80 / 130
クーデターの足音
現代-引き裂かれた未来
しおりを挟む
夏の夕暮れ。
学舎の空き教室は、暑さがようやく静まった頃。
どこか夏休みの終わりのような、寂しい空気が窓から入り込む。
メルクリウスは無言で封筒を取り出し、机の上にそっと一枚の写真を広げる。
その指先は、神官というより学者のようだった。
「見たまえ」
「信じ難いかもしれないが、これは元々サロメ姫と並び立つロト――即ちカリストを現像した写真だ」
ガイウスとヴィヌスがのぞき込む。
次の瞬間、二人とも息を呑んだ。
ロト(カリスト)が立っていたはずの場所に、大きな亀裂が走っている。
まるで世界そのものが裂け、結婚式場も、サロメ姫の姿も。
周囲の空間までも“不自然な壊れ方”をしている。
ロトの姿はほとんど確認できず、写真全体がどこか歪み。
「現実」と「虚構」が、継ぎ目ごと剥がれ落ちそうだった。
ヴィヌスは言葉を失い、ガイウスは写真を持つ手を無意識に強く握る。
「……これ、マジかよ。普通に現像したやつなのか?」
「……ロトが消えてるだけじゃない。“場”そのものが壊れてる……」
メルクリウスは、どこか遠い目で窓の外――夕暮れの朱を見つめていた。
「これは“奇跡”とも“呪い”とも違う。
この世界の“歴史そのもの”に、今、修復不能な異常が起きている」
教室の中に漂う空気は、もう“ただの夏休みの終わり”じゃなかった。
遠い異世界の終末が、現代にまでじわじわと滲み出してくる。
そんな「リアルな恐怖」が、勇者たちを静かに包み込んでいった。
メルクリウスは写真を指でなぞりながら、言葉を慎重に選んだ。
「僕の推察だが、これは……。
何かが“確定”した、ということを示しているのではないだろうか……?」
ガイウスは、喉の奥が詰まるような違和感を覚える。
「何かが確定した……?」
ヴィヌスは腕を組み、少しだけ皮肉を込めた声音で囁く。
「サロメとカリストの結婚式は大失敗する。てことかしら?」
けれど、その美しい横顔にも、焦りと不安が隠しきれない。
メルクリウスはゆっくりと頷いた。
「……かもしれない。彼が本当にサロメの伴侶になるのなら。
こんな“世界そのものが壊れた”光景には、絶対にならないはずだ」
写真の奥――光の残骸、歪んだ祭壇。
本来あるべき“祝福”のすべてが、闇と亀裂に飲み込まれている。
ヴィヌスは、見えない何かに背中を押されるように、小さく呟いた。
「……“殺された未来”の残骸が、ここに写り込んでいる」
ガイウスは無言で写真を見つめ続けた。
正義も、英雄譚も、この現実の前では無力に思える。
だが、その“無力”すら引き受けて前に進むしかない。
教室の窓の外では、遠い雷鳴が夏の終わりを告げていた。
“確定した未来”は、もう誰にも変えられない。
だが“壊れた世界”を目にした時、人は初めて、何かを変えたいと本気で願う。
この写真に映った“殺された未来”は“最後の選択”を迫ろうとしていた――。
ヴィヌスが写真の片隅に視線を落とす。
「……待って、ここ。……読める」
写真の割れ目、崩壊した式場の瓦礫の上――奇妙な筆跡で何かが刻まれていた。
ガイウスが身を乗り出す。
「なんて書いてある?」
ヴィヌスは眉をひそめながら読み上げる。
「インヴィーデ、クロノ。――呪文?……それとも、誰かのメッセージ?」
メルクリウスの目が静かに細められる。
「クロノ……」
彼はすぐに悟った。
この式場で何かが起き、“クロノチーム”の手で式が壊された。
そう、この“写真”は、歴史の分岐点を「確定」させた痕跡だった。
メルクリウスは、写真に刻まれた「インヴィーデ、クロノ」を指先でそっとなぞる。
