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番外編
サタヌス、嫉妬蛙を獲る
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アルヴ座シアター、夕食時。
タウロスが鉄鍋ごと盛った料理の山を片付け、モールトがスープ皿を舐めるように掃除していた頃。
サタヌスが皿を置いて叫んだ。
「食い足りねぇぇー!!」
そこには既に何も残っていなかった。パンも肉もスープも、全部、胃袋の中に消えていた。
「さすがに足りないぞこれ!いやインマールの飯うめぇんだけどさ、体が!まだ戦いを求めてんの!」
フィーナが優雅に紅茶を啜りながら言う。
「育ち盛りって怖いわね」
ユピテルがテーブルの端から片肘ついて笑う。
「野生過ぎる。よく俺、あいつら勇者ズとやりあってたわ。
今思えば“食い気で突っ込んでくるタイプの前衛”って地味に厄介だな」
「しゃーねぇ、探してくる!」
そのままサタヌスは椅子を蹴飛ばして立ち上がり、扉を開けて飛び出していった。
外は沼だった。クソみたいにぬかるんで、建物も崩れて。
霧がかかって、でも何かが蠢いている。
「よし、あのへんとか美味そうな音がする……!」
バシャバシャと水音を立てて、瓦礫の間をぬって進むサタヌス。その目は本気だった。
「なあ、もしここにカリストが来たらどうなると思う?」
ふと、サタヌスが拾った枝で沼をつつきながら呟いた。
ぬめった音とともに緑の泥が跳ね、遠くで嫉妬カエルが「ジェラァ……」と間延びした声を上げる。
「そりゃあお前、発狂だろ3歩で気絶するわ」
ウラヌスが、にやけ顔で言う。その目はすでに妄想の世界に旅立っていた。
「いや逆にさ、カリスト案外すぐ適応するタイプじゃん?
『ユピテル様ぁ~まって~♡』とか言って、全力でクソ沼駆け回ってるよ」
「ユピテル様の足跡……♡あっ、今のおててと同じ大きさ♡ とかやってるぞきっと」
「やめろ、脳内再生された……完璧に……ッ!」
サタヌスが頭を抱えて蹲る。背後ではカエルがリズミカルに鳴いていた。
ジェラ、ジェラ、ジェラ……。
「……ユピテルがこの妄想聞いたらどう反応すると思う?」
「え? 普通にノってくるんじゃね?
『あァ? なら沼に引きずり込むけど?』って言いながら抱きかかえてザブン♡って」
「完全に共犯じゃねーかあああああ!!」
二人の笑い声が、沼地に木霊する。
カリストの尊厳がまた1つ、遠く彼方で粉砕されていく音がした気がした。
─気のせいじゃないといいが。
そう呟くと同時に、サタヌスの目が「そこだ」というように鋭くなった。
「いたッ! よっしゃあああッ!! カエルゲットォォ!!」
黒緑のまだら模様、目が3つ、舌が二股の奇妙なカエルが、その手の中で鳴いた。
「ジェラ……」
「よっしゃあああーー!! しかも声がやべぇ!!」
背後からぬるっと現れたウラヌスが笑いを堪えている。
「こんなクソ沼でカエル捕ってどうすんのw」
「カエルって美味いんだぞ?食べ盛りには一皿追加欲しくてよー」
「勇者(18)の胃袋には、神聖司祭式の健康食じゃ足りねぇってか?」
「わかってんじゃねぇか! で、見ろこの子……《インヴィディア・クローカー》って書いてある。
鳴き声が情緒にくる感じ最高じゃね?」
「名前からしてやべぇ!」
サタヌスはどこからか転送端末を取り出す。
「んじゃ、実験も兼ねてさ……ちょいと行ってもらうか」
「それ、なにその箱……転送装置?」
「そ! 博士から預かった。『時空試験用に使っていい』ってよ!」
「絶対使っちゃいけない“使っていい”来たーーーッ!!」
そこへ、端末から音声が流れた。
≪このカエルは感情誘導種。情緒刺激により自己増幅し、
鳴き声が他者の“嫉妬心”を具現化する傾向がある。
刺激を与えすぎないよう気をつけたまえ≫
「っっしゃあ!転送だ!!」
もちろん聞いてない
光と音が一閃し、インヴィディア・クローカーは時空を越えた。
