【完結】近寄らないで、ひとりにして

立早うお

文字の大きさ
21 / 21

最終話

しおりを挟む
「こっちの片づけは終わりました」
「こっちはもう少しで終わる」
 三年近く住んでいたマンションから退去し、綾瀬は新しいところに引っ越した。まだ見慣れない部屋に、ダンボールがいくつか積み上げられている。
 手伝いに来た須加には、キッチンの片づけを任せた。全く自炊しない綾瀬より、恋人の食事管理に意気込んでいる彼のほうが適任だ。
「ちょっと休憩しましょう」
 服をクローゼットに入れてから、居間へ戻る。食卓に淹れ立ての紅茶といちごショートケーキが置いてある。
 新しい家の雰囲気に合わせて一緒に選んだウッディな食卓を、いざ家に置いてみるとどこか不思議に見える。
 食卓も、須加〈恋人〉の存在も、自分とは一生縁がないと思っていた。
 須加の真向かいに腰をかけ、あたたかい紅茶をひと口。
 この不思議な気分は、いつになったら慣れるのだろう。
 須加がここにいるのが当たり前だと思えるようになりたい。けれど、この瞬間は奇跡に等しいと思う今の気持ちも大切にしたい。
「早く先輩と一緒に住みたいな」
 情事の最中に、須加はしつこいほど名前で呼んできたのに、終わるとまた「先輩」に戻った。
 理由を訊くと、頬を染めながら「今しか呼べないから」とわけがわからないことを言う。
 綾瀬は別にどっちでもよかったが、キスする前に急に「理人」と呼ばれると、肌を重ねたときの感触が蘇って落ち着かなくなる。
 先輩呼びをもう少し続けてもらうか。慣れるためさっさと名前呼びに切り替えてもらったほうがいいのか。迷うところだ。
 須加との関係を、叔母と須加の家族に打ち明けた。心配されたけど、反対はされなかった。新居を探す際に、ゆくゆくは一緒に住みたいとも伝えておいた。
「あと二年だな。卒業までの我慢だ」
「二年か……楽しみです」
 マグカップにくちびるをつけてひと口。須加は眼を輝かせて近い未来を想像する。
「引っ越しってなんかいいですね」
「そう?」
 須加はケーキを口へ運ぶ。
「この先いいことがたくさん待ってるって感じがしません?」
 首を傾げ、綾瀬は思い返してみた。
 はじめての引っ越しは、理香子が亡くなり、叔母に引き取られたときだった。
 二度目は叔母の家を出ると決めたとき。
 どっちも決していい思い出とは言えないし、未来に対する期待なんてない。現実を恐れ、すべてを諦め、ただひとりになりたかった。
 でも今は、たしかにそうかもと思えた。
 この家で須加とこうして食卓を囲み、他愛もない話をする――この瞬間が未来へと続いていく。
 大人になっても一緒にいる風景を思い描いてみると、心があたたかくなった。
「先輩もケーキを食べてみて」
 ひと口サイズに切ったケーキをフォークにのせ、口へ運ぶ。
 ふわふわとしたクリーム、やわらかいスポンジケーキ。
 味がわからない。
 でも、須加は幸せそうに食べているから、きっと美味しい。
 美味しいとはどんな味なのか。
 思い出そうとすると、須加とのキスが脳裏に浮かんだ。ちょっぴり恥ずかしさが入り混じった、幸せな気持ちになった。



 おわり



 ----------------------


 ここまでお読みいただきありがとうございます
 人生はじめてのオリジナルBL……どうしてかケーキバースに挑戦してみました
 少しでも楽しんでいただけると幸いです!
 一言コメントでも、♡だけでも、なにかいただけたら飛び跳ねるほどうれしいです
 
 まだ使い慣れてないが、Xはこちら@tachibaya3030です

 基本まったり更新。またお会いすることができたらうれしいです~
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

隣の席のイケメンに懐かれた

しょうがやき
BL
隣の席のイケメンに懐かれた平凡男子の話

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

この変態、規格外につき。

perari
BL
俺と坂本瑞生は、犬猿の仲だ。 理由は山ほどある。 高校三年間、俺が勝ち取るはずだった“校内一のイケメン”の称号を、あいつがかっさらっていった。 身長も俺より一回り高くて、しかも―― 俺が三年間片想いしていた女子に、坂本が告白しやがったんだ! ……でも、一番許せないのは大学に入ってからのことだ。 ある日、ふとした拍子に気づいてしまった。 坂本瑞生は、俺の“アレ”を使って……あんなことをしていたなんて!

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです

一ノ瀬麻紀
BL
引きこもりの僕、麻倉 渚(あさくら なぎさ)と、人気アイドルの弟、麻倉 潮(あさくら うしお) 同じ双子だというのに、なぜこんなにも違ってしまったのだろう。 時々ふとそんな事を考えてしまうけど、それでも僕は、理解のある家族に恵まれ充実した引きこもり生活をエンジョイしていた。 僕は極度の人見知りであがり症だ。いつからこんなふうになってしまったのか、よく覚えていない。 本音を言うなら、弟のように表舞台に立ってみたいと思うこともある。けれどそんなのは無理に決まっている。 だから、安全な自宅という城の中で、僕は今の生活をエンジョイするんだ。高望みは一切しない。 なのに、弟がある日突然変なことを言い出した。 「今度の月曜日、俺の代わりに学校へ行ってくれないか?」 ありえない頼み事だから断ろうとしたのに、弟は僕の弱みに付け込んできた。 僕の推しは俳優の、葛城 結斗(かつらぎ ゆうと)くんだ。 その結斗くんのスペシャルグッズとサイン、というエサを目の前にちらつかせたんだ。 悔しいけど、僕は推しのサインにつられて首を縦に振ってしまった。 え?葛城くんが目の前に!? どうしよう、人生最大のピンチだ!! ✤✤ 「推し」「高校生BL」をテーマに書いたお話です。 全年齢向けの作品となっています。 一度短編として完結した作品ですが、既存部分の改稿と、新規エピソードを追加しました。 ✤✤

処理中です...