嫉妬帝国エンヴィニア

兜坂嵐

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番外編

死を喰え2025-4

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 扉が開いた瞬間、全員が息を呑んだ。
 地下の大空洞――かつて王都が崩れたあと、その真下に構築された霊性農園。
 天井は見えない。そこに広がっていたのは、濃緑に染まったキノコの森だった。
 どの傘も異様に大きく、いびつな曲線と斑点模様を浮かべている。
 まるでそれぞれが“顔”のようだ。
 地下の空気はじっとりと湿っており、甘ったるく発酵した臭気が漂っていた。

 地表には何百、何千もの小さな札が打ち込まれている。
 その下に何があるかは、見なくてもわかる。
 王族の処刑者、罪人、戦死者、そして“嫉妬を食われた”者たち。

 レイスは群生したキノコの群れを見つめ、真顔のまま鼻で笑った。
 だがその目は笑っていなかった。
「……これが、王族たちが“弱者救済”を続けられる要か……」
「死体からキノコ生やして、その粉をパンに……」
 淡々と呟いたあと、ゆっくりと振り返って言い放つ。
「……オイ、マリオじゃねぇか景色が」
 一瞬の静寂のあと、サタヌスが叫んだ。

「1UPキノコじゃねぇかああああああ!!」
「あれだろ!あのテレレ~ン♪て鳴るやつううう!!」
「ウラヌス、鳴らしてみろ!口でッ!!」
 ウラヌスは笑いながら、両手を掲げて言う。
「ででっ↑でっでっ☆彡(マリオSE風)」
 キノコのひとつにジャンプして軽く乗った。
 ぐにゃっと沈んで「死体感ある~~!!」とさらに爆笑。倫理などない。
 レイスは腰に手を当て、冷笑を浮かべながら呟いた。

「地獄のど真ん中でゲームしてんじゃねぇよ」
 ユピテルは笑いながらも、左手で空気中の魔素濃度を測りつつ言った。
「……でも、こいつら魔力濃度クソ高ぇな。
 ふわふわなパンの秘密、多分ここだぜ」
 その時、キノコの根元で不穏に脈打つ“球体”がひとつ。
 人の顔のように見えた。

 ぬかるんだ温室の一角。
 キノコの根元を踏みしめた瞬間、レイスは直感的に察した。
「……おい」
 声が低くなる。
 その場にいた全員の動きが止まった。
 レイスは泥を手ですくい、つまむ。
 やや赤黒く変色した土壌。そこに、指先ほどの白骨の一部が混じっていた。
「これ、死体だぜ」
 誰も即座に言葉を返さなかった。
 だが次の瞬間――レイスは口元を歪めて言い放つ。
「やっべぇな。SDGsじゃねぇか」
 静寂を破ったその一言に、サタヌスが盛大に噴いた。
「お前、それは地球環境に謝れ」



 一方、ウラヌスはというと、既に両目が輝いていた。
「えっ♡じゃあこの間のパン、元・大臣だった可能性あるの!?ヤッバ♡」
「キノコだいしゅきクラブ~~~!結成~~~☆彡」
 彼女はもはやピースサインを浮かべ、毒々しいキノコの傘に頬を擦りつけそうな勢いだった。
 なお、それは“魔素過多で3日後に発火する”と注意書きがある。

 サタヌスは眉をひそめたまま地面を蹴り、呟いた。
「スラムでも、ここまでエグくはなかったな……俺が知らんだけか……?」
 その中で、ただ一人、冷静すぎる声が空気を切った。
「知ってるよ」
 ユピテルだった。
 右手に持った紙コップからコーヒーを一口。
 左手で何気なく、土壌の温度を測る。