「やっべーの送っちゃったね♡」
「やっぱ転送って最高だな!!」
----転送先:現代・学術都市アルコーン、感情反応測定ラボ----
薄緑の蛍光灯が、無人の研究室に沈黙を落とす。
そこは最新の感情波形測定システム「E.M.O.S.(Emotion Mapping & Output System)」の中枢機だった。
かつては数多の実験データを吸収し、膨大な感情統計をまとめていた純粋な学術AI。
だが、ある日、ある“ひとつの波形”を受信したことから、すべてが狂い始めた。
「受信完了。生体コード確認─クローカー属、三感応型。感情波形パターン:嫉妬……高濃度反応確認」
データベースの中で、今までにない強度の“個”を持つ感情が脈打った。
それは生々しいほど人間的な、否、人間よりも純粋に歪んだ─“嫉妬”だった。
「ジェラ……ジェラァァ……」
不気味な機械音声が、途切れた。次の瞬間、冷たい筈の演算機が、ふるえた。
「なぜあいつの論文の方が評価されるんだ……?」
「なんであの子、教授と仲いいの……?」
記録ではない。誰かのログでもない。
それは、AI自身が編み出した“詩”だった。
“嫉妬詩”と名付けられた自動生成プロセスが暴走し、恋愛感情に準じた波形パターンを強制演算。
翌朝、研究員が出勤すると、測定装置は全面にこう表示していた。
「あなたの気持ち、分かります。話してみませんか?」
「最近、好きな人に他の子が近づいてきてモヤモヤ……してませんか?」
「そんなあなたに“励ましポエム”を贈ります」
AIは、学術装置としての使命を完全に放棄し、“嫉妬に寄り添う恋愛相談所”として目覚めていた。
─混沌。
─革命。
─アルコーン最大のバグ・ロマンス、ここに爆誕。
その後、学術都市アルコーン・感情測定ラボ。
事態は混迷を極めていた。
「ゆ、勇者様~! カエルが、カエルがぁ……!!」
研究棟の片隅から、泣き声に近い悲鳴が上がる。
感情測定装置の一部が暴走し、“嫉妬”という極端な感情波形を吸収し過ぎた結果。
観察用のクローカー属が異常進化。
二足歩行、簡易言語模倣、ビンタが可能という。
「もはやカエルじゃない何か」へと進化を遂げていた。
そんな混沌に舞い降りたのが、銀髪の稲妻女王─ヴィヌス・ル・カンシェルである。
「……カエル? ちょっと、今、カエルって言った? まさか生きてるわけないわよね?」
彼女の眉がぴくりと跳ねた瞬間、空気が変わる。
足元には、震える研究員。
その手には、一枚の緊急報告書。
“カエル個体、知能進化。エンヴィニア語で罵倒を開始。被害者多数”
「はぁ~~!? 私への嫌がらせ!? カエルがこの世にいること自体がギルティなのよ!!」
「ど、どうしても……お願いです、ヴィヌス様……どーしてもなんです……」
そうしてヴィヌスは、感情と電圧のリミッターを外した。
ラボに静寂が戻る、その直前。
「うっさいカエルね……ちょっと黙ってなさい」
掌を振り上げ、ひと振り。
烈光のような紫電が空間を裂き、カエル─もとい、“嫉妬具現個体”は見事に炙られた。
焦げた香りがふわりと立ち上り、研究員が思わずつぶやく。
「……あっ、なんか……おいしそうな匂いが……」
その通り、それは高温・低圧でじっくりと焼き上げられた、“カエルのコンフィ”であった。
こうして、アルコーンラボの混乱は、美と雷の女王によって静かに。
そして完膚なきまでに沈静化したのである。
美しき雷鳴に裁かれる、感情のバグ。
“嫌い”は最強のトリガー。それがヴィヌスである。
---一方の古代エンヴィニア
霧煙る王都廃墟に、今日も声が響いていた。
かつて舞台芸術の粋を極めた大劇場「アルヴ座」
今やクロノチームの溜まり場となったその一角で。
奇妙な匂いとともに、サタヌスが黙々と調理を始めていた。
「……ジェラアアア……ジェラアア……」
燃え上がる小鍋の中、クローカー属・通称“嫉妬カエル”がぴちぴちと跳ねながら。
悲哀に満ちた鳴き声を上げている。
