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我ら全て、舞台にあれ
開け、妬みの扉
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神竜塔最上階・王の間。
扉を開けた瞬間、空気そのものが重く沈む。
そこは“王の間”――本来なら新王が蜜月を過ごすために設えられた、魔界最高峰のスイートルーム。
だが、贅を尽くしたその豪奢さは、どこか狂気じみた緑と黒の色彩で塗り潰されている。
天井まで届くステンドグラスには、深い黒薔薇と絡みつく蛇の意匠。
床には翡翠色のカーペット、壁際には幾何学的に配された鏡と、贅沢な調度品。
それなのに、この空間に満ちるのは――“何もない”という虚無の圧。
まるで豪華な装飾の全てが、王の孤独と妬みに耐えきれず崩れかけているようだ。
カリスト――いや、“ロト・エンヴィニア”は中央の床に膝をつき、静かに祈る仕草をしている。
顔は青白く、影が落ちる。誰にも届かぬ祈り。
その背後に、黒薔薇のステンドグラスが冷たく光る。
「なんだぁ?毒責めの次は高級ホテルかよw」
その中、サタヌスが場違いなほどリラックスした態度で。
真新しいソファに腰掛けようとしたが、座面に黒薔薇のトゲを見つけて悪態をつく。
「いてッ……!オイこれホテルのくせに罠ついてんぞ!?サービス料取れよッ!!」
「ここで泊まったら悪夢見そうなんですけどwwww」
ウラヌスはベッドサイドの鏡に自分の顔を映して遊びながら、黒薔薇の花びらを指でつまんでみせる。
「夢の中でも嫉妬してろってかー!バーカ、私もう妬まれキャラやってるし余裕余裕~!」
レイスは入り口付近で、静かに全体を見回す。
この場所に漂う“虚無”は、舞台の上のどんな演出よりもリアルな死の気配を孕んでいた。
彼の喉奥に、無意識の吐息が漏れる。
――舞台装置のような王の間。でも、これは芝居じゃない。本物の孤独の匂いだ。
襲い来るのは、重たく湿った空気。
緑黒の薔薇が咲き誇るカーペット。
壁には“誰が見ても嫌な気分”になるほど自己主張の激しい鏡。
それも正面だけでなく、斜めや天井からも自分の顔が映り込む配置だ。
どこを見ても「俺が、私が、一番美しい」と言わんばかりの悪趣味っぷり。
空間そのものが、まるで“妬みの精神汚染”を意図的に拡散しているみたいだった。
「ちょ、見て見てwwww蛇口マジで蛇の口だし!」
バスルームの洗面台で、ウラヌスが爆笑しながら蛇口を捻る。
銀色の蛇がクネクネと首を伸ばし、その口から翡翠色の水を吐き出す。
「蛇だけに蛇口って、もう大喜利じゃんコレ~~!」
笑い声が、王家の威厳を踏み抜いて転げまわる。
水面には彼女の顔が歪み、薔薇の装飾と混ざり合いながら波紋を広げていく。
部屋の中央――翠玉のベッドは、どこか生き物めいた光沢を放っていた。
ユピテルは一切の遠慮なく、豪奢なシーツに堂々と胡坐をかく。
「いやぁ、駆け上がってきて足が疲れたわ」
王家の最高級寝具を、完全に漫画喫茶のリクライニングチェア扱い。
“妬みの帝国”の美学が無神経さで粉砕されていく。
緑のシーツに金髪が映えて、なんだか“魔界アイドルのステージリハ”感すら漂わせていた。
一方、レイスは誰にも邪魔されずバルコニーへ。
外には靄に包まれた“翠の城下町”――いや、“古代の亡霊”が広がっている。
今や住む者もなく、薔薇の蔓が絡む廃墟と、石畳の道だけが残る。
レイスはポケットから取り出した“禁煙マーク無視の紙巻”をくわえ、火をつけた。
ひと吸い、苦くて甘い煙を肺に溜め込む。
「高いヤツんとこが見下ろすのが、王の特権……か」
遠くで鐘が鳴るような音。だが、それは幻聴。
もう誰も祝福してくれない、“無の帝国”の空気だけが広がっている。
