嫉妬帝国エンヴィニア

兜坂嵐

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我ら全て、舞台にあれ

翠から白へ

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 茨の扉が、レイスの叫びと共にガチガチと音を立てて開いた。
 クロノチームは一瞬だけ、息を呑む。
 その奥、かつて王と花嫁が“永遠”を誓い合うために用意された最奥の空間。
 そこに広がるのは、“狂った祝福”の世界だった。
 部屋の中央、カリスト――いや、“ロト・エンヴィニア”。
 目を閉じ、両手を胸の前で組み、静かに――しかし機械のような滑らかさで。
 「病めるときも……健やかなる時も……」
 誓いの言葉を繰り返し続けている。
 床には翡翠色のバラが咲き乱れ、機械仕掛けの花弁が絶えず降り注ぐ。
 壁際には偽物の“祝福する観客”――マネキン人形が整列し、無表情に拍手だけを送り続ける。
 天井のステンドグラスは、まるで流血のように緑の光を投げかけ。
 空間全体が「祝福」という名の虚無で満たされていた。



 その光景に、クロノチーム全員が“言葉を失う”……。
 いや、一番に声を出したのは、レイスだった。
「……こわれてる」
 乾いた声が室内に落ちる。
「こわれてる」
 サタヌスもすぐに追い打ち。
 普段の野生児も、この空間の異常さには真顔。

「ロールバックして♡」
 ウラヌスはあえて明るく、わざとテンション高めに手を振る。
 だけど、その声もどこか空虚に吸い込まれていった。
 「……病めるときも……健やかなる時も……」
 またループ。
 壊れたレコードのような祝福。
 式を繰り返しながら、カリストの目は微動だにしない。
 そこには“意思”も“感情”もなく、ただ“王”という役割だけが残されている。

 その時――ユピテルが、これまでにないマジトーンで一歩、前へ。
 「……副官」
 静かだが、芯のある声。
 その一言が、部屋全体の空気をピタリと止めた。
 「それは、心から言ってるのか?」
 祝福の言葉が、ピタッ……と止まる。
 静寂。
 花弁の舞う音だけが、永遠の一瞬を切り裂く。

 今まで誰も止められなかった“無限ループ”が、一言で静止した。
 まるで舞台上、主演が観客の心臓を握った瞬間――。
 クロノチームは一斉にユピテルに目を向ける。
 あのフワフワの剥製野郎が、今だけは本気だった。

 カリスト――ロトの唇が、かすかに震えた。
 閉じたままの瞳。その奥に、“副官”としての記憶がよぎる。
 “心から言ってるのか”
 問いかけが、何重にも塗り固められた“王”の呪いを一瞬だけ揺らす。
 静止した“誓いの言葉”の空間で。
 カリスト(ロト)はまるでガラス細工みたいに微かに揺れる。
 「……お前たちは。叛逆者として神竜塔に入れられたと“妻”より聞いた」
 言葉の端が、機械仕掛けの王の仮面を浮かび上がらせる。
 「いや、駆け上がってきた……のか?そんなばかな……」
 自分でも混乱してるのがわかる。
 現実が信じられない。「処刑されたはず」「絶対に会えないはず」――
 なのに、目の前で“お前たち”は生きていて、笑ってる。
 ウラヌスが即座に割って入る。
 「そっ♪ちょっとガチでやばかったけど、最高に脳汁出たよ!」
 サイコな明るさで答えるが、瞳の奥には本物の“安堵”が一瞬だけ混じる。

 (生きている――? いや、違う。
  これは夢だ、幻だ。自分は“王”だ。“ロト”だ。副官カリストはもういない――)
 だが、あまりにも現実味を持って“彼ら”がそこに立っている。
 その中でも、ユピテルの声だけが、魂をえぐるように刺さってくる。
「……副官」
 問いかけが、王の呪いを引き裂くナイフになる。
(ユピテル様が、私のために――本気で来てくれた。でも私は……私は……)

 あの日、鏡越しの“自分”が壊れる音。
 ユピテルを、錯乱のまま斬ってしまった“あの手”。
 罪悪感、歓喜、恐怖、そして未練。
 全部スパゲティみたいに絡み合って、もうどれが本物の自分かわからない。
「……わからない……私は……どっちだ……」
 口元が震え、目が潤む。
 王の仮面がヒビ割れて、内側からカリストが滲み出しかける。

