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4章 轗軻不遇の輪舞曲

かつて解放軍の大会で

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 ジュドニーはその立地から北口と南口、更に港口があり、エニグマからそこへと向かったバンとリュカを除く一行は、街の南口にある受付で入街手続きをおこなっている。

「ようこそいらっしゃいましたモ。ジュドニーインフォメーションだモ」
「仕事の合間に観光がしたいんだが、最近どうも治安の悪い所が続いてな。出来れば近付いちゃいけない所とかあれば教えてくれるか?」

「モ。それでしたらーー」

 キャピキャピとした牛の獣人から教わるに、各受付所がある近辺は観光地として賑わっているので比較的治安が良く、北側から中央付近は観光地は無いが一層治安は良いとのこと。
 そして森に近い西側は血の気の多い獣人が沢山おり、特定の場所以外はツアーバスによる移動を進められた。

 受付の獣人は口には出さなかったが、きっと西側にスラム街があるのだろうという事は容易に想像出来た。

 サッチモ達はその情報を元に、南口付近で地図を広げどういった分担にするか話し合う事にした。

「ジュドニー中央部の西側と東側のホテルに止まり、治安の悪い西側をマルセロさんとメンディさん。東側を私とサッチモさんで聞き込みをして、情報が集まらなければ最終日に北側付近へお互いに足を伸ばすのが懸命かと思われます」

 ミツバはサッチモが入手した情報を元に的確に分析をする。
 サッチモは自分が西側を担当する気でいたが、自分以外の全員がそれを許さなかったため、最終的にはミツバの案へ同意した。

「マルセロ、メンディ、ババを引かせたみたいで悪いな」
「何言ってんですか社長ォ! 俺達に任して下さいって。俺の腕っぷしなら社長が一番分かるでしょ」

「ハハ、たしかにな」
「そうっすよ。なんたって俺はーーーー」

 マルセロが喋るたびに、ミツバは彼を千切れた昆虫を見るかのような目で睨みつけている光景がメンディにとってはツボらしく、クスクスと笑う事でメンディ自身もこの配置に賛成の意を示した。

「では夜の22時にその日の結果を報告して下さい」
「よし、では行くか」

 サッチモの号令の元、マルセロとメンディは中央部西側に向け出発した。

ーーーーーーーーーーーー

「あのよぉ、メンディ。こりゃどういうこった?」
「私に分かるはずないだろ」

 適当なホテルへチェックインを済ませた二人は、早速と西側の街へ繰り出した。
 スラム街特有の、その街道を通る車はオンボロか高級車の二択で、街には時折ジャンキーが座り込んでいるが、戦場という場所に身柄を置いていた彼等にはどうという事は無かった。

 では何が問題か?
 それは西側の詳細地図に載っていた、ホテルに1番近い『シルバ薬局』へ到着した時である。
 そこには『シルバ』という看板はあるのに店内は見渡す限り何も無く、薬と呼ばれる類のものが1つも無かったからに他ならない。

「おい店主、ここは薬局で間違いねーよなァ?」
「当たり前だロ、看板を見ロ」

「じゃーよぉ、何で薬が何処にもねーのよ?」
「見りゃ分かるだロ。売り切れたんだロ」

 あまりに素っ気ない、眼鏡をかけたセイウチの獣人の店主は手元にあるパズル本に夢中である。
 その対応に、本能で動くマルセロはカチンと来たのか、凄む勢いで店主に詰め寄る。

「ザケンなよ! だったら営業してるっておかしいだろーがッ!」

 その言葉にチラリとマルセロを一瞥した店主は、ヒッチハイカーを乗せるような指の動きで、自身の後ろにある看板を指した。

「よく見ロ、ウチの営業時間は夜の6時までだロ。目が見えない人間カ?」
「てんめぇえええええ」

 頭に血がのぼったマルセロは店主に殴りかかろうとするが、寸前でその拳をメンディに止められた。

「やめろマルセロ。騒ぎを起こすんじゃあないッ!」
「だってよぉ! コイツイカれてるじゃねーか!」

 それでも駄目だとメンディ念を押されたマルセロは観念したのか振り上げた拳をおろした。

「薬局自体はまだある。他を当たろう」
「しゃーねーなー。わぁったよ」

「では店主、邪魔をしたな」

 サッサッと手で追い払うジェスチャーをした店主はパズル本を再開した。
 マルセロはその態度に再度怒り心頭といった様子だったが、諦めて他を当たる事にした。
 店を出た彼等は、この異常事態に辟易する。

