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妬羨
妬羨祭-妬まれ王に俺はなる
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その朝、エンヴィニア帝国の“神竜大聖堂”は、既にテンションがおかしかった。
天井からは虚空に浮かぶ装飾付きスピーカーが「ようこそ、妬まれ王選抜祭へ☆」と陽気に叫び。
かつて“神竜レヴィアタン”の神託を受けたという石碑には。
「妬みは美徳!」「嫉妬される者に栄光あれ!」とカラフルなネオン文字が踊っている。
一晩で組まれた特設ステージの床はミラー張り。
観客が自分の顔を見ながら拍手できるよう配慮されたという。悪意の塊だ。
なにより、司会進行を務める黒羽のバフォメットが、朝の時点で声を枯らしかけていた。
「さぁぁあッ!!!本日この舞台に立つのは、
妬まれた者たちの中でも、さらに妬まれる者たち――!!
この世界で最も“チッ”と言われた男と女を決める、栄光のバトルロイヤァァァル!!」
すでに観客席では謎の爆笑と怒号が入り混じっていた。
ルールはひとつ――“妬み”だけが評価対象。
異常な熱気の中、控室側のカーテンがガラリと開いた。
「ねぇねぇ!次はこの緑バターをプルトに送ろうよ!これマジ美味しい♡」
ウラヌスが手にしたのは、エメラルド色の光沢を持つスプレッドジャム。
“元祖・ジェラシーバター”と銘打たれた商品。
舐めるだけで自分の“隠れた妬み”が炙り出される代物である。
「ねぇ?プルトってこういうの苦手そうじゃない?絶対バズるって!
マナストもタグつけようよ、#無感情に見えて内心ドロドロ~ってやつ♡」
「……俺も美味いとは思うが」
隣で腕を組んだレイスがぼやく。目は死んでいる。
「今日は茶会でカイネス博士いねぇ。アイツがいなきゃ、味変とか拡散魔術とか全部手作業だぞ」
「……生憎、俺等エンジニアじゃねぇんだ。スイーツは武器じゃねぇ」
どこか遠くを見ながら、レイスは缶コーヒーを空けた。
“妬みの味”と書かれた謎のカフェイン飲料だった。
そのとき、不意に刀の鍔が「コン、コン」とリズムを刻む。
「それよりさァ――」
鋭い金眼を光らせながら、ユピテルがニヤリと笑った。
「勝ち取ろうぜ。妬まれ王になって、クソ王族と謁見すンだよ」
「……謁見……?」
「そうだよォ、ほら、優勝すれば“嫉妬の間”に入れるって言ってたろ?
そこにいんだよ、亡霊どもがよ。“美しさとはなにか”とか、死んだ後まで御高説垂れてる」
ユピテルは楽しそうに刀をくるりと回し、舞雷の刃を天井へと掲げる。
「だったらこの場で勝ち取って、“最も妬まれた存在”として認めさせてやろうぜ――今の時代を!」
狂ったようなテンションと、美しい外見と、恐ろしく高い自己肯定感。
それらが合わさることで、なぜか観客席から一部拍手が起こった。
すでに洗脳が始まっている。
誰が一番“チッ”と言わせられるのか。
この世界一バカバカしくて、同時に深淵すら覗かせる“感情の戦場”が、いま幕を開ける。
空は緑に染まり、嫉妬と狂騒が混じる祭典会場の前。
“地獄のパビリオン”と化した特設ドームの入口に、妙な静寂が訪れた。
それは突然だった。
警告も、地鳴りも、魔力反応すらない。
空間が揺れたかと思った、その瞬間。
─ギラッギラの、シルバーメタリック・ベンツ。
聖堂前の石畳に似合うはずもない地上最悪の光沢。
ねちっこく風景を反射しながら、現代の魔界に降臨した。
ナンバープレートには、意味深な数字。
666。
「……」
誰もが無言になる中、運転席のドアが滑らかに開いた。
そこから降り立ったのは、サブカル悪趣味MAXの黒スーツ。
目が死んでるようでギラギラ光る金色の瞳を持つ。
アンラ・マンユ。
地獄の道化神にして、最悪の演出家。
手にはパペット―ガイウス仕様のソレを、ひらひら振っていた。
「おはよぉ~下等生物♡」
柔らかく、それでいて全てを見下す声で、アンラは微笑む。
「今日は良い天気だ。君たちが笑顔だからねぇ?
