嫉妬帝国エンヴィニア

兜坂嵐

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妬羨

ブリュレは時空を超える

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 聖都エンヴィニア商店街。
 瓦屋根が並ぶ路地に、淡い翡翠色の灯りがともる。
 露天の屋台には、何故か現代的なパッケージ菓子が並び。
 そのどれもが「翠の甘味」と称して鮮やかなエメラルドグリーンを誇っている。
 だがその味には、魂を殴りにくる系のヤバさが潜んでいた。

 ウラヌスはパッケージを両手で掲げながら、目をキラッキラさせて跳ね回っている。
 笑顔が眩しい。脳が焼けるレベルで楽しそうだ。
「なにコレぇぇ~!? 特級呪物じゃん♡
 逆に持ち帰ったら怒られるやつ!! “罰ゲームです”って言えるやつぅ!!」
 ひときわ毒々しい翠色をした《嫉焔抹茶ボンボン》を手に持ち、ワクワク全開の顔。
 サタヌスはその横で爆笑していた。いや、爆笑というよりも、もはや断末魔。
「特級呪物スイーツってなんだよぉぉぉ!!」
「ヒャヒャヒャッヒャッヒャッハ!! ギャーハッハッハッハ!!」
 ひとたびツボに入ると止まらない性質である。
 膝に手をついて大爆笑、顔は真っ赤、息はゼーゼー、完全に呼吸困難寸前。

 ユピテルは一歩引いた位置から、その騒ぎを見つめていた。
 手にしていた“妬焔マカロン”をぐっと見つめる。
 濃緑のマカロンに、紅い筋のようなチョコレート……いや、違う、これは“感情”だ。
 何らかの呪的構文で編まれた「情念の塊」みたいな見た目だった。
「……カリスト……俺、帰りたい」
 ユピテルの目が完全に“現実”を見ていた。真顔。
 何一つ楽しくない、哀しみを悟った者の瞳。
 彼の愛刀・舞雷が、帯電したかのように「びり……っ」と微かに震えた。
 たぶん喜んでいた。

 訳:お前らが楽しいと、私も楽しいなぁ~~~♪ 

 エンヴィニアの甘味、それは希望と地獄を一口に詰めた。
 ある意味では最も“この国らしい”お土産である。
 商人の笑顔とともに、翠の甘味は“地獄の味”を輝かせていた。

 レイスはふと、棚の上段に鎮座していた「高級ブリュレ詰め合わせ」に目を留めた。
 美しい翡翠色の箱には金の箔押し。内容量6個。
 すべてが微妙に異なるエメラルドグリーンの層を持っている。
 一目で分かった。
 これは毒の宝石箱だ。

 市場の店主と思われる陽気なオジサンが、気さくに声をかけてくる。
「そいつぁ特にドロッドロの嫉妬心に効くよ~」
「サロメ様もお忍びで買われる極上品だ」
 言葉のトーンと裏腹に、内容はもはや毒入り確定の情報だった。
 レイスは“サロメ”の名にはピクリともせず、視線を箱から離さない。
 ウラヌスは早速スマホを向けて撮影モード。
「見た目だけで120点♡ 色がやばい♪」
「これアレだよ、なんとか映え~~ってやつ」
 レイスはひとつ頷くと、何気ないようで異常に重要な質問を放った。
「なぁ。エンヴィニア城って─噴水や池、あるか?」
 その声音。
 探っていたのは水源、魔力の流れ─マナ・デストロイヤーの起動条件だった。


「そりゃ城だからなぁ~」と返す市場のオジサンは、まるで“日常の延長”のように口を開いた。
「神竜大噴水ってのがあってな、この国いちの芸術品らしいぜ」
「底なしで、龍穴まで通じてるとかなんとか」
 レイスの口角が、ほんの僅かに上がった。
 目は笑っていない。ゾッとするほどに冷静で、確信の光が宿っていた。
「……ありがとな」
 一言だけ礼を言うと、手にしたブリュレを指差して。
「それ、買うわ」
 ─重なる。
 毒菓子と、龍穴と、“底なしの噴水”。
 伏線という名の時限爆弾が、またひとつエンヴィニアに置かれた。

 市場の一角、クロノチームはしばしの安息を謳歌していた。
 手には色とりどりのスイーツ袋。内容はすべて“翠の甘味”。
 見た目は美しく、味はおそろしく、そして何より脳に来る。
 ウラヌスは、緑色のグラサージュがかかったマカロンを両手で握りしめながら、ピョンピョン跳ねていた。
 目の焦点が定まっておらず、完全に甘味でトんでいる。
「カリストも今頃、あの螺旋城で茶しばいてんのかな~」
 レイスが肩越しにぽつりと言う。口の端には、翠色のブリュレの欠片がついている。

「あり得るぜ」
 ユピテルは口元にマカロンの欠片を残しつつも、真顔で煙管をくゆらせる。
「王族の仕事は茶しばきだからな。あと、偉そうな顔してるのと、たまに寝る」
「茶しばくしか能がねぇっての笑える~~♡」
 ウラヌスは袋の中身を見て、再び爆笑。
「でもね、でもね!このスイーツはヤバい!脳が喜んでるもん♡」
「こんなクソ体験、今すぐ誰かに共有してぇぇええ!!!」
 彼女の頭の中では、爆笑するプルトの姿が浮かんでいた。
 きっと奴は「脳が腐る味」とか言いながら、爆笑しながら食う。
 そのイメージだけでさらにゲラゲラ笑い出す。

「カイネス博士に転送装置改良してもらって!」
「この地獄スイーツ、送りつけよ!未来に!現代に!」
「やれやれやれやれ!送ろう送ろう送ろう!!」
 サタヌスは即座に呼応し、口いっぱいにグミを詰めたまま手を突き上げた。
「博士起きたら即相談な」
「テロじゃねーか!!」
 ユピテルが突如叫ぶ。
「それもう国際犯罪の域だろ!?メシの写真で時空越えてくんなよ!!」
 レイスはふと、手にしたスマホを見つめたまま真顔になる。

「……待て」
「博士、昨日寝言で言ってたな……」
「“転送装置は試作段階だ、まだ“記録”しか送れん……”って」
 一拍の静寂。
「じゃあいけるじゃーん!!!」
 ぱあっとウラヌスの顔が輝き、スマホを取り出して起動する。
「画像データで送りつけよ♡ あの呪物級スイーツ体験、歴史に刻むわ!!」
 ─翠の甘味、それは時を越える地獄体験である。
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