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4章 轗軻不遇の輪舞曲
兎の罠
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ーーーーメリット 東南廃基地
「ねぇキャロルぅ、ファラクが来たみたいだけどぉ、ロバちゃんの依頼はどうするぅ?」
「んなもんよー、ジョシュ。テメーに任せるぜー。えー?」
「そう言うと思ってぇ、少し前からライアンをあてがったのぉ。奴隷は適当だけどねぇ」
「キャハハあのクズかよー。性格わりいなーテメー」
メリット東南廃基地は現在、SAMPの秘密基地となっている。
SAMPはかつて構成員50人程の集団であり、元はメリットのスラムにおいて、強盗、殺人、強制的なMPの斡旋に至るまで暴虐非道の限りを尽くしていた。
しかしファラクとロバートのスラム浄化作戦により、現在は20名程に数を減らしスラムから撤退。
ロバートの計らいでこの廃基地に拠点を移している。
鉄骨剥き出しの廃基地のテラスにて、ナンバー2のおっとりとした口調の兎獣人『ジョシュ』の提案に、総統のキャロルはその黒髪を揺らしながら、その残酷なアイデアに笑い転げていた。
「ユング財団のぉ、指示はどうするぅ? カタリナでも差し出すぅ?」
「あのオッサンはよー、人より新型が出来りゃいいって魂胆なんだろー。ほっとけよ。えー?」
「そっかぁ、了解ぃ。……ちょっとそこの君ぃー」
「ひゃい、およびでしょうきゃあ?」
そう言うと、ジョシュは側にいた構成員に何かしら指示を出した後、その場を去っていった。
キャロルはその場で横になり、眠るその時までナイフをお手玉のように弄んだ。
「カタリナはよー、俺の獲物だっつーの。おもちゃにしか興味のねぇオッサンにやるわけねーだろー」
誰にも聞こえぬよう、キャロルは呟いた。
ーーーーーーーーー
ジュドニー中央区北側丘の上の豪邸ーー
門からその邸までは20mはあり、綺麗に狩り揃えられた芝生に、庭の敷地には大きな池やプールなどがある。
メインの邸宅は広さが100坪程で、地下室もある2階建てである。
その豪邸の門の前に、1台の車が停まった。
「おお、見ろファラク。とんでもない豪邸ではないか」
「ロバートのやつ……いやはや、いささか広すぎやしないか?」
「はー、メリットにこんな家が建ってたんですかい」
そこまで連れて来た運転手のステブですら、その豪邸の大きさに驚いていた。
本来は中央南側にある役場で転居届を出さねばならないのだが、北門から来た彼等はひとまずと新居立ち寄ったのである。
その巨大な新居に心奪われた彼等は思わず車を降り、新居の敷地をあれやこれや言いながら見て回っていた。
「ふむ、ここまで大きいと私だけで守れるだろうか? 新技を考える必要があるな」
「ファイゴのFF(フィストファイト)の優勝者の家を狙う愚か者がいればだがな」
「奥様、考え過ぎでございますよ」
カタリナの心配をよそに、ファラクとステブは池になんの魚を入れるかで盛り上がっている。
「ふむ、だが分からんぞ。世の中にはああいった催しに出ない者の方が強い場合があるからな」
「今年勝てば殿堂入りのカタリナでもか?」
「ああ、特に人の命なぞどうでも良いと考えている者は強いぞ。ちょっとした言い合いでフォークを目に突き刺すのに抵抗が無いもの。と言ったらその怖さが分かるかな?」
「おいおい、物騒だな」
「ふむ、冗談だ。ただ、思い出すな。アイツは生きているだろうか……」
カタリナはファイゴで毎年開催されるFFにおいて数年前1度だけ戦い、唯一『辛勝だった』と謳った黒髪の獣人をふと思い出していた。
ーーガンガンッ!
