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白い部屋
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最初に目覚めた時、真っ白い部屋にいた。
仰向けに寝ている私の上にハラハラと白い羽や白い綿毛の様なもの、そしてキラキラした光が降り注いでいる。
「きれい……」
そう思って私はまた目を閉じた。
この白い部屋でほとんどの時間を寝て過ごしていた。うとうとと寝ては目覚めて、また眠るという繰り返し。
眠いという訳ではなく、たまに意識が戻って目覚めるといった具合だった。寝ている間に回復している様で、少しずつ目覚めている時間が伸びていった。
この時の私に時間の概念はあまりなく、ただ寝たり起きたりを繰り返していた。
時折、祈りの声が聞こえていた。感謝の声もあれば、人々の願いの声。強く聞こえてくる声もあれば、微かに聞こえてくる声もある。私はまどろみながら、その声を聞いていた。
そして、いつしかその祈る人々の姿も見える様になっていた。
長時間起きていられる様になってくると、私は祈りを捧げてくれる人々をみて過ごす様になった。色は見えず、セピア色の映像が白い部屋に浮かんでは消えていった。
相変わらず、はっきり見えたり聞こえる人がいれば、ぼんやりしか見えなかったり聞こえなかったりする人がいた。
毎日決まった時間に、神官長らしきおじいちゃんを筆頭にたくさんの神官達が祈る姿が見えていた。神官は祈る力が強いのか、神官の祈りはよく聞こえる。
私に届く声は祈る側の力の強さにもよるようだった。だから、たまに強い願いの声が届く事もある。
誰かを助けて欲しい、誰かを救って欲しいという……そんな切なる願いだ。
ある時、強い悲しみの声が聞こえて目が覚めた。声の聞こえる方をみると、十歳くらいの男の子が、瞳に涙をたくさん貯めて、病床の母親であろう人にすがりついて泣いていた。
母親の死期は遠くない様にみえる。とても苦しそうだった。肩で息をし、手で胸を押さえつらそうに喘いでいる。
貧しいのであろう、薄暗い狭く汚い部屋いっぱいに簡素なベッドひとつしかみえない。母親と男の子が二人きり。
母親を助けたくても何も出来ない男の子の心の叫びが聞こえてくる。
「女神様、何でもするから母さんを助けて!」
と何度も心の中で繰り返していた。
ただみているしか出来ない私……涙が止まらずに流れ落ちている。
男の子も私も、『ただみているだけ』なのだ。あの子はもっと辛いよね。お母さんだもんね。ごめんね。ごめんね。何もしてあげられないのが辛い。何も出来ない自分が不甲斐なく、そして心が痛い。
私は、ただただ無意識にそちらに手を伸ばしていた―
「ほんの少しでもいいの……二人に安らぎがあります様に……」
声が出ていたのか自分でもわからないが、男の子がハッとした顔でこちらを見あげている。一瞬だけ目があった様な気もするが、キョロキョロと視線はさまよっている。
そのうちに母親の様子が落ち着いてきていた。苦悶の表情はいくらか和らぎ、呼吸も落ち着いている様に見える。もちろん根本的に病が治った訳では無いだろう。しかし、この苦しみが少しでも和らいだのなら良かった……。
ほっとしたのか、流れ続ける涙とともに言葉もこぼれていた。
この事をきっかけに、病を治したりは出来ない様だが苦しみを和らげたり、天候に干渉したりと色々な事が出来ると気づいた。
もちろん向こうから祈って望んでくれて、私に見えないと干渉は出来ないので、限られた事しかできないが『ただ何も出来ずに見ているだけ』の時よりも、ずっと毎日が輝いていた。
干ばつに喘いだ領地に雨を降らせた時は、力を使い過ぎたのか一日寝込んだがその程度だった。
最近のお気に入りは、よくお祈りに来てくれる男の子だった。大人になったらイケメンになるだろう美少年だ。彼は祈りの力が強いらしく、神殿らしき建物で祈る時は必ず見えた。
年は6歳くらいだろうか、祈る内容もまた可愛い。
家族の健康や近しい従者への感謝だったり、国民全体の幸せを祈ったりしている。
こんな小さな子供が国民の幸せまで祈るなんて、偉いなぁと感心すると共に、その姿が可愛いらしくて、私も癒される。貴族とか王族とかなのかな?この子がいる国はきっと良くなるね。
そんな彼が、今日は泣きそうな顔で祈っていた。
「兄上はどうして僕とお話ししてくれなくなってしまったのだろう。どうか仲直りできます様に……」
私も仲直り出来ます様にと祈っておいたが、あれから数年過ぎた今も、すれ違いは続いているようだ。
「兄上を支えたいだけなのだが……話しすら出来ない」
「先日も怪我をされていた……何か力になれたら……」
「私は兄上の立場を脅かしているのだろうか……そんなつもりはないが……なんとか誤解を解けるといいが……」
年々、二人の溝は深まる様子だった。
私の祈りの補助もあるはずなので、陰で二人の距離が近づかない様にしている者でもいるのだろう。
二人がその国の成人を迎える頃、とうとう事件が起きたようだ。二人の関係をみていると、いつかこんな事件が起きるだろうと思っていた。
刺客に襲われたお兄さんが、得物に塗られた毒により危篤であるらしい。元々、毒に対しての耐性がかなりつけられているらしいので、かろうじて生きているがかなり強い毒だったらしく危ないらしい。弟の彼の方も倒れそうに見えた。
「どうか兄上をお助けください。どうか兄上を!」
「お兄さんが助かります様に、そして二人の関係が良くなります様に……」
