嫉妬帝国エンヴィニア

兜坂嵐

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我ら全て、舞台にあれ

開け、妬みの扉

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 神竜塔最上階・王の間。
 扉を開けた瞬間、空気そのものが重く沈む。
 そこは“王の間”――本来なら新王が蜜月を過ごすために設えられた、魔界最高峰のスイートルーム。
 だが、贅を尽くしたその豪奢さは、どこか狂気じみた緑と黒の色彩で塗り潰されている。

 天井まで届くステンドグラスには、深い黒薔薇と絡みつく蛇の意匠。
 床には翡翠色のカーペット、壁際には幾何学的に配された鏡と、贅沢な調度品。
 それなのに、この空間に満ちるのは――“何もない”という虚無の圧。
 まるで豪華な装飾の全てが、王の孤独と妬みに耐えきれず崩れかけているようだ。
 カリスト――いや、“ロト・エンヴィニア”は中央の床に膝をつき、静かに祈る仕草をしている。
 顔は青白く、影が落ちる。誰にも届かぬ祈り。
 その背後に、黒薔薇のステンドグラスが冷たく光る。

「なんだぁ?毒責めの次は高級ホテルかよw」
 その中、サタヌスが場違いなほどリラックスした態度で。
 真新しいソファに腰掛けようとしたが、座面に黒薔薇のトゲを見つけて悪態をつく。
「いてッ……!オイこれホテルのくせに罠ついてんぞ!?サービス料取れよッ!!」
「ここで泊まったら悪夢見そうなんですけどwwww」
 ウラヌスはベッドサイドの鏡に自分の顔を映して遊びながら、黒薔薇の花びらを指でつまんでみせる。
「夢の中でも嫉妬してろってかー!バーカ、私もう妬まれキャラやってるし余裕余裕~!」
 レイスは入り口付近で、静かに全体を見回す。
 この場所に漂う“虚無”は、舞台の上のどんな演出よりもリアルな死の気配を孕んでいた。
 彼の喉奥に、無意識の吐息が漏れる。
 ――舞台装置のような王の間。でも、これは芝居じゃない。本物の孤独の匂いだ。

 襲い来るのは、重たく湿った空気。
 緑黒の薔薇が咲き誇るカーペット。
 壁には“誰が見ても嫌な気分”になるほど自己主張の激しい鏡。
 それも正面だけでなく、斜めや天井からも自分の顔が映り込む配置だ。
 どこを見ても「俺が、私が、一番美しい」と言わんばかりの悪趣味っぷり。
 空間そのものが、まるで“妬みの精神汚染”を意図的に拡散しているみたいだった。

「ちょ、見て見てwwww蛇口マジで蛇の口だし!」
 バスルームの洗面台で、ウラヌスが爆笑しながら蛇口を捻る。
 銀色の蛇がクネクネと首を伸ばし、その口から翡翠色の水を吐き出す。
 「蛇だけに蛇口って、もう大喜利じゃんコレ~~!」
 笑い声が、王家の威厳を踏み抜いて転げまわる。
 水面には彼女の顔が歪み、薔薇の装飾と混ざり合いながら波紋を広げていく。

 部屋の中央――翠玉のベッドは、どこか生き物めいた光沢を放っていた。
 ユピテルは一切の遠慮なく、豪奢なシーツに堂々と胡坐をかく。
 「いやぁ、駆け上がってきて足が疲れたわ」
 王家の最高級寝具を、完全に漫画喫茶のリクライニングチェア扱い。
 “妬みの帝国”の美学が無神経さで粉砕されていく。
 緑のシーツに金髪が映えて、なんだか“魔界アイドルのステージリハ”感すら漂わせていた。

 一方、レイスは誰にも邪魔されずバルコニーへ。
 外には靄に包まれた“翠の城下町”――いや、“古代の亡霊”が広がっている。
 今や住む者もなく、薔薇の蔓が絡む廃墟と、石畳の道だけが残る。
 レイスはポケットから取り出した“禁煙マーク無視の紙巻”をくわえ、火をつけた。
 ひと吸い、苦くて甘い煙を肺に溜め込む。
 「高いヤツんとこが見下ろすのが、王の特権……か」
 遠くで鐘が鳴るような音。だが、それは幻聴。
 もう誰も祝福してくれない、“無の帝国”の空気だけが広がっている。

 壁には、蛇と黒薔薇のレリーフが絡み合い。
 どこか不穏な螺旋模様が床の中心にまで延びている。
 天井のシャンデリアは“翠の涙”を象ったクリスタルで編まれ。
 光を通すたびに部屋全体が緑の水面に沈んだように揺らぐ。
 テーブルの上には鏡面仕上げの銀器。
 だがそのひとつひとつに「羨望」や「嫉妬」といった文字が、呪いのごとく刻み込まれている。

