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chapter4_03
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烏丸は床に転がる鷹取の遺体を前に、表情ひとつ変えず立ち尽くしていた。青白くなった腕には烏丸の枕が大事そうに抱え込まれ、赤いシミを付けている。
この日、烏丸がなかなか帰宅しなかったことで鷹取の心は一層不安定になっていた。
枕だけでは心をいなすことができず、より強い烏丸の香りを求めて鷹取はクローゼットに入った。ふと路地裏で会った日に烏丸が着ていたジャケットが目に入り、それを何の気も無しに羽織った鷹取は、その内ポケットから烏丸が取引の際に護身用として携行していた拳銃を見つけたらしい。半ば衝動的に命を絶ったように見える。
――どうしてもっと早く決断しなかったのか。
否、仮に正しい処方の精神薬に変えていても、二人の宗教観の隔たりは鷹取を苦しめ続け、いずれ同じような死に方をしただろう。
「あの日、取引をした日から……こうなる運命だったのかもしれないな……」
宗教思想の相違は、それ以外の価値観が全て合致していたとしても時に大きな軋轢を生み、命さえ奪い合う。
どんなに思想を否定しても、どんなに神を冒涜してやっても、鷹取の信仰心を解くことが出来なかったことを、烏丸はひどく悔いていた。
しかし一方で、それほどまでに心に深く根を張った信仰心は、もう他人の自分には手の施しようが無いということを、烏丸は身内の件を以ってしてよく理解していた。
烏丸もまた、いつしか自身の気持ちに蓋をするようになり、壊れるよりは曖昧なままの関係性を維持したいと考えていたのだった。
烏丸は冷たくなった鷹取の隣にしゃがみ込む。
「愛し合えないけれど、誰にも渡したくなかった……あの日、僕はドラッグを頼って君を手に入れた……つもりでいた」
烏丸は血液に濡れそぼつ鷹取の髪を撫でながら続ける。
「言葉にすれば、君は僕ではなく信仰を取るだろう?」
顔を隠す髪を耳にかけ、体温を失った頬に触れる。
「たとえ君が神の愛を求める意識の中にあっても、僕は君を想い続けた。……君の神には勝てなかったけどね」
烏丸は自身の無力さを皮肉るように僅かに笑みを浮かべた。
何度も神に裏切られる鷹取に、烏丸は救いを与え続けた。けれども、鷹取は神に対する忠誠を捨てることはなかった。死の間際でさえ、烏丸より神への謝罪を優先していた――それは烏丸にとって完敗と同義だった。
烏丸は鷹取の頬に唇を寄せる。銃創から垂れ落ちた鮮血が烏丸の口元に移る。舌に運ばれた鉄のような香りが少し、義足の味を思い出させた。
そのまま鷹取の鼓膜に向けて、実際には鷹取が最も望んでいた――偽りのない烏丸自身の気持ちを、言葉にして落とした。
「ごめんね……愛しているよ」
烏丸は立ち上がり、横たわる鷹取のそばにあるベッドサイドの引き出しから、所持している薬物をすべてかき集めた。
それを携えてキッチンに向かい、ワインセラーから一本の瓶を取り出す。鷹取の誕生年に作られたそれを、グラス一杯に注ぎ入れた。
「君が選んだ神に、僕も会えるのかな……いずれにせよ、もうこれは必要ない……」
ひとつ、穏やかな笑みを浮かべた烏丸は、両手のひらが一杯になる量の薬物をアルコールで流し込んでいく。
何度も嘔吐を繰り返しながら、烏丸はその全てを飲み切った。数が多かったために時間を要し、初めに飲んだ麻薬と大量に飲み下したアルコールで、既に視界は歪み始めていた。
脳が揺れる。烏丸はおぼつかない足取りで寝室に向かって歩き出す。最後にもう一度、鷹取に触れたかった。
寝室に一歩足を踏み入れ、鷹取が視界に入った刹那、烏丸は立っているのも困難になり、激しい嘔吐と共に床に膝をついた。
「た……とり……く、ん……」
吐瀉物にまみれながら懸命に這いつくばって手を伸ばし、ようやく冷たい機械の脚に触れる。重力に押し付けられるように重くなった頭は、鷹取の方に向けることもできなくなっていた。
心臓は暴れるように拍動しているにも関わらず、烏丸の思考はどこか冷静だった。自身が鷹取に行ってきた事への贖罪を果たせるのならば、どんな罰にも耐えられた。
烏丸はふと、狭くなっていく視界の中で、少し離れた場所に立つ靄のような人影に気が付いた。それを認めた烏丸は、安堵の表情を浮かべて目を閉じ、祈る。
