嫉妬帝国エンヴィニア

兜坂嵐

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古代帝国の目覚め

禁呪「マナ・デストロイヤー」

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 ホログラムが再び切り替わり、映されたのは複数の石板群。
 一部は砕け、黒焦げになっていたが、魔導的に復元された断片には奇怪な記号が刻まれていた。
 メルクリウスは、その映像を背にしながら口を開いた。
「考古学界の第一人者─“マカベ・ド・ラグナ”教授が、これらの石板を解析された」
 静かな声が、講義室の空気を押し下げていく。
「そして判明した。“エンヴィニアは、滅んだ”」
 ユピテルが咥えていたポッキーの動きを止めた。
 誰もが一瞬、息を呑んだように音を失う。
「それは、神による審判ではなかった。「魔族の侵略でもない」
 メルクリウスは、ゆっくりとその目を開いた。
 そして、静かに言い放った。

「それは“なにとも分類できぬもの”」
「神に非ず、魔に非ず。あらゆる既知の理から外れた何かに──」
「エンヴィニアは、“致命的な浸食”を受けていたと分かったんだ」
 誰もが言葉を失った。
 ただ、レイスの指がひくりと、小さく痙攣した。
(……深淵だ)
 理屈で理解できないもの。説明がつかないもの。
 それが文明を殺したという“事実”だけが、ひたひたと迫ってくる。
 神よりも恐ろしく、魔よりも異質。
 “名前を持たない崩壊”が、エンヴィニアを蝕んでいた。
 講義室の空気が一瞬、張り詰めた。
 メルクリウスの口から語られた言葉が、静かに、しかし確実に空気を変える。

「……それを打ち払うため、エンヴィニアは大地中のマナを一気に放出した」
「だが、その代償は――あまりにも、あまりにも大きかった」
 映し出された古代の地図に、黒い染みのように広がる“死の海”。
「結果、国土は一夜にして“無酸素”と“無マナ”の死の領域と化した。
 あらゆる生命、魔法、文明を拒む……まさに“沈黙”そのものだ」
 それを聞いた瞬間だった。

「……無酸素? 無マナ?」
 レイスが呟く。目の奥に、どこか既視感のような違和感が過ぎる。
「……なんか……聞いたことあるぞ?」とガイウスが小さく声を漏らす。
 そしてサタヌスが、バッと前のめりになった。
「――あ!!」
 瞬間、記憶が再生された。先週金曜日の夜――
 ガイウス、サタヌス、レイスの三人はたまたまリビングに集まり。
 深夜の《魔界ロードショー》を観ていたのだ。
 タイトルは『ゴジラ(1954)』。
 そこに登場した眼帯の科学者――芹沢大助博士。
 “それ”は、まさにこの世の理を壊す兵器だった。
「――あの時の!」
「待て……まさか!」
「いや、嘘だろ……?」
 同時に顔を見合わせ、そして。シンクロで画面を指さす。
「芹沢博士じゃねぇかああああああ!!!!!!」
 講義室の空気が爆ぜた。
 一部のモブ生徒たちが椅子からずり落ちそうになり、メルクリウスが眼鏡を押し上げる。
 ユピテルは突然の絶叫に困惑するように、チョコ味ポッキーを口の奥でぱきりと嚙み砕いた。
「……芹沢?なんだそれ、今の叫び」
「たぶん映画。……こないだやってたやつね」
「水中で怪獣を殺すために使った化学兵器……?」
 プルトはいそいそと片手でスマホに「芹沢博士」と打ち込み検索開始。
 メルクリは、静かに言葉を継いだ。