……あぁ、空が緑な理由は知らないよ」
その言葉に、最初に悲鳴を上げたのはサタヌスだった。
「アンラアアアアアア!!」
「ベンツ乗ってそうは悪口であって!!マジで乗るなよぉおお!!!」
「しかもナンバー“666”て!!!意味ありすぎだろ!!」
アンラは無邪気に笑った。
「だってカッコいいじゃん。古代魔界で見かけたんだ。
ベンツの廃墟ってロマンあるよねぇ」
「やかましいわ!!!!」
サタヌスは全力で砂を蹴った。靴が脱げた。
その横で、煙管をくゆらせるユピテルが薄く笑う。
「くわばらくわばら……クソ神、今日はどんな風に世界をぶっ壊しに来た?」
アンラは首を傾げる。
「違う違う。今日は“応援”さ♪」
「君たちが“妬まれ王”になる未来……とても興味があってねぇ?」
「もしかしたら、王族の玉座が消える瞬間が見られるかもしれないし?
そういう“台本改変”、大好物なんだよ、僕」
そして―パペットのガイウスが、シュッと持ち上げられる。
お手製のポニーテールと制服を着たフェルト人形が、軽快に喋り出す。
「サータぁ~♡ がんばれぇ~♡せかいのれきしが かわっちゃうぞ~♡」
声は完璧なガイウスそのもの。
語尾に♡が見える幻覚すら漂っていた。
そして次の瞬間―クロノチーム全員が叫んだ。
「やかましいわ!!!」
風が吹き抜けた大聖堂前。
地獄はまだ始まっていなかった。
だがそれは今ここに、幕が上がったということだった。
どよめく祭典会場の入り口。
ユピテルが小声で「マジでベンツだ……」とつぶやいている最中。
一人の男がスッ……と、道化神の元へ歩み出ていた。
レイス・レヴィアタン。
この世界でもっとも信用してはいけない男。
だが、こういうときだけ、なぜか妙に“絵になる”。
「なぁ、アンタ――」
鋭く据わった三白眼を向け、煙草をくわえたままレイスが言った。
「アンタってさ、話が面白くなるほど“楽しい”んだろ?」
その問いかけに、アンラ・マンユは―にっこりと、否定しない笑みを返した。
まるで、「そうだけど?」とでも言うように。
レイスは口元だけで笑う。
「……だったら、ひとつ提案がある」
「俺達が勝つようにしてくれねぇか?」
場が静まり返った、一拍置いて。
「OUTだよ!!!!」
横からウラヌスが即ツッコミ&爆笑。
膝から崩れ落ちながらツッコむという、お手本のような崩壊。
サタヌスは唸った。
「すげぇ……深淵帰り伊達じゃねぇ……」
「てかここにいる全員深淵帰りなんだよな……マジで最低だな俺ら……」
それでもアンラ・マンユは笑っていた。
とても、とても楽しそうに。
「ククク……愉快だねぇ」
「まさかこちらから“取引”を持ちかけられるとはね」
「レイス・レヴィアタン。君はやはり面白い。最高だよ、うん」
その背筋を撫でるような声に、ユピテルが叫ぶ。
「おい!アイツ笑ってるぞ!?それ一番危ないパターンだろ!?」
サタヌスも目を見開いた。
「深淵の邪神に話しかけて笑わせたヤツ……マジで見たことねぇぞ……!」
ウラヌスは肩を揺らしながら呟いた。
「もうこのチーム、OUTすぎて……逆に愛しい……♡」
アンラは軽やかに、パペットのガイウスを揺らしながら。
茶目っ気たっぷりに言った。
「力を貸したい気は、ヒッジョーにあるんだけどねぇ♪」
「でもダメだよ。こういう勝負は自力で勝ち取ってこそ、物語性がある」
その言葉は、まさに“脚本家の断言”だった。
神でありながら、演出家であり、観客でもある彼が下す絶対のNG。
静かに言葉が刺さる。
「……レイス、君ならわかるよね?勝ってこそ“意味がある”って」
レイスは一瞬だけ目を細めた。
―そして。
「……くっそ、正論じゃねぇか」
思わず、頭を掻いた。
レイスは肩を落としていた。
両手をポケットに突っ込み、舌打ち混じりにポツリと。
「くそ……いけると思ったのにぃ……」
邪神買収、まさかの失敗。
たぶんやろうとした奴すらいない。いや、できると思ってた奴がもうおかしい。
その横で、ウラヌスがキラキラしたスマホを取り出す。
「ま、しかたないじゃーん?ウラちゃんのD-stagram、フォロワー300万人だし?