――あなたが本当に神だというのなら、どうか彼に祝福を。
その双眸は二度と光を見る事はなかった。
この日、烏丸がなかなか帰宅しなかったことで鷹取の心は一層不安定になっていた。
枕だけでは心をいなすことができず、より強い烏丸の香りを求めて鷹取はクローゼットに入った。ふと路地裏で会った日に烏丸が着ていたジャケットが目に入り、それを何の気も無しに羽織った鷹取は、その内ポケットから烏丸が取引の際に護身用として携行していた拳銃を見つけたらしい。半ば衝動的に命を絶ったように見える。
――どうしてもっと早く決断しなかったのか。
否、仮に正しい処方の精神薬に変えていても、二人の宗教観の隔たりは鷹取を苦しめ続け、いずれ同じような死に方をしただろう。
「あの日、取引をした日から……こうなる運命だったのかもしれないな……」
宗教思想の相違は、それ以外の価値観が全て合致していたとしても時に大きな軋轢を生み、命さえ奪い合う。
どんなに思想を否定しても、どんなに神を冒涜してやっても、鷹取の信仰心を解くことが出来なかったことを、烏丸はひどく悔いていた。
しかし一方で、それほどまでに心に深く根を張った信仰心は、もう他人の自分には手の施しようが無いということを、烏丸は身内の件を以ってしてよく理解していた。
烏丸もまた、いつしか自身の気持ちに蓋をするようになり、壊れるよりは曖昧なままの関係性を維持したいと考えていたのだった。
烏丸は冷たくなった鷹取の隣にしゃがみ込む。
「愛し合えないけれど、誰にも渡したくなかった……あの日、僕はドラッグを頼って君を手に入れた……つもりでいた」
烏丸は血液に濡れそぼつ鷹取の髪を撫でながら続ける。
「言葉にすれば、君は僕ではなく信仰を取るだろう?」
顔を隠す髪を耳にかけ、体温を失った頬に触れる。
「たとえ君が神の愛を求める意識の中にあっても、僕は君を想い続けた。……君の神には勝てなかったけどね」
烏丸は自身の無力さを皮肉るように僅かに笑みを浮かべた。
何度も神に裏切られる鷹取に、烏丸は救いを与え続けた。けれども、鷹取は神に対する忠誠を捨てることはなかった。死の間際でさえ、烏丸より神への謝罪を優先していた――それは烏丸にとって完敗と同義だった。
烏丸は鷹取の頬に唇を寄せる。銃創から垂れ落ちた鮮血が烏丸の口元に移る。舌に運ばれた鉄のような香りが少し、義足の味を思い出させた。
そのまま鷹取の鼓膜に向けて、実際には鷹取が最も望んでいた――偽りのない烏丸自身の気持ちを、言葉にして落とした。
「ごめんね……愛しているよ」
烏丸は立ち上がり、横たわる鷹取のそばにあるベッドサイドの引き出しから、所持している薬物をすべてかき集めた。
それを携えてキッチンに向かい、ワインセラーから一本の瓶を取り出す。鷹取の誕生年に作られたそれを、グラス一杯に注ぎ入れた。
「君が選んだ神に、僕も会えるのかな……いずれにせよ、もうこれは必要ない……」
ひとつ、穏やかな笑みを浮かべた烏丸は、両手のひらが一杯になる量の薬物をアルコールで流し込んでいく。
何度も嘔吐を繰り返しながら、烏丸はその全てを飲み切った。数が多かったために時間を要し、初めに飲んだ麻薬と大量に飲み下したアルコールで、既に視界は歪み始めていた。
脳が揺れる。烏丸はおぼつかない足取りで寝室に向かって歩き出す。最後にもう一度、鷹取に触れたかった。
寝室に一歩足を踏み入れ、鷹取が視界に入った刹那、烏丸は立っているのも困難になり、激しい嘔吐と共に床に膝をついた。
「た……とり……く、ん……」
吐瀉物にまみれながら懸命に這いつくばって手を伸ばし、ようやく冷たい機械の脚に触れる。重力に押し付けられるように重くなった頭は、鷹取の方に向けることもできなくなっていた。
心臓は暴れるように拍動しているにも関わらず、烏丸の思考はどこか冷静だった。自身が鷹取に行ってきた事への贖罪を果たせるのならば、どんな罰にも耐えられた。
烏丸はふと、狭くなっていく視界の中で、少し離れた場所に立つ靄のような人影に気が付いた。それを認めた烏丸は、安堵の表情を浮かべて目を閉じ、祈る。
――あなたが本当に神だというのなら、どうか彼に祝福を。
その双眸は二度と光を見る事はなかった。
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