嫉妬帝国エンヴィニア

兜坂嵐

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107 / 130
1万と2000年

ENVY EMPIRE ENVYNIA

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 サーカスの舞台は闇と埃に包まれている。
 だが――そこにだけ、ぼんやりと色の残るスポットライト。
 朽ちたシートに向かって、5人の影が台詞を投げる。
 演目も、衣装も、動きも“時代錯誤”というレベルじゃない。
 すべてが――“エンヴィニア”だった。
 ウラヌスは手で口を押さえて、爆笑と涙が入り混じった声をあげる。

「なにこれw 演目も衣装も仕草も、ぜんぶ古すぎん!?
 え、ってかこれ……アルヴ座ぁぁ!?」
 サタヌスは、ふだんのチャラさをかなぐり捨て、尊敬そのものの顔で呟く。
「転生しても舞台上がってんの、マジで化け物かよ……」
 ユピテルは苦笑しながらも、その空間に“懐かしさ”を感じていた。
「この舞台装置の感じ、絶対リースの仕業だな……」
 舞台袖で、白いドレス姿のフィーナがゆっくりと振り返る。
 その瞳には、観客を探すような微かな困惑と。
 どこか“懐かしさ”すら滲んでいた。

「あら?貴方たちの顔……ものすごく見覚えがあるわ、どなた?」
 彼女の問いかけに、空気が一瞬だけ張り詰める。
 だが幽霊たちの舞台は止まらない。
 タウロスは堂々と胸を張り、ノックスは仮面越しに静かに佇む。
 リースが、懐かしさを噛みしめるように微笑む。
 モールトが、大きな手で帽子を持ち上げて一礼する。

 観客席には“誰もいない”はずなのに。
 今だけは、クロノチームの魂もその舞台の一部になっていた。
 舞台がある限り、演者も観客も、死後すら“物語”の中で出会い続ける。
 幽霊も、英雄も、たった一度の喝采を求めて、幕の下りない舞台に立ち続ける。

 廃サーカスの舞台、夜。
 誰もいないはずのリング上に、生前と寸分違わぬアルヴ座の5人が立っている。
 クロノチームは、言葉にならない戸惑いと感動で固まっていた。
 レイスは、喉がひりつくほど静かな声で呟く。

「……いや、粛清されたから二度と会えないって、みんな覚悟してたのに――」
 タウロスが大きな体を揺らしながら。
 まるで思い出の破片を探すように、がらんとした観客席を見渡す。
「粛清……んん~?お前らを見てると、なんか思い出しそうだ、もっとヒントくれ!」
 ウラヌスが、いつもの調子で手を振る。

「アルヴ様の遺作、ちゃんと届けたよ!
 あと完成させた!みんな泣いてたから絶対伝わった!」
 その一言に、舞台上の5人の顔が、一斉に「はっ」と明るくなる。
 リースが目を伏せ、フィーナが両手を合わせる。
 ノックスはマスク越しに大きく頷き、モールトは嬉しそうに帽子を押さえる。
 フィーナの声が、“芝居の神”が降りるときのあの澄んだ響きで、舞台に広がった。
「そう……届けてくれたのね。あの人が命を代償に書いた遺作を」
 リースはゆっくりと顔を上げ、舞台の光に溶けるようにして言った。

「アルヴ様は、死したヒロインが蘇る物語をよく書かれた」
「……あの方は、不死鳥伝説を好んでおられたからな」
 タウロスが力強く拳を握る。
「ならば俺たちも、舞台の上で何度でも生き返ろう」
 ノックスが無言で、ランタンをリングの中央に掲げる。
 ほの暗い光が、死者も生者も関係なく照らし出す。
「何度だって、幕が上がる限り。俺たちは、ここに立つ!」
 クロノチームの誰もが、その瞬間。
 自分たちも“舞台の亡霊”であることを、どこか誇らしく思った。
 舞台がある限り、命は輪廻し、物語は続いていく。

 無人のサーカス舞台、スポットライトが奇妙なほどに色濃く。
 でも、どこか温かく5人の幽霊たちを照らしていた。
 モールトが堂々と胸を張り、深刻な顔で切り出す。
「ところで……完成した“エンヴィニア・ラプソディ”に私たちは出演したのですかな?
 完成度という点で非常に重要な問題ですぞ」
 レイスはちょっとだけ吹き出して、スマホの写真を見せる。

「いや、あれに出てるのは“役を演じてる俳優たち”だよ。本人じゃねーんだわ」
 リースは一瞬、顎に手を当てて考え込む。
「それでは……真の意図が伝わらんな」
「諸君、アルヴ座を再結成するぞ」
 会場に微妙な沈黙、でも次の瞬間、ウラヌスが満面の笑みで前のめり。
「マジ!?つまり……」
 リースは凛とした声で、夜の闇に宣言した。
「王家を転覆させた“真のラプソディ”を、現代で再び演じるのだ。準備はいいか?」
 サタヌスはグッと拳を握って応じる。

「あぁ! 言っとくが今回は完成版だからな!
 俺たちがクーデターで演じたのは未完verだ!」
 舞台袖のフィーナが、苦笑いしつつ手を挙げる。
「十分よ。場所はここ……宣伝などはお任せするわ、スマホは私には難しくてね」
 ウラヌスが一気にギャルテンションMAXでスマホを構えた。

「OK!ウラちゃん拡散担当♡
 #アルヴ座復活 #クーデター芝居 #現代ラプソディでトレンド入り狙うわ!」
 カリストも微笑み、ノックスはランタンを灯し直し。
 タウロスは観客席に向かって一礼する。

