嫉妬帝国エンヴィニア

兜坂嵐

文字の大きさ
81 / 130
クーデターの足音

現代-夏休みの終わり

しおりを挟む
 考古学エリアへ向かう廊下、ヴァラとプルトの足音が静かに響く。
 昼下がりのキャンパスは、どこか夏の終わりの空気が漂っていた。
 角を曲がった先、教室前のホールで学生たちが群れている。
「夏休みの宿題終わらせたー?」
「自由研究だるーい、アレで詰みそう」
「え?自由研究が一番面白いじゃん、俺アトランティステーマにしたし」
 そんな声が、賑やかなBGMのように流れていく。
 ヴァラは少し懐かしそうに、学生たちを横目で見て微笑む。
 一方、プルトは“学生生活”というものに根本的な縁がない。
 任務も学びも、常に「生き抜くための修行」でしかなかった過去。
 彼女は一瞬、廊下の陽射しを受けながら。
(これが……学生ってやつか)
 と、どこか他人事のように考えていた。

 暗殺教団の中で過ごした日々には「夏休み」も「自由研究」もなかった。
 学びといえば武器の使い方、毒薬の調合と任務の反省が「宿題」だった。
 ヴァラはその沈黙に気づき、さりげなくプルトの歩調に合わせる。
「……夏休みの自由研究。昔は“宿題”って嫌いでしたけど。
 今思えばあの時間が一番自由だったのかもしれませんね」
 やんわりと、どこか遠い記憶に微笑む。
 プルトはわずかに肩をすくめ。
「……私には、馴染みのないものだ」
 とだけ静かに答えた。
 廊下の先には、古代の記憶と現代の“自由”が交差する。
 知の迷宮――考古学エリアが待っている。

 他人には当たり前の「夏の記憶」も、彼女にとっては遠い世界の出来事。
 学生たちの賑やかな声を聞きながら、プルトは“自分の自由”とは何か?
 ほんの少しだけ考えていた。
 アーチ型の窓から、白い光が差し込む。
 書架と端末が立ち並ぶ考古学エリアはどこか実験室にも。
 劇場にも似た“期待とざわめき”の空気を漂わせていた。

 その中を、ヴァラとプルトが静かに進む。
 一同の視線が集まる中、ヴァラは深呼吸ひとつ。
「お待たせしました。ヴァラ・インマールです」
 迎えるのは、歴戦の考古学者や、ノートPCを手にしたAI解読オペレーターたち。
「これはようこそ」と、緊張と敬意の入り混じった空気で迎えられる。
 ヴァラは聖典の包みを胸元で抱きしめ、告げる。
「聖典の寄贈及び、解読に参りました……手伝って頂けますか」
 言葉は静かだが、声の奥に震えるほどの使命感が宿る。
 考古学者がすぐに答える。
「勿論です。1万2000年前の聖典、とうかがっております。
 エンジニアたちに、解読機材も万全の状態に仕上げてもらいました」
 端末前のオペレーターが親指を立てる。
「解読、いつでもいけます」
 背後でAIのディスプレイが淡く光り、準備は整ったことを示している。
 ヴァラは小さく頷き、震える手で聖典を差し出す。
「……お願いします」
 その横で、プルトは無言のまま、あらゆる方向に警戒の目を走らせていた。
 “この瞬間、きっと世界がまた動く”と。



 歴史の闇と未来の光で、千年以上閉ざされていた「言葉」が。
 今ここで、ついに世界へ開かれようとしている。
 ヴァラの祈りと、学者たちの情熱、そしてAIの無機質な光。
 それらが全て重なった時、未来の「答え」が立ち上がる。
 考古学者は、聖典を丁寧に両手で受け取った。
「――聖典、確かに受け取りました」
「この膨大なデータを解読するとなると……。
 最低でも1週間はアルコーンに滞在することとなりますが、よろしいですか?」
 ヴァラは即答した。
「ええ。直ぐ終わるものではないと覚悟していました」
「格安宿の予約、取っています」
 その瞳に、宿命と使命、両方の光が静かに宿る。

