嫉妬帝国エンヴィニア

兜坂嵐

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さよなら、エンヴィニア

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 玉座の間の空気が、ひんやりと沈む。
 カイネス博士は背を向けたまま、決して振り返らず。
 それでも全員に鋭く届く声で語り始めた。

「“マナ・デストロイヤー”は――。
 空中で使用した場合、魔力破砕波が広範囲に広がり、致命的破壊をもたらす」
「よって、この兵器は――地下か水中でしか使用してはならない」
 その背筋は一分の隙もなく伸び、黒手袋をはめた指が、眼帯を一段きつく締め直す。
「……私は今から、“起動に向かう”」
 サタヌスは、こらえきれずに叫ぶ。
「おいおいおいおいおい!!魂ごと消えるぞ!?転生もできねぇぞ!!!」
 だがカイネス博士は微塵も迷いを見せない。
 振り返ることもなく、さらりと口元だけで微笑みをつくる。

「問題ない」
「君たちの顔は、私の“記憶領域”に完全保存されている」
「私の名を、永遠に覚えておいてくれるのだろう?」
 ――その声は、冷静であまりにも静かだが。
 そこに宿る狂気と覚悟は、確かにこの国の最期を預かる者のものだった。
 カイネス博士の背が、地下へと消えていく。その足音を見送りながら。
 レイスはふと、エンヴィニアで共に過ごした幾つもの“奇妙な日々”を思い返していた。

(この男の元婚約者の卵が、“できそこないの神竜”が父――アンフィス・バエナとなった)
 つまり――目の前の白衣の男こそ、自分が普段。
「クソジジイ」と罵っていたベリアルではない「真の祖父」だったのだ。
 いま言わなければ、きっと一生悔いが残る。
 レイスは深呼吸し、絞り出すように呟いた。
「おじ……いちゃん……」
 カイネス博士の足が止まる。
 無表情だが、その瞳は、どこか“父”と似た冷たさと、僅かな光を宿していた。

 レイスは少し俯いて、か細く続ける。
「……俺は、あんたの孫だ。それだけは伝えておく」
 ぽつりと言葉を紡ぐ。

 カイネスの脳裏には、遠い過去の「あの子」の卵がよぎる。
 どうせ孵りはしない――そう思って冷凍睡眠させた“あの子”。
 竜にも蛇にもなれなかった、けれど、自分の血を遠く繋いでいたのだ。
 カイネスは短く答える。
「そうか。あの子は生き延びたか」
「それを知れただけで十分だ」
 それだけで、二人の間に流れる空気が少しだけ和らぐ。
 ほんの一瞬、祖父と孫としての会話。
 だが、その余韻は、城全体を揺るがす轟音にかき消された。
 カイネス博士は静かに、背中を向けて手を振る。
「では諸君。私はこれで」

 [Log: Dr. Kaines Vian]
 起動コード:M.D.T-D314
 ステータス:起動確認 成功。
 状態:不可逆性自己消去プロトコル、発動。

 ウラヌスは口を開けたまま固まっていた。
「やっば……マジで“最後までブレなかった”」
「感情……ゼロだった……でも、あいつ……」
 ――そして、その最期を遠くから見届けたサロメ。
 彼女は静かに扇を口元へと添えて、呟く。

「彼は“自分の最期”すら“解”にしたのね」
「美しくはなかったけれど――それはそれで、見事だったわ」
 エンヴィニア城、そして嫉妬の血脈――静かに、最後の鍵が回された。

 玉座の間――滅びのカウントダウンが始まる。
 サロメは静かに玉座に身を沈め、扇子をゆっくりと閉じた。
「愛してるわ、この世界を……妬け死にそうなほどに」
 ――玉座の背もたれに美しいシルエットを預けた彼女は。
 終わりゆく国を“最後の花嫁”として見届ける覚悟を、顔に刻んでいる。