その瞳には“末っ子のいたずらに呆れつつも嬉しそうな”色が浮かんでいた。
(サータ、君は……ここにいたんだね)
誰にも見せない心の中で、ふっと笑みを浮かべる。
“末っ子”が、1万2000年の時を超えて。
これほどの規模で世界を引っかき回す日が来るとは――その事実すら、どこか誇らしい。
(にしても今回の悪戯は……随分、規模が大きいな)
彼はガイウスたちに向き直り、柔らかな笑みで写真を差し出す。
「大丈夫。これは……希望だ」
「希望?」
「クロノチームが、カリストがサロメの夫になる未来を壊した。
その証がこれだ――」
そう言いながら、写真を見詰める。
目元は静かに笑いながらも“弟の暴走を頼もしく、羨ましく見守る長兄”のそれだった。
長い歴史を見てきた兄が、末っ子の大悪戯を、どこか誇らしく笑う。
世界をぶっ壊すほどの爆発でさえ、家族の誰かにとっては、“成長”の証なのだ。
写真の向こうに写るのは「殺された未来」
だが、それは誰かが“運命を書き換えた”証でもある。
クロノチームが介入しなければ、すべては“誰にも望まれないまま終わっていた”。
メルクリウスは封筒を指で弾き、静かに言葉を置いた。
「誰かが世界の筋書きを壊してくれるなら、それは絶望じゃなく、祝福かもしれない。
……“インヴィーデ、クロノ”」
夏の夕暮れ、世界のどこかで起きた“舞台の爆破”の余韻が。
静かな空き教室にも、確かに届いていた。
運命は壊れ、世界は亀裂だらけになった。
それでも誰かが“この先”を演じ直そうとする限り。
殺された未来も、まだ“舞台の続き”になれる。
だからこそ、写真の隅に残る「インヴィーデ、クロノ」は。
呪いではなく未来を勝ち取った「祝福」のメッセージだった。
学舎の空き教室は、暑さがようやく静まった頃。
どこか夏休みの終わりのような、寂しい空気が窓から入り込む。
メルクリウスは無言で封筒を取り出し、机の上にそっと一枚の写真を広げる。
その指先は、神官というより学者のようだった。
「見たまえ」
「信じ難いかもしれないが、これは元々サロメ姫と並び立つロト――即ちカリストを現像した写真だ」
ガイウスとヴィヌスがのぞき込む。
次の瞬間、二人とも息を呑んだ。
ロト(カリスト)が立っていたはずの場所に、大きな亀裂が走っている。
まるで世界そのものが裂け、結婚式場も、サロメ姫の姿も。
周囲の空間までも“不自然な壊れ方”をしている。
ロトの姿はほとんど確認できず、写真全体がどこか歪み。
「現実」と「虚構」が、継ぎ目ごと剥がれ落ちそうだった。
ヴィヌスは言葉を失い、ガイウスは写真を持つ手を無意識に強く握る。
「……これ、マジかよ。普通に現像したやつなのか?」
「……ロトが消えてるだけじゃない。“場”そのものが壊れてる……」
メルクリウスは、どこか遠い目で窓の外――夕暮れの朱を見つめていた。
「これは“奇跡”とも“呪い”とも違う。
この世界の“歴史そのもの”に、今、修復不能な異常が起きている」
教室の中に漂う空気は、もう“ただの夏休みの終わり”じゃなかった。
遠い異世界の終末が、現代にまでじわじわと滲み出してくる。
そんな「リアルな恐怖」が、勇者たちを静かに包み込んでいった。
メルクリウスは写真を指でなぞりながら、言葉を慎重に選んだ。
「僕の推察だが、これは……。
何かが“確定”した、ということを示しているのではないだろうか……?」
ガイウスは、喉の奥が詰まるような違和感を覚える。
「何かが確定した……?」
ヴィヌスは腕を組み、少しだけ皮肉を込めた声音で囁く。