壁には、蛇と黒薔薇のレリーフが絡み合い。
どこか不穏な螺旋模様が床の中心にまで延びている。
天井のシャンデリアは“翠の涙”を象ったクリスタルで編まれ。
光を通すたびに部屋全体が緑の水面に沈んだように揺らぐ。
テーブルの上には鏡面仕上げの銀器。
だがそのひとつひとつに「羨望」や「嫉妬」といった文字が、呪いのごとく刻み込まれている。
誰もが一瞬、“本当にここは現実か?”と自分を疑う。
けれど、この悪趣味で悪意まみれの空間だけがやけにリアル。
だからこそ、ウラヌスは大声でふざけ、ユピテルは遠慮なく足を伸ばし。
レイスは世界そのものを小馬鹿にした笑みを浮かべる。
“王の部屋”――ここは、妬みを極めた者だけが入ることを許される孤独のスイートルーム。
でも、いくら妬みを極めても、結局最後に残るのは「虚しさ」だけなんだ。
クロノチームはその“虚無の王宮”を、笑いと皮肉で踏み荒らしていく。
クロノチームが悪趣味スイートを踏破するうち、どこからともなく声が響いてくる。
「……病めるときも……健やかなる時も……」
ぶつぶつ、ぶつぶつと繰り返す声。
男のものか、女のものか。どこか“人間”からズレた抑揚。
部屋の奥――巨大な茨の意匠に覆われた“王の祭壇”への扉の向こうから。
まるで壊れた人形が台詞だけリピートしているみたいに。
ウラヌスが、口を手で覆いながら目をきらきらさせる。
「ねぇ、ねぇ!向こうから結婚式のリハ繰り返してる声するんだけどww しかも壊れ気味だよ?」
笑ってるけど、その瞳の奥には一瞬だけ“危険”の色。
ここがただのギャグホテルじゃないと、本能で察している。
サタヌスはベッドから転がり落ち、さも面倒くさそうに首を回す。
「チョコミント姫が行ってたな――式をやり直すって」
“チョコミント姫”とはサロメ様のことだ。
ドレスがチョコミント配色だから、本人も黙認済み(というかネタにして遊んでるらしい)。
でも今、そのニックネームすらこの部屋じゃ悪寒になる。
ユピテルは妙に真面目な顔で、扉をじっと見つめる。
「……あぁ、いる。向こうだ。カリスト……!」
その言葉は、かすかに震えていた。
普段ならヘラヘラしてるはずのユピテルの表情。
その真剣さが、空気を一気に張り詰めさせる。
王の間の最奥、一際大きな扉が行く手を遮る。
何重にも絡み合った黒い茨――それは本物の植物ではない。
鉄と魔力と嫉妬が編み込まれた、侵入者を拒絶するためだけに存在する障壁だ。
扉の中央には、エメラルド色のバラが一輪、血のように光っていた。
サタヌスは鼻で笑いながら、茨を指で弾く。
「これ、王家の伝統なんだろ?“妬みのバラ”ってヤツ」
でも本音では、指先がひりつく。“生”の拒絶、この先に進むなと、空間そのものが警告している。
ウラヌスはテンションだけで押し通そうと、カメラアプリみたいにスマホを構えるフリ。
「これ絶対インスタ映えしねーやつ! #エンヴィニア式場 #出禁確定」
けど冗談が空回りするくらい、空気が変わっていた。
部屋の奥、茨の扉の向こう。
繰り返される、壊れた結婚式の台詞。
“病めるときも、健やかなる時も”。
まるで“自分自身を呪い続けている”かのような声。
足がすくむ。
でも、ここで立ち止まるわけにはいかない。
ここは“妬みの王国”エンヴィニア。
誰よりも妬まれ、誰よりも孤独な王が――壊れかけで待っている。
“王の祭壇”へと続く、最後の障壁。
その向こうに、ロト=カリストがいる。
黒い茨に阻まれて、クロノチームは足を止める。
空気はどこまでも張り詰めて、笑わないとやってられない空気。
「茨姫って、どうやって起きたっけ?」
レイスが苦笑いで呟く。
「えーと待ってねぇ~…100年後に自動で起きるって♪」