 夜の廃サーカス跡、誰もいないはずの舞台に。
 “真のクーデター芝居”の幕が、今また――静かに、でも確かに上がった。
「未完の革命は、今度こそ“舞台”で完結させてみせる――」
 幽霊も、現代人も、輪廻の喝采の中で笑い合う。

 ウラヌスの手はスマホの画面を縦横無尽に滑り、
 次の瞬間にはAIイラスト・自動デザイン・告知文作成ツールを同時に起動!
 ものの数分で「スロウスサーカス跡でエンヴィニア・ラプソディをゲリラ公演します」という。
 告知ポスターがSNSにばーーんと投下される!!
 深夜のタイムラインがざわめく。

 すぐさまヴィヌスやセエレから“いいね”とリプが飛び。
「最高の夜になりそうね」「伝説また見られるとか何それズルすぎ」と拡散ボタン連打。
 トレンドは瞬く間に「#アルヴ座復活」「#クーデター芝居」「#ENVYNIA」で埋め尽くされた。
 ウラヌスはスマホ越しにニヤリと笑う。

「……くっそ、やっぱエンヴィニアって“死んでも舞台”なんだな」
「この熱さ、10000年経っても腐らねぇのかよ……!」
 命を賭して遺された物語は、やがて時代を越えて“舞台”に立つ。
 終わりなき嫉妬の物語、ここに幕は下りない。
「では再演だ諸君。……掛け声は忘れていないか?」
 リースの言葉に全員、忘れるはずがないと頷く。
 気づけば全員が拳を突き上げ、声を重ねていた。
 
「我ら全て、舞台にあれ!!」

 虚構と現実、死と生、喝采と嫉妬。
 すべてを飲み込む物語がまた、夜の闇で新しい幕を開ける。
 次は、貴方が演者になるのよ。

----

 特集記事:王殺しの舞台、伝説のその後――アルヴ座、転生者たちの今。

 記者はヴェルズロートの街を歩いた。
 かつてエンヴィニアを揺るがし、王家を転覆させたとされる“舞台”の演者たち。
 彼らは粛清ののち、永遠に失われたと思われていた。
 だが、現代に転生した彼らは、それぞれの場所で確かに生きている。

 リース-イケオジ演出家。
 ヴェルズロートシアターに再就職したリース。
 今や“イケオジ演出家”として演劇界の顔となっている。
 舞台袖で涼しい顔をして腕を組むだけで俳優たちは背筋を伸ばし。
 観客からも“リースが関わる芝居は必ず面白い”と評される。
 本人に取材を試みても、ただ「芝居は続けばいい」と言うのみ。
 それでも、彼の目には常に舞台の光が宿っていた。

 フィーナ-舞台袖の母。
 主演を譲った後のブランクに悩み、今は小道具や衣装を支える裏方に。
「スマホは難しいわ……」と苦笑しながら。
 ウラヌスにSNSの使い方を教わっている姿が微笑ましい。
 彼女の存在感は舞台袖にあっても消えることはなく。
 若手女優からは“舞台の母”と呼ばれている。

 タウロス-現場の親方。
 持ち前の怪力を活かし、土木建築に就職。
 声が現場の端から端まで通るため自然と指揮を執るようになり。
 今では完全に“親方”の風格だ。
 本人も笑いながら「次は重機免許だな!」と語る。
 その豪快な笑顔に、現場の誰もが力をもらっている。

 ノックス-沈黙の大道具師。
 再びヴェルズロートシアターに戻ったノックスは大道具班として舞台を支える。
 無言で木材を組み、鉄骨を溶接し、気づけば舞台装置が完成している。
 演出家リースは「ノックスがいるだけで演出の幅が三割増す」と断言する。
 仮面の下にどんな表情があるのか、いまだ誰も知らない。

 モールト-元気すぎるじいちゃん。
 街で踊り、子供と遊ぶ姿がSNSにたびたび投稿される。
「#今日のモールト」「#じいちゃん元気すぎ」でトレンド入りすることもしばしば。
 彼は豪快に笑いながらこう言う。
「元気があるうちは舞台に立てるんだよ!」
 その一言は、伝説を知らぬ若者にすら不思議な勇気を与えている。

 取材を終えて気づくのは、彼らが舞台を降りてもなお“演者”であり続けていることだ。
 命を賭して遺された物語は、転生を経てもなお時代を越えて立ち上がる。
 彼らの歩む姿はまるで、観客席に向けた長い、長いカーテンコールのようだった。

 舞台は静かに暗転し、一幕ごとに灯りが落ちていく。
 キャストたちが笑顔で手を振り、観客席の拍手が幾度もこだまする。
 やがて、カーテンがゆっくりと閉じていく。
 その向こう、最後にただひとり。
 アンラ・マンユだけが舞台中央に立っていた。

 観客席には、もう誰もいない……はずなのに。
 ほんの僅かに残る、「喝采」と「ざわめき」の残像。
 アンラ・マンユは、静かに、けれど誇り高く背筋を伸ばし。
 深々と昔の歌劇場のように、胸に手を当て、ゆっくりと舞台に頭を垂れる。



 その仕草には、死も、絶望も、虚無も、すべてを包み込む。
 “主役”としての威厳と孤独があった。
「……これにて、終幕でございます」
 やがてカーテンが完全に閉じる。
 舞台袖から漏れる最後の一筋の光が、アンラのシルエットだけを優しく縁取る。

「……お楽しみいただけましたでしょうか」
「また次の舞台で、お会いしましょう――」
 かすかな独白だけが、真夜中の劇場に響いた。
 やがて照明が消え、物語は、本当の虚無へと還っていく。
 劇場の幕は、下りる。
 だが、物語は終わらない。

 エンヴィニアよ――永遠に。
 終劇、そして次の舞台へ。

 Envy Empire Envynia → Cognitive Code Cessation
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