「ファラク=ナカガワしゃーん、ロバートさんからお届けものだきゃあ」
雑に門を叩く音が聞こえた一同は門の方を見る。
どうやら宅配便が届いたようである。その配達員はトラックごと門の中に入ろうとしているのを見るに、結構大きな荷物であるように見受けられた。
「ふむ、私が対応しておこう。ファラクは転居届を出して来てくれるか」
「分かった。しかし一人で大丈夫か?」
「寂しいと言ってほしいか? ふむ、ではすぐ帰ってこい」
「ハハハ。からかうなよ」
適当に配達員へ挨拶を済まし、ステブの運転でファラクは役所まで行くのであった。
ーーーーーーーーー
「はい、これで転居申請は完了でモズ。フェタークは追加でご所望ですかモズ?」
「では数枚貰っておこう」
職員の持つフェタークが光輝き木片へと変化したのを見届けると、職員は封筒にそれと数枚の簡易フェタークを入れ、ファラクに手渡した。
これから先の未来では、ファラクとロバートの開発した簡易フェタークは何処でも買え、より小さい物へと変貌しているが、今この時代では特定の場所でしか入手出来ないのである。
「ありがとう。では」
「とんでもないモズ。先生のおかげで此処もだいぶ過ごしやすくなったモズ」
滞りなく手続きを済ませたファラクはステブの待つ車に乗り込み帰路につく。
すると、道中おかしな事が起きた。
来た道を戻っていったのだが、突然工事中の看板が掲げられ、通行止めになっていたのである。
「おかしいな、来たときは工事なんて素振りすらなかったが」
「確かに妙ですね」
「あのぉ、今緊急の工事が入ってましてぇ。申し訳無いんですけどぉ、ここから先へはこちらの案内図をお読みくださぁい」
「はぁ、どうも」
ステブはおっとりとした口調の警備員から渡された地図を見る。
すると、どうやらスラムまで迂回するか、東側海沿いまで出るかでないと、ファラクの家までは行けないようであった。
「先生、大幅に遠回りするか、もしくは少しスラムを通って近道にするかになりますが、どうなさいますか?」
「うむ、まぁスラム方面で良いだろう。少し見てみたいのもあるしな」
ファラクの決断を聞いたステブは、グローブボックスに入っていた拳銃を2丁取り出す。
一丁を自身の装着しているホルダーに入れ、もう一丁をファイトヘ手渡した。
「まだ、そういった状況なのか?」
「先生、『人の業』てのは他人に言われて気付くものじゃあ無いんですよ。それでも変わってはきてますがね。念の為です」
ステブは携帯せねば遠回りすると言って聞かなかったため、とうとうファラクは折れた。
「大丈夫ですよ先生。もし使うとなれば私ですから」
「勘弁願いたいな」
こうして、ファラクを乗せた車は西側に進路を取り、スラム街へ向けて走り出す。
余計な手間をかけずに済んだと嗤う『警備員』を、ステブファラクは捉えることは無かった。
ーーーーーーーーー
「ほぉ、最初に見た時に比べればだいぶ綺麗になったな」
「でしょう? 割れた窓ガラスやら、死体が転がってないなんて以前だったら考えられませんでしたよ」
「時にステブ、あのシルバ薬局? には薬の類が見当たらないがどういう事だ?」
「アイツらに薬を売らないためですよ。ここでSAMPに助力なんてしたら街の名折れですからね」
「ふむ、そういうものか」
1つ目の薬局を過ぎた辺りで、ファラクは前方にいる男と少女が目に入った。
ファラクにはその2人が揉めているように見えたが、段々と近付くに連れ、実際は一方的に男が少女に暴行しているのが見て取れた。
「おいステブ、停めてくれ」
「なりません。先生」
男は力加減などしていないかのように、拳を握り少女の顔面を殴りつけている。
間一髪で避けているかのように見えたが、それが男には気に入らなかったらしく、更に数発、少女の顔面を殴りつけた。
「止めてくれ、頼む。見ていられない。おい、聞いているのかッ! ステブ!」
「なりませんッ! この星のタブーを忘れているわけではありませんよね?」
男は少女の髪の毛を掴みあげ、今度は避けられないようにと、掴んだまま数発腹部をこれでもかと殴りつけた。
血反吐を吐いた少女は立っていられず、力なくその場に倒れ込んでしまった。
