嫉妬帝国エンヴィニア

兜坂嵐

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Rhapsody

遊び心ある愚者に捧ぐ

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 重たい扉がカチリと音を立てて開き、クロノチームは最後の回廊へと足を踏み入れた。
 舞台照明も控えめな赤。天井には無数の歯車、足元には散らばる紙片。
 その先、壁の一角に、筆跡の強い黒インクで何かが書かれている。

「ここまで到達出来た君は、随分と遊び心があるように見える」
「さあ、正解の道を進め。」
「我が遺作はその先にある」
 ―ALV

 舞台の静けさに、誰もが息を呑んだ。
 レイスがふっと、煙草を指で転がしながら微笑む。
「……とうとうお出ましってわけだな、“魔界のシェイクスピア”」
 ウラヌスが両手を広げてクルリと回る。
「ねぇこれ、ガチで本人の筆跡じゃない?ちょっとゾワっとしたんだけど!」
 サタヌスは肩をすくめ、ニヤリと笑う。
「遊び心だとよ……オレらにピッタリじゃんか」
 ユピテルは時計をチラと見やりながら、壁の奥に目を細めた。
「さて、正解の道ってやつ……アルヴ流なら“常識の裏”か“舞台装置の裏”か……」
 薄暗い廊下の先、最後の扉が静かに、開かれようとしている。

 最後の回廊。
 スポットライトに照らされたその道は、片側の壁に鮮やかな花が咲き乱れ。
 もう片側には狼が大きく描かれている。
 床にはワインボトル、赤い林檎、バゲットを模したオブジェが籠に収められ。
 いかにも“赤ずきんのお使い”気分。
 入口の小さなパネルには、アルヴ流のヒントが残されている。



「おばあさんがいる道はどっち?」
 ウラヌスは速攻で籠を振り回し、「おつかいモード!」と得意げに笑う。
「ワインと林檎って……アルヴ、ガチで童話読んでたんだなw」
 サタヌスは狼の壁をじっと睨む。
「普通なら“花”が咲いてる方が安全だろ。
 でもアルヴのことだから、王道の裏を突いてきそうだよな」
 ユピテルはワインを片手に“香りだけチェック”して、皮肉めいた笑み。
「ヒント、“おばあさんがいる”だろ?
 赤ずきんって話、最初は狼が化けて“おばあさんのふり”してるのが罠だったよな」
 レイスが地図をひっくり返して天井もチェックする。

「選ぶのは“危険な道”……つまり、狼の方ってことか。
 安全そうな花の道は偽物――舞台の裏手、演者だけが進める“本当の道”だ」
「はい、謎解き正解!クロノチーム、怖い方に突っ込むのはお家芸!」
 サタヌスがにやりと笑いながら、狼の壁の前で扉を開く。
「ま、赤ずきんは狼に喰われてナンボってな!」
 クロノチームが狼の壁をくぐり抜けると。
 薄暗い通路の先に、厳重な金庫箱と古びた舞台台本が、密やかな宝物のように並んでいた。

 埃っぽい部屋の中央、とうとう現れたアルヴの遺作。
 その箱を囲みながら、クロノチーム全員の顔に笑いがこみ上げてきた。
 サタヌスが肩を揺らし、思わず吐き捨てる。
「いやこれ……そりゃ“大粛清”でも見つけられねーよこんなん……w」
 頭の中では当時の騎士団が童話ギミックの前で全員頭を抱え。
「わかるかぁ!!」
 と絶叫している姿しか思い浮かばない。
 ユピテルがスケッチの仔山羊を眺めてにやり。
「七匹の仔山羊から、騎士の靴跡が全然ねぇ……てことは、全滅したわけだな」
 かすかな皮肉と、演者としての勝利の誇りが混ざった声。
 ウラヌスは爆笑しながら床に手を叩く。
「当時の騎士団長、絶対地団駄踏んでたよねw
 “絶対燃やせ”って言われてるのに、入り口すら見つけられないとか!
 ダサすぎるんだけどww」
 サタヌスは台本を手に取り、溜め息混じりに笑う。

「改めて思うわ……王族って、ほんとバカだな。
 こんなおもしれーやつ、処刑するなんてよ」
 レイスが静かに笑う。
「王様はみんなアホだよ。
 愛せるか、愛せないか、違いはそれだけさ」
 その声は、ただの皮肉や戯れ言のように響きながら“真実”の重さを帯びていた。
 舞台も、歴史も、国さえも結局は“愛されるバカ”が動かしていく。
 愛せない支配者に従う理由なんて、きっと誰にもないから。
 だからこそ、舞台に立つ者は笑う。
 王を、世界を、バカだと叫びながら“滑稽さ”を、誰よりも愛してやるために。

 誰もが、舞台に立つ者だけが辿り着ける場所にいるという事実を。
 この上なく痛快なものとして味わっていた。
 埃と遊び心と、“演じる者”への賛歌だけが、この密室に残されている。