「マナ・デストロイヤー。それが……エンヴィニアを滅ぼした超兵器の名だよ」
 教室の空気が、完全に凍りついた。
 そしてガイウスは、机に手をついて呟いた。
「説明不能の怪物に、得体の知れない兵器で応じた……完全に、ゴジラじゃねぇか……!」
 そして皆の脳裏に浮かんだ。
 あの金曜日、夜更けのリビングで見た、白黒の怪物。
 崩れ落ちるビル。逃げ惑う群衆。
 そして、海の底で静かに目を閉じる博士の姿――。
 奇しくも、古代エンヴィニアは現代のフィクションに“酷似”していた。
 それが偶然か、あるいは誰かが記憶の奥底にその“終焉”を残していたのか。
 今はまだ、誰にもわからなかった。

「では」
 教室の照明が再び落とされ、メルクリウスの声が静かに響いた。
「エンヴィニアを滅ぼした“超兵器”についてだ」
「これも、考古学界の第一人者・マカベ・ド・ラグナ教授のご協力でイメージ復元されたものだよ」
 黒板代わりの魔導モニターに、1つの物体の映像が投影された。
 円筒型の装置。全体はくすんだ金属光沢。所々から煙のようなマナの泡が吹き出している。



 メルクリウスは、一拍置いてから少しだけ口角を上げる。
「これが──禁呪兵器《マナ・デストロイヤー》である」
「……カッコいい名前だろう?」
 その場が一瞬静まり返ったのち。
「やっぱりィィィィ!!!」
 椅子がひっくり返りそうな勢いで立ち上がったのはサタヌスだった。
「な、なあ! 先週の金ローでやってたゴジラのやつ!! これと同じじゃなかったか!?」
 ガイウスも額に手をあてて呟く。
「まさかとは思ったが……筒のサイズも、気泡も、全部一致してる……ッ!!」
「えー、何それ? そんなに似てたんだ」
 レイスは黙って目を伏せたまま、拳を握る。
(……レヴィが“泡がきれいだった”って、笑ってたの……)
(まさか、その時すでに……)
「マナ・デストロイヤーについてまとめた資料を配布しよう。目を通したまえ」
 メルクリウスの声に従い、一人-また一人とプリントを受け取っていく。
 そこに書かれたスペックは「古代兵器」の範疇を越えていた。
 それは現代兵器に匹敵、いや現代兵器を優に超える「超兵器」だったのだ。

 名称
 マナ・デストロイヤー(Mana Destroyer)
 別名:「水中魔素破壊剤」/「神殺しの泡」

 種別
 超禁呪兵器(魔素根絶型)
 分類:水中限定・魔力殲滅装置

 主な効果
 発動と同時に、周囲の
 ・魔素
 ・命脈(生体連結魔力)
 ・記憶構造(霊的残滓)
 を根源的に破壊・消滅 させる。

 水中環境下に限り、 広範囲魔力干渉の制御が可能。
 効果範囲内に存在する:
 → 生物/霊体/神格/構造体 全てに対し
 → 「マナ死(Mana Death)」=魂の崩壊 を引き起こす。

 副作用および制限

 使用者自身も即死。
 ┗ 肉体・魂ともに破壊され、転生・召喚不可。
 陸上/空中では使用不能。
 ┗ 魔素の拡散制御が効かず、次元崩壊の恐れあり。
 発動地点は永久的にマナ供給不能。
 ┗ その領域は「虚無領域」と化し、現在の魔界でも復旧不可能。

 歴史的使用例(唯一の実戦記録)
 発動地:エンヴィニア帝国・王都
 結果:一夜にして帝国の中枢が壊滅
 → 海底に“虚無の泡”が広がり、無慟海(むどうかい)が形成される
 神竜教典に記載された「禁呪章」は抹消
 → 存在そのものが 長らく伝説扱い されていた

 備考
 この兵器の起動痕跡を示す地形、空間の「泡状マナ断裂」は。
 現在も 嫉妬界南部・無慟海 にて観測可能。
 また、当時の記録媒体や伝承は 一夜で失われたため、詳細は不明な点が多い。
  魔導院備考:このプリントは持ち帰り可。外部流出禁止。

