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番外編
Skebウォーズ 納期、溶ける
しおりを挟むあなたの愛、納品されましたか?
Skeb WARS
昼下がりのカフェ・ティニ。
魔界きっての芸術系隠れ家として名高いこの店に、重たい空気が流れていた。
いや、正確には「副官ロス」と「納品への怨嗟」が充満していた。
ユピテル・ケラヴノスは、いつになく静かだった。
黄金の髪は乱れ、いつもの薄ら笑いは消え。
ミントチョコシェイクを吸う姿は、ただの“世界一美形な廃人”である。
「……はぁ。カリストいねぇだけで……」
「こんな無秩序になるンか俺達……」
そう呟くと、ユピテルは机に突っ伏した。
氷が溶けきったカップの中、ストローから空気を吸い続ける音だけが響く。
キュッ、ズゥウ……。
何も吸えない。けど、止められない。
カリスト欠乏症は、脳の左半球を麻痺させるのだ。
「カリスト……帰ってこい……俺の左脳……」
副官にしてヤンデレ貴公子を失った電撃ゲス神の末路は哀れである。
対面に座るレイスは、タバコの代わりに抹茶羊羹をかじりながら。
限界オタクの顔で天井を見ていた。
「……また副官ロスしてる……」
「てかカリストといえばさ、俺……Skebでラフ納品食らった絵師、カリスト推しだった……」
悲しきかな、その絵師のプロフにはこうあったという。
“彼がいれば、世界が整う。”
「でも俺の納品は整わなかった」
─描かれなかったのは、レイスだった。
納期は守られ、リテイクは受け付けられず。
そこにいたのは、美しく微笑む副官だけ。
「“推ししか描かない”なら最初からそう言えや……」
誰にも届かぬ呟きが、またひとつ、テーブルの影に沈んだ。
その空気をぶち壊すように、笑い声が響いた。
「うわ解釈一致www」
ウラヌスである。全力メスガキ、悪意の風がカフェに吹き込んだ。
「カー君てさ~~~、絶対ヘラる系絵師に人気出るよねぇ~~~!」
スマホを操作しながら、TLのスクショをペシッとレイスの顔面に置く。
“ああいう闇と白さが共存した副官…ほんと憧れます……。”
「……いたわ、こういう病んでるやつwww」
「ぶん殴ってええか」
「ダメ~☆ 作者の解釈に口出すなって教わんなかったの?」
地雷原に炎上案件を投げ込むメスガキ。カフェの空気が一瞬で硝煙に変わる。
だが次の瞬間、冷風がそれら全てを凍結させた。
「納期を守っただけで“完成”と言えるのかね?」
現れたのは、カイネス博士。片手には氷ミントティー。
冷気と正論を携えた、生きたアカデミックホラー。
「君たちの言う“愛のある創作”とは、完成度を捨てることに等しいのか?」
時が止まった。カフェ・ティニに静寂が降りる。
誰もが目を伏せる中、レイスだけがため息を吐いた。
「また始まった……」
その場にいなかった副官の名が、皮肉にも一番空気を整えていた。
そう、彼がいれば─この惨劇は起きなかったのだ。
「Skebは戦場だ。命がけで依頼しろ」
かつて誰かが言った。
そして今日もまた、誰かの魂が納品欄に置き去りにされる。
「……笑わないでくれ、博士」
静かに語り始めたのは、誰よりも軽口を叩く悪魔ハンターだった。
レイスの顔には、冗談では済まされない陰が差している。
「そいつ……神絵師て有名だったんだ」
空になったミントチョコカップ。
溶けたチョコの残骸すら彼の慰めにならず、沈んだ声が空間を引き裂く。
そんな彼に、冷たい理論の刃が振り下ろされる。
「逆に聞くが、“神絵師”とはなんだね?」
カイネス博士は氷ミントティーをかき回しながら、淡々と語る。
「描けるのは技能だ。“神”とは信仰対象。
つまり、信者が勝手に作った偶像に過ぎん」
「AIが脅威だと? いや、君の創作が代替可能なことが脅威なのだよ」
「“描く”ことではなく、“残る”ことを考えたまえ。
君の絵は千年後に見返される価値があるかね?」
─カフェ・ティニの空気が氷点下に落ちる。
言葉は正論、されど聞きたくない事実。
レイスの目元には更なるクマが浮かび、チョコミントは息絶えていた。
「博士ェ……ほんとSNSやってねぇで良かったな」
「それ、Xで言ったら絵師に粘着されて炎上してるぞ……」