「やめろ……やめてくれ。どうして……こんな酷い事が出来るんだ。おい、停めろ。ステブ、停めてくれ」
「いいや、なりません。先生はもう充分私達のために戦ってくれました。私だってああいうゴミがまだ居る事に憤慨しています。だから、分かって下さい。先生ッ!」
「やかましィイイッ!! 停めろと言っているのが聞こえんのかッ!」
胸ポケットにしまい込んでいた拳銃をステブへ突きつけると、ステブは驚いていたのか車に急ブレーキをかけてしまう。
それを見計らうかのように、ファラクは「それでいい」と言い残し車のドアを開け出ていってしまった。
「しまった! くそ、俺とした事が……先生! やめ……えええい!」
ステブは自分の不甲斐なさと、こういった光景を恩人にみせてしまった事実を呪い歯噛みした。
「ねぇキャロルぅ、ファラクが来たみたいだけどぉ、ロバちゃんの依頼はどうするぅ?」
「んなもんよー、ジョシュ。テメーに任せるぜー。えー?」
「そう言うと思ってぇ、少し前からライアンをあてがったのぉ。奴隷は適当だけどねぇ」
「キャハハあのクズかよー。性格わりいなーテメー」
メリット東南廃基地は現在、SAMPの秘密基地となっている。
SAMPはかつて構成員50人程の集団であり、元はメリットのスラムにおいて、強盗、殺人、強制的なMPの斡旋に至るまで暴虐非道の限りを尽くしていた。
しかしファラクとロバートのスラム浄化作戦により、現在は20名程に数を減らしスラムから撤退。
ロバートの計らいでこの廃基地に拠点を移している。
鉄骨剥き出しの廃基地のテラスにて、ナンバー2のおっとりとした口調の兎獣人『ジョシュ』の提案に、総統のキャロルはその黒髪を揺らしながら、その残酷なアイデアに笑い転げていた。
「ユング財団のぉ、指示はどうするぅ? カタリナでも差し出すぅ?」
「あのオッサンはよー、人より新型が出来りゃいいって魂胆なんだろー。ほっとけよ。えー?」
「そっかぁ、了解ぃ。……ちょっとそこの君ぃー」
「ひゃい、およびでしょうきゃあ?」
そう言うと、ジョシュは側にいた構成員に何かしら指示を出した後、その場を去っていった。
キャロルはその場で横になり、眠るその時までナイフをお手玉のように弄んだ。
「カタリナはよー、俺の獲物だっつーの。おもちゃにしか興味のねぇオッサンにやるわけねーだろー」
誰にも聞こえぬよう、キャロルは呟いた。
ーーーーーーーーー
ジュドニー中央区北側丘の上の豪邸ーー
門からその邸までは20mはあり、綺麗に狩り揃えられた芝生に、庭の敷地には大きな池やプールなどがある。
メインの邸宅は広さが100坪程で、地下室もある2階建てである。
その豪邸の門の前に、1台の車が停まった。
「おお、見ろファラク。とんでもない豪邸ではないか」
「ロバートのやつ……いやはや、いささか広すぎやしないか?」
「はー、メリットにこんな家が建ってたんですかい」
そこまで連れて来た運転手のステブですら、その豪邸の大きさに驚いていた。
本来は中央南側にある役場で転居届を出さねばならないのだが、北門から来た彼等はひとまずと新居立ち寄ったのである。
その巨大な新居に心奪われた彼等は思わず車を降り、新居の敷地をあれやこれや言いながら見て回っていた。
「ふむ、ここまで大きいと私だけで守れるだろうか? 新技を考える必要があるな」
「ファイゴのFF(フィストファイト)の優勝者の家を狙う愚か者がいればだがな」
「奥様、考え過ぎでございますよ」
カタリナの心配をよそに、ファラクとステブは池になんの魚を入れるかで盛り上がっている。
「ふむ、だが分からんぞ。世の中にはああいった催しに出ない者の方が強い場合があるからな」
「今年勝てば殿堂入りのカタリナでもか?」
「ああ、特に人の命なぞどうでも良いと考えている者は強いぞ。ちょっとした言い合いでフォークを目に突き刺すのに抵抗が無いもの。と言ったらその怖さが分かるかな?」
「おいおい、物騒だな」
「ふむ、冗談だ。ただ、思い出すな。アイツは生きているだろうか……」
カタリナはファイゴで毎年開催されるFFにおいて数年前1度だけ戦い、唯一『辛勝だった』と謳った黒髪の獣人をふと思い出していた。
ーーガンガンッ!
