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chapter4_02
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薬物により一時的に極端な躁状態を得るようになってから、その後に反動でやってくる鬱の状態も悪化の一途を辿っていた。鷹取にとって、この葛藤はより深く心を苛む一因となった。
しかし今烏丸に追い出されれば、いよいよ路頭に迷ってしまう。少しでも烏丸の機嫌を損ねぬよう、鷹取は教会に行くのも控えるようになっていった。祈りも懺悔もできず、薬物による幻覚の中で救いを求める他なかった。
当直勤務で烏丸が帰らない日などは、狭いアパートに住んでいた頃のように碌な食事も摂らず、寝室でうずくまっていることが多くなった。孤独でざわめく気持ちを落ち着かせるようにベッドの上で烏丸の枕を抱きしめ、じっと時計を睨んで帰宅を待った。
烏丸はひどく塞ぎ込む鷹取を気遣ってはいたが、取引としてこの関係を維持している事で、薬物をやめさせることができずにいた。
そして皮肉にも、その落ちた心を唯一回復させることができたのが、薬物を摂取した後のセックスだった。
「精神科医になればよかったかなあ……」
緊急の手術が入り、想定より長くなった勤務を終えて、烏丸は帰り支度を進めていた。家にいる鷹取に思いを馳せ、ため息混じりにひとりごちる。
「はは、どうしたんですか? 急に」
入れ替わりにやって来た別の外科医の同僚が烏丸に問う。
「うん……鷹取くんがね、脚は大丈夫みたいなんだけど、精神がずっと不安定でね」
「そう言えば、最近通院していないですね。幻肢痛対策に向精神薬を出していましたし、もうすっかり良くなったものと思ってましたよ。でも脚が心配ないなら、もう精神科の先生にお任せしたらいいんじゃないですか?」
「うーん……そうなんだけど……責任を持って診てあげたいというか……」
我ながら苦しい言い訳だと思った。外科医として出来る事はもうない。だが、麻薬漬けにしているから他人には任せられない――など、言えるはずもなかった。
「先生は患者に親身になりすぎるところがありますからね。その慈悲深さが患者に頼りにされる理由なのでしょうけど、あまり背負いすぎないほうがいい。あなたの神がかりな手術のお陰で彼は助かったんですよ。誰も命が助かると思っていなかった。それどころか意識もあり、歩けるなんて。先生はもう十分役目を果たしていますよ」
「はは、神がかり、ね……ありがとう。ちょっと疲れてるみたいだし、早く帰って寝るよ」
「ゆっくり休んでください。お疲れ様でした」
烏丸は車に乗り込み、家路を急いだ。
「もう潮時だな……」
信号待ちで止まった貧民街の交差点で、今にも崩れそうな雑居ビルの群を眺めてぽつりと呟く。
烏丸は鷹取に麻薬を与えるのをやめ、医療用の向精神薬に再び切り替える決意を固めた。鷹取との関係がどうなろうと、医師としての義理を果たすことを選んだ。
――悪人ごっこは終わりだ。
鷹取も烏丸も、自身を苦しめた過去を麻薬や大麻で一時的に忘れるサイクルにはまり込んでいては、返っていつまでも過去に縛られたままだ。烏丸もこれを機に、大麻と決別しようと心に決めた。
――離脱症状……耐えられるといいけど。
現状を打破することに対して些かの不安はあったが、ちょうど青い光を灯した信号が、その決断こそ最適解だと思わせてくれたのだった。
*****
烏丸は自宅の玄関ドアを開ける。陽光を拒むようにカーテンを閉め切っているのはいつものことだった。不安に追いやられるように小さくなっているであろう鷹取に帰宅を知らせるべく、烏丸はまっすぐに寝室へ向かった。
『俺はこれからも先生に愛される人間にはなれない。でも、俺は先生を愛しています。主よ、どうか罪深い俺をお赦しください。先生、ありがとう ごめんなさい さようなら』
