嫉妬帝国エンヴィニア

兜坂嵐

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番外編

EPISODE零 -全て消し飛ばしたくなった男-1

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 博士の異常な愛情
 または私は如何にして嫉妬するのを止めて
 人の進化を愛するようになったか

---

 マナ・デストロイヤー発動、そしてエンヴィニア王族への演劇型クーデター。
 世界そのものをぶっ壊す本番まで、残り二週間。

 今日もクロノチームは、アルヴ座と共に「エンヴィニア・ラプソディ」の稽古に追われていた。
 これは、エンヴィニア滅亡を舞台化したノンフィクション芝居。
 つまり本番では、「我々がこの国をぶち壊します」という内容を。
 王族の目の前で寸劇として上演する予定である。
 国への宣戦布告が、芝居の体を成しているあたりがもう狂ってる。
 だが、それがこの国のルールだった。

 舞台袖では、今日の稽古の進行役を務めていたタウロスが、腕を組んで芝居を見下ろしていた。
「ここまでは順調だ、才能があったのか」
「それとも、王子様(カリスト)を取り返すって執念か……」
 彼の視線の先では、サロメ役のウラヌスが大の字で倒れている。
 演技中ではない。素で崩れている。
「だが、恋の演技になるとグダグダだな」
「全く色気が足りん、色気が。王子に色目のひとつも使ってみせろっての」

「だって無理だよ!!」
 すかさず起き上がって手をバタバタするウラヌスが叫ぶ。
「いきなり『あなたはカー君に恋しました♡』って言われても、そんなん役に入り込めるかーっ!!」
「てかカー君、ユッピー命じゃん!? 恋敵どころか負け確定してるもん!」
 ちなみに“カー君”=カリスト、“ユッピー”=ユピテルである。
 役名ではない。あだ名である。
 公演用パンフレットにこの呼び名が載った場合。
 国が滅びる前に芝居の打ち切られる可能性が高い。

「恋愛の演技は、昔から難しいのよ」
 そう呟いたのはフィーナだった。
 ドレスの裾をひるがえして、淡々と全体休止を宣言する。
「今日はここまで。みんな、舞台装置の片付けをお願い。夕食の時間よ」
 はーい、と軽く返事をするクロノチームとアルヴ座。
 演劇のプロとテロリストが一緒にネジを外し布幕を畳み。
 道具の魔導圧を解除していくこの光景は、“戦友”と言っても差し支えない距離感だった。
  敵の敵は、戦友である。
 そして、“芝居が上手い味方”は、革命において最大の武器になる。

 舞台裏の空気は今日もにぎやかだったが。
 このあと博士が稽古用の記録水晶を差し出した瞬間、全員の胃袋が冷えることになる。
 それは、あまりにも重く、切なく、そして滑稽な愛の記録。
 かつて一人の男が世界ごと“恋心”を処理しようとした記憶である。
 舞台稽古を終えたアルヴ座とクロノチームは、カフェ・ティニの二階席に集まり。
 “影煮込みプレート”や“嫉妬のキッシュ”といった不穏な名前のメニューを囲んでいた。
 その中心で、アルヴ座団長・リースが真面目な顔で語り出す。

「……台本は、ただ読めばいいというものではない」
「その役に入り込み、演じる者の気持ちとシンクロさせることで、舞台は“完成”するのだ」
 どこまでも真剣だ。まっすぐな目。演劇に命を懸けてきた者の覚悟が、その語り口に滲む。
 が、その横でレイスが「は?」という顔でフォークを止めた。

「なぁ……それだと俺の役、先代女王を罵って殺される役なんだが」
「マジで死ねばいいのコレ?」
 彼の役名は《アンラ・マンユ》。
 台本上、反逆者として女王に粛清される役どころであり。
 そして現実でも彼は“不死身”である。
 本当に死ねる。しかも何度でも。

「死体役のたび、本当に死んでいたら、魂が先に持たないわ」
 そう言ったのはフィーナだった。
 キッシュを切り分けながら、彼女は柔らかく、しかし厳然たる理論を持ち出す。
「リアリティよ。ややこしいけれど、“リアル”と“リアリティ”は違うものなの」
「本当に死ぬことと、死に様を“本物のように演じる”ことは、別の技術」
「あなたは後者を学びなさい」

「はぁ……」とレイスはため息をついた。
 そして、首を一切動かさずに、目だけ。
 「スッ……」と真横にスライドさせて、隣のウラヌスを見る。
 無音。無表情。
 それなのにギョロッと来るその目線には、意図が透けて見えるのが怖い。
「なぁ、お前はどう思う?」の意が完全に視線で伝わってきた。

