嫉妬帝国エンヴィニア

兜坂嵐

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Rhapsody

Chrono-始動

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 朝もやの中、クロノチームは旧貴族街の石畳を踏みしめる。
 一応は朝……だが、街全体が濃い霧に包まれていて。
 光の加減も手伝ってか、ほとんど夜と景色が変わらない。
 ウラヌスが最初に立ち止まり。
「……え、朝なのに、夜と色ぜんっぜん変わってなくない? むしろちょっと幻想的じゃん」
 と、目を丸くする。
 霧に包まれた塔や石像が幽玄なシルエットを浮かべる。
 美しいような、不気味なような、不思議な景色。
 サタヌスが息を吐いて、顔をしかめる。

「太陽、毒霧に負けてんじゃねーかこの街!!」
 声が響くやいなや、全員から爆笑が起きる。
 レイスは肩を揺らしながら。
「“爽やかな朝”をブチ壊す才能だけは天下一だな」
 ユピテルも呆れたように微笑んで。
「毒と泥と幻想……全部盛りの朝とか、やっぱクソ沼」
 ウラヌスはカラカラ笑いながら。
「幻想的なクソ沼にようこそ! はい朝活終了~~!!」
 霧にぼんやり沈む石像たちの間。
 クロノチームは“台本と伝言”を携えて、アルヴ座の赤い扉を目指して歩き出す。

 旧貴族街の霧のなか、アルヴ座の赤い劇場は沈黙していた。
 大道具の調整をしていたノックスが、ふいに手を止めて窓の外に目をやる。
 そして何かを感じ取ったように、音もなく首を傾ける。
 フィーナが控えめに声をかける。
「どうしたの? ノックス」
 タウロスが横で巻尺を片付けつつ。
 窓の向こうを見やって小さく肩をすくめる。
「驚いた……また来たぜ、あいつら。筋金入りの変人どもだな」
 冗談めかしつつも、目の奥にはほんのり期待の色が浮かぶ。

 モールトが舞台袖から「双眼鏡をどうぞ」と差し出すと。
 リースが無言でそれを受け取って窓辺へ。
 リースは静かに双眼鏡を覗き、朝もやの中を進むクロノチームの姿を捉える。
 彼らの表情-ふざけた笑い、冗談、そして“覚悟”。
 全てが遠くからでも伝わってきた。

「見ろ、笑っている」
 リースはゆっくりと双眼鏡を下ろし。
「我々が動く時は近いようだぞ、諸君」
 と、舞台裏の仲間たちに小さく頷いた。
 フィーナがそっと微笑む。
「アルヴ様の遺作を携え、笑ってここまで来られる者なんて……他にいないでしょうね」
 タウロスは腕を組んで。
「さぁ、迎え入れてやるか。最高の舞台を見せてやろうぜ」
 ノックスは無言で舞台装置のスイッチをいじり、赤い扉の鍵を開ける準備を始める。
 アルヴ座の面々-この国で誰よりも早く、“物語の開幕”を嗅ぎ取る者たちだった。

 赤い扉が開かれ、朝霧のなか、クロノチームがアルヴ座の面々に迎え入れられる。
 長い沈黙。
 埃をまとった最後の台本がリースの手に渡った瞬間、劇場に“重さ”が満ちる。
 舞台袖の全員が、ただ台本の表紙を見つめる。
 未完の遺作、アルヴ=シェリウスの置き土産。
 その意味を知る者たちにしか分からない、静かな時間。
 しばらくして、タウロスが誰よりも早く拳を突き上げた。
「よっしゃぁ! 早速だが稽古を始めるぞッ!」
 空気が一気に切り替わる。

 ウラヌスは目を丸くして叫ぶ。
「えぇ!? 演劇とか学校の文化祭以来なんだけどぉ!? ムリゲーじゃん!」
 フィーナはにっこりと微笑んで続ける。
「だからこそよ。この二週間……サロメ様の婚礼式までに、この劇を“舞台”にできるようにならないと」
 柔らかい声の奥に、鬼気迫るプロ根性が見え隠れする。
 レイスが肩をすくめ、苦笑を浮かべる。
「手渡して早々にこのリアクション……やっぱプロだぜ、こいつら」
 ユピテルは台本を一瞥し、わざとふざけた調子で言う。
「そうさな、王族を揺さぶるのに、お遊戯会レベルの演技じゃ話にならねぇわな」
「で、俺、何の役だ?」
 フィーナが少し意地悪に微笑んで、告げる。

「あなたは“主役”希望かしら? それとも“黒幕”?」
 サタヌスがにやりと笑い、斧を担ぐ。
「役者は選ぶもんじゃなく、舞台で勝ち取るもんだろ」
 リースは改めて台本を胸に抱え。
「“演じ切る覚悟”だけが舞台に立つ資格だ。――クロノチーム、今日から“共演者”だ」
 と、厳かに宣言する。
 舞台照明が静かに灯り“最後の演目”が、ついに動き始めた。

 台本を囲んで、静かな熱気が劇場を満たしていく。
 レイスが分厚い原稿の一頁をめくりながら。
「なぁモールト爺さん、この脚本――アルヴのやつがさ。続きは“お前たちが書け”って遺してるぜ」
 と、わざと気取った調子で言ってみせる。
 モールトは丸めた背中を伸ばし、顎に手を添えた。
「ふぅむ……この先がわからぬのでは、演じるにも支障が出ますな」
 と、台本を指でトントン叩きながら深刻ぶる。