【Warning:Magic Collapse Detected】
【起動まで――あと60秒】
【退避勧告:範囲推定=ユーラシア全域】
【繰り返します。早急に範囲外へ退避してください】

 無慈悲な警報が城内を貫き、魔力圏は一気にねじ切れ。
 空が――“白”へと塗り変わっていく。



 ウラヌスはパネルの警告モニターを指差し。
 世界が終わるというのにテンションがまったく下がらない。
 ポーズを完璧にキメて、爆笑しながら手を突き出す。
「退避しろとかwww」
「ユーラシア全土だよ!?!?無駄無駄無駄ァァァァァ!!!」
 そのポーズはまさに、時の支配者のようにキレッキレ。
 サタヌスは、膝を叩いて大爆笑。
「DIOかよォ!!いや言い方ww!ポーズww!」
「逃げるとかじゃねぇよな……“見届ける”んだろ!!」
 しかしその賑やかな空気の中、静かに立つ影があった。
 ユピテル。
 鋭い目を細め、剣を肩に担ぐ。
 空気がピリリと引き締まる。

「……発動見届け次第、“時限斬”でぶっ飛ぶ」
「6人目のクロノの最期、見届けてやろうじゃねーか」
 その言葉に、クロノチーム全員の顔が引き締まり。
 まるで今この瞬間だけ、世界を支える“意思”そのものとなる。
 サロメは玉座で扇をパタパタと優雅に動かしながら。
 どこまでも美しく、どこまでも強い横顔を見せて微笑む。
「世界の滅びというのは、存外に静かなものね」

 上空からは“白い魔力の雷雨”が降り注ぎ。
 ステンドグラスの光が「逆再生」するようにバラバラと壊れていく。
 ユピテルは剣を構え、その背後。
 クロノチーム全員の背中に、「斬撃光のゲート」が現れる。
 ――いま、物語の“出口”が開く。
 この静謐で、滑稽で、崇高な“最終夜”。
 世界の終焉は、拍子抜けするほどに静かで美しい。

---エンヴィニア帝国最深層・龍穴---
 地下は闇に満ち、“神竜の亡骸”が封印されて久しい。
 その大空洞には、帝都の根幹を流れるマナの奔流がうねり。
 黒い液状の魔力は、今や赤く脈打ち“命ある瘴気”として脈動していた。

 天井には、うっすらと地獄の鏡像――沈みゆくエンヴィニア城の影が浮かぶ。
 中央には、黒緑の円柱型制御装置。
 城の玉座と地下龍穴――滅びの“鍵”が、いま連動している。

【Countdown:00:30】
【魔力圏限界突破:警告】
【ノイズ発生:因果干渉波、制御不能】

 制御核が低く唸り、周囲のマナが逆流を始める。
 赤黒い奔流が無音で広がり、王都の地底を侵食する。
 そして――カイネス・ヴィアンは、その中央に立ち尽くし。
 狂気と歓喜をないまぜにした瞳で咆哮する。

「――この日を、何百年待ったか!!」
「完成したぞ、マナ・デストロイヤー……!」
「制御起動、完了ッ!!深層圧、臨界突破!!」
「さあ、沈め!!すべての嫉妬よ!!」
 満足げに両腕を広げ、緑の光に包まれるその姿は。
 まるで科学者であり、神官であり、滅びの楽器そのものだった。
「やったぞ、やったぞ……サロメ姫!!」
「これでいい……これで、いいんだ!!」
 叫びは、すべての時代、すべての血脈に轟く。

「未来人たちよ!!!」
「このカイネスの名を――未来永劫妬むがいいィィィィッ!!!!!!!」
「ハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!」
 制御核が閃光を解放する。
 地下から噴き出した波動が、王都全域を一気に貫き。
 全ての時間が歪み――“無音”のまま、世界が破壊されていく。
 その瞬間、“嫉妬”そのものが、世界から断罪される。

