嫉妬帝国エンヴィニア

兜坂嵐

文字の大きさ
108 / 130
番外編

Skebウォーズ 納期、溶ける

しおりを挟む

 あなたの愛、納品されましたか?
 Skeb WARS

 昼下がりのカフェ・ティニ。
 魔界きっての芸術系隠れ家として名高いこの店に、重たい空気が流れていた。
 いや、正確には「副官ロス」と「納品への怨嗟」が充満していた。
 ユピテル・ケラヴノスは、いつになく静かだった。
 黄金の髪は乱れ、いつもの薄ら笑いは消え。
 ミントチョコシェイクを吸う姿は、ただの“世界一美形な廃人”である。

「……はぁ。カリストいねぇだけで……」
「こんな無秩序になるンか俺達……」
 そう呟くと、ユピテルは机に突っ伏した。
 氷が溶けきったカップの中、ストローから空気を吸い続ける音だけが響く。
 キュッ、ズゥウ……。
 何も吸えない。けど、止められない。
 カリスト欠乏症は、脳の左半球を麻痺させるのだ。
「カリスト……帰ってこい……俺の左脳……」
 副官にしてヤンデレ貴公子を失った電撃ゲス神の末路は哀れである。
 対面に座るレイスは、タバコの代わりに抹茶羊羹をかじりながら。
 限界オタクの顔で天井を見ていた。

「……また副官ロスしてる……」
「てかカリストといえばさ、俺……Skebでラフ納品食らった絵師、カリスト推しだった……」
 悲しきかな、その絵師のプロフにはこうあったという。
 “彼がいれば、世界が整う。”
「でも俺の納品は整わなかった」
 ─描かれなかったのは、レイスだった。
 納期は守られ、リテイクは受け付けられず。
 そこにいたのは、美しく微笑む副官だけ。
「“推ししか描かない”なら最初からそう言えや……」
 誰にも届かぬ呟きが、またひとつ、テーブルの影に沈んだ。
 その空気をぶち壊すように、笑い声が響いた。

「うわ解釈一致www」
 ウラヌスである。全力メスガキ、悪意の風がカフェに吹き込んだ。
「カー君てさ~~~、絶対ヘラる系絵師に人気出るよねぇ~~~!」
 スマホを操作しながら、TLのスクショをペシッとレイスの顔面に置く。
 “ああいう闇と白さが共存した副官…ほんと憧れます……。”
「……いたわ、こういう病んでるやつwww」
「ぶん殴ってええか」
「ダメ~☆ 作者の解釈に口出すなって教わんなかったの?」
 地雷原に炎上案件を投げ込むメスガキ。カフェの空気が一瞬で硝煙に変わる。
 だが次の瞬間、冷風がそれら全てを凍結させた。

「納期を守っただけで“完成”と言えるのかね?」
 現れたのは、カイネス博士。片手には氷ミントティー。
 冷気と正論を携えた、生きたアカデミックホラー。
「君たちの言う“愛のある創作”とは、完成度を捨てることに等しいのか?」
 時が止まった。カフェ・ティニに静寂が降りる。
 誰もが目を伏せる中、レイスだけがため息を吐いた。
「また始まった……」
 その場にいなかった副官の名が、皮肉にも一番空気を整えていた。
 そう、彼がいれば─この惨劇は起きなかったのだ。
「Skebは戦場だ。命がけで依頼しろ」
 かつて誰かが言った。
 そして今日もまた、誰かの魂が納品欄に置き去りにされる。

「……笑わないでくれ、博士」
 静かに語り始めたのは、誰よりも軽口を叩く悪魔ハンターだった。
 レイスの顔には、冗談では済まされない陰が差している。
「そいつ……神絵師て有名だったんだ」
 空になったミントチョコカップ。
 溶けたチョコの残骸すら彼の慰めにならず、沈んだ声が空間を引き裂く。
 そんな彼に、冷たい理論の刃が振り下ろされる。
「逆に聞くが、“神絵師”とはなんだね?」
 カイネス博士は氷ミントティーをかき回しながら、淡々と語る。

「描けるのは技能だ。“神”とは信仰対象。
 つまり、信者が勝手に作った偶像に過ぎん」
「AIが脅威だと? いや、君の創作が代替可能なことが脅威なのだよ」
「“描く”ことではなく、“残る”ことを考えたまえ。
 君の絵は千年後に見返される価値があるかね?」

 ─カフェ・ティニの空気が氷点下に落ちる。
 言葉は正論、されど聞きたくない事実。
 レイスの目元には更なるクマが浮かび、チョコミントは息絶えていた。
「博士ェ……ほんとSNSやってねぇで良かったな」
「それ、Xで言ったら絵師に粘着されて炎上してるぞ……」
 だが、自嘲混じりの返しの奥に、理解の色があった。