 プリントを手に取った瞬間、教室内に奇妙な沈黙とざわめきが走る。
「……こ、こわ」
「魂ごと消えるって何それ」
「……でも、なにこの筒……めっちゃスタイリッシュじゃね?」
「ちょっと待て古代兵器のくせにかっこよすぎない?」
「そーゆーのってさ、普通もっと鉄球とか刃物とかわかりやすく怖いやつじゃん?」
「これなんか……オーパーツ感すご……」
「しかも“泡”が出るって……めっちゃ禍々しいのに美しいのズルい……」
「てか“無慟海の泡”ってこのこと!?マジだったの!?」
 中には「え、これのフィギュア欲しいんだけど」と言い出す子も現れ始める。
「これ……カッケェな、飾りてぇ」
「中二病こじらせるってレベルじゃねーぞ」
「でも“魅せ方”だけは最高ね…エンヴィニアってやっぱ美意識が狂ってる」
 サタヌスが身を乗り出し、叫んだ。

「なぁ!メルクリウス!マナデスを作ったのは誰だ!?いつ使われたんだよ!?」
 その声が教室に響いた瞬間、ざわついていた生徒たちの口がぴたりと止まる。
 全員の視線が、講義台の男――メルクリウスに集中する。
 彼は静かに、淡く微笑んだ。
「……誠に残念だが、ここまでしかわかっていないよ」
「えーーーーーー!!???」
 教室中に一斉へ上がる悲鳴のような不満の声。ユピテルまで「まじかァ~」と机に突っ伏す始末。
 メルクリウスは淡々と続ける。
「それ以上を知るには……そう、“時を遡る”しかないね」
 黒板を背にして、意味深な言葉を落とすと、指をひとつ立てて冗談めかす。
「おつかれさま、忘れ物しないでね。たとえば─未来の鍵とか」
 最後の言葉がひどく意味深で、そして自分でない誰かへ「託す」かのようだった。

「――え?終わり?終わっちゃったの!?今の!?」
 教室のドアが開いた瞬間、廊下に飛び出したモブ生徒が叫んだ。
「マナ・デストロイヤーってなに!!!」
「誰が作ったの!?なんで使ったの!?そこが一番気になるのにィィ!!」
 隣の生徒も壁を軽く殴りながら呟く。
「……くそぉ……創作のネタにして昇華してやる……。あのフォルム……絶対ラスボスが使うやつ……」
 もう一人は両手で頭を抱えながら階段を降りていく。
「ねぇ誰か“未来の鍵”ってなんの暗喩か教えて!?意味深すぎるってば!!」
 そんな中、ひとりだけ冷静な眼鏡男子がつぶやく。
「このタイミングで“時を遡るしかない”は完全にフラグ。俺、次回の講義録画して保存するわ」

 教室内ではまだ名残惜しそうにプリントを見つめる者たちがポツポツと残る。
 そんな騒ぎを背に、涼しい顔で退出しようとする神官。
 プリントで盛り上がる生徒たちを横目に。
「うん、今日も教育的効果はあったようだね」
 と満足げに呟き、笑みを浮かべ退室していった。
「……まさかあんな講義になるとはな……」
 レイスがスマホを握りしめながら、ぼそりと呟く。
 講義が終わり、生徒たちが熱気を残して騒ぎ続ける中、プルトが静かに立ち上がった。
「……先に戻りますね」
 そう一言だけを残し、彼女――マスターアサシンは音もなく教室を出ていく。
 その背中を目で追ったユピテルは、手元のポッキーを見下ろし。
 最後の一本を、無造作に咥えた。

「理論上――時空は斬れる」
 メルクリウスがそう言っていた。
 あの糸目の神官が、何気ない口調で告げたその一言が、やけに胸に残っていた。
「……本気で覚えるか。時空斬り」
 どこか飄々とした口調のまま、しかしその金の瞳には鋭い光が宿っていた。
 雷鳴のように、彼の決意が世界に走った気がした。
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