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3章 虚構の偶像

その砂の中で

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 教会前に降り立ったその機体はシンプルに『ブルー』と言う。
 ブルーは、まるで冬の空を思わせるように青く、そして冷たい輝きを放ち、一見すると西洋の甲冑と見間違える頭部に、裸かと思わせる程に、素直な胴体である。

 ただ一つ感じる違和感は、右二の腕に装着されている銃身付の野太いソードである。
 現在、そのソードは右手首付近までスライドさせている。
 伸び切った刀身の根本から飛び出た柄を握る事により、アーサーは戦闘準備を整えている証明をした。

 教会の入口付近にはクリス達
 その前にはブルー
 更にその前に、ヱラウルフとジャルールがブルーの出方を伺っている。
 
「ユリウス、説得出来そうか?」
「……分からない」

 サンドはジャルールのエネルギーゲージを見ながら舌打ちをする。
 もし、エネルギーがフルであれば? 時間を稼げば?
 いくつもの策を考えるが、何をどうして? 
 その考える全てが、目の前にいる人間には通じないのを本能で理解していた。
 ダメ元でユリウスに一縷の望みをかけた案を出したが、きっとあの言い分では良い方向には向かわない事を察し、マナの回復をするに徹した。

「何よあれ? 反則じゃない」

 クリスはレジャー達に寄り添いつつ、どう生き延びるかを念頭に頭をフル回転させている。
 クリスとて1流の技術屋の顔を持つ。その判断が今この場にいる全員に死の匂いを放つ程の機体が、目の前に事に辟易する。
 そして、やり取りからユリウスの父親である事は理解していたが、身内だろうが信用出来る出来ないは別の次元である事は彼女自信の人生がそれを証明していた。

「父さん……あなたは全てを知っててここに来たのか?」
「ム、聞くまでもない事柄に答える必要はない」

 ユリウスは、『何かの間違えであって欲しい』という質問をアーサーに投げつけるが、軽くいなされてしまう。
 それが決定打となり、ヱラウルフとジャルールは戦闘態勢に移行する。

「最初の質問に答えろ、ユリウス」

 ユリウスは自身が経験した事をアーサーに伝える。
 万が一の事態も考え、違和感の内容に、多少ゆっくりと経緯を伝えた。
 
「……そしてその元凶がこのアンブレラにあると分かって……この戦争を終わらす為に、軍を抜けてここに居る」

「軍を抜けたと……ム、戦争を終わらすと言ったか?」
「そうだ! ミツバのため、僕はこれ以上目の前で人が無意味に死ぬ事を許さない。その為に、仲間たちと戦争を終わらす」

「フフッハハハッ! 何を言い出すかと思えば、多少剣が使えるだけのものが……思い上がるか」
「冗談ではない! 父さんこそ、こんな薬を使ってどうするつもりだ!?」

「私か? 戦争を終わらせるつもりだ」
「父さんは、自分が何を言ってるのか分かってるのか?」

「無論だ。貴様のままごとと一緒にするな」
「こんなものを使って……悲しみが増えるだけだと何故分からない?」

「そうか」

 そこで会話が途切れる。ブルーは真っ直ぐにサクサクと、友達に耳打ちをするかの如く、不用心にヱラウルフへ近付いていく。結果的に教会からは遠のいた形となる。

「例え父さんでも、それ以上は交戦の意思とみなす」
「ユリウスよ。貴様はここに居る全員を『お前』だけで救うつもりか?」

「……そうだ」
「……そうか」

ーーーー刹那!

 突如振り返ったブルーが右手を伸ばし、搭載された機関砲をクリス達がいる『教会』に向かって数発撃つ。
 今、ヱラウルフでもジャルールでもなく、『教会』を撃つとは思ってもいなかったサンドとユリウスはこの突然の事態に数コンマ反応が遅れてしまう。

 その実弾は教会を直撃し、破壊された重さ数トンもあろうかという石材がクリス達めがけ降り注いだ!
 ブルーの後、1番最初に体を動かしたのはレジャーであった。

「フェルミナ! ハーレー! 危ないッ!」
「きゃああああ!」

 言葉には出さなかったが、レジャーはクリスを含めた彼女達を咄嗟に殴り飛ばす。
 
ーーズゥウウウウン

 モクモクと砂塵が舞い、視界が開けたクリス達が見たのは、下半身が石材に押しつぶされ、ピクリとも動かなくなったレジャーであった。

「あああああ…… レジャー、あなた! どうして!!」
「お父さん。しっかりです!」
「…………」

「良かった。今回は間に合った」

 駆け寄る彼女達の問いかけに、薄っすらと目を開けたレジャーは助ける事が出来た喜びに笑顔を零した。

「今その石をどかす」
「だめよサンド」

 サンドの提案を即座にクリスは却下した。
 その石材をどかした瞬間に、出血多量で即死してしまう。
 石材が出血を防いでいるため、ギリギリ意識があるのをクリスは理解していた。
 今なのだ。今しか、レジャーはレジャーでしかいられないのである。

「俺は、助からないな?」

 レジャーの問いかけにギリギリと歯を食いしばったクリスがゆっくりと首肯する。
 
「そうか。ありがとう」
「あなた! しっかり、クリスさんお願いします。何でもしますから! レジャーを……」
「クリスお姉ちゃん! お願い。です」

 ハーレーとフェルミナの嘆願に、クリスは涙を堪える事が出来ない。
 ポロポロと涙を流しつつ、この首を左右に振ることしか出来なかった。

「あまり、困らせるな……ハーレー、フェルミナ。俺ですら分かっているんだ。やっと、やっとだ」
「あなた……」
「やっと、ハーレーとフェルミナに会えた。最後に、神様が残してくれた褒美だよ」
「そんなこと言わないで。です」
「可愛いなぁ、フェルミナ。なぁハーレー、うちの子は」

 彼女達は、嗚咽混じりにレジャーの声を聴く。

「こうやって、暖炉のある家でさ……3人で、食事をしながらゆっくりと……夢だ、夢だったんだよ」

 レジャーは最後の力を振り絞って手を伸ばす、それに呼応するかのように、ハーレーとフェルミナはレジャーの手を掴む。

「もう、神様も許してくれるかな……この夢を……ハーレー、ありがとう。フェルミナ……ダメな親父で……すまない」

 レジャーの最期の感情は、感謝と謝罪。
 その濡れた砂は直ぐに乾くであろう、しかし、愛するものを潤すには十分な涙を流し、レジャーは散った。
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