これってエンヴィニアで通じるかな~?w」
「いやそれもう物理的に妬まれに来てんじゃねぇか」
「てかそのアイコン、顔加工強すぎだろ。誰だよ」
「だまれぇ♡リアルより盛れてるのが正義~♡」
一方、舞雷を肩にかけていたユピテルは、腕を組んでひと言。
「俺は神だから妬まれる資格がある」
一片の迷いもなかった。
光のように真っ直ぐ、闇のように軽薄。
信じる者は救われない。
そしてサタヌスは、堂々と胸を張る。
「俺とか出自闇だぞ。ガチで。
スラムの底辺生まれ、読み書きゼロ、ゴミ漁りからの勇者入りッ!」
「ド底辺マウントは任せろ!!!」
一瞬、観客席から“おぉ……”という感嘆と共に「なんで誇らしげなんだ」というツッコミが飛んだ。
それを見て、アンラ・マンユはパペットを振りながら笑う。
「フフッ、いいねぇ君たち」
「“私はこうして妬まれてきた”――その叫びの中にこそ、君たちの“物語”が宿るんだよ」
金色の目が細められ、声色はどこか芝居めいた優しさを帯びる。
「さあ、存分に見せてくれよ。
惨めで滑稽で、けれど一等輝かしい―妬みの群像劇(ドラマ)を」
その一言に、レイスが虚空を見ながらつぶやいた。
「……なんで最後にちょっといい話っぽく締めるんだよ。邪神のクセに」
「ほんとそれな~!」
ウラヌスが頬をふくらませる。
「たまに良いこと言うのズルいんだよねこのパペット野郎~!」
ユピテルはひとつ鼻で笑ってから、刀を担ぎ上げた。
「……わかったよ。じゃあ全員で妬まれ王、獲りに行くか」
サタヌスが拳を振り上げた。
「アンラァァ!!俺がド底辺マウントで一番妬まれる男って証明してやるからなァ!!」
そして、魔界に響き渡る―狂気と決意の咆哮。
“チッ”という舌打ちが、どこからともなく鳴った。
それはもう、評価だった。
ドォォォォォン……ッ!!
重低音の鐘が、大聖堂に響き渡った。
神竜大聖堂の天蓋から落ちるその音は、祝福ではない。
哀悼でも、崇敬でもない。
それは“嫉妬”を称える地獄の鐘だった。
場内に震えるような緊張と、それとは対照的な、地獄のやる気が爆発する叫びが響いた。
「よっしゃあああ!!!妬まれ王に私はなるッ!!」
ウラヌスが、ステージ上で仁王立ち。
ミニスカとブーツを閃かせ、バズる気しかないポーズでどーん!
レイスは額を押さえ、吐息と共に呟いた。
「……出たよ。邪悪なONEPIECE……」
「それもう“皆から嫌われる”って意味での妬まれじゃねぇか……」
サタヌスは腕を組み、にやりと笑う。
「けどよ……面白くなってきたじゃねぇか」
「このクソ祭典、叩き潰してぶっ壊す……!
その上で、王族に会う。……それが目的だろ?」
静かに、しかし確かに燃え上がる野心。
その横で、神を名乗る男が微笑む。
「ま、俺は勝ち確だけどな」
ユピテルは言い放つ。
「神で、美形で、強くて、天才。あとエッチな服着てるし(真顔)」
「真顔で言うな!!」とチーム全員が同時にツッコんだ。
でも事実だから何も否定できなかった。
こうして幕が上がる。
妬まれ王選手権。
この世で一番“チッ”を言わせた者に贈られる、世界最悪にして最高の称号。
ウラヌスはステージ袖でぴょこぴょこ跳ねながら聞く。
「ねぇねぇ~ウラちゃん、麦わらの一味だと誰~?♡」
「ナミ?ロビン?いやでもボニーちゃんのが性癖的に」
サタヌスは鼻で笑う。
「俺絶対ゾロやっから」
レイスはぼそっと言う。
「王家七武海のほうが気楽でいい……」
「……いいから進めや」
─その間に、観客席はすでに“沸いて”いた。
「あの金髪イケメンすぎ……妬む……」
「あの吊り目の悪魔、地獄の顔してるのに髪ツヤツヤで妬む……」
嫉妬ゲージが上がっていく。
空気中に、インヴィディア粒子がうっすら輝き始める。
世界は、彼らの“存在そのもの”に嫉妬していた。
天井からは虚空に浮かぶ装飾付きスピーカーが「ようこそ、妬まれ王選抜祭へ☆」と陽気に叫び。
かつて“神竜レヴィアタン”の神託を受けたという石碑には。
「妬みは美徳!」「嫉妬される者に栄光あれ!」とカラフルなネオン文字が踊っている。
一晩で組まれた特設ステージの床はミラー張り。
観客が自分の顔を見ながら拍手できるよう配慮されたという。悪意の塊だ。
なにより、司会進行を務める黒羽のバフォメットが、朝の時点で声を枯らしかけていた。
「さぁぁあッ!!!本日この舞台に立つのは、
妬まれた者たちの中でも、さらに妬まれる者たち――!!
