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4章 轗軻不遇の輪舞曲

小さな恋のメンディ

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「おいマルセロ、なんだこれは? 私は着ないぞ?」
「いいから! ぜってー上手くいくから着ろって」

 翌日、マルセロが『野暮用を済ます』とホテルのロビーでメンディを待たせているうちに、朝と呼ぶには遅い時間となっていた。
 それでさえ苛立ちを隠せないでいたメンディだったが、戻ってきたマルセロが開口一番、おもむろに「着ろ」と命じたその服は、女性用であった。

「化粧品もよ、へへ、買ってきてやったぜぇ」
「私は着ないぞ。そんな趣味はないし、それを着ることは末代までの恥だ」

「末代ってよぉー、メンディお前。今のままだとオメーが末代なんじゃあねーの?」
「うぐぅ!」

「まぁ聞けってよぉ。ーーー」

 マルセロお得意のデリカシー0突っ込みがメンディに炸裂する。
 その後、マルセロがメンディに作戦内容を伝え少しはメンディも落ち着いたが、絶対に化粧はしないという線で決着がついた。

「マルセロ、もし失敗したら分かってるな」
「大丈夫だって、少しはよぉー、俺様を信じろよ」

 そうして、女装したメンディを乗せマルセロ達はシルバ薬局へと向かった。
 少し離れた所で車を止め薬局へと向かう。
 マルセロはメンディに合図をするまで絶対に店に入るなと言い残し、単身店内へと入っていった。

「よぉ、店主。相変わらずなーんもねーのな」
「また来たのカ。よく見ロ、お前等に売るものはないゾ」

「そんな硬ぇー事言うなよぉー! 今日はよぉ、頼みがあって来たわけよ」
「ン? 何の用ダ?」

 パズル本から目を離さない店主を他所に、カウンターにガツっと右肘をついたマルセロは、余った左手でポケットに閉まっておいた簡易フェタークを取り出し乱暴にカウンターへそれを置いた。

「『薬』をよぉー、売ってくれや」

 マルセロはニヤリと笑い店主を見つめる。
 すると、初めて店主はパズル本から目線を外し、マルセロを直視した。
 その目はまるで、相手を客として扱ってあげても良いかと言うような見定めるような視線であり、マルセロはその目を逸らすこと無く見続けた。

「余所者ガ……私をからかうつもりカ?」
「ちゲェよ。つーかこれこの辺じゃ何処でも売ってんのな。試しに買ってきてやったぜ」

「フン、方法ハ?」
「腕相撲なんてどうよ?」

「乗らン。帰レ」
「んな事言うなよぉ。あ、そうだ! 次にこの店に入ってくるのがどんな奴か賭けようぜ? 近けー方が勝ちって事でどうよ?」

 腕相撲を否定されたマルセロは、本命の勝負を持ち掛けた。
 店主はパズル本にまた目を向けていたが、少しの思考の末、返事をする。

「確かニ、公平だナ」
「だろ? あ、言った言わないがねーように、紙に書いとくってのはどうよ?」

 マルセロの提案に従った店主は、カウンターにあるメモ紙とペンをマルセロへ投げるように渡した。
 また、自身もメモ紙を1枚破り持っていたペンで対応しようとしている。

「被ったラ、どうすル?」
「そんときは俺の負けでいいぜ。で、どうすんだ? やるか?」

「いいだロ。私が勝ったら有り金全部置いていケ」
「いいねぇ! そそるじゃーねえか」

 お互いがメモ紙に書き込んだ、終わると同時にマルセロは簡易フェタークを再度店主へ向け掲げた。

「マルセロ、勝負!」
「セッコ、乗っタ」
 
 お互いの宣言に簡易フェタークが勝負が始まったサインとして反応を示す。
 それを見届けたセッコは、耐えきれずに大声で笑い始めた。

「何かよぉ、おかしーことでもあったのかよ?」
「フフフ、余所者の浅知恵で儲けられると思ったら嬉しくてナ」

「まだよぉ、決着はついてないぜ?」

 そのマルセロの発言により一層高い声で、まるで勝利を確信しているかのようにセッコは笑った。

「馬鹿とはこの事だナ。言ったはずダ、『よく見ロ』とな。教えてやル余所者、これは裏を返せば『見られてル』と言うことダ」
「な、なにを言ってやがるー?」

「近い奴が勝利だト? たかが女装でカ? フフ、私が何年このスラムに居ると思っていル? 年季が違うんだヨ」
「……てめーまさか」

 特別サービスだと言わんばかりに、セッコは自分が書いた紙をマルセロへ見せつける。
 そこには『女装したお前の相棒』と書かれていた。

「……監視カメラか」
「フフフ、いい気味だナ。笑いを堪えるのに必死だったゾ、あと数十歩でコイツが来る算段だロ? 勝負はついタ、さっさと金を置いていケ」

 マルセロはがっくりと項垂れてセッコの勝利宣言を聞いている。
 ワナワナと肩を震わせ、ただその場で項垂れるしかなかったのであった。

 その時、1台の車が店の前に止まったーー
 そこから、1人の男が降りてきたーー

 そしてその男はなんと、メンディが入店するより前に一目散に店内へと入ってきた!

