嫉妬帝国エンヴィニア

兜坂嵐

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妬羨

妬羨祭-妬まれ王に俺はなる

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 その朝、エンヴィニア帝国の“神竜大聖堂”は、既にテンションがおかしかった。
 天井からは虚空に浮かぶ装飾付きスピーカーが「ようこそ、妬まれ王選抜祭へ☆」と陽気に叫び。
 かつて“神竜レヴィアタン”の神託を受けたという石碑には。
「妬みは美徳!」「嫉妬される者に栄光あれ!」とカラフルなネオン文字が踊っている。

 一晩で組まれた特設ステージの床はミラー張り。
 観客が自分の顔を見ながら拍手できるよう配慮されたという。悪意の塊だ。
 なにより、司会進行を務める黒羽のバフォメットが、朝の時点で声を枯らしかけていた。
「さぁぁあッ!!!本日この舞台に立つのは、
 妬まれた者たちの中でも、さらに妬まれる者たち――!!
 この世界で最も“チッ”と言われた男と女を決める、栄光のバトルロイヤァァァル!!」
 すでに観客席では謎の爆笑と怒号が入り混じっていた。
 ルールはひとつ――“妬み”だけが評価対象。
 異常な熱気の中、控室側のカーテンがガラリと開いた。

「ねぇねぇ!次はこの緑バターをプルトに送ろうよ!これマジ美味しい♡」
 ウラヌスが手にしたのは、エメラルド色の光沢を持つスプレッドジャム。
 “元祖・ジェラシーバター”と銘打たれた商品。
 舐めるだけで自分の“隠れた妬み”が炙り出される代物である。

「ねぇ?プルトってこういうの苦手そうじゃない?絶対バズるって!
 マナストもタグつけようよ、#無感情に見えて内心ドロドロ~ってやつ♡」
「……俺も美味いとは思うが」
 隣で腕を組んだレイスがぼやく。目は死んでいる。
「今日は茶会でカイネス博士いねぇ。アイツがいなきゃ、味変とか拡散魔術とか全部手作業だぞ」
「……生憎、俺等エンジニアじゃねぇんだ。スイーツは武器じゃねぇ」
 どこか遠くを見ながら、レイスは缶コーヒーを空けた。
 “妬みの味”と書かれた謎のカフェイン飲料だった。
 そのとき、不意に刀の鍔が「コン、コン」とリズムを刻む。
「それよりさァ――」
 鋭い金眼を光らせながら、ユピテルがニヤリと笑った。

「勝ち取ろうぜ。妬まれ王になって、クソ王族と謁見すンだよ」
「……謁見……?」
「そうだよォ、ほら、優勝すれば“嫉妬の間”に入れるって言ってたろ?
 そこにいんだよ、亡霊どもがよ。“美しさとはなにか”とか、死んだ後まで御高説垂れてる」
 ユピテルは楽しそうに刀をくるりと回し、舞雷の刃を天井へと掲げる。
「だったらこの場で勝ち取って、“最も妬まれた存在”として認めさせてやろうぜ――今の時代を!」
 狂ったようなテンションと、美しい外見と、恐ろしく高い自己肯定感。
 それらが合わさることで、なぜか観客席から一部拍手が起こった。
 すでに洗脳が始まっている。
 誰が一番“チッ”と言わせられるのか。
 この世界一バカバカしくて、同時に深淵すら覗かせる“感情の戦場”が、いま幕を開ける。

 空は緑に染まり、嫉妬と狂騒が混じる祭典会場の前。
 “地獄のパビリオン”と化した特設ドームの入口に、妙な静寂が訪れた。
 それは突然だった。
 警告も、地鳴りも、魔力反応すらない。
 空間が揺れたかと思った、その瞬間。
 ─ギラッギラの、シルバーメタリック・ベンツ。

 聖堂前の石畳に似合うはずもない地上最悪の光沢。
 ねちっこく風景を反射しながら、現代の魔界に降臨した。
 ナンバープレートには、意味深な数字。
 666。

「……」
 誰もが無言になる中、運転席のドアが滑らかに開いた。
 そこから降り立ったのは、サブカル悪趣味MAXの黒スーツ。
 目が死んでるようでギラギラ光る金色の瞳を持つ。
 アンラ・マンユ。
 地獄の道化神にして、最悪の演出家。
 手にはパペット―ガイウス仕様のソレを、ひらひら振っていた。
「おはよぉ~下等生物♡」
 柔らかく、それでいて全てを見下す声で、アンラは微笑む。