この世界で最も“チッ”と言われた男と女を決める、栄光のバトルロイヤァァァル!!」
すでに観客席では謎の爆笑と怒号が入り混じっていた。
ルールはひとつ――“妬み”だけが評価対象。
異常な熱気の中、控室側のカーテンがガラリと開いた。
「ねぇねぇ!次はこの緑バターをプルトに送ろうよ!これマジ美味しい♡」
ウラヌスが手にしたのは、エメラルド色の光沢を持つスプレッドジャム。
“元祖・ジェラシーバター”と銘打たれた商品。
舐めるだけで自分の“隠れた妬み”が炙り出される代物である。
「ねぇ?プルトってこういうの苦手そうじゃない?絶対バズるって!
マナストもタグつけようよ、#無感情に見えて内心ドロドロ~ってやつ♡」
「……俺も美味いとは思うが」
隣で腕を組んだレイスがぼやく。目は死んでいる。
「今日は茶会でカイネス博士いねぇ。アイツがいなきゃ、味変とか拡散魔術とか全部手作業だぞ」
「……生憎、俺等エンジニアじゃねぇんだ。スイーツは武器じゃねぇ」
どこか遠くを見ながら、レイスは缶コーヒーを空けた。
“妬みの味”と書かれた謎のカフェイン飲料だった。
そのとき、不意に刀の鍔が「コン、コン」とリズムを刻む。
「それよりさァ――」
鋭い金眼を光らせながら、ユピテルがニヤリと笑った。
「勝ち取ろうぜ。妬まれ王になって、クソ王族と謁見すンだよ」
「……謁見……?」
「そうだよォ、ほら、優勝すれば“嫉妬の間”に入れるって言ってたろ?
そこにいんだよ、亡霊どもがよ。“美しさとはなにか”とか、死んだ後まで御高説垂れてる」
ユピテルは楽しそうに刀をくるりと回し、舞雷の刃を天井へと掲げる。
「だったらこの場で勝ち取って、“最も妬まれた存在”として認めさせてやろうぜ――今の時代を!」
狂ったようなテンションと、美しい外見と、恐ろしく高い自己肯定感。
それらが合わさることで、なぜか観客席から一部拍手が起こった。
すでに洗脳が始まっている。
誰が一番“チッ”と言わせられるのか。
この世界一バカバカしくて、同時に深淵すら覗かせる“感情の戦場”が、いま幕を開ける。
空は緑に染まり、嫉妬と狂騒が混じる祭典会場の前。
“地獄のパビリオン”と化した特設ドームの入口に、妙な静寂が訪れた。
それは突然だった。
警告も、地鳴りも、魔力反応すらない。
空間が揺れたかと思った、その瞬間。
─ギラッギラの、シルバーメタリック・ベンツ。
聖堂前の石畳に似合うはずもない地上最悪の光沢。
ねちっこく風景を反射しながら、現代の魔界に降臨した。
ナンバープレートには、意味深な数字。
666。
「……」
誰もが無言になる中、運転席のドアが滑らかに開いた。
そこから降り立ったのは、サブカル悪趣味MAXの黒スーツ。
目が死んでるようでギラギラ光る金色の瞳を持つ。
アンラ・マンユ。
地獄の道化神にして、最悪の演出家。
手にはパペット―ガイウス仕様のソレを、ひらひら振っていた。
「おはよぉ~下等生物♡」
柔らかく、それでいて全てを見下す声で、アンラは微笑む。
「今日は良い天気だ。君たちが笑顔だからねぇ?