「おい、約束の時間に来てやったぞ。昨日の飲み代少しは払ってくれるんだろ? ヒヒン」

「ナッ! 馬鹿なァッ!」

 ダンッ! と両手をカウンターへ叩きつけセッコ悔しさを顕にする。
 ワナワナと震えていたマルセロは、その震えをいつの間にか笑い声へと変えていた。

「ダァーっハッハ! やっぱり俺ってよぉー、超演技派だぜぇ!」

 マルセロは呆然としているセッコの首にガッシリと腕を回し、自分が書いた紙をまざまざと見せつける。
 そこにはハッキリと『マサラ』と書かれていたーー

 女装したメンディがそのタイミングで入店し、その様子から上手くいったと見受け、ホッとした表情を見せた。

「全テ、仕組んでいたのカ……」
「セッコちゃんよぉ、おめぇさんの監視カメラって、カウンターの下にあんだろ?」

「クッ」
「はい図星ぃー! だってよぉ、そのパズル本1ページも進んでねーの妙だったんだよなぁ。年季が違うだっけか? そっくりそのまま返してやるぜ」

 その言葉を受けたセッコは、カウンターの引き出しに閉まってあった拳銃を取り出し、その銃口をマルセロ達へ向けた。

「貴様ラ、SAMPの手のものカ?」
「ヒヒ、おいセッコの親父、多分ちげえよ」

「サンプだぁ? 知らねーなぁー?」
「私も知らないな」

「アイツらハ、まだ何処にでもいル可能性があル! 誓エ!」

 セッコは簡易フェタークを持ち出し、嘘を言わず質問に答えるよう要求した。
 マルセロ達は構わないとの意思を示し、その要求に乗った。

「お前ラ、SAMPの手のものカ?」
「「違うし、知らない」」

 フェタークが反応を示さないのを確認したセッコは、大人しく拳銃を閉まい、素直にマルセロ達へ謝罪した。

「済まなかったナ。薬だっけカ? 金はいらんから持っていケ」

 マルセロ達はセッコから安定剤を受け取り、いらないと言うセッコを遮って金を渡した。
 その態度に、セッコはいくらかマルセロ達への警戒を解いたと感じた彼等はいくつかの質問をする。

「そのSAMPだっけか? 何者なのよそいつら?」

 その質問に答えたのはマサラであった。
 マサラによればSAMPとは『Save Animalman of Moving Partner』の略語で、獣人保護を目的とした活動グループであるが、その実態は過激派のテロリストというものだった。

「ここの連中は堕ちるとこまで行ってるガ、SAMPまで堕ちたらもう人じゃなイ。ただの暴力のケダモノダ」
「ヒヒ、もう壊滅したがな」

「壊滅ぅ? ならよぉ、もう心配しなくてもいいんじゃーねーの?」
「ああいう思想の奴等ハ何処にでもいル。名前を変えてル可能性もあるしナ」

「壊滅と言うと、ここの人達と対立して負けたのか?」
「ヒヒ、ちげえよ。ある日突然全員死んでたのさ」

「全員?」
「ヒヒ、そうだ。あいつ等はもう使ってない軍事施設を拠点にしてたらしくてな、そこに居た連中は皆殺しさ。あ、1番やべーのは死体があがらなかったらしいがな」

「そうダ。キャロルだけが見つかってないんダ」
「なるほどな」

 マルセロ達は自分達が疑わている理由を聞いて納得した。
 それと同時に、軍事施設というキーワードを聞いたついでにとその情報も聞き出そうと地図を広げマサラとセッコに対峙した。

「ちなみによぉ、その拠点って何処よ?」
「ここダ。ただ近付くなヨ」
「ヒヒン、幽霊に食い殺されるぞ」

 セッコはメリットの地図の8時の位置にある場所を指指した。
 ただそれよりも気になる『幽霊』にメンディは食い付いた。

「幽霊? どういう意味だ?」
「ヒヒ、過激派のクズテロリストが一晩で皆殺しだぜ? もっぱら幽霊の仕業って噂になってんのよ。実際に、そこに行った奴は戻ってこねえ」
「私も信じがたいガ、度胸試しやらで行った奴がことごとく行方不明になるからナ。お前等も命が惜しかったら近付くナ」

 そこまで聞いて、マルセロは勢いに任せ核心をついた質問をする。

「とりあえずその幽霊施設は分かったぜ。んで、他によぉ、今は使ってねー軍事施設ってあるわけ?」
「……ないナ」
「……ないぜ。ヒヒン」

 何か奥歯にモノが挟まった言い方をしているとマルセロ達は感じたが、変な空気になるのを察知して一旦その話題を取り下げた。
 特にマサラに関してはあと3軒の薬局に付き合ってもらわなければならないからである。

