明が落ちたり、台詞が飛んだり。
“誰かが本音をぶちまけるハプニング”を呼び込むことも。
舞台人はみな、心のどこかで“偶然の奇跡”を信じている。
努力や才能、練習だけでは辿り着けない“魔法の一夜”。
その正体を、アルヴ様は「妖精」と呼んだだけなのかもしれない。
フィーナは稽古場の隅、静かにカップを置いた。
「……あの人はロマンチストというか、空想の話をよくする人だったわ」
「だから私も“また夢想の話をしているのね”って、ずっと思ってたの」
——けれど、あれはまだ自分が若手で、アルヴに振り回されていた頃。
完璧に仕上げたはずのリハーサル、何故か本番でだけセリフが飛んだ。
一瞬、頭が真っ白になって、思わず「アドリブ」を叫んだ。
それは舞台の予定調和を破壊した、台本外の一瞬。
フィーナにとっては赤っ恥――でも、観客の拍手と笑いは“その日”が一番大きかった。
「あの時、カーテンの向こうに……太っちょのネコみたいな生き物が座っていたのよ。
目がやたらつぶらで……気のせいだと思ったわ、最初は」
思い出すたび、アルヴの残した言葉が蘇る。
「“舞台の妖精”は完璧な舞台には悪戯して、必ず“穴”を開けるんだ。
その時こそ、“生きた舞台”が生まれる瞬間なのさ」
「……信じるかどうかは、あなた次第よ。リース」
フィーナは優雅に笑う。
「でも、本当に奇跡が起きるときは誰かがどこかで悪戯してるのかもしれないわ」
舞台人はみな完璧な舞台の向こう側に“誰か”がいると、どこかで信じている。
努力や才能じゃたどり着けない“魔法”の正体。
それがアルヴの言う「妖精」だったのかもしれない。
観客の心を震わせる奇跡、その影には、きっと毛玉でつぶらな目の妖精がニヤリと笑っている。
舞台袖にて、フィーナの語りにリース団長は静かに頷き、遠くのカーテンの向こう。
誰もいない“舞台の闇”を見やる。
(あの人は――本気で、奇跡を信じていた。
私も、それを“演出”として利用することしか考えなかった。
だが――今なら分かる。“壊れること”が、舞台そのものだと)
控室の端では、クロノチームの面々がノックスを囲んで騒いでいる。
「ねえ、ティニのマスターとカイネス博士も呼んでいい!?今なら舞台装置ガチでヤバいの作れそう!」
「ノックスが本気出したら冷蔵庫どころか天井から何でも出せるっしょ!」
レイスは「てか舞台袖の配線どうなってんだよ……」と職人目線でツッコみを入れる。
ノックスはただ無言で工具箱を開け、“NO”とは言わない態度でネジを締める。
皆、あの眼帯博士がやってくることを待っていた。
そして確信していた、彼は必ずノックスと気が合うと。
その背中には、「何でも来い」と書いてあるも同然だった。
リースはゆっくりと皆の方を振り返る。
「そうだな。私は――舞台が壊れることを恐れすぎていたかもしれない」
「壊れることを恐れているなど、王族と同じだ」
「そんな臆病で、奴らの心を揺るがせることなど、できはしない」
その言葉にフィーナは静かに頷き、クロノチームも一瞬だけ真顔になる。
“壊すための舞台”。
未完こそが奇跡を呼ぶ。
――そしてリースは、“次の幕”を堂々と命じる。
「行け。壊すことを恐れるな。
全てを巻き込んで、“今ここにしかない舞台”を作ろう」
舞台袖には、もう“完璧”など存在しない。
ただ「壊れること」を許した者だけが、本当の“命”を宿す芝居を作る。
アルヴの夢想と、フィーナの奇跡、ノックスの静かな職人魂、クロノチームの爆破衝動。
すべてが混ざりあって、いま、舞台は新しい“物語の精霊”で満たされていく。
“舞台というのは本来、役者も観客も、その時代、その世界にしか生まれ得ない偶然の産物。
だがクロノチームは……異邦人。未来からやってきた『答えを知っている者』。
舞台壊し=現代の言葉で言うメアリー・スーが、筆を進めることを拒んでいた。
どんな舞台も、“未来人”が割り込んだ瞬間に崩壊が始まる。
その視線ひとつ、台詞ひとつで、現地の芝居も、感情も、何もかもが歪む。
アルヴ様は言われていた、舞台には妖精が住むと。
それは悪戯好きで、完璧を嫌い、完成すれば壊しにくる神性。
……自分たちが向き合っているのは、その“妖精”なのだ。
冷たい指先で古びた台本のページを撫でる。
ページの端には、アルヴの赤い筆跡――“舞台は壊れるためにある”。
それはまるで呪いだ。
「結局、俺たちも――舞台を壊すために来たんじゃないのか?」
レイスの自嘲と自己嫌悪、だけどそこには舞台人だけが知る、壊すことの悦びもあった。
カリストとサロメの挙式まで、あと10日。
リースは全員を集めて「このままでは、王族の支配構造をそのまま再演するだけ」と警告する。
しかしサタヌスがぼそっと言う。
「……なぁ、壊すのってそんな悪いことか?