ウラヌス、ノリノリで指を折りながら即答。
その軽さが逆に怖い。
「じゃあ100年待つか?」
サタヌスは真顔であくびしながら壁にもたれる。
絶望的に面倒くさがり。でも冗談抜きで「寝て待つ」勢いだ。
「ばかいえ」
ユピテルが鋭く割り込む。
「そんな悠長な国じゃねぇだろ、この国は芝居に命かけてる帝国だからなぁ。
開ける鍵も絶対に“芝居脳”仕様だぜ?」
扉には、うっすらと“台詞”が彫り込まれているのにウラヌスが気づく。
「お、なにこれ。『妬みが最も美しく輝く瞬間に、道は開かれる』……だって」
「最も妬まれてるヤツが開けるとか、ウケるww じゃあ一番イケメンがやれよ!」
ウラヌスがカリカリとサタヌスの肩を叩く。
「いや、ここで“イケメン判定”とか時代錯誤だろ!!」
サタヌスは全力で突っ込むが、なぜかちょっとだけ胸を張る。
レイスはしばし扉を睨みつけ。
「演劇の国、か……台詞で開けるギミックはありそうだな。妬み、芝居、美しさ……」
「つまり、“誰かが他の全員から本気で羨ましがられる”アピールをしたら開く、とか?」
「おー、そういうノリね。じゃ、俺が行くわ」
ユピテルはベッドの上でドヤ顔になると、手を上げる。
「よく聞け諸君!俺はクロノチームの中で唯一!
剥製趣味と美脚を兼ね備えた超絶イケメン、しかも雷も使える美少年だ!妬め妬め妬めぇ!」
……シーン。
扉、反応ナシ。
茨が「美しくないものに興味なし」って顔で微動だにしない。
ウラヌスがクスクス笑いながら割り込む。
「こういう時は、“舞台映え”が最優先だよねぇ?」
「みんなで舞台式に――“嫉妬まみれの称賛”をぶつけ合うとか!」
サタヌスはサムズアップしながら叫ぶ。
「ウラヌス、お前の悪ノリの才能は世界一だ!俺は正直妬んでる!くやしい!!」
ウラヌスは満面の笑みでピース。
「ありがとうございま~~す!嫉妬エネルギーうめぇ!」
レイスもノってくる。
「サタヌスのワイルドさ、俺にも分けろっての……!この筋肉と笑顔、正直ズルいぜ!」
サタヌスは照れて肩をすくめる。
「まぁな!」
扉の茨が、ほんの僅かに“ギシリ”と音を立てる。
ユピテルは口角を上げ。
「舞台ってのは、“みんなで誰かを主役にして持ち上げる”時が一番嫉妬が沸騰するんだよ」
「レイス。お前の“地獄で一番カッコいいハンター”ぶり、マジでうらやましいぜ。俺にはできねぇ!」
茨の扉が音を立てて、ひとつ、またひとつと緩み始める。
部屋全体の空気が、“舞台のスポットライト”のようにざわめいた。
全員が「自分の中の“妬み”」を“舞台上で告白”することで。
扉は“観客席の拍手”のような音を立てて、ゆっくりと開き始める。
この国の扉は、他人を妬み、自分を認め。
その“嫉妬エネルギー”を芝居に昇華した者にだけ、道を開く。
「もう少しで開く!!……て言うか、茨が言ってる!開けてやってもいいかなって!」
レイスが半ば冗談、半ば本気で叫ぶ。
黒茨がギシギシ音を立てて身じろぎ。
まるで意志を持つ生き物のように、じわりじわりと隙間を開きはじめていた。
「レイスwwwアルヴ座に入り浸り過ぎてスピ目覚めてんじゃーんwww」
ウラヌスがツボった顔で床を転げ回る。
「でもさー、ネタ切れしてきたんだけど!?これ以上の“嫉妬告白”ってある?」
誰よりも“妬ませてナンボ”なメスガキも、今は本気でお手上げポーズ。
「はぁ!?」
「なんだ?」
レイスの様子が変わった。
その目が、今までになく鋭く、どこか“遠い”ものを見ている。
「半人半魔……これだ!」
グッ、と拳を握る。
「俺はねぇ!!半分じゃないってだけで、世界全部に嫉妬してる時期があったんだよオオオオ!!」
――声が響く。その瞬間、扉の茨がビリビリと反応する。
「全部持ってるヤツ、魔族も!人間も!あいつもこいつも、皆ぜんぶ……!