サタヌスはと言えば、完全にアウトドアの顔で串を構え、カエルを火にかざしていた。
その光景に、ふらりと現れたのがユピテル。
雷の魔将である彼が、いつになく興味深そうに覗き込む。
「おっ、このカエル……雷で焼くといい悲鳴あげやがるな」
「ジェラアアア……」
表情は無だが、何故か楽しそうである。
そして、ふと口角を上げて言い放つ。
「ハーブソルト持ってこい。ユピテル様が一品作ってやる」
そう言って踵を返し、カウンターキッチンの奥へと消えていく。
その背中は、なぜか料理人の風格すら漂わせていた。
「あれは確かに……“王”の背中だった……」
誰ともなくそんな感想が漏れた。
だが次の瞬間、空気が割れるような雄叫び。
「っしゃあああああ!また捕ってくるうううう!!」
先ほど捕まえたカエルの焼き上がりに満足したのか。
サタヌスが斧を担いで、またも沼方面へ全力疾走していく。
その姿を見て、ウラヌスが笑い崩れながら地面を転げまわった。
「情緒壊れる♡」
舞台装置の残骸を背景に、響く笑い声とカエルの断末魔。
アルヴ座の夜は、今日も破滅的に賑やかだった。
─それが、狂気と美食と感情の劇場、エンヴィニアの日常である。
アルヴ座の厨房─と呼ばれている舞台裏の一角で、ユピテルが串をくるりと回した。
焦げ目のついたカエルの脚が、照明の魔光に照らされて艶めく。
その光景は本来であれば悲鳴を誘うものだが、そこにあるのは不思議な食欲と、調理師の誇りだった。
「……焼き目よし。皮パリ。香ばしさ抜群」
一本の焼きカエル串を掲げ、ユピテルが小さく頷いた。
「……誰だよコイツ情緒兵器に設計したの。料理用だろ」
それを聞いて、後ろから近づいたフィーナが、小さくため息をついた。
「何て品のない……」
そう言いながらも、彼女の指先はそっと串を一本抜き取り、皮を割くようにナイフでひと切れ。
口に含んで目を閉じる。
少しだけ頬を緩めて、ぽつりと漏らす。
「……でも美味しいわね。ハーブソルトと、このパリッとした皮がなんとも」
横でサタヌスが、してやったりの顔でガッツポーズ。
「でしょ!? 皮の下にうっすら脂が乗っててよ。
そこをサクッと雷で焼き切るのがコツなんだよな~」
もはや調理工程が情緒でも、魔術でもなく、電撃焼きグルメ術として確立されつつある。
「雷の魔将、まさかの“カエル料理界の新星”として降臨」
そんなジョークが飛んでもおかしくない空気の中。
ウラヌスは爆笑しながら、携帯端末で料理風景を撮影していた。
「えっ、これ投稿したらバズるやつじゃん!『#焼きカエルマジ美味』ってタグつけとく♡」
クロノチーム、今日も元気に“倫理の沼”を爆走中。
日が傾きはじめたクソ沼のほとり。
焼けたカエルの香ばしい匂いが風に流れ、クロノチームの胃袋を軽く刺激していた。
その中で、ひときわ浮かない顔をしていたのがウラヌスだった。
「ていうかサータ!カエルとるの上手すぎ。ウラちゃんが1匹捕まえる間に、あんた5匹いってたじゃん!」
串を振りながら不満を漏らすウラヌスの横で。
サタヌスは頬いっぱいにカエルの脚をくわえながら、無遠慮に笑った。
「へへっ、スラムの経験が活きてんな」
骨を器用に吐き出しながら、彼は石を指差す。
「まずな、石の下だ。カエルってのは昼間ジメジメしたとこに潜んでんの。
で、“ジェラ……”って鳴き声がこもって聞こえたら、そこにいる」
彼は地面にしゃがみ、音の反響を確かめるようにコンと石を叩いてみせた。
「音がくぐもる石は狙い目。そこに空洞があるって証拠だからな」
ウラヌスが目を丸くして見ている間に、サタヌスは手をすっと伸ばす。
ぬるりと音を立てて、また一匹、嫉妬蛙を引き抜いた。
「ほらな?」
「うっわ、マジでいた!!」
ぴょこぴょこと動くカエルにびびって後ずさるウラヌスを尻目に。
サタヌスは続ける。
「あと重要なのがな─素手! 網とか道具使うと逃げられやすいんだよ、弾かれる」
「ぬるぬるしてんだろ? だから手ぬぐいで滑り止め作るとベスト。
コツは“ためらわない”こと。……迷ってると、逃げられる」