「あの野郎ォ! ぜってーただじゃおかねー」
「確かに妙だな。ただあと薬局は3店舗あるし、とりあえずそちらを目指そう」

 しかし、この妙な出来事は終わってはいなかった。

 2店舗目『ンゴーロ薬局』
「薬? ないヨ。見たら分かル。私の目薬貸そうカ?」

 3店舗目『デラロサ薬局』
「お客様サマ、狂ったことイウ。薬があったら俺が見たイネ」

 そして、最後の4店舗目『ルサルカ薬局』
「はぁ、こんなのを相手にするなんてナー。見たら分かる事をいちいち聞くとか、どうかしてるナー」

ーーーーーーーーーーーー

「ダーアアアアッ! どうなってんだこの街はよぉッ!」
「ここまで来ると何かあるとしか思えないな」

 『ルサルカ薬局』を出た前で、マルセロは地団駄を踏んで奇声をあげる。
 3店舗目からこの結果は予想はしていたが、メンディにとってもこの事実を受け入れるのに時間を要した。

「酒だ酒だ! 酒でも飲まねえとやってらんねえッ! 行くぞ、メンディ」
「今日の収穫は無いのはヤバいと思うが」

「相変わらず頭カッチカチだなメンディよぉ! 情報収集は酒場ってのは基本だぜ」
「はぁ、そういうものか?」

 いつもなら「それでも」となるメンディであるが、今日の仕打ちは流石に応えたらしく、大人しくマルセロの提案に従った。

 二人はスラム街の酒場『フッキ』へ足を踏み入れた。
 その店内はカウンターと小さな高めのテーブルだけがある立呑スタイルの店であり、店内には数人の柄の悪い獣人がなんでもないその日の鬱憤を晴らしていた。
 いつもと違う普通の人間が入ってきた事に驚いたのか、マルセロ達はジロジロと言う視線や場違いを指摘するような笑い声を感じていた。

「姉ちゃん、とりあえずエール2つに軽いつまみくれや」
「私の名前は『アガコ』でスー。注文受付ましたでスー」

 しばらくすると、マルセロ達の待つテーブルに酒とつまみが置かれた。
 これすらも無いと言われたらどうしようかと思ったが、ようやく注文通りの品が届いた喜びかマルセロを刺激し、届いた直後にそのエールを飲み干した。