どんなに手に入れても、“お前は半分だ、全部じゃない”って言われんのが、悔しくて悔しくて!
だから壊してやりたかった。だから、世界全部妬みの色に染めてやりたかったんだよ!!」
その叫びは、偽りのない“嫉妬”だった。
演技でもギャグでもない、魂の底からこみ上げる本音。
それが――茨の扉を一気に貫通!!
黒い茨がバチバチと音を立てて枯れ、中心部に眩い翠色の光が走る。
ウラヌス、サタヌス、ユピテル――。
みんな一瞬だけ呆然として、次の瞬間爆笑と拍手!
「おいおい、これ台本にしたら千秋楽いけるヤツだろww」
「ガチの妬みってパワーあんだなぁ……!」
レイスは少しだけ照れくさそうに肩をすくめ。
「開け、嫉妬の扉……舞台はこれからだ」
低く呟いた。
――祭壇部屋への道が、ついに開く。
扉を開けた瞬間、空気そのものが重く沈む。
そこは“王の間”――本来なら新王が蜜月を過ごすために設えられた、魔界最高峰のスイートルーム。
だが、贅を尽くしたその豪奢さは、どこか狂気じみた緑と黒の色彩で塗り潰されている。
天井まで届くステンドグラスには、深い黒薔薇と絡みつく蛇の意匠。
床には翡翠色のカーペット、壁際には幾何学的に配された鏡と、贅沢な調度品。
それなのに、この空間に満ちるのは――“何もない”という虚無の圧。
まるで豪華な装飾の全てが、王の孤独と妬みに耐えきれず崩れかけているようだ。
カリスト――いや、“ロト・エンヴィニア”は中央の床に膝をつき、静かに祈る仕草をしている。
顔は青白く、影が落ちる。誰にも届かぬ祈り。
その背後に、黒薔薇のステンドグラスが冷たく光る。
「なんだぁ?毒責めの次は高級ホテルかよw」
その中、サタヌスが場違いなほどリラックスした態度で。
真新しいソファに腰掛けようとしたが、座面に黒薔薇のトゲを見つけて悪態をつく。
「いてッ……!オイこれホテルのくせに罠ついてんぞ!?サービス料取れよッ!!」
「ここで泊まったら悪夢見そうなんですけどwwww」
ウラヌスはベッドサイドの鏡に自分の顔を映して遊びながら、黒薔薇の花びらを指でつまんでみせる。
「夢の中でも嫉妬してろってかー!バーカ、私もう妬まれキャラやってるし余裕余裕~!」
レイスは入り口付近で、静かに全体を見回す。
この場所に漂う“虚無”は、舞台の上のどんな演出よりもリアルな死の気配を孕んでいた。
彼の喉奥に、無意識の吐息が漏れる。
――舞台装置のような王の間。でも、これは芝居じゃない。本物の孤独の匂いだ。
襲い来るのは、重たく湿った空気。
緑黒の薔薇が咲き誇るカーペット。
壁には“誰が見ても嫌な気分”になるほど自己主張の激しい鏡。
それも正面だけでなく、斜めや天井からも自分の顔が映り込む配置だ。
どこを見ても「俺が、私が、一番美しい」と言わんばかりの悪趣味っぷり。
空間そのものが、まるで“妬みの精神汚染”を意図的に拡散しているみたいだった。
「ちょ、見て見てwwww蛇口マジで蛇の口だし!」
バスルームの洗面台で、ウラヌスが爆笑しながら蛇口を捻る。
銀色の蛇がクネクネと首を伸ばし、その口から翡翠色の水を吐き出す。
