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Ep5
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森の木々が途切れ、視界が開けた先に現れたのは、丸太を組み上げた高い柵に囲まれた集落だった。夕闇が迫る中、村の入り口に掲げられた松明の炎が、ゆらゆらと揺れている。
リィザを肩に貸して歩く俺の足は、もう感覚を失っていた。一歩踏み出すごとに膝が折れそうになるのを、気力だけで繋ぎ止める。
「リィザ……着いたぞ」
俺が掠れた声で呟くと、彼女は力なく顔を上げた。
「……アー……ケンジ……」
彼女の声も、安堵と疲労で消え入りそうだ。 門の前に辿り着くと、異変に気づいた村の男たちが慌てて駆け寄ってきた。手に持った槍が、夕陽を反射して鋭く光る。
「&%$#! #$%&!」
一際大柄な男が、威嚇するように声を上げた。俺の身なり――ボロボロのスーツに、見慣れない髪型――が不審に映ったのだろう。槍の先が俺の胸元に向けられる。
だが、俺が何かを言う前に、リィザが振り絞るような声で叫んだ。
「&%$#! ケンジ、&%$!!」
彼女の声が門の中に響き渡る。男たちは一瞬呆然とし、それから慌てて槍を下げた。一人は村の中へと走り去り、残された者たちは、俺の腕から崩れ落ちそうになるリィザを慌てて支えた。
リィザが俺を支えた男の一人に何かを伝えると、男は申し訳なさそうな顔をして俺の背中に手を添えてくれた。その手のひらの、ゴツゴツとした厚い温もりに触れて、ようやく「本当に助かったんだ」という実感が込み上げてきた。
村の奥へと案内される道すがら、家々の窓から住人たちが顔をのぞかせていた。誰もが心配そうにリィザを見つめ、それから不思議なものを見る目で俺を追う。
一番大きな建物の前で、身なりの良い老人が待っていた。白い髭を長く蓄えた、村の長らしき人物だ。老人はリィザの状態を素早く確認すると、俺の前に立ち、深く頭を下げた。
老人:「……&%$。ケンジ」
俺の名前を、老人は丁寧な発音で繰り返した。俺も慣れないながらに、軽く会釈を返す。
案内されたのは、木の香りが漂う広々とした部屋だった。中央の大きなテーブルには、驚くほどの速さで食事が並べられた。
湯気を立てるスープ。 表面がカリッと焼かれた厚切りのパン。 そして、塩をまぶしただけの干し肉。
一口、スープを口に運ぶ。 ジャガイモに似たホクホクとした野菜の甘みが、熱と共に胃の中へと落ちていく。
「……うまい」
思わずひとり言が漏れた。ただの塩味なのに、これまでの人生で食べたどんな料理よりもおいしく感じられた。誰かの手で作られた温かい食事は、心まで解きほぐしてくれるようだった。
ふと顔を上げると、少し離れた席でリィザもスープをすすっていた。足の処置を受けたのか、彼女のひざ下には白い布が巻かれている。
リィザと目が合った。 彼女は少しだけ照れくさそうに笑い、自分のスープを指差してから、親指を立てて見せた。
リィザ:「&%$#、クゥ(美味しい)」
「ああ、美味しいよ」
言葉は半分も通じていない。それでも、死線を共にした者同士の、理屈抜きの一体感がそこにはあった。数字や書類ばかり向き合ってきた俺にとって、この温かな繋がりは、どこか新鮮で胸が熱くなるものだった。
食事が終わる頃には、俺の瞼は鉛のように重くなっていた。 老人が俺に歩み寄り、部屋の隅にある、わらを厚く敷き詰めたベッドを指差した。
老人:「……ドゥ。ケンジ」
(ノア、今の言葉は?) 『……。「休め」という意味だと推論します。』
俺はふらつく足取りでベッドへと向かった。 リィザが最後に、俺に向かって右手を掲げ、何かを呟いた。
リィザ:「……$%&、ケンジ」
「……おやすみ、リィザ」
俺はベッドに横たわった。 わらの匂いが、不思議と心を落ち着かせる。 現代のマットレスに比べれば硬いはずなのに、今の俺には雲の上のような寝心地だった。
暗闇の中で、脳内のノアが静かに明滅する。
(ノア……明日は、もう少し言葉を理解できるように頼むぞ……)
『了解しました。言語データの整理を開始します。おやすみなさい、マスター。』
