嫉妬帝国エンヴィニア

兜坂嵐

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クーデターの足音

現代-相容れぬこそ

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 駅前広場、落陽に染まる石畳の上に、“勇者ズ”がまるで引き寄せられるように集結していた。
 その空気は偶然にしては出来すぎている。
 まるで歴史そのものが、見えない糸で彼らの足を操っているかのようだ。
 正門前には“神官服”の水色ポニーテール、糸目の青年。
 メルクリウス・ゾルクォーデが、ガイウスたちに軽く手を振った。
「おや?ガイウス君。今日の講義は君の興味を引くものではないと思うよ」
 飄々とした声に、どこか“裏の顔”がちらつく。
 ガイウスは憮然とした顔で振り返る。
「はぁ!?お前、マカベ教授のとこに泊まり込んで解説してんじゃなかったのかよ!」
 メルクリウスは涼しい顔でメガネを押し上げる。
「それが一通り落ち着いてね。それにロト王子の写真に“最後の変化”が起きたことを見せたくて」
 その目には、神官らしからぬ“観察者”の光が宿る。

 そこに、風を切るようなヒールの音。
 ヴィヌス・ル・カンシェル、白銀ボブに凛々しい女王。
「私? さっきメルクリから呼び出し喰らったの」
「あとまたサータに、楽屋に送り付けられたわ」
 彼女はカバンから年季の入った歯ブラシを取り出し。
「1万2000年前の歯ブラシよ」と悪びれもせず披露してくる。

 “1万2000年前の歯ブラシ”という、サタヌスの仕業としか思えない謎土産。
 ガイウスは思わず噴き出し「どこまで悪戯すんだアイツ……」と天を仰ぐ。
 ヴァラとプルトは、状況の不条理さに苦笑しつつも。
 “古代も現代も、舞台袖のイタズラは変わらない”ことに妙な安心感すら覚えていた。

 偶然、という言葉では片づけられない。
 アルコーンには今、時を越えた「勇者ズ」が自然と集っていた。
 神官も、演劇女王も、かつての悪童も。
 全ての運命は「舞台」という名前の分岐点に引き寄せられていく。
 その全てが、次なる奇跡の“前兆”だった。

 ヴィヌスは年季入りの歯ブラシを片手に、憤然と詰め寄る。
「大体、なんて歯ブラシなのよ……!
 前はアヒルのおもちゃ送り付けられたこともあるし、アルヴの遺作はどうなったの!?」
 ガイウスは苦笑しながら。
「どうせまたサタヌスが時空転送装置で悪ノリしてるんだろ。
 あいつ、1万2000年越しで現代にイタズラしてくるからな……」
 とぼやく。

 その横、プルトは黒ローブの襟をきゅっと握り、小声。
「……私の部屋ならよかったのに」
 声は本当にかすかなささやきで、ヴィヌスもガイウスも気づかない。
 だが、たまたま至近距離にいたヴァラだけが、ちらりと目を向けた。
 けれど彼女は空気を読んで、何も言わない。
 その沈黙が、プルトのささやかな願いを優しく包む。

 ヴィヌスは続けて怒り心頭。
「次はアイツきっと、風呂の栓送り付けるわ……しかもチェーン付きで!」
 周囲のモブ学生が「それ普通に困るやつじゃん……」とざわめく。
 サタヌスのイタズラは、いつだって「日常」と「非日常」の境界線を壊してくる。
 世界のどこにいても、たったひとつの贈り物で「繋がってしまう」
 ささやかな呟きは、誰にも聞こえず、それでもほんの僅かに世界を動かす。
 たとえ1万2000年越しでも、“部屋”が繋がる奇跡は起きている。

 駅前のざわめきの中、ガイウスの横に立つヴァラに。
 メルクリウスが静かに声をかける。
「ところでガイウス君、隣の方は誰だい?」
 ヴァラは一歩も引かず、凛とした声で名乗る。
「私はヴァラ・インマール、インマール司祭の末裔です。
 ご先祖様の聖典を……魔導院に寄贈し、AI解読を行おうと思って訪れました」
 一瞬、空気が静かになる。
 メルクリウスの糸目がほんの少しだけ細まる。
「神の言葉を人工知能で解読するか……」
 その声に、ガイウスは思わず「はぁ……めんどくせぇの始まった」と天を仰いだ。

 だがメルクリウスはしばし沈黙したのち、ほんの少しだけ肩を落とす。
「いち神官として言いたいことは山ほどあるが……その姿勢を僕は評価するよ」
「読めない聖典を都合よく解釈するより、真実を解読したほうがずっといい」
 その声には合理主義と、「知を前にしては誰も平等」という信念が滲んでいた。
 ヴァラは一切表情を変えずに返す。
「ええ。否定されるのには慣れていますよ」
 相手がどんな権威だろうと、己の目的にブレはない。
 プルトは二人のやりとりをじっと見つめ、目を閉じる。
「……あの女の執念、本物ですね……」
 同時に、袖の奥でCQC(近接格闘術)の構えをそっと練習する。
(この女、間違いなく反対派に狙われる……守らねば)
 ガイウスは内心、「このメンツは“歴史の転換点”そのものだな」と苦笑しながら。
 けれど誰よりも誇らしげに両者を見ていた。

 ヴァラとメルクリウス――共に知性を信じ、理屈で世界を変えようとする者同士。
 だが精神主義と法理は、水と油。
 お互いの理念を“認めはするが、決して交わらない”。
 それでも、この“敬意と距離”こそが、本物の知性の証明なのかもしれない。

 魔導院――陽光がガラスのアーケードを柔らかく染めるなか。
 ヴァラとプルトは、資料を抱えつつ見知らぬ廊下を進む。
 ヴァラはきょろきょろと壁の掲示板や、歴代学者たちの肖像画に視線を走らせながら。
「寄贈のため訪れたのですが……考古学エリアはどちらでしょう?」
 と少しだけ心細げに呟いた。
 プルトはローブの袖越しに、周囲を警戒する視線を走らせる。
「……案内します。あと私から離れ過ぎないように」
 声はいつも通り静かだが、その一言に“全力の警備モード”がにじむ。

 ヴァラは素直に小さく頷く。
「ええ、お願いします」
 二人の足音が長い回廊に溶けていく。
 知の迷宮・考古学エリア。
 AI解読と、古代遺物へのアクセス権。
 歴史の闇と希望が交錯するその場所で、彼女たちは“過去を解き放つ扉”の前へ向かっていく。

 一方、メルクリウスが残った勇者二人。
 ガイウスとヴィヌスを、空き教室へと誘導する。
「“ロト(カリスト)の写真”が、また変化したんだ。どうしても君たちに見せたかった」
 ガイウスたちは、ただならぬ予感と。
 運命の糸が結び直される音を、静かに感じていた――。
 歴史の迷宮を歩く者と、“未来”に繋がる証拠を手にする者。
 交差点をすれ違いながら、彼らはそれぞれ、運命の扉へと近づいていく。
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