「蛇だけに蛇口って、もう大喜利じゃんコレ~~!」
笑い声が、王家の威厳を踏み抜いて転げまわる。
水面には彼女の顔が歪み、薔薇の装飾と混ざり合いながら波紋を広げていく。
部屋の中央――翠玉のベッドは、どこか生き物めいた光沢を放っていた。
ユピテルは一切の遠慮なく、豪奢なシーツに堂々と胡坐をかく。
「いやぁ、駆け上がってきて足が疲れたわ」
王家の最高級寝具を、完全に漫画喫茶のリクライニングチェア扱い。
“妬みの帝国”の美学が無神経さで粉砕されていく。
緑のシーツに金髪が映えて、なんだか“魔界アイドルのステージリハ”感すら漂わせていた。
一方、レイスは誰にも邪魔されずバルコニーへ。
外には靄に包まれた“翠の城下町”――いや、“古代の亡霊”が広がっている。
今や住む者もなく、薔薇の蔓が絡む廃墟と、石畳の道だけが残る。
レイスはポケットから取り出した“禁煙マーク無視の紙巻”をくわえ、火をつけた。
ひと吸い、苦くて甘い煙を肺に溜め込む。
「高いヤツんとこが見下ろすのが、王の特権……か」
遠くで鐘が鳴るような音。だが、それは幻聴。
もう誰も祝福してくれない、“無の帝国”の空気だけが広がっている。
壁には、蛇と黒薔薇のレリーフが絡み合い。
どこか不穏な螺旋模様が床の中心にまで延びている。
天井のシャンデリアは“翠の涙”を象ったクリスタルで編まれ。
光を通すたびに部屋全体が緑の水面に沈んだように揺らぐ。
テーブルの上には鏡面仕上げの銀器。
だがそのひとつひとつに「羨望」や「嫉妬」といった文字が、呪いのごとく刻み込まれている。
誰もが一瞬、“本当にここは現実か?”と自分を疑う。
けれど、この悪趣味で悪意まみれの空間だけがやけにリアル。
だからこそ、ウラヌスは大声でふざけ、ユピテルは遠慮なく足を伸ばし。
レイスは世界そのものを小馬鹿にした笑みを浮かべる。
“王の部屋”――ここは、妬みを極めた者だけが入ることを許される孤独のスイートルーム。
でも、いくら妬みを極めても、結局最後に残るのは「虚しさ」だけなんだ。
クロノチームはその“虚無の王宮”を、笑いと皮肉で踏み荒らしていく。
クロノチームが悪趣味スイートを踏破するうち、どこからともなく声が響いてくる。
「……病めるときも……健やかなる時も……」
ぶつぶつ、ぶつぶつと繰り返す声。
男のものか、女のものか。どこか“人間”からズレた抑揚。
部屋の奥――巨大な茨の意匠に覆われた“王の祭壇”への扉の向こうから。
まるで壊れた人形が台詞だけリピートしているみたいに。
ウラヌスが、口を手で覆いながら目をきらきらさせる。
「ねぇ、ねぇ!向こうから結婚式のリハ繰り返してる声するんだけどww しかも壊れ気味だよ?」
笑ってるけど、その瞳の奥には一瞬だけ“危険”の色。
ここがただのギャグホテルじゃないと、本能で察している。
サタヌスはベッドから転がり落ち、さも面倒くさそうに首を回す。
「チョコミント姫が行ってたな――式をやり直すって」
“チョコミント姫”とはサロメ様のことだ。
ドレスがチョコミント配色だから、本人も黙認済み(というかネタにして遊んでるらしい)。