 プルトも一歩前へ出て、低い声で答える。
「……私も。護衛の為もあるが、学びの都に興味がある」
 ローブの袖越しに、ほんの僅かな高揚が伝わる。
 生まれてこの方、“学び”というものに自分から触れたことなど、ほとんどなかった。
 けれど、この街の書棚や講義室のざわめきは、どこか“知らない自由”の匂いがした。
 考古学者とオペレーターは頷く。
「では、ご滞在の間に何か困ったことがあれば、いつでも研究室にお声掛けください」
 AI端末のディスプレイが「解析準備完了」の青い文字を灯す。
 1万2000年を越える旅路が、いよいよ現代の知と機械によって。
 再び“言葉”として息を吹き返そうとしていた。
 使命のため、勇気のため、そして小さな“憧れ”のために。
 二人の異邦人は、学びの都アルコーンで新たな一週間を過ごす覚悟を決めた。
 過去と未来が混じり合うこの街で「未知」への扉が、静かに開き始めている。

 学びの都アルコーンは、昼夜問わず“学生の胃袋”が支配する街だ。
 親元を離れ、限られた仕送りやバイト代で生きる者がほとんど。
 だからこそ、駅前通りには一泊500デモンからの激安宿や。
「定食全品デカ盛り」「朝まで営業」「持ち込みOK」な大衆食堂が立ち並ぶ。
 看板メニューは“魔界デカ盛りスタ丼”や“学割ピラフ・山盛りチーズ”。
 昼どきになるとどの店も行列となり。
「学生証提示で味玉サービス!」なんて張り紙が目を引く。

 安宿のフロントには「テスト期間特価・1週間連泊でコインランドリー無料!」のポスター。
 共同キッチンには世界中から来た留学生や学者、たまに“魔術師の見習い”もまじっている。
「飯は腹一杯食わなきゃ戦えねえ!」
「昨日の授業、また寝過ごした~」
「バイト代入った?今月はもう限界!」
 カウンターではそんな叫びが絶え間なく飛び交う。
 ヴァラとプルトも宿にチェックインした後。
 夕飯時ということで、とりあえず現地の安食堂に行こうと立ち寄ることになる。

 プルトはデカ盛りカツ丼を前に、しばし硬直し。
「これが……学びの街の食事……?」と小さく呟く。
 ヴァラは「どんな世界でも学生は“安くて多い飯”に救われるのです」と少し嬉しそうに教えていた。
  知の都にも、腹の減る夜がある。
 講義も研究も明日の希望も、まずは“デカ盛り”で満たされてから始まる。
 それがアルコーンという街のリアルだった。

 夏休みの終わり――。
 夕焼けに染まった学術都市アルコーン。
 勇者ズが空き教室に集まっている理由は、誰も説明できなかった。
 ただ、胸の奥に「今しかない」という直感がざわついている。
 ヴィヌスは、手元の写真を凝視する。そこに刻まれた“壊れた未来”。

「……夏の終わりって、どうしてこんなに寂しいのかしら」
 誰にともなく呟いた声に、メルクリウスが静かに頷いた。
「寂しいから物語が生まれる。終わりがあるからこそ、魂は燃える」
 外では学生たちが「自由研究終わらん!」と叫びながら駆けていく。
 その喧噪すらも、この世界の終わりの予兆みたいに感じてしまう。
 夏の余韻、乾きかけた風。窓越しに見える夕日が、まるで「今だけの劇場」を照らしているみたいだ。

 クロノチーム、アルヴ座、そしてエンヴィニア帝国――。
 全員が自分なりの“夏休み最後の一瞬”を駆け抜ける。
「我ら全て、舞台にあれ!」
 ――叫びは、夏の終わりの空に吸い込まれていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...