嫉妬帝国エンヴィニア

兜坂嵐

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1万と2000年

おかえり悪友たち

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 古びた石畳の路地を抜けた先に、懐かしい扉があった。
 扉を押し開けると、薬草と本の匂いが入り混じった空気がふわりと漂ってくる。
 迎えてくれたのは、派手な外套を羽織ったアモンと、きっちりと礼をしたセエレだった。

「兄弟子、一ヶ月ぶりです~。また人間界に行ってたんですか?」
 セエレは柔らかく笑みを浮かべ、まるで日常の続きのように声をかける。
 アモンも肩をすくめながら、ちらりと背後の人影に視線をやった。
「後ろの四人……友達? 貴方が客を連れてくるなんて、珍しいじゃない」
 レイスは一瞬、言葉を探した。
「友達、っていうか……うーん」
 その時、ウラヌスが小さく片目をつむり、アイコンタクトで合図を送る。
 “めんどくさいから悪友で通しとけ” と。そう言っていた。
 レイスはため息をついて、頷いた。

「俺の悪友です。今から、集まって騒ぎたいんですけど」
「えー!? つまりパーティーってこと!」
 アモンが大げさに声をあげ、ぱんっと手を叩く。
「セエレ、あんたオードブル買ってきなさい!」
「僕またパシられてる件!!」
 セエレが抗議するように声を上げたが、すでに財布を掴み、靴をつっかけていた。

「……はいはい、行ってきますよ……」
 そう言いながら、軽やかに駆け出していくセエレの背を見て、
 ウラヌスはにやりと笑い、サタヌスは「パーティーって言ったら唐揚げもな!」と叫んでいる。
 レイスはそんな賑やかさに肩を落としつつも、どこか安堵したように呟いた。
「……ほんとに悪友だな」

 散らかったソファと本棚、埃をかぶった置き時計。
 その雑然とした応接間の真ん中に、豪快にピザの箱が積まれている。
 メロンソーダのボトルは氷の結晶で冷やされ、横にはなぜか高級ワインのボトルが鎮座していた。
 アモン邸らしい“学術と生活の混沌”の上に、唐突にパーティーが成立している。

 プルトは隅で腕を組み、尖らせた口の端をぷるぷる震わせていた。
「……何で私置いていったの、バカ」
 拗ねたような、泣きそうなような声。
「拗ねんなよ~ほらピザァァァァ!!!」
 サタヌスはゲラゲラ笑いながら、容赦なくマルゲリータを一切れ押し込んでやる。
 プルトはぐぇっと声を詰まらせ、結局もぐもぐ食べながら涙目で睨むしかない。
 その光景だけで、場がひとつ明るくなる。

「うふふ……よかったですわ、皆さま無事で」
 ネプトゥヌスは優雅にストローでメロンソーダを啜り。
 横のドタバタなど全く気にしない。
 背筋を伸ばしたまま、ざわめきを微笑みで受け流しているようだった。
「お前……“あれだけの文化財”見ておいて……!」
 マルスが怒号を飛ばす。鬼の形相。
「撮影したのはこれだけか!?」
「うん♪顔映り優先しちゃった~」
 ウラヌスは伸びるチーズをちぎりながら、チラッと笑顔で返すだけ。
 末っ子の貫禄。長兄の怒声よりピザが重要らしい。

 ユピテルは別卓に腰を預け、上機嫌に頬杖をついていた。
「なァ~べっぴんさン、今日もイイ斬れ味だったなァ?」
 舞雷の鞘をトントン叩くたび、ビリッと帯電が走り、テーブルの縁が黒く焦げる。
 周囲は呆れつつも、誰も止めようとしない。

 カリストは軍帽を外し、膝に置いて指で縁を撫でていた。
 ふっと微笑み、目を伏せる。
 ――あの戦いが夢だったなら、どんなにいいか。
 そう思ったが、口には出さない。ただ小さく息を吐いて、ワインのグラスを傾けた。

 ソファも、床もテーブルも、人と食べ物でごった返す。
 誰かが笑い、誰かが拗ね、誰かが剣を撫で、誰かが心の奥を沈黙で隠す。
 それでも――全員が“ここにいる”。
 パシャリ、とシャッター音。
 ウラヌスがスマホを掲げ、満面の笑みで言う。
「#魔界パリピ集合 ってタグで投稿しよーね♡」
 ……この“何気ない一枚”こそ、戦いを生き抜いた者たちの記録だった。