でも今、そのニックネームすらこの部屋じゃ悪寒になる。
ユピテルは妙に真面目な顔で、扉をじっと見つめる。
「……あぁ、いる。向こうだ。カリスト……!」
その言葉は、かすかに震えていた。
普段ならヘラヘラしてるはずのユピテルの表情。
その真剣さが、空気を一気に張り詰めさせる。
王の間の最奥、一際大きな扉が行く手を遮る。
何重にも絡み合った黒い茨――それは本物の植物ではない。
鉄と魔力と嫉妬が編み込まれた、侵入者を拒絶するためだけに存在する障壁だ。
扉の中央には、エメラルド色のバラが一輪、血のように光っていた。
サタヌスは鼻で笑いながら、茨を指で弾く。
「これ、王家の伝統なんだろ?“妬みのバラ”ってヤツ」
でも本音では、指先がひりつく。“生”の拒絶、この先に進むなと、空間そのものが警告している。
ウラヌスはテンションだけで押し通そうと、カメラアプリみたいにスマホを構えるフリ。
「これ絶対インスタ映えしねーやつ! #エンヴィニア式場 #出禁確定」
けど冗談が空回りするくらい、空気が変わっていた。
部屋の奥、茨の扉の向こう。
繰り返される、壊れた結婚式の台詞。
“病めるときも、健やかなる時も”。
まるで“自分自身を呪い続けている”かのような声。
足がすくむ。
でも、ここで立ち止まるわけにはいかない。
ここは“妬みの王国”エンヴィニア。
誰よりも妬まれ、誰よりも孤独な王が――壊れかけで待っている。
“王の祭壇”へと続く、最後の障壁。
その向こうに、ロト=カリストがいる。
黒い茨に阻まれて、クロノチームは足を止める。
空気はどこまでも張り詰めて、笑わないとやってられない空気。
「茨姫って、どうやって起きたっけ?」
レイスが苦笑いで呟く。
「えーと待ってねぇ~…100年後に自動で起きるって♪」
ウラヌス、ノリノリで指を折りながら即答。
その軽さが逆に怖い。
「じゃあ100年待つか?」
サタヌスは真顔であくびしながら壁にもたれる。
絶望的に面倒くさがり。でも冗談抜きで「寝て待つ」勢いだ。
「ばかいえ」
ユピテルが鋭く割り込む。
「そんな悠長な国じゃねぇだろ、この国は芝居に命かけてる帝国だからなぁ。
開ける鍵も絶対に“芝居脳”仕様だぜ?」
扉には、うっすらと“台詞”が彫り込まれているのにウラヌスが気づく。
「お、なにこれ。『妬みが最も美しく輝く瞬間に、道は開かれる』……だって」
「最も妬まれてるヤツが開けるとか、ウケるww じゃあ一番イケメンがやれよ!」
ウラヌスがカリカリとサタヌスの肩を叩く。
「いや、ここで“イケメン判定”とか時代錯誤だろ!!」
サタヌスは全力で突っ込むが、なぜかちょっとだけ胸を張る。
レイスはしばし扉を睨みつけ。
「演劇の国、か……台詞で開けるギミックはありそうだな。妬み、芝居、美しさ……」
「つまり、“誰かが他の全員から本気で羨ましがられる”アピールをしたら開く、とか?」
「おー、そういうノリね。じゃ、俺が行くわ」
ユピテルはベッドの上でドヤ顔になると、手を上げる。
「よく聞け諸君!俺はクロノチームの中で唯一!