 誰もが一瞬、“本当にここは現実か?”と自分を疑う。
 けれど、この悪趣味で悪意まみれの空間だけがやけにリアル。
 だからこそ、ウラヌスは大声でふざけ、ユピテルは遠慮なく足を伸ばし。
 レイスは世界そのものを小馬鹿にした笑みを浮かべる。
 “王の部屋”――ここは、妬みを極めた者だけが入ることを許される孤独のスイートルーム。
 でも、いくら妬みを極めても、結局最後に残るのは「虚しさ」だけなんだ。
 クロノチームはその“虚無の王宮”を、笑いと皮肉で踏み荒らしていく。

 クロノチームが悪趣味スイートを踏破するうち、どこからともなく声が響いてくる。
 「……病めるときも……健やかなる時も……」
 ぶつぶつ、ぶつぶつと繰り返す声。
 男のものか、女のものか。どこか“人間”からズレた抑揚。
 部屋の奥――巨大な茨の意匠に覆われた“王の祭壇”への扉の向こうから。
 まるで壊れた人形が台詞だけリピートしているみたいに。

 ウラヌスが、口を手で覆いながら目をきらきらさせる。
 「ねぇ、ねぇ!向こうから結婚式のリハ繰り返してる声するんだけどww しかも壊れ気味だよ?」
 笑ってるけど、その瞳の奥には一瞬だけ“危険”の色。
 ここがただのギャグホテルじゃないと、本能で察している。
 サタヌスはベッドから転がり落ち、さも面倒くさそうに首を回す。
 「チョコミント姫が行ってたな――式をやり直すって」
 “チョコミント姫”とはサロメ様のことだ。
 ドレスがチョコミント配色だから、本人も黙認済み(というかネタにして遊んでるらしい)。
 でも今、そのニックネームすらこの部屋じゃ悪寒になる。

 ユピテルは妙に真面目な顔で、扉をじっと見つめる。
 「……あぁ、いる。向こうだ。カリスト……!」
 その言葉は、かすかに震えていた。
 普段ならヘラヘラしてるはずのユピテルの表情。
 その真剣さが、空気を一気に張り詰めさせる。

 王の間の最奥、一際大きな扉が行く手を遮る。
 何重にも絡み合った黒い茨――それは本物の植物ではない。
 鉄と魔力と嫉妬が編み込まれた、侵入者を拒絶するためだけに存在する障壁だ。
 扉の中央には、エメラルド色のバラが一輪、血のように光っていた。
 サタヌスは鼻で笑いながら、茨を指で弾く。
 「これ、王家の伝統なんだろ?“妬みのバラ”ってヤツ」
 でも本音では、指先がひりつく。“生”の拒絶、この先に進むなと、空間そのものが警告している。

 ウラヌスはテンションだけで押し通そうと、カメラアプリみたいにスマホを構えるフリ。
 「これ絶対インスタ映えしねーやつ! #エンヴィニア式場 #出禁確定」
 けど冗談が空回りするくらい、空気が変わっていた。
 部屋の奥、茨の扉の向こう。
 繰り返される、壊れた結婚式の台詞。
 “病めるときも、健やかなる時も”。
 まるで“自分自身を呪い続けている”かのような声。

 足がすくむ。
 でも、ここで立ち止まるわけにはいかない。
 ここは“妬みの王国”エンヴィニア。
 誰よりも妬まれ、誰よりも孤独な王が――壊れかけで待っている。
 “王の祭壇”へと続く、最後の障壁。
 その向こうに、ロト=カリストがいる。

 黒い茨に阻まれて、クロノチームは足を止める。
 空気はどこまでも張り詰めて、笑わないとやってられない空気。
「茨姫って、どうやって起きたっけ?」
 レイスが苦笑いで呟く。
「えーと待ってねぇ~…100年後に自動で起きるって♪」
 ウラヌス、ノリノリで指を折りながら即答。
 その軽さが逆に怖い。
「じゃあ100年待つか?」
 サタヌスは真顔であくびしながら壁にもたれる。
 絶望的に面倒くさがり。でも冗談抜きで「寝て待つ」勢いだ。

「ばかいえ」
 ユピテルが鋭く割り込む。
 「そんな悠長な国じゃねぇだろ、この国は芝居に命かけてる帝国だからなぁ。
 開ける鍵も絶対に“芝居脳”仕様だぜ?」
 扉には、うっすらと“台詞”が彫り込まれているのにウラヌスが気づく。
 「お、なにこれ。『妬みが最も美しく輝く瞬間に、道は開かれる』……だって」