「やべぇ、バグってるぞ。リセットボタンどこ?」
「バグは殴って直す!とか無理そうな雰囲気だな……」
「ほらほら~現実だよ♡戻ってきてくんないと次は私らが壊れる番なんだけど~!」
 けれど誰も、“今ここでカリストを見捨てる”という選択肢は持っていない。
 (自分は、何者なんだ――)
 ロトとカリスト、そのどちらでもない「硝子の王子」
 今ここで、“舞台の中心”で震えている。
 カリストの声は、今にも壊れそうなほど細い。

「ユピテル……さま……」
 ユピテルが、いつもと変わらぬ調子で返す。
「おう」
「私は自分の意志で、貴方を斬ってしまいました。
 アレは命じられたものではない、私自身の意思です。
 そんな男を、再び副官と呼ぶなんて……」
 震える吐息。
 罪悪感と自己否定、全部を“王”の仮面で隠し切れずに漏れ出していた。
 だがユピテルは一歩、カリストに近づくとニヤリと笑って、いつもの調子で言い放つ。

「お前マジでアホだな。俺ら不死身だぞ」
「袈裟切りにされるより、お前が戻ってこないほうがこたえるわ」
 そして、懐から「あの軍帽」を、そっと取り出してみせる。
 金色の指先が、白い軍帽をくるりと回し。
 まるで「本物の副官」に返すため、ここまで運んできたかのような仕草。
「……あんま待たせンな」
「お前は翠の芸術じゃない」
 ――ユピテルは、やや強めに、だが優しさを含んだ声で突きつける。

 サタヌスが口を尖らせて言う。
「やっぱ軍帽ねぇと物足りねぇわお前。つーか緑似合ってねぇ」
 この野生児の悪友ぶりが、逆に“日常”を引き戻す。
 ウラヌスは小悪魔スマイル全開で手を振る。
「イメチェンは眼福だけど、やっぱカー君は白いほうがいいよ♪」
 あえて茶化すが、声の奥には“心底ホッとした”響きが混じっていた。
 レイスは、軍帽越しにカリストの目を見る。
「駆け上がってきた時点でわかるだろ?いまさら帰る気はねぇ」
 その目だけは、絶対に“諦めてない”という意志で満ちている。

 手を伸ばせば届く距離。
 自分の罪、後悔、全部さらけ出しても、このバカどもは全然離れていかない。
 “王”として、じゃない。
 “副官カリスト”として、ここに戻ることを、みんなが望んでくれている。

 軍帽が、掌に重みを伝える。
 それは「罰」じゃない。
「戻ってこい」の、みんなからのメッセージだった。
 涙が、無意識のうちに頬を伝う。
「……戻って、いいのか……?」
「“許す”とかじゃねぇ。ただ、そうしろ。お前は俺の副官だろ?」
 カリストは無言で軍帽を受け取る。
 まるで儀式のように、そっと頭に乗せ……後ろ手で微かに整えた瞬間。

 ――世界が凍り始めた。
 空間の温度が一気に急降下し、ステンドグラスはバリバリと音を立てて砕け散る。
 絨毯の上に白い霜が一瞬で広がり、豪奢なスイートルームは“極寒地獄”へと変貌する。
「さっむ!さっむ!?誰だ冷房つけたの!!」
 サタヌスがぶるぶる震えながら叫ぶ。
 ウラヌスはツインテールの先がカッチカチに凍って。
「誰かぁ~温度上げて~♡」とギャグモード全開。

 レイスの口元も凍りつく。
「この冷気は……!」
 ユピテルは、じっとカリストを見つめて微笑む。
「あぁ、戻ってきた……あいつが」

 王子服の上に霜がぱきぱきと走り、氷結の魔力が“本来の姿”を呼び起こしていく。
 次の瞬間には、ファー付きの白い軍服――。
 あの“六花将軍カリスト・クリュオス”の軍装が、完璧に現れる。
 カリストは静かに、顔を上げる。
 氷のように澄んだ視線。
 そして――ゆっくりと、かつてと変わらぬ敬礼。
「六花将軍、カリスト・クリュオス」
「ただいま……戻りました」
 その声は、極寒の空間にだけ確かに響く。
 “副官”が完全復活したことを全員が本能で理解した瞬間だった。



 カリストの頬には、まだ涙の痕がかすかに残っている。
 でも、その瞳にはもはや迷いはない。
 副官としての矜持、仲間としての誇り。
 すべてを“軍帽”に込めて――ついに帰還。

「カー君おかえり~!でも急に凍らせるのやめろww」
 ウラヌスが氷のツインテをぶんぶん振って文句を言う。
「マジで俺風邪ひきそうだからな!? お前の魔力、全身にくるって!」
 サタヌスは鼻まで赤くして、凍った床をジャンプしながら暖を取ろうと必死。
 カリストは真顔で頭を下げる。

