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古代帝国の目覚め
雷神-時を斬る
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講義を終えて、4人は揃って近所のカフェへと足を運んでいた。
魔導院を出たあと、誰も口には出さなかったが全員がモヤモヤしていたのだ。
サタヌスは椅子に沈み込んで愚痴る。
「マナデスってなんだよぉ……俺たちが今まで見てきた魔法兵器ってオモチャだったのかよ」
ガイウスは腕を組み、ふぅと息を吐いた。
「あらゆるものが桁違いだ……インフレって怖ぇな。
あんなん出てきたら、勇者も勇者じゃねぇ」
ヴィヌスはメニュー表を持ち上げて、軽く睨む。
「まぁいいけど。ところで、何飲むの?冷やかしはダメよ、私、甘いの頼むから」
そして数分後─4つのメロンソーダがテーブルに並んでいた。
「あれ?」
ヴィヌスが首をかしげる。
サタヌスも、ガイウスも、レイスまでも……同じ色のグラスを手にしていた。
「……店員にメロンソーダ大好きって覚えられちゃうわね」
そう言って、ヴィヌスは肩をすくめて苦笑いする。
チョコミント都市の余韻が、どこか炭酸の泡のように弾けていた。
カフェの厨房は、ランチタイムを終えてほっと一息ついた雰囲気に包まれていた。
バンズの焦げる匂いと洗い立てのマグカップの香りが交じり合い。
窓の外には午後の日差しがゆるく差し込んでいる。
キッチン奥ではベテランスタッフのハルカがバンズをひっくり返しつつ、新人のミサキに目配せをした。
ミサ キはソースのラベルを貼りながら、カウンター席の会話に耳を傾けている。
「最近、昼に来る若い子らさー、なんか……全員メロンソーダ頼まね?」
ハルカが言うと、手近なバイト男子も顔を上げた。
「え、マジまた?ほら、あのテーブル。今日も4人でメロンソーダ」
「昨日も魔導院の子たちが3人で来て、全員グリーンだったぞ」
ミサキが小声で続ける。
「私の友達も最近緑の小物にハマってるんです。元々緑系が好きだった子なんですけど」
「おー、それ流行ってんのか?やっぱエンヴィニア系?」
バンズをトレイに移しながらハルカが興味津々に返す。
ミサキは「なんかSNSで“炭酸の味しそう”とか、やたら盛り上がっていて」と。
スマホを取り出しかけたが、ふと店長の方を見て話を切り替えた。
「店長も?」
すると、シェフ帽の店長は一瞬だけ手を止め、ニヤリとした。
「私?私は流行には乗らない主義だが……」
そう言いながらも、冷蔵庫の奥に手を伸ばし、どこか誇らしげにメロンソーダの瓶を掲げてみせる。
「メロンソーダは好きだ」
一同が「あ~」と妙に納得した空気になり、再び厨房にはリラックスした笑い声が戻った。
「でもなぁ、あの色は映えるし流行りそうだわ。次の限定ドリンク、これ系で出す?」
「商品名“神竜大聖堂”でいいんじゃね?」
「いやそれはギリギリアウトだろ!!」
「でも、ほら“滅びの美学”ってやつ?最近は映えも大事だし……」
誰かがそう呟くと、窓の外からはテーブル席の若者たちが。
まるで新しい何かの象徴でも見るように緑色のグラスを掲げていた。
厨房の熱気とおしゃべり、ほんのり漂う“時代の空気”。
メロンソーダの泡みたいに、何気ない日常に流行がスッと溶け込んでいく――そんな瞬間だった。
その頃テーブルではレイスたち4人、無言でストローくるくるタイム中。
「……ぶっちゃけ、今俺ら、歴史のど真ん中いない?」
「炭酸が沁みる……」
「胃がしみる」
「泡、撮っとくか」
レイスがスマホを静かにメロンソーダへ向ける中。
レヴィアタンはぼんやりと、薄闇の中から映像を見つめていた。
無慟海。緑に沈む神竜大聖堂。
レイスの写真に、現代人たちの言葉がかぶさる。
「炭酸系古代都市」
「メロンソーダみたいな終焉」
「滅びまで美しい」とか。