 「最も妬まれてるヤツが開けるとか、ウケるww じゃあ一番イケメンがやれよ!」
 ウラヌスがカリカリとサタヌスの肩を叩く。
 「いや、ここで“イケメン判定”とか時代錯誤だろ!!」
 サタヌスは全力で突っ込むが、なぜかちょっとだけ胸を張る。

 レイスはしばし扉を睨みつけ。
 「演劇の国、か……台詞で開けるギミックはありそうだな。妬み、芝居、美しさ……」
 「つまり、“誰かが他の全員から本気で羨ましがられる”アピールをしたら開く、とか?」
 「おー、そういうノリね。じゃ、俺が行くわ」
 ユピテルはベッドの上でドヤ顔になると、手を上げる。
 「よく聞け諸君!俺はクロノチームの中で唯一!
 剥製趣味と美脚を兼ね備えた超絶イケメン、しかも雷も使える美少年だ!妬め妬め妬めぇ!」
 ……シーン。
 扉、反応ナシ。
 茨が「美しくないものに興味なし」って顔で微動だにしない。

 ウラヌスがクスクス笑いながら割り込む。
 「こういう時は、“舞台映え”が最優先だよねぇ?」
 「みんなで舞台式に――“嫉妬まみれの称賛”をぶつけ合うとか!」
 サタヌスはサムズアップしながら叫ぶ。
 「ウラヌス、お前の悪ノリの才能は世界一だ!俺は正直妬んでる!くやしい!!」
 ウラヌスは満面の笑みでピース。
 「ありがとうございま~~す!嫉妬エネルギーうめぇ!」
 レイスもノってくる。
 「サタヌスのワイルドさ、俺にも分けろっての……!この筋肉と笑顔、正直ズルいぜ!」
 サタヌスは照れて肩をすくめる。
 「まぁな!」
 扉の茨が、ほんの僅かに“ギシリ”と音を立てる。

 ユピテルは口角を上げ。
 「舞台ってのは、“みんなで誰かを主役にして持ち上げる”時が一番嫉妬が沸騰するんだよ」
 「レイス。お前の“地獄で一番カッコいいハンター”ぶり、マジでうらやましいぜ。俺にはできねぇ!」
 茨の扉が音を立てて、ひとつ、またひとつと緩み始める。
 部屋全体の空気が、“舞台のスポットライト”のようにざわめいた。
 全員が「自分の中の“妬み”」を“舞台上で告白”することで。
 扉は“観客席の拍手”のような音を立てて、ゆっくりと開き始める。
 この国の扉は、他人を妬み、自分を認め。
 その“嫉妬エネルギー”を芝居に昇華した者にだけ、道を開く。

「もう少しで開く!!……て言うか、茨が言ってる!開けてやってもいいかなって!」
 レイスが半ば冗談、半ば本気で叫ぶ。
 黒茨がギシギシ音を立てて身じろぎ。
 まるで意志を持つ生き物のように、じわりじわりと隙間を開きはじめていた。
「レイスwwwアルヴ座に入り浸り過ぎてスピ目覚めてんじゃーんwww」
 ウラヌスがツボった顔で床を転げ回る。
 「でもさー、ネタ切れしてきたんだけど!?これ以上の“嫉妬告白”ってある?」
 誰よりも“妬ませてナンボ”なメスガキも、今は本気でお手上げポーズ。

「はぁ!?」
「なんだ?」
 レイスの様子が変わった。
 その目が、今までになく鋭く、どこか“遠い”ものを見ている。
「半人半魔……これだ!」
 グッ、と拳を握る。
「俺はねぇ!!半分じゃないってだけで、世界全部に嫉妬してる時期があったんだよオオオオ!!」
 ――声が響く。その瞬間、扉の茨がビリビリと反応する。

 「全部持ってるヤツ、魔族も!人間も!あいつもこいつも、皆ぜんぶ……!
 どんなに手に入れても、“お前は半分だ、全部じゃない”って言われんのが、悔しくて悔しくて!
 だから壊してやりたかった。だから、世界全部妬みの色に染めてやりたかったんだよ!!」
 その叫びは、偽りのない“嫉妬”だった。
 演技でもギャグでもない、魂の底からこみ上げる本音。
 それが――茨の扉を一気に貫通!!
 黒い茨がバチバチと音を立てて枯れ、中心部に眩い翠色の光が走る。
 ウラヌス、サタヌス、ユピテル――。
 みんな一瞬だけ呆然として、次の瞬間爆笑と拍手!

「おいおい、これ台本にしたら千秋楽いけるヤツだろww」
「ガチの妬みってパワーあんだなぁ……!」
 レイスは少しだけ照れくさそうに肩をすくめ。
 「開け、嫉妬の扉……舞台はこれからだ」
 低く呟いた。
 ――祭壇部屋への道が、ついに開く。
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