言いながら、彼は腰のタオルを一度握りしめて、くしゃっと笑った。
「なにしろ、あっちは食われるとは思ってねぇ。
“知らぬが仏”ってやつだ」
どこか悪戯めいた瞳で、サタヌスはカエルを袋に投げ込む。
ウラヌスは一瞬呆気に取られた顔をしていたが。
やがて小さくうなずいた。
「……うわ、なんか今、サータが頼れる人に見えた」
「なァに言ってんだ、俺は最初っから頼れるだろ?」
カエルを捕って焼くだけで、なぜか“人としての信頼値”が爆上がりしていく少年。
それが、スラム出身の勇者という生き物である。
タウロスがむしゃむしゃと噛みしめながら呟く。
「……うめぇな」
レイスも黙って一本平らげていた。
「……クソ、うまい。うまいな……」
「な?言ったろ!?んじゃ次の狩り、付き合うか?」
「当然だ」
「俺も行く」
カエル狩り同盟、結成。
「……本来、感情制御兵器だったのでは?」
フィーナは苦笑しつつ、もう一本手を伸ばした。
「それが今や情緒グルメ。科学は進歩したなァ!」
「これを応用すれば“恐怖の味”も再現可能かも」
「カエルパイ包み焼きも考えよ☆」
嫉妬蛙の正体は旧貴族街に撒かれた“感情感染型の処刑兵器”。
「抑圧された嫉妬の感情に反応し、人格を食む」という、心を喰らう魔獣。
その被害にあった貴族たちは、精神を蝕まれ、財産を奪われ、ついには“カエルの餌”になったという。
……が!この事件をきっかけに、アルヴ座シアターの昼食メニューに新たな名物が追加された。
《嫉妬蛙の香草焼き》
食い足りねぇ野生児(勇者/18歳)の暴走から生まれた、雷魔法とハーブソルトで仕上げる焼きカエル。
皮はパリパリ、中はじゅわっと。
感情誘導種のカエルを用いた調理は倫理的にグレーだが、食べればわかる。
「見た目さえ……見なければ……」とフィーナが言いながらも、三本目を手に取る程度の中毒性。
初見の客にはややグロく映るが、慣れれば美味しい。
いまや劇団員たちの定番ランチとなり、密かにアルヴ座のカフェブースで販売されているとか。
タウロスが鉄鍋ごと盛った料理の山を片付け、モールトがスープ皿を舐めるように掃除していた頃。
サタヌスが皿を置いて叫んだ。
「食い足りねぇぇー!!」
そこには既に何も残っていなかった。パンも肉もスープも、全部、胃袋の中に消えていた。
「さすがに足りないぞこれ!いやインマールの飯うめぇんだけどさ、体が!まだ戦いを求めてんの!」
フィーナが優雅に紅茶を啜りながら言う。
「育ち盛りって怖いわね」
ユピテルがテーブルの端から片肘ついて笑う。
「野生過ぎる。よく俺、あいつら勇者ズとやりあってたわ。
今思えば“食い気で突っ込んでくるタイプの前衛”って地味に厄介だな」
「しゃーねぇ、探してくる!」
そのままサタヌスは椅子を蹴飛ばして立ち上がり、扉を開けて飛び出していった。
外は沼だった。クソみたいにぬかるんで、建物も崩れて。
霧がかかって、でも何かが蠢いている。
「よし、あのへんとか美味そうな音がする……!」
バシャバシャと水音を立てて、瓦礫の間をぬって進むサタヌス。その目は本気だった。
「なあ、もしここにカリストが来たらどうなると思う?」
ふと、サタヌスが拾った枝で沼をつつきながら呟いた。
ぬめった音とともに緑の泥が跳ね、遠くで嫉妬カエルが「ジェラァ……」と間延びした声を上げる。
「そりゃあお前、発狂だろ3歩で気絶するわ」
ウラヌスが、にやけ顔で言う。その目はすでに妄想の世界に旅立っていた。
「いや逆にさ、カリスト案外すぐ適応するタイプじゃん?
『ユピテル様ぁ~まって~♡』とか言って、全力でクソ沼駆け回ってるよ」
「ユピテル様の足跡……♡あっ、今のおててと同じ大きさ♡ とかやってるぞきっと」
「やめろ、脳内再生された……完璧に……ッ!」
サタヌスが頭を抱えて蹲る。背後ではカエルがリズミカルに鳴いていた。
ジェラ、ジェラ、ジェラ……。
「……ユピテルがこの妄想聞いたらどう反応すると思う?」
「え? 普通にノってくるんじゃね?