「神話に出てくる都ってこんな感じだよね」とか。
「……何よ、炭酸系古代都市って!」
彼女は口元を引きつらせながら、画面に向かって吐き捨てる。
「滅び方まで含めて“言語化上手すぎ”なのよ、現代人、ほんと……妬くわよ」
その声は、呪いではなかった。
むしろ、愛されてしまったことへの……照れ隠し。
----
魔界都市ヴェルズロート、午前十四時。
食べ歩き散策を愉しむネプトゥヌスとウラヌスの足取りは。
自然と人気のアイスクリームショップ――ブリザード31に向かっていた。
ガラスケースに並ぶカラフルなアイスたち。
その中心に、ひときわ異彩を放つ限定フレーバーがあった。
「見て見てネプたん!」
ウラヌスが瞳をきらきらさせて、冷凍ケースに張り付くように身を乗り出した。
「“期間限定・エンヴィーグリーンだって!かわいくなーい!?」
見れば、アイスはまるで宝石を削ったような緑のグラデーション。
トップはソーダグリーン、真ん中は嫉妬を象徴するダークグリーン。
底にはほんのりと琥珀色のシロップが透けて見える。
アイスクリームショップ「ブリザード31」のショーケース前。
ネプトゥヌスはつい物珍しげに目を細めた。
ガラスの向こうに広がるカラフルなアイスたち、そのどれもが夏の陽射しに負けない輝きを放っている。
けれど、目を引かれたのはひときわ異彩を放つ限定フレーバー“エンヴィーグリーン”だった。
その鮮やかなグラデーションは、トップが澄み切ったソーダグリーン。
中央には嵐のようなダークグリーン、そして底には琥珀色のシロップがゆらめいている。
ウラヌスがはしゃぐ横で、ネプトゥヌスは心の奥にふわりとした違和感を抱いていた。
私の海といえば、どこまでも透き通った青が常識。
珊瑚礁、朝焼けを映す水平線。
あの、すべてを包み込むブルーこそが“海”の象徴だと思っていたのに。
けれど、今目の前にあるこのグリーンは。
まるで“嫉妬”や“願い”が何層にも重なって生まれた、物語のある色。
(……なんて美しい色なのでしょう)
思わず呟きそうになりながら、ネプトゥヌスは優雅に微笑んだ。
「まぁ……♪目にも鮮やかで美味しそうですわ」
ウラヌスに合わせて言葉をかけつつも。
ケース越しの“緑”に、青とは違う“海の物語”を見つけていた。
やがて注文したエンヴィーグリーンが手元に届き、小さなスプーンで一口すくう。
グリーンの氷粒が、舌の上でとろけてはじける。
「緑の海も……乙ですわね」
そう言った瞬間、ふと幼い頃の波打ち際が脳裏によみがえった。
どこまでも青い海、けれど、太陽の角度やサンゴの影。
一瞬だけエメラルドグリーンに染まった“あの景色”。
“青だけが海じゃない”、そんな当たり前のことを。
彼女はこのチョコミント色のアイスが教えてくれた気がした。
ショーケースの前、エンヴィーグリーンの爽やかな余韻がまだ口に残る。
ウラヌスは早速、両手にメニューを持って目をキラキラさせた。
「まず全員の味見用にエンヴィーグリーンをカップで1つね!」
迷いのない即決。もう“推し”は決まっている。
ネプトゥヌスは相変わらず上品な所作で。
「カリストさん用にプレーンバニラも購入いたしましょう」と店員に声をかける。
(彼女なりの気配りが抜け目ない)
ウラヌスは、となりで鼻歌まじりに続ける。
「え~とね、あとポッピングシャワー!ブリザードていえばこれだよね♪」
ケース越しに目をキラキラさせながら指をさし、店員も思わず苦笑い。
後ろのモブキッズが「ポッピングシャワー……!」とざわつくのもお約束。
「これ絶対セエレとプルトが取り合いになるやつー」
「でしたら2つにしておきましょうか」
「わかってる~!流石お姉さま!」
店員さんも「持ち帰り用ドライアイスお付けしますか?」と、夏の爆買いにプロの笑顔で対応。
アイスのフタを閉める音まで、なんだか冒険の続きみたいにワクワク弾んでいた。
---魔王城・時刻15時---