「サロメとカリストの結婚式は大失敗する。てことかしら?」
けれど、その美しい横顔にも、焦りと不安が隠しきれない。
メルクリウスはゆっくりと頷いた。
「……かもしれない。彼が本当にサロメの伴侶になるのなら。
こんな“世界そのものが壊れた”光景には、絶対にならないはずだ」
写真の奥――光の残骸、歪んだ祭壇。
本来あるべき“祝福”のすべてが、闇と亀裂に飲み込まれている。
ヴィヌスは、見えない何かに背中を押されるように、小さく呟いた。
「……“殺された未来”の残骸が、ここに写り込んでいる」
ガイウスは無言で写真を見つめ続けた。
正義も、英雄譚も、この現実の前では無力に思える。
だが、その“無力”すら引き受けて前に進むしかない。
教室の窓の外では、遠い雷鳴が夏の終わりを告げていた。
“確定した未来”は、もう誰にも変えられない。
だが“壊れた世界”を目にした時、人は初めて、何かを変えたいと本気で願う。
この写真に映った“殺された未来”は“最後の選択”を迫ろうとしていた――。
ヴィヌスが写真の片隅に視線を落とす。
「……待って、ここ。……読める」
写真の割れ目、崩壊した式場の瓦礫の上――奇妙な筆跡で何かが刻まれていた。
ガイウスが身を乗り出す。
「なんて書いてある?」
ヴィヌスは眉をひそめながら読み上げる。
「インヴィーデ、クロノ。――呪文?……それとも、誰かのメッセージ?」
メルクリウスの目が静かに細められる。
「クロノ……」
彼はすぐに悟った。
この式場で何かが起き、“クロノチーム”の手で式が壊された。
そう、この“写真”は、歴史の分岐点を「確定」させた痕跡だった。
メルクリウスは、写真に刻まれた「インヴィーデ、クロノ」を指先でそっとなぞる。
その瞳には“末っ子のいたずらに呆れつつも嬉しそうな”色が浮かんでいた。
(サータ、君は……ここにいたんだね)
誰にも見せない心の中で、ふっと笑みを浮かべる。
“末っ子”が、1万2000年の時を超えて。
これほどの規模で世界を引っかき回す日が来るとは――その事実すら、どこか誇らしい。
(にしても今回の悪戯は……随分、規模が大きいな)
彼はガイウスたちに向き直り、柔らかな笑みで写真を差し出す。
「大丈夫。これは……希望だ」
「希望?」
「クロノチームが、カリストがサロメの夫になる未来を壊した。
その証がこれだ――」
そう言いながら、写真を見詰める。
目元は静かに笑いながらも“弟の暴走を頼もしく、羨ましく見守る長兄”のそれだった。
長い歴史を見てきた兄が、末っ子の大悪戯を、どこか誇らしく笑う。
世界をぶっ壊すほどの爆発でさえ、家族の誰かにとっては、“成長”の証なのだ。
写真の向こうに写るのは「殺された未来」
だが、それは誰かが“運命を書き換えた”証でもある。
クロノチームが介入しなければ、すべては“誰にも望まれないまま終わっていた”。
メルクリウスは封筒を指で弾き、静かに言葉を置いた。
「誰かが世界の筋書きを壊してくれるなら、それは絶望じゃなく、祝福かもしれない。
……“インヴィーデ、クロノ”」
夏の夕暮れ、世界のどこかで起きた“舞台の爆破”の余韻が。
静かな空き教室にも、確かに届いていた。
運命は壊れ、世界は亀裂だらけになった。
それでも誰かが“この先”を演じ直そうとする限り。
殺された未来も、まだ“舞台の続き”になれる。
だからこそ、写真の隅に残る「インヴィーデ、クロノ」は。
呪いではなく未来を勝ち取った「祝福」のメッセージだった。
0
あなたにおすすめの小説
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