「ファラク=ナカガワしゃーん、ロバートさんからお届けものだきゃあ」
雑に門を叩く音が聞こえた一同は門の方を見る。
どうやら宅配便が届いたようである。その配達員はトラックごと門の中に入ろうとしているのを見るに、結構大きな荷物であるように見受けられた。
「ふむ、私が対応しておこう。ファラクは転居届を出して来てくれるか」
「分かった。しかし一人で大丈夫か?」
「寂しいと言ってほしいか? ふむ、ではすぐ帰ってこい」
「ハハハ。からかうなよ」
適当に配達員へ挨拶を済まし、ステブの運転でファラクは役所まで行くのであった。
ーーーーーーーーー
「はい、これで転居申請は完了でモズ。フェタークは追加でご所望ですかモズ?」
「では数枚貰っておこう」
職員の持つフェタークが光輝き木片へと変化したのを見届けると、職員は封筒にそれと数枚の簡易フェタークを入れ、ファラクに手渡した。
これから先の未来では、ファラクとロバートの開発した簡易フェタークは何処でも買え、より小さい物へと変貌しているが、今この時代では特定の場所でしか入手出来ないのである。
「ありがとう。では」
「とんでもないモズ。先生のおかげで此処もだいぶ過ごしやすくなったモズ」
滞りなく手続きを済ませたファラクはステブの待つ車に乗り込み帰路につく。
すると、道中おかしな事が起きた。
来た道を戻っていったのだが、突然工事中の看板が掲げられ、通行止めになっていたのである。
「おかしいな、来たときは工事なんて素振りすらなかったが」
「確かに妙ですね」
「あのぉ、今緊急の工事が入ってましてぇ。申し訳無いんですけどぉ、ここから先へはこちらの案内図をお読みくださぁい」
「はぁ、どうも」
ステブはおっとりとした口調の警備員から渡された地図を見る。
すると、どうやらスラムまで迂回するか、東側海沿いまで出るかでないと、ファラクの家までは行けないようであった。
「先生、大幅に遠回りするか、もしくは少しスラムを通って近道にするかになりますが、どうなさいますか?」
「うむ、まぁスラム方面で良いだろう。少し見てみたいのもあるしな」
ファラクの決断を聞いたステブは、グローブボックスに入っていた拳銃を2丁取り出す。
一丁を自身の装着しているホルダーに入れ、もう一丁をファイトヘ手渡した。
「まだ、そういった状況なのか?」
「先生、『人の業』てのは他人に言われて気付くものじゃあ無いんですよ。それでも変わってはきてますがね。念の為です」
ステブは携帯せねば遠回りすると言って聞かなかったため、とうとうファラクは折れた。
「大丈夫ですよ先生。もし使うとなれば私ですから」
「勘弁願いたいな」
こうして、ファラクを乗せた車は西側に進路を取り、スラム街へ向けて走り出す。
余計な手間をかけずに済んだと嗤う『警備員』を、ステブファラクは捉えることは無かった。
ーーーーーーーーー
「ほぉ、最初に見た時に比べればだいぶ綺麗になったな」
「でしょう? 割れた窓ガラスやら、死体が転がってないなんて以前だったら考えられませんでしたよ」
「時にステブ、あのシルバ薬局? には薬の類が見当たらないがどういう事だ?」
「アイツらに薬を売らないためですよ。ここでSAMPに助力なんてしたら街の名折れですからね」
「ふむ、そういうものか」
1つ目の薬局を過ぎた辺りで、ファラクは前方にいる男と少女が目に入った。
ファラクにはその2人が揉めているように見えたが、段々と近付くに連れ、実際は一方的に男が少女に暴行しているのが見て取れた。
「おいステブ、停めてくれ」
「なりません。先生」
男は力加減などしていないかのように、拳を握り少女の顔面を殴りつけている。
間一髪で避けているかのように見えたが、それが男には気に入らなかったらしく、更に数発、少女の顔面を殴りつけた。
「止めてくれ、頼む。見ていられない。おい、聞いているのかッ! ステブ!」
「なりませんッ! この星のタブーを忘れているわけではありませんよね?」
男は少女の髪の毛を掴みあげ、今度は避けられないようにと、掴んだまま数発腹部をこれでもかと殴りつけた。
血反吐を吐いた少女は立っていられず、力なくその場に倒れ込んでしまった。
「やめろ……やめてくれ。どうして……こんな酷い事が出来るんだ。おい、停めろ。ステブ、停めてくれ」
「いいや、なりません。先生はもう充分私達のために戦ってくれました。私だってああいうゴミがまだ居る事に憤慨しています。だから、分かって下さい。先生ッ!」
「やかましィイイッ!! 停めろと言っているのが聞こえんのかッ!」
胸ポケットにしまい込んでいた拳銃をステブへ突きつけると、ステブは驚いていたのか車に急ブレーキをかけてしまう。
それを見計らうかのように、ファラクは「それでいい」と言い残し車のドアを開け出ていってしまった。
「しまった! くそ、俺とした事が……先生! やめ……えええい!」
ステブは自分の不甲斐なさと、こういった光景を恩人にみせてしまった事実を呪い歯噛みした。
応援ありがとうございます!
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