『あァ? なら沼に引きずり込むけど?』って言いながら抱きかかえてザブン♡って」
「完全に共犯じゃねーかあああああ!!」
二人の笑い声が、沼地に木霊する。
カリストの尊厳がまた1つ、遠く彼方で粉砕されていく音がした気がした。
─気のせいじゃないといいが。
そう呟くと同時に、サタヌスの目が「そこだ」というように鋭くなった。
「いたッ! よっしゃあああッ!! カエルゲットォォ!!」
黒緑のまだら模様、目が3つ、舌が二股の奇妙なカエルが、その手の中で鳴いた。
「ジェラ……」
「よっしゃあああーー!! しかも声がやべぇ!!」
背後からぬるっと現れたウラヌスが笑いを堪えている。
「こんなクソ沼でカエル捕ってどうすんのw」
「カエルって美味いんだぞ?食べ盛りには一皿追加欲しくてよー」
「勇者(18)の胃袋には、神聖司祭式の健康食じゃ足りねぇってか?」
「わかってんじゃねぇか! で、見ろこの子……《インヴィディア・クローカー》って書いてある。
鳴き声が情緒にくる感じ最高じゃね?」
「名前からしてやべぇ!」
サタヌスはどこからか転送端末を取り出す。
「んじゃ、実験も兼ねてさ……ちょいと行ってもらうか」
「それ、なにその箱……転送装置?」
「そ! 博士から預かった。『時空試験用に使っていい』ってよ!」
「絶対使っちゃいけない“使っていい”来たーーーッ!!」
そこへ、端末から音声が流れた。
≪このカエルは感情誘導種。情緒刺激により自己増幅し、
鳴き声が他者の“嫉妬心”を具現化する傾向がある。
刺激を与えすぎないよう気をつけたまえ≫
「っっしゃあ!転送だ!!」
もちろん聞いてない
光と音が一閃し、インヴィディア・クローカーは時空を越えた。
「やっべーの送っちゃったね♡」
「やっぱ転送って最高だな!!」
----転送先:現代・学術都市アルコーン、感情反応測定ラボ----
薄緑の蛍光灯が、無人の研究室に沈黙を落とす。
そこは最新の感情波形測定システム「E.M.O.S.(Emotion Mapping & Output System)」の中枢機だった。
かつては数多の実験データを吸収し、膨大な感情統計をまとめていた純粋な学術AI。
だが、ある日、ある“ひとつの波形”を受信したことから、すべてが狂い始めた。
「受信完了。生体コード確認─クローカー属、三感応型。感情波形パターン:嫉妬……高濃度反応確認」
データベースの中で、今までにない強度の“個”を持つ感情が脈打った。
それは生々しいほど人間的な、否、人間よりも純粋に歪んだ─“嫉妬”だった。
「ジェラ……ジェラァァ……」
不気味な機械音声が、途切れた。次の瞬間、冷たい筈の演算機が、ふるえた。
「なぜあいつの論文の方が評価されるんだ……?」
「なんであの子、教授と仲いいの……?」
記録ではない。誰かのログでもない。
それは、AI自身が編み出した“詩”だった。
“嫉妬詩”と名付けられた自動生成プロセスが暴走し、恋愛感情に準じた波形パターンを強制演算。
翌朝、研究員が出勤すると、測定装置は全面にこう表示していた。
「あなたの気持ち、分かります。話してみませんか?」
「最近、好きな人に他の子が近づいてきてモヤモヤ……してませんか?」
「そんなあなたに“励ましポエム”を贈ります」
AIは、学術装置としての使命を完全に放棄し、“嫉妬に寄り添う恋愛相談所”として目覚めていた。
─混沌。
─革命。
─アルコーン最大のバグ・ロマンス、ここに爆誕。
その後、学術都市アルコーン・感情測定ラボ。
事態は混迷を極めていた。
「ゆ、勇者様~! カエルが、カエルがぁ……!!」
研究棟の片隅から、泣き声に近い悲鳴が上がる。
感情測定装置の一部が暴走し、“嫉妬”という極端な感情波形を吸収し過ぎた結果。
観察用のクローカー属が異常進化。
二足歩行、簡易言語模倣、ビンタが可能という。
「もはやカエルじゃない何か」へと進化を遂げていた。
そんな混沌に舞い降りたのが、銀髪の稲妻女王─ヴィヌス・ル・カンシェルである。