「プッハァあああ! これよこれ。なんかよぉ、1年近く飲んで無かった気がするぜぇ」
「確かに。ただしかし、今日は災難だったな」

 マルセロが立て続けに3杯目に突入しようかと言う時、後ろで飲んでいたいかにも柄の悪い馬の獣人ニヤニヤと笑いながら近付きマルセロに声をかけてきた。

「ヒヒン、お前等見ねえ顔だけど、飲みっぷりはいいな。どうだ? 俺様と勝負しねえか?」
「勝負だぁ? 一体よぉ、何を賭けるっつーのよ?」

「なーに、ちょっと俺等に奢ってくれよ。金が無くてよぉ。ヒヒ」
「おもしれーじゃねぇかよぉ! で、方法は何だよ?」

「腕相撲でどうよ? ヒヒン」
「よっしゃノッたぜぇ! 俺が勝ったらよぉ、オメーが奢れよな?」

 お互いに賭けと方法が決まった後で、その馬獣人はポケットから小さい木版を取り出した。

「これは簡易フェタークだ。これに向かってお互いに名前を言ったあとに『勝負』『乗った』って誓ったら勝負成立だぜ。今なら逃げれるけどどーする? ヒヒ」

 その発言を聞くやいなやマルセロは3杯目を一気に飲み干し、大声で宣誓した。

「マルセロだ。勝負だぜ!」
「マサラ。乗った! ヒヒン」

 直後、店内はマルセロ達を馬鹿にしたような大きな笑い声に包まれる。

「あーあ、破産するわアイツ。まさかマサラに腕相撲を挑むなんて」
「俺『等』に奢るのとこに引っかからないで勝負を受けるなんて……馬鹿だネ」

「ヒヒーン。馬鹿を騙して酒代浮いたぜ! オラ、こいや」

 空いたテーブルに肘をガンと乗せ、マサラはマルセロを挑発する。
 だがその挑発もギャラリーの反応にも、マルセロ達は動じることは無かった。

「マルセロ、分かってるな?」
「わぁーってるって。まぁ見ときな」

 マルセロは上半身裸になり、マサラの手を握る。
 体格差で言えば同等、もしくは獣人であるマサラに少し分があるように見える。

「ヒヒ! あ、言ってなかったけど、俺腕相撲で負けた事ねーんだ。ま、薬も買えねー奴だから、手加減してやるぜ! ヒヒン」
「ああ、そうかよ」

 先程エールを運んだ獣人アガコがレフェリーとなり、両者の間に立った。

「レディースーエーンジェントルメーン。では行きまスー」

 互いが握り合う拳に手を乗せ、勝負が始まったーー

「レディー……ゴー」

ーーバダン! 

「ヒギャン! は? え? ヒヒ?」

 まさに一瞬の出来事であった。
 肘から先がとんでもない方向へ曲がっているマサラは、自分の身に起きた事実が理解出来ず、ただ呆然と座り込んでマルセロを見上げていた。

「勝者ー、マルセロでスー」

 冷静にアガコは勝者の名を告げる。
 その瞬間、店内はその日一番の盛り上がりを見せた。

 ウォオオオオオオオーーーー

「すげえ奴が現れたな!」
「マサラに勝った? 人間が?」

 そんな声が聞こえる中、腕相撲と聞いただけでた勝利を確信していたマルセロは至って冷静にマサラを見下ろす。

「あ、言ってなかったけかぁ? 俺よぉ、腕相撲で負けた事ねえんだわ」
「ふふっ。マルセロ笑わせるな」

 たっぷりと余韻を残し挑発仕返したマルセロに対し、ただ1人だけマルセロの勝利を信じていたメンディは笑いながらチビチビと酒を煽った。

「勝ったのは俺だぜぇーーッッ! お前らぁ、マサラの奢りだぜぇ、今日は飲めやァ!」

 ウォオオオオオオオーーーー

「ちょ、ちょっと待ってくれ。ヒヒ。これは不正だ! やり直しだ! ヒヒ」

 イチャモンをつけようとするマサラであったが、その瞬間に簡易フェタークがぼんやりと光るのがマルセロ達に見えた。

「それってよぉー、光ったらマズいんじゃあねーの?」
「ヒ、ヒ、ヒヒーーーーーーーン」

ーーーーーーーーーーーーーーー

「いやぁ、超スッキリしたぜぇーー!」
「しかし、ふふっ腕相撲とはな……ふふふふっ」

 マサラが地獄を見た帰り道、マルセロ達は意気揚々とホテルのロビーへ到着すると一本の電話がかかってきた。
 メンディはふと時間を見ると22時を少し過ぎたところであり、その瞬間に顔が青ざめるのが分かった。

「やばいぞマルセロ。報告することがないぞ」
「いいってことよぉ。俺に任しときな」

 そして、メンディにかかってきた電話をマルセロが取る。
 マルセロは今日は何も得られなかったと言うと、受話器越しからも聞こえるミツバの罵声がメンディには聞こえてきた。

「だからよぉー、大丈夫だって。今日はもう切るぜ」
『ちょっと待ってください、話はまだーー』

 ーーピッ

 マルセロはミツバを無視して電話を切り、ほらよとメンディにその電話を投げ渡した。

「おい、大丈夫ってどういう……」
「ッカー、これだから型物は参るぜ」

 マルセロはメンディによく見なかったのか? と言い残し、自室へ戻っていった。
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