「今日は良い天気だ。君たちが笑顔だからねぇ?
 ……あぁ、空が緑な理由は知らないよ」
 その言葉に、最初に悲鳴を上げたのはサタヌスだった。
「アンラアアアアアア!!」
「ベンツ乗ってそうは悪口であって!!マジで乗るなよぉおお!!!」
「しかもナンバー“666”て!!!意味ありすぎだろ!!」
 アンラは無邪気に笑った。

「だってカッコいいじゃん。古代魔界で見かけたんだ。
 ベンツの廃墟ってロマンあるよねぇ」
「やかましいわ!!!!」
 サタヌスは全力で砂を蹴った。靴が脱げた。
 その横で、煙管をくゆらせるユピテルが薄く笑う。
「くわばらくわばら……クソ神、今日はどんな風に世界をぶっ壊しに来た?」
 アンラは首を傾げる。

「違う違う。今日は“応援”さ♪」
「君たちが“妬まれ王”になる未来……とても興味があってねぇ?」
「もしかしたら、王族の玉座が消える瞬間が見られるかもしれないし?
 そういう“台本改変”、大好物なんだよ、僕」
 そして―パペットのガイウスが、シュッと持ち上げられる。
 お手製のポニーテールと制服を着たフェルト人形が、軽快に喋り出す。

「サータぁ~♡ がんばれぇ~♡せかいのれきしが かわっちゃうぞ~♡」
 声は完璧なガイウスそのもの。
 語尾に♡が見える幻覚すら漂っていた。
 そして次の瞬間―クロノチーム全員が叫んだ。
「やかましいわ!!!」
 風が吹き抜けた大聖堂前。
 地獄はまだ始まっていなかった。
 だがそれは今ここに、幕が上がったということだった。

 どよめく祭典会場の入り口。
 ユピテルが小声で「マジでベンツだ……」とつぶやいている最中。
 一人の男がスッ……と、道化神の元へ歩み出ていた。
 レイス・レヴィアタン。
 この世界でもっとも信用してはいけない男。
 だが、こういうときだけ、なぜか妙に“絵になる”。
「なぁ、アンタ――」
 鋭く据わった三白眼を向け、煙草をくわえたままレイスが言った。
「アンタってさ、話が面白くなるほど“楽しい”んだろ?」
 その問いかけに、アンラ・マンユは―にっこりと、否定しない笑みを返した。
 まるで、「そうだけど?」とでも言うように。

 レイスは口元だけで笑う。
「……だったら、ひとつ提案がある」
「俺達が勝つようにしてくれねぇか?」
 場が静まり返った、一拍置いて。

「OUTだよ!!!!」
 横からウラヌスが即ツッコミ&爆笑。
 膝から崩れ落ちながらツッコむという、お手本のような崩壊。
 サタヌスは唸った。
「すげぇ……深淵帰り伊達じゃねぇ……」
「てかここにいる全員深淵帰りなんだよな……マジで最低だな俺ら……」
 それでもアンラ・マンユは笑っていた。
 とても、とても楽しそうに。

「ククク……愉快だねぇ」
「まさかこちらから“取引”を持ちかけられるとはね」
「レイス・レヴィアタン。君はやはり面白い。最高だよ、うん」
 その背筋を撫でるような声に、ユピテルが叫ぶ。
「おい!アイツ笑ってるぞ!?それ一番危ないパターンだろ!?」
 サタヌスも目を見開いた。
「深淵の邪神に話しかけて笑わせたヤツ……マジで見たことねぇぞ……!」
 ウラヌスは肩を揺らしながら呟いた。
「もうこのチーム、OUTすぎて……逆に愛しい……♡」

 アンラは軽やかに、パペットのガイウスを揺らしながら。
 茶目っ気たっぷりに言った。
「力を貸したい気は、ヒッジョーにあるんだけどねぇ♪」
「でもダメだよ。こういう勝負は自力で勝ち取ってこそ、物語性がある」
 その言葉は、まさに“脚本家の断言”だった。
 神でありながら、演出家であり、観客でもある彼が下す絶対のNG。
 静かに言葉が刺さる。
「……レイス、君ならわかるよね?勝ってこそ“意味がある”って」
 レイスは一瞬だけ目を細めた。
 ―そして。
「……くっそ、正論じゃねぇか」
 思わず、頭を掻いた。

 レイスは肩を落としていた。
 両手をポケットに突っ込み、舌打ち混じりにポツリと。
「くそ……いけると思ったのにぃ……」
 邪神買収、まさかの失敗。
 たぶんやろうとした奴すらいない。いや、できると思ってた奴がもうおかしい。