 鏡の前で「もっと美しく」と願った整形外科医の呪詛。
 騎士団長が「なぜあいつだけが」と心に秘めた嘆き。
 親に認められず、密かに兄を妬んだ皇子の涙。
 それら全ては、マナに乗せられた“影”の種子だった。

 それは、焼かれることも、爆ぜることも、呪いのまま残ることもなく。
 霧散する。封じられる。
 二度と“芽吹かぬ”ように、完全に。
 ――この瞬間、“嫉妬”という概念そのものが消え去っていく。
 終焉の光――その静けさこそ、全ての魂への祝福だった。

 爆裂するような緑の光柱が、王都の中心から天空へ。
 夜明けのごとき閃光が全世界を貫き、“嫉妬”のマナは音もなく霧散していった。
 空気がざわめき、世界が“割れていく”感覚が、五感を越え、魂ごと飲み込んでいく。
 ユピテルは全身を震わせ、その場で叫ぶ!
「ついに起動したぜ!アレがっ……!!」
「時元斬ッ!!泡になりたくなきゃ飛び込めェ!!!」
 ――雷剣・舞雷が一閃。
 その軌跡が時空を断ち、“裂け目”が宙に開かれる。
 まばゆい光のゲート――それが、滅びゆくこの国に残された最後の「出口」だった。

 サタヌスは全力スライディングで飛び込み。
「俺一番乗りィ!!!」
 ピースサインをカメラに突き付け、そのまま光の中へ消える。
 ウラヌスはスマホを高く掲げ、テンションMAX。
「エンヴィニアさいこーっ♡」
「バズるネタいっぱいありがとー!!!!」
 背中でカメラにウィンクしながら、世界の終焉すら映えに変えて跳ぶ。

 カリストは静かに手を組み。
「インヴィーデ、エンヴィニア」
 ――エンヴィニア語で「妬け死ぬほどの称賛」。
「……永遠に、忘れません」
 螺旋城を一度だけ振り返り、そのすべてを胸に、光へ消えていく。

 最後にレイスが残る。
 全てがゆっくりと、音もなく壊れていく。
 マナ・デストロイヤーの白光が目前にまで迫り。
 世界が“とろける”ように消失していく最中。
 彼だけは一歩だけ立ち止まる。



 世界が、緑色の濃霧に包まれている。
 それはもう霧ではない。
 瘴気であり、魔力であり、数多の「嫉妬」と「願い」の残滓。
 ――今や、ただ消えゆく影たち。

 城下は音もなく崩れ落ち、栄華の面影はどこにもない。
 あらゆる建物が、ねじれ、混ざり、地面の亀裂からは赤黒いマナが脈打ち。
 街路を彷徨う影たちも、もはや自我すら持たない。
 だが、その混沌と絶望の只中に、一条の緑の光が“天”を貫いていた。

 あらゆる災厄にも、理の崩壊にも、決して屈しなかったこの城だけが。
 今まさに「緑の光柱」に包まれ。
 世界の中心として――天空へと、消えようとしている。

 その光は“神の審判”そのものだった。
 塔の輪郭は滲み、霧と光が渦を巻き。
 地上のあらゆるものを“無音で飲み込んでいく”。

 誰も声を上げることはできなかった。
 叫びも、祈りも、ただ光に溶けていく。
「壊れなかった城」が、“美しさの極点”で、静かに、世界と共に終わる。
 緑の光だけが、永遠に“そこにあった”証として空を貫いていた。
 レイスは、ぼそりと呟く。
「……せっかくだ」
 懐から取り出したのは、いつかの古びたフィルム式カメラ。
 彼はひとつ息を吐き、ゆっくりと、視界のその向こう。
 消えゆく城へレンズを向ける。

「エンヴィニア城、撮るか」
 シャッター音と共に、城が消える。
 大地ごと、“存在そのもの”が霧散していく。
 それは、記録に残らぬ、けれど確かに存在した国――エンヴィニア。
 これが、“嫉妬帝国”最後の夜明け。
 “妬みの物語”は、今ここに永遠の白となった。
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