魔王城の廊下に、ゆるやかな午後の光が落ちていた。
カリストは寝ぐせを残したまま、だるそうに壁にもたれ、部屋着のジャージを羽織っている。
髪も結ばず、さらさらと肩まで流れた長髪が、歩くたびにふわりと揺れた。
「……んあ?」
廊下の奥から聞き覚えのある足音が近づく。
ユピテルだった。片手に刀を預け、コートは脱いで軽装――まさにオフモード。
「よぉカリスト。さっき起きたのか?」
気の抜けた声で、でもどこか笑っている。
カリストはぼんやりとしたまま、ユピテルを正面から見上げる。
「はぁい? ユピテル様……今起きたばかりで」
語尾ものびる、完全脱力モード。
両手で髪をかき上げながら、欠伸ひとつ。
ユピテルは苦笑い。
「そっか、オフ日か。なら付き合えとは言わねぇ。俺、素振りしてくる」
カリストはほんの一拍間を置き。
「あー……そしたら、演習場がいいですよ」
手を軽く振って、廊下の奥を顎で指す。
「今日は休みで貸し切りですし、騒いでも誰も来ませんから」
「おう、ありがとな」
ユピテルは刀を肩にかけたまま、軽く手を振る。
靴音も心なしか軽やかだ。
カリストは、行き過ぎる雷神の背をぼんやり眺めていた。
窓から射す光に、ユピテルの金色の髪がちらりと反射する。
何か言い足すでもなく、ただ、いつも通りの二人。
カリストは再び壁にもたれ、のんびりと溜め息をつく。
「……今日はのんびり、しようか」
そう呟いて、少しだけ目を閉じた。
遠ざかるユピテルの足音が、昼下がりの魔王城に静かに響く。
変わらない休日の音――それが、今はなんだか心地よかった。
----演習場
午後の演習場。
太陽は傾きはじめ、床に長い影を落としていた。
静寂の中、ユピテルはひとり――その姿からは、普段の軽薄さのかけらもない。
黒いマントをはらい、静かに刀を抜く。
その名は――舞雷(ぶらい)。
ユピテルはゆっくりと刃を見つめ。
まるで相棒に語りかけるように、低く、真剣な声を落とす。
「舞雷」
「俺は、てめぇはこの世で一番の別嬪さンだと思ってる」
「だから信じてるぜ、お前が時を斬れる刀だって」
その言葉に呼応するように、刀身に雷光が宿る。
空気がピリリと張り詰める――“雷神”が、ここに降臨する。
ユピテルの視線は、もう誰にも向けられていない。
ただ、目の前の“未来”だけを見据えていた。
空気を裂く、鋭い一閃。
ユピテルが舞雷を抜いた瞬間、演習場の空間がビリッと歪む。
次の瞬間、場内の分厚い柱が音を立てて、見事に真っ2つになって崩れ落ちた。
静寂。
風のような間をおいて、落ちる柱の破片にさえ雷が纏わりついている。
ユピテルは納刀もせず、低く舌打ちをする。
「チッ!まだ空間しか斬れねぇ……俺は時が斬りたいンだ」
規模がおかしい。
わずかに焦げた柱の破片を見下ろして、満足そうな顔は一切見せない。
彼の狙いは、“次元”の先――時そのものをぶった斬ることだった。
規格外の目標を“当然”のように言い放つ雷神。
誰もいない演習場で、狂気と信念が交錯する!
雷鳴とともに、居合いの構えから繰り出された一閃。
空間がひび割れ、演習場の大地すら亀裂が走る。
だがユピテルは満足しない。
静かに刀を納め、しばらく目を閉じる。
「空間は斬れる——」
「次は、時だ。見えぬものを斬る」
刀身をポン、ポン、と指先で軽く叩く。
演習場の静けさの中、ユピテルの頭の奥で秒針がカチカチ……と鳴り響く。
(……聴こえる。俺の中で“時”が動いてる)
(“今”も、“さっき”も、“これから”も——全部1つの流れだ)
カッと目を見開いた瞬間、世界の色がほんの一瞬だけ、褪せた。
「そこだ」
ユピテルはさらに深く腰を落とし、今までで一番低い居合いの体勢に入る。
背後で雷光が舞い、空間がバリバリと歪み始める。
刀を抜く直前、時間そのものが“静止”したかのように、すべての音が消える。
次の瞬間、ユピテルの刀が閃いた。
バキィッ――!