 ウラヌスが勢いよく手を挙げ。
「じゃあさ!ウラたち出して!“遥か未来からやってきた旅人”って形で!」
 舞台中央で全力のポーズ。
 フィーナはその横で、しっとりと楽しそうに微笑む。
「あら、タイムリープものかしら? アルヴ様の十八番じゃないの」
「未来から来た役者たち――それだけで十分、物語になるわ」
 リースは台本を閉じて、真剣な眼差しで頷く。
「名案だな。君たちは“Chrono(クロノ)”-時を超えしもの、という役割で演じて貰おう」
 サタヌスは肩を竦め、Chronoかと小さく復唱する 。
「ま、舞台に立てるなら設定なんざどうでもいいけどな。どうせ、全員“素でやる”だろ」
 レイスは苦笑しながら、頭を搔いた。

「台本の穴も、全部“アドリブ”で埋めるってか……アルヴ流だな」
 舞台袖ではノックスがスポットライトを微調整し。
 タウロスは大道具の裏で「未来人用」の小道具(謎の機械じみた箱)を早くも仕込み始めている。
 劇場全体が、新しい伝説を生む準備を始めていた。

 朝の螺旋城、冷たい大理石の廊下を苛立ち気味の大臣が足早に歩く。
 執務室の扉を乱暴に開けて叫ぶ。
「カイネスぅ!旧貴族街に入った不届き者の詳細を調べよと言っておる!」
 書類をバンと机に叩きつける。
 デスクに座るカイネス博士は、片手に書類、片手に妙な標本箱。
 その表情は、相変わらずの無邪気さ全開。

「ええっ、10年ぶりに旧貴族街エリアへ人が入ったんですかぁ?
 あぁ~……私も興味あるんですよ」
 人懐っこい笑顔を浮かべ、まるで子供のような口調。
「カエルいますよね? 旧貴族街。好きなんですよ私。
 少年時代ずっとカエルを解剖していまして」
 サイコ無自覚な“しらばっくれ芸”が今日も冴えわたる。
 机の隅には、どう見ても仕事とは無関係な「解剖図鑑」と「標本カエル」が並ぶ。
 大臣の顔はみるみる青ざめ、胃薬を握りしめながら言葉を失う。

 カイネスの無邪気な顔に、悪意なき悪意と最高にサブカルな空気が満ちていた。
 螺旋城の政治家たちは、この男の“しらばっくれ芸”だけで夜も眠れない。

 大臣はこめかみをぴくつかせ、さらに語気を強める。
「カイネス、あのな? 旧貴族街のカエルは“大粛清”のために!
 我々王族が遺伝子改造を施した。情緒兵――」
 本来なら、その「王族の闇」に震え上がるはずの場面だ。
 だが、カイネス博士は机に顎を乗せたまま、目を輝かせて聞いていた。
「つまり……喉が通常のカエルと大きく違うと。あぁ~~生物は尊いですねー」
 一切の悪気も陰謀もなく、ただ本気で嬉しそうに頷いている。
 この“噛み合わなさ”は、もはや奇跡だ。

 大臣は自分の発した言葉の重みに愕然としつつも。
 目の前でカエル愛を語る博士にじわじわ胃が焼かれる。
「エンヴィニア王族の闇が……大粛清という闇が、開かれたというのに……こいつらはっ……!」
 その声は次第に自分自身への絶望に変わっていく。
 政敵の脅しも、帝国の闇も、カイネス博士の前では全て“珍生物トーク”にかき消されていく。
 彼が“しらばっくれ”ているのか、それとも“素で言っている”のか?
 誰も、その真意を知る者はいない。
 だが、大臣の胃痛だけは、今日もリアルに積み上がっていくのだった。

 やはり、クロノチーム諸君は旧貴族街へ向かったか。
 まぁ、向かわない理由などあるまい。
 ゲームで言うなら、進行フラグを無視するような愚行だ。
 ……もしかすると、大粛清でアルヴ座の遺作が焼かれなかったという噂も。
 あながち都市伝説ではないのかも知れないな。
 だが、そんなことは――決して口にはしない。

 口から出るのは、今日も絶妙な“無感情ボイス”で。
「マナ・デストロイヤー製造を抱えている身に、さらに旧貴族街の調査など無茶振りを……」
「あなたがやればいいではないですか」
 淡々としながらも、どこか投げやり。視線は研究資料に落としたまま。

「首を刎ねられたいか、カイネス!?」
 声を荒げる大臣に、カイネスは一切表情を変えず、静かに返す。
「どうぞどうぞ。ナーガは首を刎ねた程度で死にません」
「寧ろあなたの首が飛びますよ? エンヴィニアいちの科学者を私怨で殺したと――」
 その声は柔らかく、氷の刃のように冷たい。
 大臣は顔面蒼白になり、思わず口を閉ざした。

 カイネス博士の本音は、決して表に出ない。
 だが、その内側にはすべてを見通す冷静な“分析”と。
 誰にも測れない奇妙な「好奇心」が、静かに燃えている。
 彼が本気を出した時、この国の運命がどう転ぶのか、誰にも分からない。
 螺旋城の白い廊下を、静かに歩き去るカイネス博士。
 背筋は伸び、足音は冷ややか――だが、その瞳だけはどこか愉しげに光っている。

 塔の窓から、朝霧の旧貴族街を見下ろす。
「……クロノチームは、いずれ自分のところに来る」
 そう確信しながら、静かにメガネの端を押し上げる。
「協力の対価は、旧貴族街のカエル10匹とでも伝えようか」
 その声は誰にも届かず、淡い霧に溶けていく。
 それはそれとして、博士は本気で。
 生体兵器化されたカエルに並々ならぬ興味と、情熱を燃やしていた。
 旧貴族街でどんな事件が起ころうと「カエルの標本」さえ手に入れば、彼にとって最大の収穫。

 研究者の矜持か、ただの趣味か?
 誰にも測れないまま、カイネス博士は今日も新たな“遊び場”を探して歩き出す。
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