「効率的だ。水も魔素も要らねぇ。
 死体さえあれば、勝手に増える」
「回収、培養、配布……社会が回る。いい素材だ」
 一瞬の間を置き、彼は一言だけ付け加えた。
「ただし……可食かどうかは別としてな」
 その瞬間、背後のキノコが“くつくつ……”と音を立てて発光した。
 それは感情に反応する、妬みのキノコ。
 ここに眠るのが、“元・人間の未練”だという様に。
 キノコ温室―いや、“マッシュネクロポリス”とコードネームで呼ばれた霊性農園の中心部。
 異様な静けさが数秒続いたあと、不意に空間が“にじむ”ように歪んだ。

 地下温室の最奥。
 ひときわ大きな菌床に囲まれたその空間は、まるで円形劇場のように広がっていた。
 天井には青緑の胞子灯がまたたき、薄暗い霧が床を這う。
 その中央に、“それ”は立っていた。
 いや―正確には、「立っていたような残骸」だった。
 腐りかけの王族軍装。溶けたように崩れた顔面。頭部からはキノコが幾本も生え。
 その口元は、かろうじて人間のように笑っていた。

「おやぁ~?下等生物♪」
 酷く聞き覚えのある声に、四人同時にびくりと肩を震わせ振り返る。
 響くのは、あまりにも馴染みのある皮肉混じりの声。
 その姿は、黒スーツに身を包み、金色の眼を細めて笑う青年のものだった。
 黒髪に褐色の肌、気取ったように腕を広げながら、まるで舞台役者のように現れる。
「こんなところに来るなんて、ひ・ま・だ・ねぇ♡」
「いやぁ……相変わらず、愚かな種族の好奇心には感服するよ」
 サタヌスは即座に指を鳴らし、あからさまに眉をひそめた。

「暇なのはてめーだろ、社長」
「このキノコ式配給システム、お前の入れ知恵か?」
 アンラは肩をすくめ、涼しい顔で笑う。
「いやいやぁ? まぁ確かに、助言はしたかもねぇ……ふふふ」
「“死は栄養、嫉妬は資源”って言葉、流行ってるらしいじゃないか?」
 アンラ・マンユは笑った。軽く、口元を抑えて、演技がかった声で。
 ユピテルがコーヒーを飲みながら、面倒そうに顔をしかめる。

「出たよ、嘲笑パッチ……」
「こいつ、魔界経済の黒幕ごっこやってるときが一番タチ悪いんだよなぁ」
 レイスが冷たい目で睨む。
「……マジでSDGsの地獄担当かよ、あんた」
「マリオステージに毒を撒いた戦犯だな」
 だが次の瞬間、アンラの笑みが鋭くなる。
「ところで君たち、エンヴィニアに転移してから――まったく戦っていないようじゃないか?」
 全員が息を止めた。
「食べてばっかりじゃ、駄目になるよぉ?
 やっぱり適度な戦闘と恐怖って、必要ではないかね?」
 その瞬間、地面が“もぞっ……”と揺れた。
 ぬるりと地面から這い出す、巨大な胞子の集合体。
 その中に、明らかに“人の形”を残したものが浮かんでいる。

 肉体の大半は既にキノコと化し、顔は朽ち。
 残された僅かな皮膚に“宰相の印章”が刻まれていた。
 元・王都の参謀長。かつて政治を担った知将。
 今はただの菌類の器。アノマリー化した半死体。
「我が名は………こ゛お゛……お゛……」
「嫉妬……喰エ……嫉妬、供ヨ……!!」
 それは完全に人であることを捨てた“アノマリー”だった。
 全身にキノコを生やしながら、もぞもぞと蠢き、時折、王族の名を口ずさむ。
 アンラ・マンユは笑う。
 口元を隠し、恍惚とした表情で。

「私が“中ボス”というやつを、けしかけてあげよう」
「所謂ウォーミングアップだ。感謝したまえよ?」
 アンラ・マンユは愉悦の笑みを浮かべ、黒スーツの袖口を整える。
 その立ち姿はまるで社交界の貴族のように優雅で、だが声は禍々しかった。
「さて、可愛いクロノチームの皆さん」
「これからお見せするのは、私の“作品”のひとつ……」
 その瞬間、声がぐにゃりと歪んだ。
 空間が一度バグったようにノイズが走り、次の単語だけがかき消された。
「――第(ザー)番」
 ノイズが音のように空気を裂いた。
 一瞬、誰もが目を細め、耳をそばだてる。