 扉の向こう、埃にまみれた金庫の奥――
 クロノチームはついに一冊の分厚い台本を手にした。
 表紙には力強い筆跡で「エンヴィニア・ラプソディ」
 その文字が刻まれている。
 ページを開くと、アルヴ=シェリウスの遺言が真っすぐ突き刺さってくる。

 もしも遥か未来、この《エンヴィニア・ラプソディ》を手にした者へ。
 私の名はアルヴ=シェリウス。
 魔界最後の演劇作家にして、愚かなる王に逆らい、囚われの身となった者だ。

 この台本は、未完成だ。
 書きかけのまま、私は筆を折った。
 帝国が私の喉を塞いだのか、それとも私自身が書き切れなかったのかは、もう分からない。

 ただひとつ、確かに言える。
 この物語には、続きを必要とする理由がある。
 嫉妬の帝国は、美に酔い、己を焼いた。
 “妬まれること”に固執し、“愛されること”を忘れた。
 私の筆は、そこまでしか描けなかった。
 その先の赦しも、破滅も、誰かが見つけねばならない。

 だから、これはもうお前たちの物語だ。
 この先は著作権切れだ。
 どのような続きを書こうと、私は受け入れる。
 “美しく滅ぶ”のも良い。
 “誰かが足掻いて、帝を変える”のも良い。

 観客が泣く芝居でも、誰にも理解されない前衛劇でも。
 滑稽に笑われる茶番でも-お前たちが“舞台に立ち”、選ぶことがすべてだ。
 そして願わくば、その時。
 誰かが、こう囁いてくれればいい。

『我らすべて、舞台にあれ』
 アルヴ=シェリウス
 未完

 レイスがページをめくり、低く呟く。
「遺言カッコ良すぎねぇかこいつ……」
 サタヌスは真剣な表情でページを覗き込む。
「自分ではもう続きを書けねぇ、て悟り切ってやがるな。こりゃ覚悟の字だ」
 ウラヌスはにやりと笑いながら、でも少しだけ目元を熱くして台本を見つめる。
「“著作権切れ”とか書く? ふざけてんのに、超ガチ……アルヴ、やっぱ好きだわ」
 ユピテルは台本の最後の空白ページを指先でなぞる。
「ここから先は“俺たちの物語”ってことか……いいじゃねぇか。主役はバトンごと、奪ってやる」
 埃の舞う舞台裏、誰にも届かなかった台本の、その先に。
 クロノチームの笑い声と“遊び心”だけが、今も鳴り響いていた。

 埃を巻き上げて、遺作《エンヴィニア・ラプソディ》を手にした瞬間。
 場の空気が変わった。
 まるで舞台の照明が切り替わるように、部屋全体がざわりとざわめく。

 唐突にチェス盤の影、暗いコマの間から黒スーツの男がぬるりと現れる。
 白い歯を見せた満面の笑顔。
 片手には、可愛らしいパペット人形をぶら下げて。
「おめでとう、おめでとう~。これでエンヴィニアの滅亡はまた一歩進んだね♪」
 その姿は、胡散臭い経営者か、舞台裏の腹黒プロデューサーか。
 そしてその目だけが、底知れない狂気で光っていた。
 ウラヌスが反射で跳ね上がり、テンションMAXの絶叫。
「社長オォォォ妬羨祭ぶりぃぃぃ!!株価どう!?!?」
 アンラ・マンユはにこにこしながら人形を揺らす。

「ぼちぼちかな、無意識も人類の株式会社みたいなもんだね。
 みんなで夢を共有して、たまにバブルが弾けるだけさ」
 サタヌスが目を細めて睨みつける。
「……何のつもりだよ、アンラ」
 アンラ・マンユがパペット片手に現れた時。
 クロノチームの誰も「邪神」だの「世界の破滅」だの気にせず。
 まるで“スタートアップ企業の経営者”が視察に来たみたいな空気になっていた。

 サタヌスもレイスも「で、今回の投資先はどこだ」「プレゼンは3分以内で頼むわ」
 みたいな雑なノリで流していく。
 レイスは途中で我に返り、「いや、誰も邪神扱いしてねぇじゃん!」とツッコミかけ。
「まあ、社長感すごいしな……」って自分でも納得しちゃう始末。
 ユピテルは皮肉気に。
「無意識(マーケット)は動くもんだ。社長も大変だな」
 と邪神相手に“経済ジョーク”を飛ばす始末。

 アンラ・マンユ本人もこの扱いにノリノリで。
「私はフリーランス神、でも一応CEO(カオス・エグゼクティブ・オブリビオン)だからね」
「ここから君たちに“大規模プロジェクト”をお願いするつもりだよ」
 などと完全にノッてくる。

 もはや誰も「邪神」だとか「外なる災厄」だとか、ツッコミを入れる気はない。
 社長、CEO、フリーランス……呼び方は何でもいい。
 それより大事なのは“こいつが現れた時は、大体面白くなる”ってことだった。
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