……あぁ、空が緑な理由は知らないよ」
その言葉に、最初に悲鳴を上げたのはサタヌスだった。
「アンラアアアアアア!!」
「ベンツ乗ってそうは悪口であって!!マジで乗るなよぉおお!!!」
「しかもナンバー“666”て!!!意味ありすぎだろ!!」
アンラは無邪気に笑った。
「だってカッコいいじゃん。古代魔界で見かけたんだ。
ベンツの廃墟ってロマンあるよねぇ」
「やかましいわ!!!!」
サタヌスは全力で砂を蹴った。靴が脱げた。
その横で、煙管をくゆらせるユピテルが薄く笑う。
「くわばらくわばら……クソ神、今日はどんな風に世界をぶっ壊しに来た?」
アンラは首を傾げる。
「違う違う。今日は“応援”さ♪」
「君たちが“妬まれ王”になる未来……とても興味があってねぇ?」
「もしかしたら、王族の玉座が消える瞬間が見られるかもしれないし?
そういう“台本改変”、大好物なんだよ、僕」
そして―パペットのガイウスが、シュッと持ち上げられる。
お手製のポニーテールと制服を着たフェルト人形が、軽快に喋り出す。
「サータぁ~♡ がんばれぇ~♡せかいのれきしが かわっちゃうぞ~♡」
声は完璧なガイウスそのもの。
語尾に♡が見える幻覚すら漂っていた。
そして次の瞬間―クロノチーム全員が叫んだ。
「やかましいわ!!!」
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地獄はまだ始まっていなかった。
だがそれは今ここに、幕が上がったということだった。
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ユピテルが小声で「マジでベンツだ……」とつぶやいている最中。
一人の男がスッ……と、道化神の元へ歩み出ていた。
レイス・レヴィアタン。
この世界でもっとも信用してはいけない男。
だが、こういうときだけ、なぜか妙に“絵になる”。
「なぁ、アンタ――」
鋭く据わった三白眼を向け、煙草をくわえたままレイスが言った。
「アンタってさ、話が面白くなるほど“楽しい”んだろ?」
その問いかけに、アンラ・マンユは―にっこりと、否定しない笑みを返した。
まるで、「そうだけど?」とでも言うように。
レイスは口元だけで笑う。
「……だったら、ひとつ提案がある」
「俺達が勝つようにしてくれねぇか?」
場が静まり返った、一拍置いて。
「OUTだよ!!!!」
横からウラヌスが即ツッコミ&爆笑。
膝から崩れ落ちながらツッコむという、お手本のような崩壊。
サタヌスは唸った。
「すげぇ……深淵帰り伊達じゃねぇ……」
「てかここにいる全員深淵帰りなんだよな……マジで最低だな俺ら……」
それでもアンラ・マンユは笑っていた。
とても、とても楽しそうに。
「ククク……愉快だねぇ」
「まさかこちらから“取引”を持ちかけられるとはね」
「レイス・レヴィアタン。君はやはり面白い。最高だよ、うん」
その背筋を撫でるような声に、ユピテルが叫ぶ。
「おい!アイツ笑ってるぞ!?それ一番危ないパターンだろ!?」
サタヌスも目を見開いた。
「深淵の邪神に話しかけて笑わせたヤツ……マジで見たことねぇぞ……!」
ウラヌスは肩を揺らしながら呟いた。
「もうこのチーム、OUTすぎて……逆に愛しい……♡」
アンラは軽やかに、パペットのガイウスを揺らしながら。
茶目っ気たっぷりに言った。
「力を貸したい気は、ヒッジョーにあるんだけどねぇ♪」
「でもダメだよ。こういう勝負は自力で勝ち取ってこそ、物語性がある」
その言葉は、まさに“脚本家の断言”だった。
神でありながら、演出家であり、観客でもある彼が下す絶対のNG。
静かに言葉が刺さる。
「……レイス、君ならわかるよね?勝ってこそ“意味がある”って」
レイスは一瞬だけ目を細めた。
―そして。
「……くっそ、正論じゃねぇか」
思わず、頭を掻いた。
レイスは肩を落としていた。
両手をポケットに突っ込み、舌打ち混じりにポツリと。
「くそ……いけると思ったのにぃ……」
邪神買収、まさかの失敗。
たぶんやろうとした奴すらいない。いや、できると思ってた奴がもうおかしい。
その横で、ウラヌスがキラキラしたスマホを取り出す。
「ま、しかたないじゃーん?ウラちゃんのD-stagram、フォロワー300万人だし?