 ピザの匂いが漂う応接間。
 笑い声と炭酸の弾ける音の中で、サタヌスは何気なく土産話を始めた。
 口にチーズをくわえたまま、ゲラゲラ笑いながら手を振る。
「えっとな、ユピテルが2回時空移動ミスって……」
「原始時代と幕末に行った。恐竜デカかった」
 ピザの皿が一枚、また一枚と空になっていく中・
 サタヌスは、待ってましたとばかりに身を乗り出した。

「なぁ聞けよ!一番やべぇのは原始時代だったんだって!」
目が輝いている。まるで子供が宝物を見つけたように。
「恐竜だぞ!?マンモスだぞ!?火山ずっと噴いてんだぞ!!!」
「テンション上がるなって方が無理だろオイ!!!」
 言葉のたびに拳をぶんぶん振り回し、ピザの具が飛んでいく。
 メルクリウス、即座に額に手を当てて呻いた。
「……いや待て、エンヴィニアに行ったんじゃなかったのか!?」
 声が裏返るほどの困惑である。

 サタヌスは悪びれもせずゲラゲラ笑った。
「だってTレックスだぞ!?ガオーだぞ!?」
 両手を広げて噛みつく真似をする。
 その横でガイウスは沈黙していたが、やがて小さく頷く。
「……否定出来ない」
 ぼそりと、しかし妙に説得力のある声で。
「お前までか勇者ぁぁぁ!!!」
 メルクリウスが頭を抱えて崩れ落ちた。

 周囲の空気は、一瞬にしてカオスと化す。
 ピザの箱は散乱し、メロンソーダの泡が弾け。
 そのど真ん中でサタヌスだけが、満面の笑みで叫んだ。
「いやマジ、恐竜はテンション上がるって!!」

 サタヌスの「恐竜ガオー!」の余韻がまだ残る中。
 ウラヌスがピザをかじりながら唐突に割り込んできた。
「ていうかさー、幕末行ったときもだけど」
 彼女はニヤリと笑い、わざと声を張る。
「全体的にカー君がおもしれー男過ぎたよねぇ!!」
 カリストがびくっと肩を震わせる。
 嫌な予感しかしない。

「だってさ、キレ過ぎて鬼大尉モード出ちゃうわ、攫われてピーチ姫化するわ。
 極めつけは着替え見られてキャーーー!って!!」
「い、言わないでくださいっ!!お願いですから……言わないでぇ……!!」
 カリストは耳まで真っ赤にして両手をばたつかせる。
 羞恥で声が裏返り、まるで乙女の悲鳴だ。
 ガイウスは一瞬きょとんとしたが、やがて真顔でウラヌスに向き直った。

「……カリストが?」
「ウラ、もうちょっと詳しく話せ。そこは理解できる」
「お前も乗るなあああああ!!!」
 カリストがテーブルを叩き、半泣きで叫ぶ。
 しかしその表情は怒りよりも羞恥の色が強く。
「凍らせますよ!」と脅す声も、完全にぴえん顔で迫力ゼロだった。
 テーブルの上にはピザとメロンソーダ。
 部屋中に笑い声が響く。
 カリストの尊厳は、幕末と共に散っていった。

 エンヴィニア・ラプソディ暴露戦。
 場の空気を一気に持っていったのは、女王様然とした声だった。
「ちょっと――エンヴィニアの話に戻しなさい」
 ヴィヌスが腕を組み、眉を吊り上げる。
「それより何よ、貴女たちが送りつけてきたアルヴの遺作。
“未完”のままじゃないの」
 ウラヌスはピザの耳をもぐもぐしながら、にやりと笑った。

「これから完成させるんだよ~。あれ“ノンフィクション”だからさ」
 メルクリウスが眼鏡を押し上げ、静かに頷く。
「ノンフィクション……つまり。
 エンヴィニア・ラプソディの完成は“無敵の大帝国の滅亡”を開示する、ということか」
「そゆこと!」
 ウラヌスはタブレットを掲げ、ヴィヌスに向けてスクロールした。
「でさ。見て見てヴィヌス~! “あの集合写真”なんだけど~♪」
 画面には、圧倒的な美貌のサロメ姫が、謁見の間の玉座で微笑む姿。
 その左右にクロノチームが立ち並ぶ、堂々たる記念写真だった。
 ヴィヌスの顔が一瞬で凍りつき――次の瞬間、爆発した。

「なによこれぇぇぇえええええええ!!!!!」
「私が今まで舞台で演じてきた“悪役令嬢”は……なんだったのよぉぉぉ!?!?!?」
 頬を赤くし、目を見開いて叫ぶヴィヌス。
 だが、その震える指だけは……しっかりと画面の「いいね」を押していた。
 そんな中、ふわりと静かな影が差し込む。
 プルトがウラヌスの肩越しにスッと覗き込んでいた。

