嫉妬帝国エンヴィニア

兜坂嵐

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番外編

EPISODE零 -全て消し飛ばしたくなった男-7

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 ガベルが鳴る。
 パンッ、という乾いた音が空気を切り裂いた。
 裁判ごっこ、終了の合図。
 リース団長が重々しく立ち上がる。
 ガラクタを加工した即席ガベルを高々と掲げ、告げる。
「これより証人、カイネス・ヴィアン博士に判決を下す!」
 劇場型裁判に集う者たちの視線が一点に集中する。
 その時だった。
「やっぱ寝取られてんじゃん!!!!!!」
 ウラヌスの叫びに、会場が爆笑と咳で揺れる。

「異議あり!! 私は寝取られていない!!」
 即座に噛みつく博士。
 だが――彼の眉が、少しだけ歪んでいた。
 そして……その目に、初めて“色”が宿った。
「……いや。譲ったと言うのは、今思えば……強がっていたのかもしれない」
「私が何を守ろうとしていたのか。誰を庇おうとしていたのか……」
 沈黙。
 まるで世界が博士の言葉を待っていたかのように、全てが止まった。
 そして、静かに訂正した。
「私は寝取られました。」
 宣告。
 人はそれを“敗北”と呼ぶかもしれない。
 だがその瞬間、クロノチームは気づいていた。
 これは、勝ち負けの話ではない。
 レイスは目を細めてつぶやく。

「だからNTRって、“寝取った後”を書かないんだな……」
「リアルの後始末が、物語より何倍もしんどいからよ……」
 サタヌスは珍しく真顔で頷いた。
「結婚式より、結婚してからの方がなげぇもんな……」
「いやぁ、博士の人生……ジャンルで言うと“地獄”だわ」
「やめろ貴様ら、我々は芝居中だ!!」
「博士の人生が一番濃いっていうオチじゃんw」
「ていうかこれノンフィクション舞台なのやばくない!?もはや時代劇の域!!」
 照明の落ちた稽古場。
 まだ誰も帰らない、ほんのひととき。

 フィーナが、静かに博士へ頭を下げた。
「ありがとう、博士」
「これで、私たち“未練を演じる”という難題に、真正面から向き合えそうよ」
 博士は一切目を合わせない。
 だがその声には、どこか温度が戻っていた。
「……私は昔話をしただけだ」
「だが、芝居がクーデターの鍵となるのなら、私も手を貸そう」
 その場に少し笑いが戻る。
 だが、やっぱり締めるのは末っ子。

「はいはい!タイトル提案いっきまーす!」
「エンヴィニア・ラプソディ改め」
「《博士の異常な愛情 または私は如何にして寝取られを受け入れマナ・デストロイヤーを作るに至ったか》!」
 ……沈黙。
 そしてゆっくりと、例の“アレ”が現れた。
 博士が首を傾け、目だけでウラヌスを見つめている。
 例の、鎌首ポーズ。
「今ここで、マナ・デストロイヤーを起動してやろうか?」
 その声は、完全に“感情が戻った声”だった。

「ちょっっっっっ!?首角度やべぇええ!!」
「復活してるぅぅぅ!博士のパーソナリティ帰ってきてるううう!」
「てか、ポーズだけで殺意伝わるのすげぇな……」
 クロノチーム全員、芝居の締めに全力で逃げる。
 博士は深いため息ひとつ吐く。
 だがその表情には、ほんの一瞬だけ“微笑”があったような、なかったような。

「未練とは、そうやって言葉にするものではない。だが、芝居にすることはできる」
 夜のエンヴィニア上空に、“緑色の空”が広がっていく。
 革命公演まで、あと6日。
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