俺、子供の頃からずっと“完璧なもの”壊したくてたまんねぇタイプだったぞ」
「はいはい!爆発オチだよね!?やっぱり、舞台ってのは最後に大爆発しなきゃ!」
ユピテルはニヤリと笑い、指をぱちんと鳴らす。
「“壊すために舞台を作る”ってのも粋だろ。美しいものほど、ぶっ壊したとき面白い。」
舞台は壊される。観客も役者も、全員でその“破壊”に巻き込まれて、はじめて“芝居”は本物になる。
それを恐れる王族は、きっと一生“観客”のまま。
でもクロノチームもアルヴ座も、最期の一瞬だけは“舞台そのもの”になるのだ。
未完の舞台は、今まさに崩れ始めていた。
ウラヌスが片隅でコーラ片手に叫ぶ。
「ていうか今さ、エンヴィニアでリアルタイムに起きてる物語自体がめっちゃドラマチックじゃん!」
「チョコミント姫(サロメ)が未来人に惚れちゃって、未来人たちが古代人とタッグ組んで。
その上、姫を取り返そうと全員で奔走する――」
「もう今起きてること、映画だよ映画www」
サタヌスは天井を見上げてニヤリと笑う。
「あぁ、夏の2時間映画感あるわ。コーラとポップコーンが欲しくなるやつ」
ユピテルは指で机を軽く叩きながら、悪くないと口角を吊り上げる。
「終わった後に“続編希望!”って言わせてみろよ、お前ら」
イケメン気取りの割にノリノリだ。
そのやりとりを見ていたフィーナの瞳が、ふいに潤む。
「……っ!そうね!今私たちが見ているものを、劇にすればいいのよ!」
「私たちが十年耐え抜いた日々!
そしてこの子たちがもがきながら歩いた物語を――全部、舞台にすればいい!」
舞台袖にいるノックスがぽつりと呟く。
「記録も脚本もいらない。今この瞬間を演じるだけだ」
リースも微笑む。
「演劇の原点だな。“今起きていることを、そのまま演じる”――それが一番強い」
物語は、作られるものじゃない。
現実の中で、誰かが誰かを本気で想って――失って、取り返そうとして。
そのすべてが“舞台”になる瞬間、演劇は現実に追いつく。
クロノチームの目に映る“今日”は、いつか伝説になり、誰かの人生を救う“物語”になる。
フィーナは高らかに宣言する。
「この夜を、物語に――全員で、新しい舞台を作るのよ!」
エンヴィニアの運命すら、今や“舞台装置”のひとつ。
本物の演劇は、今を生きている。
ユピテルは淡々と、だがどこか誇らしげに言い放つ。
「問題って言えばそう……エンヴィニアの滅亡と俺たちの帰還が終幕ってとこかな」
「例のお姫さん(サロメ)に見せる時点じゃ、どうやっても完結できねぇぜ?」
言葉の端に、“未完”ゆえの苛立ちと遊び心が滲む。
リースが深く息を吐き、渋い低音で返す。
「ああ。未完の劇でクーデターなど、正気の沙汰ではない」
「しかし……“今のエンヴィニア”を劇にするというアイデアに勝る案は、私には出ない」
タウロスは拳を握りしめ、まるで観客席ごと抱きしめるような熱を込める。
「あぁ。どんな奇跡も今起きてる事には霞んじまう」
「お前等約束したろ?未来にアルヴ様の遺作を届けるって」
サタヌスが肩をすくめて、苦笑混じりに言う。
「託されちまったな」
彼の手は、どこか嬉しそうに震えている。
ウラヌスは無邪気な笑顔を浮かべて、敬礼する。
「りょーかい♪どんな爆破オチでもぜーんぶ劇にするから、張り切ってこー!」
あくまで茶化しつつも、その目は“覚悟”そのものだ。
そして、モールトはリースに「書き直し」を命じられ。
「了解ッ!!!」とノリノリで台本修正に没頭し始める。
彼のペン先が走るたび、物語はさらに“今この瞬間”の命を刻みはじめる。
“未完”――それは恐怖でも敗北でもなく。
「今この瞬間だけが、唯一の真実」だと気付かせる証。
クーデターも滅亡も、過去も未来も、すべて“今”を舞台にするための演出に過ぎない。
命を賭けて届けるべきは、「生きている舞台」そのもの。
アルヴの遺作でさえ、今この時を生きる魂にしか完成できない。
「よし!!未完だろうが全力で演じ切るぜ、ボウズッ!」
「おう!!」
タウロスとサタヌスはほぼ同時にこぶしを突き上げ、走り出す。
その顔はどんな結末になろうが演じ切る、その気骨に満ちていた。
こうしてクロノチームとアルヴ座は、未完のラプソディ=リアルタイムのエンヴィニア劇で。
“世界そのもの”を壊しにかかる。