「……ヴィヌスが敗北宣言するぐらいの悪役令嬢?」
「気になるわね。見せて」
 ウラヌスは「へいへ~い」と軽いノリで画面を傾ける。
 覗き込むプルトの横顔は、妙に落ち着いていて――どこか“姉”のようでもあった。
「……あぁ、これは本物だ」
 プルトは小さく頷き、さらりと断言する。
「覚悟して悪役令嬢やってるタイプ」
「……父上(エレボス)と同族ね。それはバズる」
 その分析が的確すぎて、ヴィヌスの目がさらに吊り上がる。

「誰が同族ですってぇぇぇえええええ!?!?!?」
 完全に“キレ芸モード”突入、声が裏返っている。
 ウラヌスはケラケラ笑い、プルトはジト目でピザを一口。
「……まぁ、Dスタ映えは間違いないけどね」
 “姫”のカリスマを前に、ヴィヌスは再び敗北を味わったのであった。

「……悔しいけど……納得、しちゃったじゃないの……」
 吐き捨てるように呟いた顔は、引きつった笑みでいっぱいだった。
 ウラヌスは満足げにウィンク。
「ね~?カリスマやばいでしょ?Dスタで1万いいねいってたよ♪」
 ――その場にいた全員が思った。
 ヴィヌスは負けた、と。
 だが、それを素直に“美”として認められるのが、彼女の女王たる所以でもあった。

 セエレは憮然とした顔でオードブルの皿を抱え。
 とりあえずチーズソースに唐揚げを無造作に突っ込んでいた。
 文句は口から出るが、手は止まらない。
 セエレは唐揚げをディップしながら、明らかに不機嫌な顔をしてぼそっと呟いた。
「……兄弟子ばっか友達増えて、ずるいですよ……。
 僕がパシられてる間に、キミは大魔王とマブダチになってたとか……」
 レイスはグラスのコーラを傾けたまま、無表情で返す。
「オロバスは、まぁ……王子ってより“中身が中坊”だぞ」
「慣れればかわいいもんだ」
「ぜっっっっったい無理ッ!!」
 セエレは唐揚げを叩きつけそうな勢いで叫び、声のボリュームが跳ね上がる。

「だってあの人、“王子”じゃなくて“マジで大魔王”なんですよ!?!?」
「まぁ……魔王だけどな」
 レイスは唐揚げを一個取った。
「しかも声!!声が!!」
 セエレの目がギラつく。
「なんで魔王の癖にあんなヒーロー声してるんです!?“勇者側”の声じゃないですか!!!」
「こっちはカメラ回してる時、内心ずっと“主人公にボコられる前座魔王”気分ですよ!!!」
 その場の何人かが、吹き出しそうになって肩を震わせていた。
 セエレの不満は止まらない。

「そんで、見た目は15歳くらいなのに!
 中身と戦闘力が完全にラスボス級って何なんですか!!!
 絶対勝てないんですよ!?喧嘩しても瞬殺ですよ!?
 あれで泣き虫とか、嘘でしょ!?怖すぎるんですけど!!?」
「まぁ、火山に落とされかけて泣いてた時もあったな」
 レイスが思い出したように言った。
「それ!!!」
 セエレが吠える。
「その“ギャップも含めてカリスマ”みたいなとこがムカつくんですってば!!!
 ……くそ……なんで人気あるんだ、あの人……」
 吐き捨てるように言いながらも、セエレはチーズソースに唐揚げを二度付けしていた。
 その背中に、どこか“敗北感”すら漂っていた。
 レイスは無表情のまま、コーラのグラスを軽く傾ける。

「……ダチなんて勝手に出来るもんだ」
「お前もたまには人間界に来たらどうだ? 荒野はおもしれーぞ」
 セエレは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにしかめっ面に戻る。
「うぇー……砂凄そうじゃないですか……」
 レイスは肩をすくめ、薄く笑った。

「ま、そうやって尻込みしてるうちは、一生パシられ側だな」
「うぐっ……!」
 セエレは思わず唐揚げを落としそうになる。
 そこに師匠アモンが顔をのぞかせ、軽い調子で返す。
「はいはーい。レイス、そのカメラ。そろそろ返却時じゃない?」
 レイスの手の中には見るも無残な、だがどこか誇らしげなLOMOの姿。
 そう、こいつは私物ではない。借りものなのだ。

「……了解」
 レイスは小さく頷き、カメラバッグを肩に引っかける。
 その姿に、セエレは「やっぱ兄弟子はズルい」と。
 口の中でぶつぶつ言いながら、唐揚げを二個目ディップした。
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