私は、幼い頃からみていた兄弟の幸せを祈った。
仰向けに寝ている私の上にハラハラと白い羽や白い綿毛の様なもの、そしてキラキラした光が降り注いでいる。
「きれい……」
そう思って私はまた目を閉じた。
この白い部屋でほとんどの時間を寝て過ごしていた。うとうとと寝ては目覚めて、また眠るという繰り返し。
眠いという訳ではなく、たまに意識が戻って目覚めるといった具合だった。寝ている間に回復している様で、少しずつ目覚めている時間が伸びていった。
この時の私に時間の概念はあまりなく、ただ寝たり起きたりを繰り返していた。
時折、祈りの声が聞こえていた。感謝の声もあれば、人々の願いの声。強く聞こえてくる声もあれば、微かに聞こえてくる声もある。私はまどろみながら、その声を聞いていた。
そして、いつしかその祈る人々の姿も見える様になっていた。
長時間起きていられる様になってくると、私は祈りを捧げてくれる人々をみて過ごす様になった。色は見えず、セピア色の映像が白い部屋に浮かんでは消えていった。
相変わらず、はっきり見えたり聞こえる人がいれば、ぼんやりしか見えなかったり聞こえなかったりする人がいた。
毎日決まった時間に、神官長らしきおじいちゃんを筆頭にたくさんの神官達が祈る姿が見えていた。神官は祈る力が強いのか、神官の祈りはよく聞こえる。
私に届く声は祈る側の力の強さにもよるようだった。だから、たまに強い願いの声が届く事もある。
誰かを助けて欲しい、誰かを救って欲しいという……そんな切なる願いだ。
ある時、強い悲しみの声が聞こえて目が覚めた。声の聞こえる方をみると、十歳くらいの男の子が、瞳に涙をたくさん貯めて、病床の母親であろう人にすがりついて泣いていた。
母親の死期は遠くない様にみえる。とても苦しそうだった。肩で息をし、手で胸を押さえつらそうに喘いでいる。
貧しいのであろう、薄暗い狭く汚い部屋いっぱいに簡素なベッドひとつしかみえない。母親と男の子が二人きり。
母親を助けたくても何も出来ない男の子の心の叫びが聞こえてくる。
「女神様、何でもするから母さんを助けて!」
と何度も心の中で繰り返していた。
ただみているしか出来ない私……涙が止まらずに流れ落ちている。
男の子も私も、『ただみているだけ』なのだ。あの子はもっと辛いよね。お母さんだもんね。ごめんね。ごめんね。何もしてあげられないのが辛い。何も出来ない自分が不甲斐なく、そして心が痛い。
私は、ただただ無意識にそちらに手を伸ばしていた―
「ほんの少しでもいいの……二人に安らぎがあります様に……」
声が出ていたのか自分でもわからないが、男の子がハッとした顔でこちらを見あげている。一瞬だけ目があった様な気もするが、キョロキョロと視線はさまよっている。
そのうちに母親の様子が落ち着いてきていた。苦悶の表情はいくらか和らぎ、呼吸も落ち着いている様に見える。もちろん根本的に病が治った訳では無いだろう。しかし、この苦しみが少しでも和らいだのなら良かった……。
ほっとしたのか、流れ続ける涙とともに言葉もこぼれていた。
この事をきっかけに、病を治したりは出来ない様だが苦しみを和らげたり、天候に干渉したりと色々な事が出来ると気づいた。
もちろん向こうから祈って望んでくれて、私に見えないと干渉は出来ないので、限られた事しかできないが『ただ何も出来ずに見ているだけ』の時よりも、ずっと毎日が輝いていた。
干ばつに喘いだ領地に雨を降らせた時は、力を使い過ぎたのか一日寝込んだがその程度だった。
最近のお気に入りは、よくお祈りに来てくれる男の子だった。大人になったらイケメンになるだろう美少年だ。彼は祈りの力が強いらしく、神殿らしき建物で祈る時は必ず見えた。
年は6歳くらいだろうか、祈る内容もまた可愛い。
家族の健康や近しい従者への感謝だったり、国民全体の幸せを祈ったりしている。
こんな小さな子供が国民の幸せまで祈るなんて、偉いなぁと感心すると共に、その姿が可愛いらしくて、私も癒される。貴族とか王族とかなのかな?この子がいる国はきっと良くなるね。
そんな彼が、今日は泣きそうな顔で祈っていた。
「兄上はどうして僕とお話ししてくれなくなってしまったのだろう。どうか仲直りできます様に……」
私も仲直り出来ます様にと祈っておいたが、あれから数年過ぎた今も、すれ違いは続いているようだ。
「兄上を支えたいだけなのだが……話しすら出来ない」
「先日も怪我をされていた……何か力になれたら……」
「私は兄上の立場を脅かしているのだろうか……そんなつもりはないが……なんとか誤解を解けるといいが……」
年々、二人の溝は深まる様子だった。
私の祈りの補助もあるはずなので、陰で二人の距離が近づかない様にしている者でもいるのだろう。
二人がその国の成人を迎える頃、とうとう事件が起きたようだ。二人の関係をみていると、いつかこんな事件が起きるだろうと思っていた。
刺客に襲われたお兄さんが、得物に塗られた毒により危篤であるらしい。元々、毒に対しての耐性がかなりつけられているらしいので、かろうじて生きているがかなり強い毒だったらしく危ないらしい。弟の彼の方も倒れそうに見えた。
「どうか兄上をお助けください。どうか兄上を!」
「お兄さんが助かります様に、そして二人の関係が良くなります様に……」
私は、幼い頃からみていた兄弟の幸せを祈った。
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