「未完」だからこそ、彼らの芝居は生きている。
---
在りし日のアルヴ=シェリウスは、稽古場の片隅や楽屋の闇で、時折ぽつりと語っていた。
「舞台にはね、“妖精”が住んでいるんだ。
ふわふわの毛玉みたいな姿で、目だけやたらとつぶら。
そう、まるで毛玉にビー玉をはめたような姿だ」
「彼らは“素晴らしいアイデア”をくれるが、完璧を嫌い、悪戯が大好きなんだよ。
完成しそうな舞台には必ずイタズラして、必ず“穴”を開けてくれる」
それは、毛玉にビー玉の目を持ち。演者しか見えないときもある。
最高の“ひらめき”をこっそり運んでくれる。
ただし「完璧なもの」を嫌う。
舞台が完成しそうになると、照明が落ちたり、台詞が飛んだり。
“誰かが本音をぶちまけるハプニング”を呼び込むことも。
舞台人はみな、心のどこかで“偶然の奇跡”を信じている。
努力や才能、練習だけでは辿り着けない“魔法の一夜”。
その正体を、アルヴ様は「妖精」と呼んだだけなのかもしれない。
フィーナは稽古場の隅、静かにカップを置いた。
「……あの人はロマンチストというか、空想の話をよくする人だったわ」
「だから私も“また夢想の話をしているのね”って、ずっと思ってたの」
——けれど、あれはまだ自分が若手で、アルヴに振り回されていた頃。
完璧に仕上げたはずのリハーサル、何故か本番でだけセリフが飛んだ。
一瞬、頭が真っ白になって、思わず「アドリブ」を叫んだ。
それは舞台の予定調和を破壊した、台本外の一瞬。
フィーナにとっては赤っ恥――でも、観客の拍手と笑いは“その日”が一番大きかった。
「あの時、カーテンの向こうに……太っちょのネコみたいな生き物が座っていたのよ。
目がやたらつぶらで……気のせいだと思ったわ、最初は」
思い出すたび、アルヴの残した言葉が蘇る。
「“舞台の妖精”は完璧な舞台には悪戯して、必ず“穴”を開けるんだ。
その時こそ、“生きた舞台”が生まれる瞬間なのさ」
「……信じるかどうかは、あなた次第よ。リース」
フィーナは優雅に笑う。
「でも、本当に奇跡が起きるときは誰かがどこかで悪戯してるのかもしれないわ」
舞台人はみな完璧な舞台の向こう側に“誰か”がいると、どこかで信じている。
努力や才能じゃたどり着けない“魔法”の正体。
それがアルヴの言う「妖精」だったのかもしれない。
観客の心を震わせる奇跡、その影には、きっと毛玉でつぶらな目の妖精がニヤリと笑っている。
舞台袖にて、フィーナの語りにリース団長は静かに頷き、遠くのカーテンの向こう。
誰もいない“舞台の闇”を見やる。
(あの人は――本気で、奇跡を信じていた。
私も、それを“演出”として利用することしか考えなかった。
だが――今なら分かる。“壊れること”が、舞台そのものだと)
控室の端では、クロノチームの面々がノックスを囲んで騒いでいる。
「ねえ、ティニのマスターとカイネス博士も呼んでいい!?今なら舞台装置ガチでヤバいの作れそう!」
「ノックスが本気出したら冷蔵庫どころか天井から何でも出せるっしょ!」
レイスは「てか舞台袖の配線どうなってんだよ……」と職人目線でツッコみを入れる。
ノックスはただ無言で工具箱を開け、“NO”とは言わない態度でネジを締める。
皆、あの眼帯博士がやってくることを待っていた。
そして確信していた、彼は必ずノックスと気が合うと。
その背中には、「何でも来い」と書いてあるも同然だった。
リースはゆっくりと皆の方を振り返る。
「そうだな。私は――舞台が壊れることを恐れすぎていたかもしれない」
「壊れることを恐れているなど、王族と同じだ」
「そんな臆病で、奴らの心を揺るがせることなど、できはしない」
その言葉にフィーナは静かに頷き、クロノチームも一瞬だけ真顔になる。
“壊すための舞台”。
未完こそが奇跡を呼ぶ。
――そしてリースは、“次の幕”を堂々と命じる。
「行け。壊すことを恐れるな。
全てを巻き込んで、“今ここにしかない舞台”を作ろう」
舞台袖には、もう“完璧”など存在しない。
ただ「壊れること」を許した者だけが、本当の“命”を宿す芝居を作る。
アルヴの夢想と、フィーナの奇跡、ノックスの静かな職人魂、クロノチームの爆破衝動。
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