だが、自嘲混じりの返しの奥に、理解の色があった。
「でもまぁ、俺もSkebで“途中のラフ納品”食らったことあるから……
言ってることは、わかる。正論だからムカつくんだよな」
─その瞬間。
「ラフ納品って都市伝説かと思ってたのに……マジであんのかよ!?草生えるわ!!」
声を上げたのはサタヌス。
都市伝説だと思ってた闇に、現実が鉄槌を下した。
「“納期守ったので完成扱いで~す”って、どんな詐欺師だよww」
「てかそれ、カリストがいたら秒で法的対応取ってたよな?」
爆笑しながらレイスの肩をバンバン叩く。
だがレイスの目は虚ろで、視線の焦点は外れていた。
「俺、ちゃんと依頼したよな!? 参考画像も文章も送った。
“よろしくお願いします!”って言ったじゃん……!」
「なのに“ラフです。これで納品完了とさせていただきます”って……。
えっ……俺の心……」
─被害者は叫ぶ。叫んでも、絵は返ってこない。
彼の心は空になり、チョコミントはぬるく溶けた。
そこに現れたウラヌス。
笑顔にナイフ、SNS地雷識別士。メスガキ特級。
「納品してくれる絵師かはメディア見ればわかるってばーwww」
「ソシャゲと飯と動物の画像しかあげてないの、地雷だよ?
“描く気ないけど、義務感でSkeb受けてます”って言ってるようなもんじゃん」
スマホ片手に表示される「地雷絵師リスト(更新日:今朝)」
「ウラちゃん特製“メディア欄で全てが分かるチェックリスト”」
その有用性に誰も反論できず、カフェの一同が目を背ける。
だがレイスは、呟いた。
「俺……“参考資料:副官”って送ったんだよな……カリストが、悪い……のか……?」
─混濁する理性、病んだ納品履歴。
今日もまた、誰かのSkebが戦場となる。
笑いが収まりかけた頃、不意にサタヌスが呟いた。
その声は冗談のようでいて、どこか刺さる現場のリアルを孕んでいた。
「あとよ、“絵は描いてねぇけどAI叩きだけは熱心”ってやつな」
フォークをくるくる回しながら、目はどこか遠くを見ていた。
「あれ、魂より承認欲求で生きてんじゃねぇのかって思うわ」
「創作してないくせにAIの話題ばっかだと、そりゃAIに負けるだろって」
「あとNoRepostってプロフに書いてるのに、リポストされてるやつね~ww意味~」
─サタヌスの言葉は、妙にリアルだった。
スラムで育ち、何も持たずに這い上がったサタヌスの言葉は。
飾り気がないぶん、痛みを伴って鋭く届く。
「描いてねぇのに語りてぇ奴は……それ、ただの評論家じゃん」
一瞬、カフェの時間が止まる。
彼の発言に、ユピテルがニヤリと唇を歪めた。
「反AIに傾倒して、連載打ち切られた奴いたよな……」
「推し作家が壊れてくと、酒が美味い」
明らかに誰かを彷彿とさせるその言い方。だが名は出さない。
創作とは、時に崩壊と隣り合わせ。
その様が地雷であろうと、ユピテルにとっては「コンテンツ」でしかない。
そこで、カイネス博士が再び口を開いた。
「絵師という言葉を、調べ直すべきではないかね?」
「“技術を以て図像を描き出す者”という定義があるが……
昨今は、“描くことを語る者”になっていないか?」
知識の暴力。論理で殴るその発言は、誰の言葉よりも冷たく鋭い。
一瞬で、場の温度が-30℃に下がった。
スプーンを持ち上げかけていたサタヌスの手が止まる。
「……博士、それはもう殴ってるぞ」
ツッコミなのか悲鳴なのか。
レイスは何も言わず、溶けかけたミントアイスにフォークを突き刺した。
「納期が……溶ける音がするな……」
音がした気がした。誰の心か、アイスか、納期か、定かではない。
その横でウラヌスが反応する。
「納期、溶けるの!? ちょっと待ってそれヤバくない!?
“納期溶解系絵師”ってタグ作る!?流行らせる!?」
最悪で最高のネーミングセンス。
誰も望んでいないのに、語彙が増えていく。
「ウォーターマーク日に日にでかくなる絵師にいえよ」
「納期、溶けてるぞって」
そして誰かが呟く。
「今日のランチ、話題重すぎない?」
─答えは風に溶け、納期と共に消えた。
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