「でもまぁ、俺もSkebで“途中のラフ納品”食らったことあるから……
 言ってることは、わかる。正論だからムカつくんだよな」
 ─その瞬間。
「ラフ納品って都市伝説かと思ってたのに……マジであんのかよ!?草生えるわ!!」
 声を上げたのはサタヌス。
 都市伝説だと思ってた闇に、現実が鉄槌を下した。

「“納期守ったので完成扱いで~す”って、どんな詐欺師だよww」
「てかそれ、カリストがいたら秒で法的対応取ってたよな?」
 爆笑しながらレイスの肩をバンバン叩く。
 だがレイスの目は虚ろで、視線の焦点は外れていた。
「俺、ちゃんと依頼したよな!? 参考画像も文章も送った。
 “よろしくお願いします!”って言ったじゃん……!」
「なのに“ラフです。これで納品完了とさせていただきます”って……。
 えっ……俺の心……」
 ─被害者は叫ぶ。叫んでも、絵は返ってこない。
 彼の心は空になり、チョコミントはぬるく溶けた。
 そこに現れたウラヌス。
 笑顔にナイフ、SNS地雷識別士。メスガキ特級。

「納品してくれる絵師かはメディア見ればわかるってばーwww」
「ソシャゲと飯と動物の画像しかあげてないの、地雷だよ?
 “描く気ないけど、義務感でSkeb受けてます”って言ってるようなもんじゃん」
 スマホ片手に表示される「地雷絵師リスト(更新日:今朝)」
「ウラちゃん特製“メディア欄で全てが分かるチェックリスト”」
 その有用性に誰も反論できず、カフェの一同が目を背ける。
 だがレイスは、呟いた。
「俺……“参考資料:副官”って送ったんだよな……カリストが、悪い……のか……?」 
 ─混濁する理性、病んだ納品履歴。
 今日もまた、誰かのSkebが戦場となる。

 笑いが収まりかけた頃、不意にサタヌスが呟いた。
 その声は冗談のようでいて、どこか刺さる現場のリアルを孕んでいた。
「あとよ、“絵は描いてねぇけどAI叩きだけは熱心”ってやつな」
 フォークをくるくる回しながら、目はどこか遠くを見ていた。
「あれ、魂より承認欲求で生きてんじゃねぇのかって思うわ」
「創作してないくせにAIの話題ばっかだと、そりゃAIに負けるだろって」
「あとNoRepostってプロフに書いてるのに、リポストされてるやつね~ww意味~」
 ─サタヌスの言葉は、妙にリアルだった。
 スラムで育ち、何も持たずに這い上がったサタヌスの言葉は。
 飾り気がないぶん、痛みを伴って鋭く届く。

「描いてねぇのに語りてぇ奴は……それ、ただの評論家じゃん」
 一瞬、カフェの時間が止まる。
 彼の発言に、ユピテルがニヤリと唇を歪めた。
「反AIに傾倒して、連載打ち切られた奴いたよな……」
「推し作家が壊れてくと、酒が美味い」
 明らかに誰かを彷彿とさせるその言い方。だが名は出さない。
 創作とは、時に崩壊と隣り合わせ。
 その様が地雷であろうと、ユピテルにとっては「コンテンツ」でしかない。
 そこで、カイネス博士が再び口を開いた。

「絵師という言葉を、調べ直すべきではないかね?」
「“技術を以て図像を描き出す者”という定義があるが……
 昨今は、“描くことを語る者”になっていないか?」
 知識の暴力。論理で殴るその発言は、誰の言葉よりも冷たく鋭い。
 一瞬で、場の温度が-30℃に下がった。
 スプーンを持ち上げかけていたサタヌスの手が止まる。

「……博士、それはもう殴ってるぞ」
 ツッコミなのか悲鳴なのか。
 レイスは何も言わず、溶けかけたミントアイスにフォークを突き刺した。
 「納期が……溶ける音がするな……」
 音がした気がした。誰の心か、アイスか、納期か、定かではない。
 その横でウラヌスが反応する。



「納期、溶けるの!? ちょっと待ってそれヤバくない!?
 “納期溶解系絵師”ってタグ作る!?流行らせる!?」
 最悪で最高のネーミングセンス。
 誰も望んでいないのに、語彙が増えていく。
「ウォーターマーク日に日にでかくなる絵師にいえよ」
「納期、溶けてるぞって」
 そして誰かが呟く。
「今日のランチ、話題重すぎない?」
 ─答えは風に溶け、納期と共に消えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...