 その横で、ウラヌスがキラキラしたスマホを取り出す。
「ま、しかたないじゃーん?ウラちゃんのD-stagram、フォロワー300万人だし?
 これってエンヴィニアで通じるかな~?w」
「いやそれもう物理的に妬まれに来てんじゃねぇか」
「てかそのアイコン、顔加工強すぎだろ。誰だよ」
「だまれぇ♡リアルより盛れてるのが正義~♡」
 一方、舞雷を肩にかけていたユピテルは、腕を組んでひと言。
「俺は神だから妬まれる資格がある」
 一片の迷いもなかった。
 光のように真っ直ぐ、闇のように軽薄。
 信じる者は救われない。
 そしてサタヌスは、堂々と胸を張る。

「俺とか出自闇だぞ。ガチで。
 スラムの底辺生まれ、読み書きゼロ、ゴミ漁りからの勇者入りッ!」
「ド底辺マウントは任せろ!!!」
 一瞬、観客席から“おぉ……”という感嘆と共に「なんで誇らしげなんだ」というツッコミが飛んだ。
 それを見て、アンラ・マンユはパペットを振りながら笑う。

「フフッ、いいねぇ君たち」
「“私はこうして妬まれてきた”――その叫びの中にこそ、君たちの“物語”が宿るんだよ」
 金色の目が細められ、声色はどこか芝居めいた優しさを帯びる。
「さあ、存分に見せてくれよ。
 惨めで滑稽で、けれど一等輝かしい―妬みの群像劇(ドラマ)を」
 その一言に、レイスが虚空を見ながらつぶやいた。

「……なんで最後にちょっといい話っぽく締めるんだよ。邪神のクセに」
「ほんとそれな~!」
 ウラヌスが頬をふくらませる。
「たまに良いこと言うのズルいんだよねこのパペット野郎~!」
 ユピテルはひとつ鼻で笑ってから、刀を担ぎ上げた。

「……わかったよ。じゃあ全員で妬まれ王、獲りに行くか」
 サタヌスが拳を振り上げた。
「アンラァァ!!俺がド底辺マウントで一番妬まれる男って証明してやるからなァ!!」
 そして、魔界に響き渡る―狂気と決意の咆哮。
 “チッ”という舌打ちが、どこからともなく鳴った。
 それはもう、評価だった。

 ドォォォォォン……ッ!!
 重低音の鐘が、大聖堂に響き渡った。
 神竜大聖堂の天蓋から落ちるその音は、祝福ではない。
 哀悼でも、崇敬でもない。
 それは“嫉妬”を称える地獄の鐘だった。
 場内に震えるような緊張と、それとは対照的な、地獄のやる気が爆発する叫びが響いた。

「よっしゃあああ!!!妬まれ王に私はなるッ!!」
 ウラヌスが、ステージ上で仁王立ち。
 ミニスカとブーツを閃かせ、バズる気しかないポーズでどーん!
 レイスは額を押さえ、吐息と共に呟いた。
「……出たよ。邪悪なONEPIECE……」
「それもう“皆から嫌われる”って意味での妬まれじゃねぇか……」
 サタヌスは腕を組み、にやりと笑う。

「けどよ……面白くなってきたじゃねぇか」
「このクソ祭典、叩き潰してぶっ壊す……!
 その上で、王族に会う。……それが目的だろ?」
 静かに、しかし確かに燃え上がる野心。
 その横で、神を名乗る男が微笑む。
「ま、俺は勝ち確だけどな」
 ユピテルは言い放つ。

「神で、美形で、強くて、天才。あとエッチな服着てるし(真顔)」
「真顔で言うな!!」とチーム全員が同時にツッコんだ。
 でも事実だから何も否定できなかった。
 こうして幕が上がる。

 妬まれ王選手権。
 この世で一番“チッ”を言わせた者に贈られる、世界最悪にして最高の称号。
 ウラヌスはステージ袖でぴょこぴょこ跳ねながら聞く。
「ねぇねぇ~ウラちゃん、麦わらの一味だと誰~?♡」
「ナミ?ロビン?いやでもボニーちゃんのが性癖的に」
 サタヌスは鼻で笑う。
「俺絶対ゾロやっから」
 レイスはぼそっと言う。
「王家七武海のほうが気楽でいい……」
「……いいから進めや」
 ─その間に、観客席はすでに“沸いて”いた。

「あの金髪イケメンすぎ……妬む……」
「あの吊り目の悪魔、地獄の顔してるのに髪ツヤツヤで妬む……」
 嫉妬ゲージが上がっていく。
 空気中に、インヴィディア粒子がうっすら輝き始める。
 世界は、彼らの“存在そのもの”に嫉妬していた。
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