 「申し訳ありません……洗脳されている間、ずっと魔力を抑え込まれていて」
 「その、弾けてしまいました」
 “副官のはじけ”で現れた光景はまさに地獄の氷界。
 完全に神曲のコキュートス。
 バラのステンドグラスが砕け、城の調度は氷像に。
 ベッドすら氷柱に貫かれて“休むどころじゃない極寒地獄”。
 ユピテルは頬を緩めて、愛刀「舞雷(ぶらい)」をトントンと鞘で叩く。

 「いいさ、こンくらい派手ぐらいが“取り返してやった”感あるだろ? なぁ舞雷」
 雷の刀身が一瞬スパークし、久しぶりだねと言うように。
 カリストの刀「氷哭(ひょうこく)」へと稲妻をチラつかせる。
 氷哭も、空気を裂くような小さな音で「カキン」と反応。
 “再会”を喜ぶように、空間がほんの一瞬だけ青白く輝く。

 全員が“生きていてよかった”の温度差と。
 副官カリストの“帰還バグ”に笑いが止まらない。
 でも、氷の世界にあっても、仲間の絆と熱だけは絶対に凍らない。

 極寒のスイートルームに、まだ生きてる実感とガヤが響く。
 カリスト復活の感動もそこそこに、ユピテルがふと腕を組み。
 「さァ、あとはマナ・デストロイヤーの発動を控えるだけか……」
 ちらりとレイスに視線を投げる。
 「レイス、今何日だ?」
 レイスは窓越しに、ボロボロのスケジュール帳(ほぼ冷凍)を引っ張り出す。
 「待ってくれ、エンヴィニアに転移してから……んあ?あと1日ある?」
 目をしょぼしょぼさせてカレンダーを確認する。
 ウラヌス、凍ったツインテを両手でぶん回す。

 「トゥルーエンド開通って奴じゃん!裏ボス出てくる奴ぅ~~!!」
 テンションMAXで、床をスケートみたいに滑りまくる。
 サタヌスは膝を抱えて凍えつつも。
 「よっしゃ!!最後の最後でギャグできる余裕あんのヤベーな!!」

 レイスはスケジュール帳をバン!と閉じてニヤリ。
 「人生でこんなに“日数残っていて良かった”と思ったの初めてだわ……」
 まるで“本番はここから”と言わんばかりに全員の目が輝き始める。
 絶望だった王の塔が、仲間の力で“お祭り会場”のように生き返る。
 でも、本当のラストバトルはこれから。
 「トゥルーエンド」へ続く“運命の最終日”が、ここから始まる。

 サタヌスが声を張り上げる。
 「さあ!カリストも奪い返せた、大聖堂に帰るぜ!インマールが待ってる!」
 だがレイスが眉をひそめて現実に引き戻す。
 「いやいやいや、階段溶けてるんだが。メロンソーダ(無の泡)まみれなんだが」
 足元からじゅくじゅく泡立つ“死の泡”が、いまや塔の半分を飲み込んでいた。
 ユピテルはおもむろに、頭上のガラスドーム天井を指差す。
 「じゃ、あれぶち破って屋根から帰ればいいじゃねぇか」
 ウラヌス、すぐさまノッてきた!
 「クロノブラザーズじゃ~ん!!バナナの次はキノコか!?キノコ出して~!」
 ノリは完全に某配管兄弟、ついに脱・螺旋階段。

 カリストは腕をぐるぐる回しながら。
 「体がなまっておりますので……」と小さく頷く。
 その“副官モード”はもはや別格のオーラ。
 「では、ドームの破壊は私が行います」
 氷の魔力がカリストの手に集束し、氷の槍が生成される。
 次の瞬間、振りかぶって、氷の槍が天井のドームを直撃した。
 バラのステンドグラスが砕け散り。
 極寒の爆風と共に塔の頂上に巨大な“脱出口”が開く!
 ギラギラの夕陽が、割れたドームから降り注ぐ。
 泡まみれの閉塞空間が、一瞬で“世界の開放”へと変わった!

 ウラヌスが歓声を上げながら氷柱を滑り降り。
 「マジでクロノ兄弟~!次はゴールポール探さなきゃ!!」
 サタヌスも「うおおお!下界の空気うめぇ!!」と全力ジャンプ。
 レイスは肩をすくめつつも、口元は緩みっぱなし。
 「ま、これぞ俺たちのやり方ってやつだな」
 ユピテルはニヤッと笑いながら。
 「おい副官、出口まで競争な」
 舞雷の刀身がきらめき、まるで「面白くなってきた」と言いたげに。
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