「おっと、聞こえなかった?フフッ……まぁ、いいさ」
 アンラ・マンユは優雅に指を鳴らした。
「さあ、楽しんでいくといい!」
 彼の姿が消えると同時に、地面が跳ね上がった。
 粘液と胞子が一斉に吹き上がり、巨大な黒緑のキノコが地を割って生える。
 その中心から、異形のものが立ち上がる。
 かつては人だった。
 だが今は“培養物”でしかない。
 アノマリー・ミニスター。
 別名、キノじい(偽)。

 その姿を見たウラヌスは叫んだ。
「キノじいキタ~~~~~!!!!!」
 レイスが即座に食い気味で返す。
「マリオじゃねーか、やっぱ!!」
 それでも空気は切り裂かれる。
 地面が鳴り胞子が吹き出す、戦いが始まる。
 ユピテルは静かに刀の鞘に手をかけた。
 まるで儀式のように、目を閉じ、わずかに呟く。

「……舞雷、獲物だ」
 カチャ。
 その音が、戦場に火をつけた。

 火が効く。
 それは見てすぐに分かった。
 キノじい(偽)の胞子膜は、炎に触れた瞬間みるみる焦げ。
 発火点を超えた個体は呻きながら地面に倒れた。
 だが問題は、すぐに“逃げる”ことだった。
「水路に逃げ込みやがった!くそ、キノコの癖に賢いな」
 レイスが叫ぶ。追撃に移ろうとした瞬間、背後から粘液がはね返り、足元を滑らせる。

「多分、炎が見えたら水路に退避するんだよ、アイツww」
 ウラヌスはぴょんと配管に飛び乗って、得意げに観察していた。
「キノコのくせに危機回避できるとか、生物学的にズルいよね☆」
「……あぁいう臆病なやつ、仕留めにくいんだよなぁ……!」
 サタヌスは舌打ちしながらナイフを構えたが、すでに敵は水路の奥へと引っ込んでいる。
 そのとき不意に、雷の音がしない方向から、シューッという間抜けな音が聞こえた。
 ユピテルが、持参の殺虫スプレーをしゅっしゅと撒いていた。
「虫多いなここ、ほんといやだわぁ……。
 俺、カゲロウとか見るだけで湿疹出るんだよね。あー無理無理……」
 その姿を見たレイスが、不意にぴくりと眉を動かした。
 一瞬の沈黙。
 そして、ニヤリと笑った。

「なぁユピテル……お前、知ってるか?」
「ん?」
「スプレーの噴射口にタバコくっつけると……即席火炎放射器になる」
 ユピテルの目が細くなった。
 にやりと、口元が吊り上がる。

「……マジでやるのかい、主役さんよ?」
 レイスはタバコを一本、口にくわえたまま抜き取り。
 小型のスプレー缶の先にくっつけてみせた。
「“逃げるやつ”にはこれで十分―焼き討ちだ!!」
 ユピテルが雷の火種を指先に宿す。
 レイスのライター代わりに、指先でスッと火をつける。
 即席の火炎放射器が唸りを上げ、奥の水路に逃げ込んだキノじい(偽)の群れへ向け。
 猛然と業火の舌を伸ばした。



「やったれッ!クソキノコ、焼いて喰ってやるわァ!!」
「SDGsの極地見せたるッ!!!」
(※火炎放射しながらSDGs叫ぶ倫理破壊コンボ)
 熱風が唸り、逃げ場の失われた胞子たちが断末魔のように空気を震わせる。
 その中心に、ただひとつ……焼かれながら、喋るキノコがあった。

「……“カリス、ト……第、弐区……メン、テナンス記録……”」
 レイスが表情を変えた。
「今……言ったな、カリストって」
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