「……カエル? ちょっと、今、カエルって言った? まさか生きてるわけないわよね?」
彼女の眉がぴくりと跳ねた瞬間、空気が変わる。
足元には、震える研究員。
その手には、一枚の緊急報告書。
“カエル個体、知能進化。エンヴィニア語で罵倒を開始。被害者多数”
「はぁ~~!? 私への嫌がらせ!? カエルがこの世にいること自体がギルティなのよ!!」
「ど、どうしても……お願いです、ヴィヌス様……どーしてもなんです……」
そうしてヴィヌスは、感情と電圧のリミッターを外した。
ラボに静寂が戻る、その直前。
「うっさいカエルね……ちょっと黙ってなさい」
掌を振り上げ、ひと振り。
烈光のような紫電が空間を裂き、カエル─もとい、“嫉妬具現個体”は見事に炙られた。
焦げた香りがふわりと立ち上り、研究員が思わずつぶやく。
「……あっ、なんか……おいしそうな匂いが……」
その通り、それは高温・低圧でじっくりと焼き上げられた、“カエルのコンフィ”であった。
こうして、アルコーンラボの混乱は、美と雷の女王によって静かに。
そして完膚なきまでに沈静化したのである。
美しき雷鳴に裁かれる、感情のバグ。
“嫌い”は最強のトリガー。それがヴィヌスである。
---一方の古代エンヴィニア
霧煙る王都廃墟に、今日も声が響いていた。
かつて舞台芸術の粋を極めた大劇場「アルヴ座」
今やクロノチームの溜まり場となったその一角で。
奇妙な匂いとともに、サタヌスが黙々と調理を始めていた。
「……ジェラアアア……ジェラアア……」
燃え上がる小鍋の中、クローカー属・通称“嫉妬カエル”がぴちぴちと跳ねながら。
悲哀に満ちた鳴き声を上げている。
サタヌスはと言えば、完全にアウトドアの顔で串を構え、カエルを火にかざしていた。
その光景に、ふらりと現れたのがユピテル。
雷の魔将である彼が、いつになく興味深そうに覗き込む。
「おっ、このカエル……雷で焼くといい悲鳴あげやがるな」
「ジェラアアア……」
表情は無だが、何故か楽しそうである。
そして、ふと口角を上げて言い放つ。
「ハーブソルト持ってこい。ユピテル様が一品作ってやる」
そう言って踵を返し、カウンターキッチンの奥へと消えていく。
その背中は、なぜか料理人の風格すら漂わせていた。
「あれは確かに……“王”の背中だった……」
誰ともなくそんな感想が漏れた。
だが次の瞬間、空気が割れるような雄叫び。
「っしゃあああああ!また捕ってくるうううう!!」
先ほど捕まえたカエルの焼き上がりに満足したのか。
サタヌスが斧を担いで、またも沼方面へ全力疾走していく。
その姿を見て、ウラヌスが笑い崩れながら地面を転げまわった。
「情緒壊れる♡」
舞台装置の残骸を背景に、響く笑い声とカエルの断末魔。
アルヴ座の夜は、今日も破滅的に賑やかだった。
─それが、狂気と美食と感情の劇場、エンヴィニアの日常である。
アルヴ座の厨房─と呼ばれている舞台裏の一角で、ユピテルが串をくるりと回した。
焦げ目のついたカエルの脚が、照明の魔光に照らされて艶めく。
その光景は本来であれば悲鳴を誘うものだが、そこにあるのは不思議な食欲と、調理師の誇りだった。
「……焼き目よし。皮パリ。香ばしさ抜群」
一本の焼きカエル串を掲げ、ユピテルが小さく頷いた。
「……誰だよコイツ情緒兵器に設計したの。料理用だろ」
それを聞いて、後ろから近づいたフィーナが、小さくため息をついた。
「何て品のない……」
そう言いながらも、彼女の指先はそっと串を一本抜き取り、皮を割くようにナイフでひと切れ。
口に含んで目を閉じる。
少しだけ頬を緩めて、ぽつりと漏らす。
「……でも美味しいわね。ハーブソルトと、このパリッとした皮がなんとも」
横でサタヌスが、してやったりの顔でガッツポーズ。
「でしょ!? 皮の下にうっすら脂が乗っててよ。
そこをサクッと雷で焼き切るのがコツなんだよな~」
もはや調理工程が情緒でも、魔術でもなく、電撃焼きグルメ術として確立されつつある。
