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3章 虚構の偶像

夜泣きの唄

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 本格的では無いが医務室があるというので、サンドはジャルールにクリスとハーレー達、それに負傷したユリウスを乗せ、備蓄倉庫へと向かった。
 緊急にユリウスの治療にあたった結果、クリスの見立て通り命に別状は無かったが、大きな代償が残ってしまった。

 手術から1日程経過した今、病室でユリウスをベッドで寝かせ、クリスとハーレー達が交代で見守っている。

「うう……みんな……」
「お母さんッ! ユリウスが起きた。です」
「ユリウスさん、もう大丈夫です。今クリスさんをお連れしますね」

 薄っすらとユリウスの意識が回復したのを見たハーレー達は、仮眠を取っていたクリスを叩き起こした。
 そして現在、飛び起きたクリスと会話が出来る程度にまで至っている。

「ごめんなさいユリウス。左目は失明よ」
「命が助かっただけでも有り難いよ。ありがとうクリス」

 ユリウスは気にしないという旨をクリスに伝えた。本心である。
 ユリウスは左目から右目上部にかけての裂傷であり、脳にまで傷は達せず、頭蓋骨を掠るにとどまったが、左眼球は完全に潰れてしまっていた。
 そして、自身の体質でユグドラシル薬が効かないため、旧時代の薬に頼るしかなかった。

 ただ、クリスはもう一回ダメ元でユグドラシル薬を作成し投与した。
 その理由を後にサンドが聞いてみると

「なんかイケそうなき気がしたのよ」

 というクリスらしい返事が帰ってきた。
 ただなんと、この賭けが成功し、僅かではあるが効能が見え始めたのだ。
 実際のところはアンブレラによる能力向上がユリウスの体質を上回った結果であるが、クリスはまだその事実を知らない。

 薬が効いた以上、クリスの独壇場となる。
 義眼を視神経と繋げるには至らなかったが、それ以外の裂傷は既に治癒の兆しを見せ始めていた。

 そんな折、一時的に砂漠へ戻っていたサンドが戻ってきた。

「ユリウス、もう起きて大丈夫なのか?」
「ああ、問題ないよ。ありがとうサンド」

 そう言うとユリウスは、サンドを探すように手を伸ばす。
 今ユリウスの口から上は包帯でぐるぐる巻にされているためである。
 その手をサンドはしっかりと握り返すと、ユリウスは再び感謝の言葉を口にした。

 少しばかり沈黙ーー
 仮にもサンドは、目の前にいる友の親を殺したのだ。
 その事実をどう伝えるべきか、どう言葉に出せば良いのか……
 砂漠から戻る道中も考えてはいたが、うまくまとまらず棚上げしていた。
 それを察し、いたたまれなくなったクリスは助け舟を出す。

「向こうはどうだったの?」
「ああ、丁重に葬って、今は皆寝てるよ」

「父さんもかい?」
「!!!」

 ユリウスの発言に、サンドは握っていた手を強く握り返す。
 半ば確信めいたユリウスのその言葉を、サンドは歯噛みし、慎重になろうと努力する。

「ああ、その……すまない、ユリウス」
「良いんだよ。それも含めて『ありがとう』だ」

 ある程度のいきさつは、クリスから聞いていたのでユリウスはとうに理解していた。
 サンドを勇気づける事が、今のユリウス出来る精一杯の恩返しだと考えていた。

「それでも俺は、ユリウスの親父さんを殺してしまった」
「あの場で父さんを殺さなかったら、皆殺しだったよ。だからサンド、気にやまなくていいんだ」

「はい、一旦この話終わり! もう寝ましょう。私も流石に疲れたわ」
「そうだね……また明日」

 ただ、最後に1つだけ、とユリウスはサンドを見つめ直す。

「父さんは、立派な最期だったかい?」
「ユリウスを想って、立派に逝ったよ」

「そうか……」

 そうして、この会合が終わる。
 部屋を出る時に、サンドはもう一度ユリウスを見る。
 ユリウスは窓のある方向へ顔を逸らし、ただ何も見えない夜景をじっっと見つめていた。
 その横顔は、ブルーのコックピットで果てたアーサーにそっくりだったので、サンドはまた少し罪の意識を感じた。

ーーその夜

 始めての親子水入らずを邪魔するのは申し訳ないとのことで、ハーレー達とは別の部屋でサンドとクリスは寝床を敷いた。

「疲れたわね」
「疲れたな」

 もう、疲労の限界からかお互いにボキャブラリーが枯渇している会話をし始める。
 どちらかが言い出した『いい加減寝よう』をきっかけに、2人絶妙な距離で背中を向ける形で寝転がる。

「なぁクリス」
「んー?」

「俺、あれで良かったのかな?」
「私にまで言わせるんじゃないわよ。……サンドが居なければ私達は今頃、砂漠の中よ」

「そりゃあ、分かってるだけどさ」
「じゃあ何よ?」

「分かってるんだ。でも、こんな方法しか無かったのかなって」
「無いわよ」

「……俺、……俺、人を殺して……おかしいよな? ミザリーの時には何とも思わなかったんだ……でも」
「でも?」

「冷静に……人を殺して。怖いんだよ……俺、どうなっちまうんだろうって」
「……」

 サンドは、上体をお越し声を殺して嗚咽を垂れる。
 あの時、彼の意識は間違いなくクリアだった。
 そうでなければ、あの戦闘で勝てるはずがなかったからに他ならない。
 なりたくもない自分に変わっていく恐怖を、サンドは必死に耐えてきたが、ここに来て決壊してしまった。

 その時、背中を暖かい何かが包んだ。
 そっとサンドの両脇から優しい腕が回り、しっとりとサンドを温める。
 
「泣き虫さん、2回目よ」
「すまん」

 そうして、サンドは落ち着きを取り戻す。
 そして、彼は自分の悲しみが他人を貶める事態を及ぼす事を知ることになる。

「サンドばっかりずるいわ」

 それは、クリスであった。

「いい? 私はね、戦うことすら出来なかったのよ」
「それは、しょうがないじゃないか」

「しょうがなくないわよ! 私はあなた達の仲間で、仲間が戦ってるのに……レジャーだって救えなかった」

 サンドを締め付ける力が強くなる。
 その力を、サンドは抗うことなく受け止める事にした。

「この悔しさが分かる? ユリウスの治療だってそう、あんなもの私からしたら、ただ縫っただけよ」
「そんなことないだろ」

「サンド、私はね、悔しい時は泣かないって決めてるのよ」
「クリスは、偉いんだな」

「ただ、今から思いっ切り泣くからね! 受け止めなさいよ!」
「……分かった」

 クリスの演奏をしっかりとサンドは受け止めた。
 気が付けばお互いに寝ていたらしく、次の朝を迎えた。
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