ノアの声を遠くに聞きながら、俺は意識を手放した。 窓の外では、遠くで夜鳥の声が響き、村の松明が爆ぜる音がパチリと聞こえた。
サトウ・ケンジの、長く、そして濃密な一日が、ようやく幕を閉じた。
リィザを肩に貸して歩く俺の足は、もう感覚を失っていた。一歩踏み出すごとに膝が折れそうになるのを、気力だけで繋ぎ止める。
「リィザ……着いたぞ」
俺が掠れた声で呟くと、彼女は力なく顔を上げた。
「……アー……ケンジ……」
彼女の声も、安堵と疲労で消え入りそうだ。 門の前に辿り着くと、異変に気づいた村の男たちが慌てて駆け寄ってきた。手に持った槍が、夕陽を反射して鋭く光る。
「&%$#! #$%&!」
一際大柄な男が、威嚇するように声を上げた。俺の身なり――ボロボロのスーツに、見慣れない髪型――が不審に映ったのだろう。槍の先が俺の胸元に向けられる。
だが、俺が何かを言う前に、リィザが振り絞るような声で叫んだ。
「&%$#! ケンジ、&%$!!」
彼女の声が門の中に響き渡る。男たちは一瞬呆然とし、それから慌てて槍を下げた。一人は村の中へと走り去り、残された者たちは、俺の腕から崩れ落ちそうになるリィザを慌てて支えた。
リィザが俺を支えた男の一人に何かを伝えると、男は申し訳なさそうな顔をして俺の背中に手を添えてくれた。その手のひらの、ゴツゴツとした厚い温もりに触れて、ようやく「本当に助かったんだ」という実感が込み上げてきた。
村の奥へと案内される道すがら、家々の窓から住人たちが顔をのぞかせていた。誰もが心配そうにリィザを見つめ、それから不思議なものを見る目で俺を追う。
一番大きな建物の前で、身なりの良い老人が待っていた。白い髭を長く蓄えた、村の長らしき人物だ。老人はリィザの状態を素早く確認すると、俺の前に立ち、深く頭を下げた。
老人:「……&%$。ケンジ」
俺の名前を、老人は丁寧な発音で繰り返した。俺も慣れないながらに、軽く会釈を返す。
案内されたのは、木の香りが漂う広々とした部屋だった。中央の大きなテーブルには、驚くほどの速さで食事が並べられた。
湯気を立てるスープ。 表面がカリッと焼かれた厚切りのパン。 そして、塩をまぶしただけの干し肉。
一口、スープを口に運ぶ。 ジャガイモに似たホクホクとした野菜の甘みが、熱と共に胃の中へと落ちていく。
「……うまい」
思わずひとり言が漏れた。ただの塩味なのに、これまでの人生で食べたどんな料理よりもおいしく感じられた。誰かの手で作られた温かい食事は、心まで解きほぐしてくれるようだった。
ふと顔を上げると、少し離れた席でリィザもスープをすすっていた。足の処置を受けたのか、彼女のひざ下には白い布が巻かれている。
リィザと目が合った。 彼女は少しだけ照れくさそうに笑い、自分のスープを指差してから、親指を立てて見せた。
リィザ:「&%$#、クゥ(美味しい)」
「ああ、美味しいよ」
言葉は半分も通じていない。それでも、死線を共にした者同士の、理屈抜きの一体感がそこにはあった。数字や書類ばかり向き合ってきた俺にとって、この温かな繋がりは、どこか新鮮で胸が熱くなるものだった。
食事が終わる頃には、俺の瞼は鉛のように重くなっていた。 老人が俺に歩み寄り、部屋の隅にある、わらを厚く敷き詰めたベッドを指差した。
老人:「……ドゥ。ケンジ」
(ノア、今の言葉は?) 『……。「休め」という意味だと推論します。』
俺はふらつく足取りでベッドへと向かった。 リィザが最後に、俺に向かって右手を掲げ、何かを呟いた。
リィザ:「……$%&、ケンジ」
「……おやすみ、リィザ」
俺はベッドに横たわった。 わらの匂いが、不思議と心を落ち着かせる。 現代のマットレスに比べれば硬いはずなのに、今の俺には雲の上のような寝心地だった。
暗闇の中で、脳内のノアが静かに明滅する。
(ノア……明日は、もう少し言葉を理解できるように頼むぞ……)
『了解しました。言語データの整理を開始します。おやすみなさい、マスター。』
ノアの声を遠くに聞きながら、俺は意識を手放した。 窓の外では、遠くで夜鳥の声が響き、村の松明が爆ぜる音がパチリと聞こえた。
サトウ・ケンジの、長く、そして濃密な一日が、ようやく幕を閉じた。
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