寝室に着いた烏丸を迎えたのは、書き殴った遺書と共に弾丸で頭蓋を貫いた後の鷹取だった。
しかし今烏丸に追い出されれば、いよいよ路頭に迷ってしまう。少しでも烏丸の機嫌を損ねぬよう、鷹取は教会に行くのも控えるようになっていった。祈りも懺悔もできず、薬物による幻覚の中で救いを求める他なかった。
当直勤務で烏丸が帰らない日などは、狭いアパートに住んでいた頃のように碌な食事も摂らず、寝室でうずくまっていることが多くなった。孤独でざわめく気持ちを落ち着かせるようにベッドの上で烏丸の枕を抱きしめ、じっと時計を睨んで帰宅を待った。
烏丸はひどく塞ぎ込む鷹取を気遣ってはいたが、取引としてこの関係を維持している事で、薬物をやめさせることができずにいた。
そして皮肉にも、その落ちた心を唯一回復させることができたのが、薬物を摂取した後のセックスだった。
「精神科医になればよかったかなあ……」
緊急の手術が入り、想定より長くなった勤務を終えて、烏丸は帰り支度を進めていた。家にいる鷹取に思いを馳せ、ため息混じりにひとりごちる。
「はは、どうしたんですか? 急に」
入れ替わりにやって来た別の外科医の同僚が烏丸に問う。
「うん……鷹取くんがね、脚は大丈夫みたいなんだけど、精神がずっと不安定でね」
「そう言えば、最近通院していないですね。幻肢痛対策に向精神薬を出していましたし、もうすっかり良くなったものと思ってましたよ。でも脚が心配ないなら、もう精神科の先生にお任せしたらいいんじゃないですか?」
「うーん……そうなんだけど……責任を持って診てあげたいというか……」
我ながら苦しい言い訳だと思った。外科医として出来る事はもうない。だが、麻薬漬けにしているから他人には任せられない――など、言えるはずもなかった。
「先生は患者に親身になりすぎるところがありますからね。その慈悲深さが患者に頼りにされる理由なのでしょうけど、あまり背負いすぎないほうがいい。あなたの神がかりな手術のお陰で彼は助かったんですよ。誰も命が助かると思っていなかった。それどころか意識もあり、歩けるなんて。先生はもう十分役目を果たしていますよ」
「はは、神がかり、ね……ありがとう。ちょっと疲れてるみたいだし、早く帰って寝るよ」
「ゆっくり休んでください。お疲れ様でした」
烏丸は車に乗り込み、家路を急いだ。
「もう潮時だな……」
信号待ちで止まった貧民街の交差点で、今にも崩れそうな雑居ビルの群を眺めてぽつりと呟く。
烏丸は鷹取に麻薬を与えるのをやめ、医療用の向精神薬に再び切り替える決意を固めた。鷹取との関係がどうなろうと、医師としての義理を果たすことを選んだ。
――悪人ごっこは終わりだ。
鷹取も烏丸も、自身を苦しめた過去を麻薬や大麻で一時的に忘れるサイクルにはまり込んでいては、返っていつまでも過去に縛られたままだ。烏丸もこれを機に、大麻と決別しようと心に決めた。
――離脱症状……耐えられるといいけど。
現状を打破することに対して些かの不安はあったが、ちょうど青い光を灯した信号が、その決断こそ最適解だと思わせてくれたのだった。
*****
烏丸は自宅の玄関ドアを開ける。陽光を拒むようにカーテンを閉め切っているのはいつものことだった。不安に追いやられるように小さくなっているであろう鷹取に帰宅を知らせるべく、烏丸はまっすぐに寝室へ向かった。
『俺はこれからも先生に愛される人間にはなれない。でも、俺は先生を愛しています。主よ、どうか罪深い俺をお赦しください。先生、ありがとう ごめんなさい さようなら』
寝室に着いた烏丸を迎えたのは、書き殴った遺書と共に弾丸で頭蓋を貫いた後の鷹取だった。
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