斬撃の軌跡が、空間だけでなく“時の流れ”そのものを切り裂いた。
空間に走る裂け目が、やがて何もなかったはずの空白に吸い込まれ。
演習場の景色すら“ズレ”ていく。
雷神ユピテルがついに、“時を斬る”居合を完成させたその瞬間だった。
カリストは部屋のソファに沈み。
「……今日はよく寝たな」
そう呟きながらスマホを手に取った。
だが画面に表示された時刻を見て、首をかしげる。
「アレ?私けっこう寝たつもりなのに……」
指でスワイプし、何度も画面をタップ。
「スマホの時間が、10分しか進んでいません」
時計も、窓の外の光も、すべてが“止まったような”静けさ。
胸の奥で、何かが引っかかる。
ユピテル様、素振りしてくると言ってたな。
その瞬間、全身に緊張が走る。
カリストはガバッと体を起こし、眠そうだった目が一瞬で鋭く光を取り戻す。
「……まさか!」
床に投げ出していたジャージを脱ぎ捨て、クローゼットから真っ白な軍服を引き抜く。
髪を後ろで手早く結い、軍帽をぐいっとかぶった。
鏡越しに己の姿を確かめる。
そこには、もう“脱力系ジャージ男子”の面影はない。
「“時”の乱れ……これは、ユピテル様の仕業だ」
副官カリスト、完全覚醒。
廊下へ駆け出し、演習場へと向かうその姿は、迷いも眠気も一切なかった。
演習場に駆けつけたカリストは。
いつものユピテルのお気楽そうな笑顔――を見つける。
しかし、その背後。
空間に大きく走る“亀裂”。
それは、物理的な傷ではない。
空間が、時間が、明らかに裂けている。
ユピテルは軽く肩をすくめて振り返り。
「カリスト、舞雷はやっぱ別嬪さンだな。やってくれたよ」
と、相棒の刀を撫でる仕草を見せた。
カリストは裂け目を凝視したまま、声を失う。
「これは……まさか……」
ユピテルはにやりと笑い。
「ユピテル・ケラヴノス。時空斬り、会得したり」
と、さらりと言い放つ。
そのまま満足げに煙管を取り出し、静かに紫煙をくゆらせた。
裂け目の向こうには、見慣れぬ景色。
古代の神殿のような、エンヴィニア帝国の幻影が浮かび上がっている。
カリストは、これは夢ではないことを確信するしかなかった。
魔導院を出たあと、誰も口には出さなかったが全員がモヤモヤしていたのだ。
サタヌスは椅子に沈み込んで愚痴る。
「マナデスってなんだよぉ……俺たちが今まで見てきた魔法兵器ってオモチャだったのかよ」
ガイウスは腕を組み、ふぅと息を吐いた。
「あらゆるものが桁違いだ……インフレって怖ぇな。
あんなん出てきたら、勇者も勇者じゃねぇ」
ヴィヌスはメニュー表を持ち上げて、軽く睨む。
「まぁいいけど。ところで、何飲むの?冷やかしはダメよ、私、甘いの頼むから」
そして数分後─4つのメロンソーダがテーブルに並んでいた。
「あれ?」
ヴィヌスが首をかしげる。
サタヌスも、ガイウスも、レイスまでも……同じ色のグラスを手にしていた。
「……店員にメロンソーダ大好きって覚えられちゃうわね」
そう言って、ヴィヌスは肩をすくめて苦笑いする。
チョコミント都市の余韻が、どこか炭酸の泡のように弾けていた。
カフェの厨房は、ランチタイムを終えてほっと一息ついた雰囲気に包まれていた。
バンズの焦げる匂いと洗い立てのマグカップの香りが交じり合い。
窓の外には午後の日差しがゆるく差し込んでいる。
キッチン奥ではベテランスタッフのハルカがバンズをひっくり返しつつ、新人のミサキに目配せをした。
ミサ キはソースのラベルを貼りながら、カウンター席の会話に耳を傾けている。
「最近、昼に来る若い子らさー、なんか……全員メロンソーダ頼まね?」
ハルカが言うと、手近なバイト男子も顔を上げた。
「え、マジまた?ほら、あのテーブル。今日も4人でメロンソーダ」
「昨日も魔導院の子たちが3人で来て、全員グリーンだったぞ」
ミサキが小声で続ける。
「私の友達も最近緑の小物にハマってるんです。元々緑系が好きだった子なんですけど」
「おー、それ流行ってんのか?やっぱエンヴィニア系?」
バンズをトレイに移しながらハルカが興味津々に返す。
ミサキは「なんかSNSで“炭酸の味しそう”とか、やたら盛り上がっていて」と。
スマホを取り出しかけたが、ふと店長の方を見て話を切り替えた。