これってエンヴィニアで通じるかな~?w」
「いやそれもう物理的に妬まれに来てんじゃねぇか」
「てかそのアイコン、顔加工強すぎだろ。誰だよ」
「だまれぇ♡リアルより盛れてるのが正義~♡」
一方、舞雷を肩にかけていたユピテルは、腕を組んでひと言。
「俺は神だから妬まれる資格がある」
一片の迷いもなかった。
光のように真っ直ぐ、闇のように軽薄。
信じる者は救われない。
そしてサタヌスは、堂々と胸を張る。
「俺とか出自闇だぞ。ガチで。
スラムの底辺生まれ、読み書きゼロ、ゴミ漁りからの勇者入りッ!」
「ド底辺マウントは任せろ!!!」
一瞬、観客席から“おぉ……”という感嘆と共に「なんで誇らしげなんだ」というツッコミが飛んだ。
それを見て、アンラ・マンユはパペットを振りながら笑う。
「フフッ、いいねぇ君たち」
「“私はこうして妬まれてきた”――その叫びの中にこそ、君たちの“物語”が宿るんだよ」
金色の目が細められ、声色はどこか芝居めいた優しさを帯びる。
「さあ、存分に見せてくれよ。
惨めで滑稽で、けれど一等輝かしい―妬みの群像劇(ドラマ)を」
その一言に、レイスが虚空を見ながらつぶやいた。
「……なんで最後にちょっといい話っぽく締めるんだよ。邪神のクセに」
「ほんとそれな~!」
ウラヌスが頬をふくらませる。
「たまに良いこと言うのズルいんだよねこのパペット野郎~!」
ユピテルはひとつ鼻で笑ってから、刀を担ぎ上げた。
「……わかったよ。じゃあ全員で妬まれ王、獲りに行くか」
サタヌスが拳を振り上げた。
「アンラァァ!!俺がド底辺マウントで一番妬まれる男って証明してやるからなァ!!」
そして、魔界に響き渡る―狂気と決意の咆哮。
“チッ”という舌打ちが、どこからともなく鳴った。
それはもう、評価だった。
ドォォォォォン……ッ!!
重低音の鐘が、大聖堂に響き渡った。
神竜大聖堂の天蓋から落ちるその音は、祝福ではない。
哀悼でも、崇敬でもない。
それは“嫉妬”を称える地獄の鐘だった。
場内に震えるような緊張と、それとは対照的な、地獄のやる気が爆発する叫びが響いた。
「よっしゃあああ!!!妬まれ王に私はなるッ!!」
ウラヌスが、ステージ上で仁王立ち。
ミニスカとブーツを閃かせ、バズる気しかないポーズでどーん!
レイスは額を押さえ、吐息と共に呟いた。
「……出たよ。邪悪なONEPIECE……」
「それもう“皆から嫌われる”って意味での妬まれじゃねぇか……」
サタヌスは腕を組み、にやりと笑う。
「けどよ……面白くなってきたじゃねぇか」
「このクソ祭典、叩き潰してぶっ壊す……!
その上で、王族に会う。……それが目的だろ?」
静かに、しかし確かに燃え上がる野心。
その横で、神を名乗る男が微笑む。
「ま、俺は勝ち確だけどな」
ユピテルは言い放つ。
「神で、美形で、強くて、天才。あとエッチな服着てるし(真顔)」
「真顔で言うな!!」とチーム全員が同時にツッコんだ。
でも事実だから何も否定できなかった。
こうして幕が上がる。
妬まれ王選手権。
この世で一番“チッ”を言わせた者に贈られる、世界最悪にして最高の称号。
ウラヌスはステージ袖でぴょこぴょこ跳ねながら聞く。
「ねぇねぇ~ウラちゃん、麦わらの一味だと誰~?♡」
「ナミ?ロビン?いやでもボニーちゃんのが性癖的に」
サタヌスは鼻で笑う。
「俺絶対ゾロやっから」
レイスはぼそっと言う。
「王家七武海のほうが気楽でいい……」
「……いいから進めや」
─その間に、観客席はすでに“沸いて”いた。
「あの金髪イケメンすぎ……妬む……」
「あの吊り目の悪魔、地獄の顔してるのに髪ツヤツヤで妬む……」
嫉妬ゲージが上がっていく。
空気中に、インヴィディア粒子がうっすら輝き始める。
世界は、彼らの“存在そのもの”に嫉妬していた。
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アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
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