剥製趣味と美脚を兼ね備えた超絶イケメン、しかも雷も使える美少年だ!妬め妬め妬めぇ!」
……シーン。
扉、反応ナシ。
茨が「美しくないものに興味なし」って顔で微動だにしない。
ウラヌスがクスクス笑いながら割り込む。
「こういう時は、“舞台映え”が最優先だよねぇ?」
「みんなで舞台式に――“嫉妬まみれの称賛”をぶつけ合うとか!」
サタヌスはサムズアップしながら叫ぶ。
「ウラヌス、お前の悪ノリの才能は世界一だ!俺は正直妬んでる!くやしい!!」
ウラヌスは満面の笑みでピース。
「ありがとうございま~~す!嫉妬エネルギーうめぇ!」
レイスもノってくる。
「サタヌスのワイルドさ、俺にも分けろっての……!この筋肉と笑顔、正直ズルいぜ!」
サタヌスは照れて肩をすくめる。
「まぁな!」
扉の茨が、ほんの僅かに“ギシリ”と音を立てる。
ユピテルは口角を上げ。
「舞台ってのは、“みんなで誰かを主役にして持ち上げる”時が一番嫉妬が沸騰するんだよ」
「レイス。お前の“地獄で一番カッコいいハンター”ぶり、マジでうらやましいぜ。俺にはできねぇ!」
茨の扉が音を立てて、ひとつ、またひとつと緩み始める。
部屋全体の空気が、“舞台のスポットライト”のようにざわめいた。
全員が「自分の中の“妬み”」を“舞台上で告白”することで。
扉は“観客席の拍手”のような音を立てて、ゆっくりと開き始める。
この国の扉は、他人を妬み、自分を認め。
その“嫉妬エネルギー”を芝居に昇華した者にだけ、道を開く。
「もう少しで開く!!……て言うか、茨が言ってる!開けてやってもいいかなって!」
レイスが半ば冗談、半ば本気で叫ぶ。
黒茨がギシギシ音を立てて身じろぎ。
まるで意志を持つ生き物のように、じわりじわりと隙間を開きはじめていた。
「レイスwwwアルヴ座に入り浸り過ぎてスピ目覚めてんじゃーんwww」
ウラヌスがツボった顔で床を転げ回る。
「でもさー、ネタ切れしてきたんだけど!?これ以上の“嫉妬告白”ってある?」
誰よりも“妬ませてナンボ”なメスガキも、今は本気でお手上げポーズ。
「はぁ!?」
「なんだ?」
レイスの様子が変わった。
その目が、今までになく鋭く、どこか“遠い”ものを見ている。
「半人半魔……これだ!」
グッ、と拳を握る。
「俺はねぇ!!半分じゃないってだけで、世界全部に嫉妬してる時期があったんだよオオオオ!!」
――声が響く。その瞬間、扉の茨がビリビリと反応する。
「全部持ってるヤツ、魔族も!人間も!あいつもこいつも、皆ぜんぶ……!
どんなに手に入れても、“お前は半分だ、全部じゃない”って言われんのが、悔しくて悔しくて!
だから壊してやりたかった。だから、世界全部妬みの色に染めてやりたかったんだよ!!」
その叫びは、偽りのない“嫉妬”だった。
演技でもギャグでもない、魂の底からこみ上げる本音。
それが――茨の扉を一気に貫通!!
黒い茨がバチバチと音を立てて枯れ、中心部に眩い翠色の光が走る。
ウラヌス、サタヌス、ユピテル――。
みんな一瞬だけ呆然として、次の瞬間爆笑と拍手!
「おいおい、これ台本にしたら千秋楽いけるヤツだろww」
「ガチの妬みってパワーあんだなぁ……!」
レイスは少しだけ照れくさそうに肩をすくめ。
「開け、嫉妬の扉……舞台はこれからだ」
低く呟いた。
――祭壇部屋への道が、ついに開く。
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アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
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