「店長も?」
すると、シェフ帽の店長は一瞬だけ手を止め、ニヤリとした。
「私?私は流行には乗らない主義だが……」
そう言いながらも、冷蔵庫の奥に手を伸ばし、どこか誇らしげにメロンソーダの瓶を掲げてみせる。
「メロンソーダは好きだ」
一同が「あ~」と妙に納得した空気になり、再び厨房にはリラックスした笑い声が戻った。
「でもなぁ、あの色は映えるし流行りそうだわ。次の限定ドリンク、これ系で出す?」
「商品名“神竜大聖堂”でいいんじゃね?」
「いやそれはギリギリアウトだろ!!」
「でも、ほら“滅びの美学”ってやつ?最近は映えも大事だし……」
誰かがそう呟くと、窓の外からはテーブル席の若者たちが。
まるで新しい何かの象徴でも見るように緑色のグラスを掲げていた。
厨房の熱気とおしゃべり、ほんのり漂う“時代の空気”。
メロンソーダの泡みたいに、何気ない日常に流行がスッと溶け込んでいく――そんな瞬間だった。
その頃テーブルではレイスたち4人、無言でストローくるくるタイム中。
「……ぶっちゃけ、今俺ら、歴史のど真ん中いない?」
「炭酸が沁みる……」
「胃がしみる」
「泡、撮っとくか」
レイスがスマホを静かにメロンソーダへ向ける中。
レヴィアタンはぼんやりと、薄闇の中から映像を見つめていた。
無慟海。緑に沈む神竜大聖堂。
レイスの写真に、現代人たちの言葉がかぶさる。
「炭酸系古代都市」
「メロンソーダみたいな終焉」
「滅びまで美しい」とか。
「神話に出てくる都ってこんな感じだよね」とか。
「……何よ、炭酸系古代都市って!」
彼女は口元を引きつらせながら、画面に向かって吐き捨てる。
「滅び方まで含めて“言語化上手すぎ”なのよ、現代人、ほんと……妬くわよ」
その声は、呪いではなかった。
むしろ、愛されてしまったことへの……照れ隠し。
----
魔界都市ヴェルズロート、午前十四時。
食べ歩き散策を愉しむネプトゥヌスとウラヌスの足取りは。
自然と人気のアイスクリームショップ――ブリザード31に向かっていた。
ガラスケースに並ぶカラフルなアイスたち。
その中心に、ひときわ異彩を放つ限定フレーバーがあった。
「見て見てネプたん!」
ウラヌスが瞳をきらきらさせて、冷凍ケースに張り付くように身を乗り出した。
「“期間限定・エンヴィーグリーンだって!かわいくなーい!?」
見れば、アイスはまるで宝石を削ったような緑のグラデーション。
トップはソーダグリーン、真ん中は嫉妬を象徴するダークグリーン。
底にはほんのりと琥珀色のシロップが透けて見える。
アイスクリームショップ「ブリザード31」のショーケース前。
ネプトゥヌスはつい物珍しげに目を細めた。
ガラスの向こうに広がるカラフルなアイスたち、そのどれもが夏の陽射しに負けない輝きを放っている。
けれど、目を引かれたのはひときわ異彩を放つ限定フレーバー“エンヴィーグリーン”だった。
その鮮やかなグラデーションは、トップが澄み切ったソーダグリーン。
中央には嵐のようなダークグリーン、そして底には琥珀色のシロップがゆらめいている。
ウラヌスがはしゃぐ横で、ネプトゥヌスは心の奥にふわりとした違和感を抱いていた。
私の海といえば、どこまでも透き通った青が常識。
珊瑚礁、朝焼けを映す水平線。
あの、すべてを包み込むブルーこそが“海”の象徴だと思っていたのに。
けれど、今目の前にあるこのグリーンは。
まるで“嫉妬”や“願い”が何層にも重なって生まれた、物語のある色。
(……なんて美しい色なのでしょう)
思わず呟きそうになりながら、ネプトゥヌスは優雅に微笑んだ。
「まぁ……♪目にも鮮やかで美味しそうですわ」
ウラヌスに合わせて言葉をかけつつも。
ケース越しの“緑”に、青とは違う“海の物語”を見つけていた。
やがて注文したエンヴィーグリーンが手元に届き、小さなスプーンで一口すくう。
グリーンの氷粒が、舌の上でとろけてはじける。
「緑の海も……乙ですわね」
そう言った瞬間、ふと幼い頃の波打ち際が脳裏によみがえった。
どこまでも青い海、けれど、太陽の角度やサンゴの影。
一瞬だけエメラルドグリーンに染まった“あの景色”。
“青だけが海じゃない”、そんな当たり前のことを。
彼女はこのチョコミント色のアイスが教えてくれた気がした。