 マルセロ達は挨拶もそこそこにシルバ薬局を出ると、マサラに金銭と引き換えに他の店舗への協力を仰ぐ。

「ヒヒン、まぁ乗りかかった船だし、金も貰えるんなら付き合ってやるぜ」
「おう、話の分かる奴じゃーねぇか」

 続けてンゴーロ薬局、デラロサ薬局と安定剤を入手し、最後のルサルカ薬局でも安定剤を入手し終えると、仕事終了とばかりにマサラと別れを告げた。

 その帰り道ーー

「安定剤はよぉ、こんだけありゃあ充分だよな」
「バンが言うにはな。とりあえず今日はホテルに戻って情報を整理しよう」

 メンディが運転する車でホテルへ向かっていると、ふと彼はとある女性と子供が目に入った。

 その女性は後ろ姿であったが、白いパンツスタイルに薄手のジャケットを羽織っており、そこから見える肉体はとても綺麗で鍛え抜かれていた。
 左手には紙袋に入った大量の荷物を抱え、右手には少し汚らしい服を着た少女と手を繋いでいる様子が伺えた。

『偉く綺麗なフォルムの女性だな。きっと美しいのだろうな』

 そう思いながら、しばらくその女性を眺めていたかったメンディはマルセロに気付かれない範囲でスピードを落とし、その女性を追走していた。
 すると、その女性が抱えていた紙袋から何かが落ちたのが見えた。
 隣の少女もそれに気付いていないのかその場に立ち止まらずに歩いていく二人を見たメンディは、マルセロに少し待っていてくれと伝え、車を停車し降りて二人を追いかけた。

 道におちていたのは咳止めと見られる『薬』であった。
 メンディはそれを拾い上げ、足早にその女性に近付き、その肩を叩く。
 
「あの、落としましたよ」
「!!!」

 瞬時に振り返った女性は、その異様な格好をした変態男を視認した瞬間に見の危険を感じたのか、少女を抱きかかえ一定の距離を取った。

「ふむ、私から背後を取った事は褒めてやろう。相手をしてやる、かかってきなさい」

 そういうと、女性は右足を前に出して左半身に構え戦闘の姿勢を取った。
 横にいた少女は女性が持っていた荷物を抱え、安全な場所まで離れている。

『う、美しい……』
 
 正面からその女性を見たメンディは思わず見惚れてしまっていた。
 紫に近い赤色のサラサラとした肩まである髪の毛に、凛とした目つきと優しさ溢れる唇……
 その全てがメンディのドストライクであり、女性の言葉なぞ耳に入らず、その美貌をずっと見ていたいと思っていた。

「ふむ、熱くならないな。貴様は強い」

 言うと同時に、女性は瞬時にその構えのまま近付き、メンディの顎下へ目掛け右足を蹴り上げた。
 咄嗟の行動に驚いたメンディではあったが、かろうじて両腕を体の前でクロスさせ、その攻撃を防いだ。

「なッ!」

 まさか、受けられると思わなかったであろうその女性は、再び後ろへ下がって距離を取った。

「ふむ、貴様。今のはガードで-19だぞ、確反を入れないでどうする? 馬鹿なのか?」
「-19? 何を言っている? 私はただこれを渡そうとしただけだ」

 そう言ってメンディは、先程拾った咳止めの薬を女性に見せた。
 その瞬間、女性がメラメラと闘志を燃やしているのがメンディには感じた。

「ほう、変態な上に泥棒とは大した根性をしているな。ダブルアップだ、褒めてやろう。かかってきなさい」
「変態? 私がか?」

「馬鹿を言うな。そんな格好の女がいるものか」
「格好? はッ違うんだ! これには事情が……」

「問答無用!」

 メンディの言い訳を聞かず、女性は近付くと同時に前足を突き出しメンディの腹部目掛け突進をしてきた。
 その直線的な動きに即座に反応したメンディは、攻撃を左に避けてそれを交わした。
 再び驚愕の表情を見せたその女性に、メンディは敵意が無いことを証明する為に敢えて反撃はせず、そっと薬を差し出した。

「……スカ確が無いだと? 私を侮辱する気か?」
「分かってほしい。こちらに敵意はない、あなたがこれを落としたのを拾って渡そうとしただけだ」

「……」
「おーいメンディ、大丈夫かよぉー?」

 一部始終を見ていたマルセロがメンディを助けるためにこちらへ向かってきている。
 ただ、もうその必要は無く女性は薬を受け取ると、少女の元へ戻っていった。

「ふむ、そっちも中々出来そうだな。その話信じよう。また会えたら手合わせ願おう。こちらも急いでるのでな」
「あ、ああ。分かってもらえて何よりだ」

 その女性はマルセロをチラリと見ると適当に感想を告げ、少女と共にその場を後にした。

「メンディ、怪我はねーか? しかしよぉ、いきなりやべー女だったなぁ」
「ああ、マルセロか。ところで、『スカ確』やら『確反』やらってどう言う意味か分かるか?」

「あー、たしかよぉ、対戦ゲームの用語だぜ」
「なるほど、ゲームか。やってみよう。それにしても、美しかった……」

「うんうん、うつく……ってエーッ! まじかよメンディ、もしかしてお前、ああ言うのがタイプなわけ?」
「また会えるだろうか?」

 傍から見れば女装したおじさんの惚気であるが、メンディのプライドを傷付けないよう、マルセロはそれを言わないでおいた。
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