「首動かせこえぇよ!!お前マジで!!今の!“蛇じゃん”!!!」
「うっすらギョロ音聞こえたもん今ッ!!!」
 フォークを盛大にテーブルに落とした。
 頭に被っていたサロメ用の花飾りもズレて落ちる。
 芝居の夕食会は、今日も平常運転であった。

 芝居の話題は尽きない。
 舞台装置の片付けも終わり、今はアルヴ座とクロノチームが雑談を交えながら、
 稽古場トンチキ事件簿を持ち寄って盛り上がっていた。
 その中で、サタヌスが唐突に思い出して聞いた。

「じゃ逆にさ、あんたたちアルヴ座の連中が、“えっ、なにそれ”ってなったことは?」
「てかアルヴに“これどういう意味?”って思ったこと、ないの?」
 少し黙った後、タウロスが不敵に笑った。
「あるさ。一回じゃねぇ、何度もだ。」
「例えば、舞台を“本当に”爆破したいので火薬をくれと言われた」
「またある時は、あの像――エンヴィニアの文化遺産を“邪魔だから壊してくれ”と」
 全員、なんとなく“誰の提案か”察して沈黙する。
 アルヴ=シェリウス。
 演者を通して聞く彼の逸話は、想像の三倍エキセントリックだった。

 誰かが言った、「世界のクロサワならぬ、世界のアルヴか……」という。
 皮肉の余韻がテーブルに残っていた時のことだった。
 カッツ、カッツ、カッツ……。
 床を叩く革靴の音が、異様に規則正しく、やけに間を空けて迫ってくる。

 その音に気づいたのは、ほぼ全員が“すでに気配に気づいていた後”だった。
 無音で接近してきた本人が、「足音を出せ」と言われてしまったため。
 律儀に音を出して戻ってきたのである。
 彼の名は、カイネス・ヴィアン。

 アルヴ座が最も扱いに困っている出演者であり。
 マナデストロイヤーの設計者であり。
 足音ゼロの歩行がデフォルトの、蛇型の科学者である。
「ッわああああっ!?」
 椅子ごと跳ね上がるようにして悲鳴を上げたのはユピテルだった。
 手元のマグカップが宙に浮き、手綱を失った紅茶がびしゃっと彼のマントを濡らす。
 その声は高く、張っていて、異様に通る。
 どこかで聞いたことがあるような、“正義感の強い王子”っぽい声質だった。

「ちょ、ちょっと博士!!」
「いきなり真後ろから音立てて来んのやめろよォ!!驚くだろ!!心臓持たんわ!!」
 バタつくユピテルの声を聞いて、先に反応したのはウラヌスだった。
 彼女は大爆笑しながら指を指す。
「ユッピーさっきスマブラみたいな声出してたんですけどww」
「“燃え上がれ!”みたいなやつ~~!!わあ!って!!」
 レイスが鼻で笑った。

「剣士でイケメンって意味じゃ外れてねぇな。“うるせぇ王子”感出てたぜ」
「うるせぇ、俺じゃねえ!!」
 怒鳴り返すユピテルの声には、なぜか再び“王子成分”が混じっていた。
 動揺したときだけ、自分の声帯が裏切る体質なのかもしれない。
「ビビらせる博士が悪いんだよ!!
 あの動き、マジで蛇じゃんかよ!!忍び寄る異物って感じなんだわ!!」
 そして、その“異物”本人――カイネス博士は、一言だけ呟いた。

「芝居は順調か?」
 その言葉を口にしたときの博士は、例の“蛇のポーズだった。
 首は水平に保たれ、動かない。
 それなのに、目だけがギョロリと横に滑り、ユピテルの瞳をまっすぐに捕捉している。
 まるで、暗闇からにゅるりと姿を現した蛇が。
 エサの動きだけを目で追っているような。
 そんな不気味さと知性が同居した、異様な光景。
 ユピテルは思わず椅子を蹴って後退しながら叫んだ。

「それが怖いンだよおお!!カリストおおおお!!!」
 喉からほとばしる“ヒーロー”ボイス。
 ヒーローの声で悲鳴を上げる男。
 さすがは魔王軍の筆頭、どこまでも残念な方向でブレない。
「その“カリスト”奪還のために芝居やってんだろ、お前」
 と、すかさず茶々を入れてきたのはサタヌスだった。
 無造作にスカーフをいじりながら、グラスを片手にケラケラ笑う。
 今日も今日とて、陰キャのジャイアン(あだ名)は元気である。
 芝居も稽古も、革命も滅亡も、まだ来ない“明日”の話だった。

 だが、この時点で誰もがうっすら分かっていた。
 博士の記録水晶が再生されれば、すべてが変わる。
 次回稽古の演目は――。

『検証!博士は寝取られたのか』

 そしてこの夜が、カイネス・ヴィアンという男の真実に触れる。
 “最初で最後の茶番劇”になるのだった。
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