ショーケースの前、エンヴィーグリーンの爽やかな余韻がまだ口に残る。
ウラヌスは早速、両手にメニューを持って目をキラキラさせた。
「まず全員の味見用にエンヴィーグリーンをカップで1つね!」
迷いのない即決。もう“推し”は決まっている。
ネプトゥヌスは相変わらず上品な所作で。
「カリストさん用にプレーンバニラも購入いたしましょう」と店員に声をかける。
(彼女なりの気配りが抜け目ない)
ウラヌスは、となりで鼻歌まじりに続ける。
「え~とね、あとポッピングシャワー!ブリザードていえばこれだよね♪」
ケース越しに目をキラキラさせながら指をさし、店員も思わず苦笑い。
後ろのモブキッズが「ポッピングシャワー……!」とざわつくのもお約束。
「これ絶対セエレとプルトが取り合いになるやつー」
「でしたら2つにしておきましょうか」
「わかってる~!流石お姉さま!」
店員さんも「持ち帰り用ドライアイスお付けしますか?」と、夏の爆買いにプロの笑顔で対応。
アイスのフタを閉める音まで、なんだか冒険の続きみたいにワクワク弾んでいた。
---魔王城・時刻15時---
魔王城の廊下に、ゆるやかな午後の光が落ちていた。
カリストは寝ぐせを残したまま、だるそうに壁にもたれ、部屋着のジャージを羽織っている。
髪も結ばず、さらさらと肩まで流れた長髪が、歩くたびにふわりと揺れた。
「……んあ?」
廊下の奥から聞き覚えのある足音が近づく。
ユピテルだった。片手に刀を預け、コートは脱いで軽装――まさにオフモード。
「よぉカリスト。さっき起きたのか?」
気の抜けた声で、でもどこか笑っている。
カリストはぼんやりとしたまま、ユピテルを正面から見上げる。
「はぁい? ユピテル様……今起きたばかりで」
語尾ものびる、完全脱力モード。
両手で髪をかき上げながら、欠伸ひとつ。
ユピテルは苦笑い。
「そっか、オフ日か。なら付き合えとは言わねぇ。俺、素振りしてくる」
カリストはほんの一拍間を置き。
「あー……そしたら、演習場がいいですよ」
手を軽く振って、廊下の奥を顎で指す。
「今日は休みで貸し切りですし、騒いでも誰も来ませんから」
「おう、ありがとな」
ユピテルは刀を肩にかけたまま、軽く手を振る。
靴音も心なしか軽やかだ。
カリストは、行き過ぎる雷神の背をぼんやり眺めていた。
窓から射す光に、ユピテルの金色の髪がちらりと反射する。
何か言い足すでもなく、ただ、いつも通りの二人。
カリストは再び壁にもたれ、のんびりと溜め息をつく。
「……今日はのんびり、しようか」
そう呟いて、少しだけ目を閉じた。
遠ざかるユピテルの足音が、昼下がりの魔王城に静かに響く。
変わらない休日の音――それが、今はなんだか心地よかった。
----演習場
午後の演習場。
太陽は傾きはじめ、床に長い影を落としていた。
静寂の中、ユピテルはひとり――その姿からは、普段の軽薄さのかけらもない。
黒いマントをはらい、静かに刀を抜く。
その名は――舞雷(ぶらい)。
ユピテルはゆっくりと刃を見つめ。
まるで相棒に語りかけるように、低く、真剣な声を落とす。
「舞雷」
「俺は、てめぇはこの世で一番の別嬪さンだと思ってる」
「だから信じてるぜ、お前が時を斬れる刀だって」
その言葉に呼応するように、刀身に雷光が宿る。
空気がピリリと張り詰める――“雷神”が、ここに降臨する。
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ただ、目の前の“未来”だけを見据えていた。
空気を裂く、鋭い一閃。
ユピテルが舞雷を抜いた瞬間、演習場の空間がビリッと歪む。
次の瞬間、場内の分厚い柱が音を立てて、見事に真っ2つになって崩れ落ちた。
静寂。
風のような間をおいて、落ちる柱の破片にさえ雷が纏わりついている。
ユピテルは納刀もせず、低く舌打ちをする。
「チッ!まだ空間しか斬れねぇ……俺は時が斬りたいンだ」
規模がおかしい。
わずかに焦げた柱の破片を見下ろして、満足そうな顔は一切見せない。
彼の狙いは、“次元”の先――時そのものをぶった斬ることだった。
規格外の目標を“当然”のように言い放つ雷神。
誰もいない演習場で、狂気と信念が交錯する!