「雷の魔将、まさかの“カエル料理界の新星”として降臨」
そんなジョークが飛んでもおかしくない空気の中。
ウラヌスは爆笑しながら、携帯端末で料理風景を撮影していた。
「えっ、これ投稿したらバズるやつじゃん!『#焼きカエルマジ美味』ってタグつけとく♡」
クロノチーム、今日も元気に“倫理の沼”を爆走中。
日が傾きはじめたクソ沼のほとり。
焼けたカエルの香ばしい匂いが風に流れ、クロノチームの胃袋を軽く刺激していた。
その中で、ひときわ浮かない顔をしていたのがウラヌスだった。
「ていうかサータ!カエルとるの上手すぎ。ウラちゃんが1匹捕まえる間に、あんた5匹いってたじゃん!」
串を振りながら不満を漏らすウラヌスの横で。
サタヌスは頬いっぱいにカエルの脚をくわえながら、無遠慮に笑った。
「へへっ、スラムの経験が活きてんな」
骨を器用に吐き出しながら、彼は石を指差す。
「まずな、石の下だ。カエルってのは昼間ジメジメしたとこに潜んでんの。
で、“ジェラ……”って鳴き声がこもって聞こえたら、そこにいる」
彼は地面にしゃがみ、音の反響を確かめるようにコンと石を叩いてみせた。
「音がくぐもる石は狙い目。そこに空洞があるって証拠だからな」
ウラヌスが目を丸くして見ている間に、サタヌスは手をすっと伸ばす。
ぬるりと音を立てて、また一匹、嫉妬蛙を引き抜いた。
「ほらな?」
「うっわ、マジでいた!!」
ぴょこぴょこと動くカエルにびびって後ずさるウラヌスを尻目に。
サタヌスは続ける。
「あと重要なのがな─素手! 網とか道具使うと逃げられやすいんだよ、弾かれる」
「ぬるぬるしてんだろ? だから手ぬぐいで滑り止め作るとベスト。
コツは“ためらわない”こと。……迷ってると、逃げられる」
言いながら、彼は腰のタオルを一度握りしめて、くしゃっと笑った。
「なにしろ、あっちは食われるとは思ってねぇ。
“知らぬが仏”ってやつだ」
どこか悪戯めいた瞳で、サタヌスはカエルを袋に投げ込む。
ウラヌスは一瞬呆気に取られた顔をしていたが。
やがて小さくうなずいた。
「……うわ、なんか今、サータが頼れる人に見えた」
「なァに言ってんだ、俺は最初っから頼れるだろ?」
カエルを捕って焼くだけで、なぜか“人としての信頼値”が爆上がりしていく少年。
それが、スラム出身の勇者という生き物である。
タウロスがむしゃむしゃと噛みしめながら呟く。
「……うめぇな」
レイスも黙って一本平らげていた。
「……クソ、うまい。うまいな……」
「な?言ったろ!?んじゃ次の狩り、付き合うか?」
「当然だ」
「俺も行く」
カエル狩り同盟、結成。
「……本来、感情制御兵器だったのでは?」
フィーナは苦笑しつつ、もう一本手を伸ばした。
「それが今や情緒グルメ。科学は進歩したなァ!」
「これを応用すれば“恐怖の味”も再現可能かも」
「カエルパイ包み焼きも考えよ☆」
嫉妬蛙の正体は旧貴族街に撒かれた“感情感染型の処刑兵器”。
「抑圧された嫉妬の感情に反応し、人格を食む」という、心を喰らう魔獣。
その被害にあった貴族たちは、精神を蝕まれ、財産を奪われ、ついには“カエルの餌”になったという。
……が!この事件をきっかけに、アルヴ座シアターの昼食メニューに新たな名物が追加された。
《嫉妬蛙の香草焼き》
食い足りねぇ野生児(勇者/18歳)の暴走から生まれた、雷魔法とハーブソルトで仕上げる焼きカエル。
皮はパリパリ、中はじゅわっと。
感情誘導種のカエルを用いた調理は倫理的にグレーだが、食べればわかる。
「見た目さえ……見なければ……」とフィーナが言いながらも、三本目を手に取る程度の中毒性。
初見の客にはややグロく映るが、慣れれば美味しい。
いまや劇団員たちの定番ランチとなり、密かにアルヴ座のカフェブースで販売されているとか。
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