雷鳴とともに、居合いの構えから繰り出された一閃。
空間がひび割れ、演習場の大地すら亀裂が走る。
だがユピテルは満足しない。
静かに刀を納め、しばらく目を閉じる。
「空間は斬れる——」
「次は、時だ。見えぬものを斬る」
刀身をポン、ポン、と指先で軽く叩く。
演習場の静けさの中、ユピテルの頭の奥で秒針がカチカチ……と鳴り響く。
(……聴こえる。俺の中で“時”が動いてる)
(“今”も、“さっき”も、“これから”も——全部1つの流れだ)
カッと目を見開いた瞬間、世界の色がほんの一瞬だけ、褪せた。
「そこだ」
ユピテルはさらに深く腰を落とし、今までで一番低い居合いの体勢に入る。
背後で雷光が舞い、空間がバリバリと歪み始める。
刀を抜く直前、時間そのものが“静止”したかのように、すべての音が消える。
次の瞬間、ユピテルの刀が閃いた。
バキィッ――!
斬撃の軌跡が、空間だけでなく“時の流れ”そのものを切り裂いた。
空間に走る裂け目が、やがて何もなかったはずの空白に吸い込まれ。
演習場の景色すら“ズレ”ていく。
雷神ユピテルがついに、“時を斬る”居合を完成させたその瞬間だった。
カリストは部屋のソファに沈み。
「……今日はよく寝たな」
そう呟きながらスマホを手に取った。
だが画面に表示された時刻を見て、首をかしげる。
「アレ?私けっこう寝たつもりなのに……」
指でスワイプし、何度も画面をタップ。
「スマホの時間が、10分しか進んでいません」
時計も、窓の外の光も、すべてが“止まったような”静けさ。
胸の奥で、何かが引っかかる。
ユピテル様、素振りしてくると言ってたな。
その瞬間、全身に緊張が走る。
カリストはガバッと体を起こし、眠そうだった目が一瞬で鋭く光を取り戻す。
「……まさか!」
床に投げ出していたジャージを脱ぎ捨て、クローゼットから真っ白な軍服を引き抜く。
髪を後ろで手早く結い、軍帽をぐいっとかぶった。
鏡越しに己の姿を確かめる。
そこには、もう“脱力系ジャージ男子”の面影はない。
「“時”の乱れ……これは、ユピテル様の仕業だ」
副官カリスト、完全覚醒。
廊下へ駆け出し、演習場へと向かうその姿は、迷いも眠気も一切なかった。
演習場に駆けつけたカリストは。
いつものユピテルのお気楽そうな笑顔――を見つける。
しかし、その背後。
空間に大きく走る“亀裂”。
それは、物理的な傷ではない。
空間が、時間が、明らかに裂けている。
ユピテルは軽く肩をすくめて振り返り。
「カリスト、舞雷はやっぱ別嬪さンだな。やってくれたよ」
と、相棒の刀を撫でる仕草を見せた。
カリストは裂け目を凝視したまま、声を失う。
「これは……まさか……」
ユピテルはにやりと笑い。
「ユピテル・ケラヴノス。時空斬り、会得したり」
と、さらりと言い放つ。
そのまま満足げに煙管を取り出し、静かに紫煙をくゆらせた。
裂け目の向こうには、見慣れぬ景色。
古代の神殿のような、エンヴィニア帝国の幻影が浮かび上がっている。
カリストは、これは夢ではないことを確信するしかなかった。
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