聖女を巡る乙女ゲームに、いないキャラクターの神子(私)がいる。

木村 巴

文字の大きさ
4 / 17

白い部屋

しおりを挟む
 最初に目覚めた時、真っ白い部屋にいた。



 仰向けに寝ている私の上にハラハラと白い羽や白い綿毛の様なもの、そしてキラキラした光が降り注いでいる。

「きれい……」

 そう思って私はまた目を閉じた。


 この白い部屋でほとんどの時間を寝て過ごしていた。うとうとと寝ては目覚めて、また眠るという繰り返し。
 眠いという訳ではなく、たまに意識が戻って目覚めるといった具合だった。寝ている間に回復している様で、少しずつ目覚めている時間が伸びていった。

 この時の私に時間の概念はあまりなく、ただ寝たり起きたりを繰り返していた。



 時折、祈りの声が聞こえていた。感謝の声もあれば、人々の願いの声。強く聞こえてくる声もあれば、微かに聞こえてくる声もある。私はまどろみながら、その声を聞いていた。

 そして、いつしかその祈る人々の姿も見える様になっていた。

 長時間起きていられる様になってくると、私は祈りを捧げてくれる人々をみて過ごす様になった。色は見えず、セピア色の映像が白い部屋に浮かんでは消えていった。



 相変わらず、はっきり見えたり聞こえる人がいれば、ぼんやりしか見えなかったり聞こえなかったりする人がいた。
 毎日決まった時間に、神官長らしきおじいちゃんを筆頭にたくさんの神官達が祈る姿が見えていた。神官は祈る力が強いのか、神官の祈りはよく聞こえる。
 私に届く声は祈る側の力の強さにもよるようだった。だから、たまに強い願いの声が届く事もある。
 誰かを助けて欲しい、誰かを救って欲しいという……そんな切なる願いだ。



 ある時、強い悲しみの声が聞こえて目が覚めた。声の聞こえる方をみると、十歳くらいの男の子が、瞳に涙をたくさん貯めて、病床の母親であろう人にすがりついて泣いていた。
 母親の死期は遠くない様にみえる。とても苦しそうだった。肩で息をし、手で胸を押さえつらそうに喘いでいる。
 貧しいのであろう、薄暗い狭く汚い部屋いっぱいに簡素なベッドひとつしかみえない。母親と男の子が二人きり。
 母親を助けたくても何も出来ない男の子の心の叫びが聞こえてくる。

「女神様、何でもするから母さんを助けて!」

と何度も心の中で繰り返していた。


 ただみているしか出来ない私……涙が止まらずに流れ落ちている。


 男の子も私も、『ただみているだけ』なのだ。あの子はもっと辛いよね。お母さんだもんね。ごめんね。ごめんね。何もしてあげられないのが辛い。何も出来ない自分が不甲斐なく、そして心が痛い。


 私は、ただただ無意識にそちらに手を伸ばしていた―


「ほんの少しでもいいの……二人に安らぎがあります様に……」

 声が出ていたのか自分でもわからないが、男の子がハッとした顔でこちらを見あげている。一瞬だけ目があった様な気もするが、キョロキョロと視線はさまよっている。
 そのうちに母親の様子が落ち着いてきていた。苦悶の表情はいくらか和らぎ、呼吸も落ち着いている様に見える。もちろん根本的に病が治った訳では無いだろう。しかし、この苦しみが少しでも和らいだのなら良かった……。


 ほっとしたのか、流れ続ける涙とともに言葉もこぼれていた。




 この事をきっかけに、病を治したりは出来ない様だが苦しみを和らげたり、天候に干渉したりと色々な事が出来ると気づいた。

 もちろん向こうから祈って望んでくれて、私に見えないと干渉は出来ないので、限られた事しかできないが『ただ何も出来ずに見ているだけ』の時よりも、ずっと毎日が輝いていた。

 干ばつに喘いだ領地に雨を降らせた時は、力を使い過ぎたのか一日寝込んだがその程度だった。



 最近のお気に入りは、よくお祈りに来てくれる男の子だった。大人になったらイケメンになるだろう美少年だ。彼は祈りの力が強いらしく、神殿らしき建物で祈る時は必ず見えた。

 年は6歳くらいだろうか、祈る内容もまた可愛い。

 家族の健康や近しい従者への感謝だったり、国民全体の幸せを祈ったりしている。
 こんな小さな子供が国民の幸せまで祈るなんて、偉いなぁと感心すると共に、その姿が可愛いらしくて、私も癒される。貴族とか王族とかなのかな?この子がいる国はきっと良くなるね。



 そんな彼が、今日は泣きそうな顔で祈っていた。

「兄上はどうして僕とお話ししてくれなくなってしまったのだろう。どうか仲直りできます様に……」

 私も仲直り出来ます様にと祈っておいたが、あれから数年過ぎた今も、すれ違いは続いているようだ。


「兄上を支えたいだけなのだが……話しすら出来ない」

「先日も怪我をされていた……何か力になれたら……」

「私は兄上の立場を脅かしているのだろうか……そんなつもりはないが……なんとか誤解を解けるといいが……」

 年々、二人の溝は深まる様子だった。
 私の祈りの補助もあるはずなので、陰で二人の距離が近づかない様にしている者でもいるのだろう。




 二人がその国の成人を迎える頃、とうとう事件が起きたようだ。二人の関係をみていると、いつかこんな事件が起きるだろうと思っていた。

 刺客に襲われたお兄さんが、得物に塗られた毒により危篤であるらしい。元々、毒に対しての耐性がかなりつけられているらしいので、かろうじて生きているがかなり強い毒だったらしく危ないらしい。弟の彼の方も倒れそうに見えた。


「どうか兄上をお助けください。どうか兄上を!」

「お兄さんが助かります様に、そして二人の関係が良くなります様に……」



 私は、幼い頃からみていた兄弟の幸せを祈った。




しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

転生公爵令嬢は2度目の人生を穏やかに送りたい〰️なぜか宿敵王子に溺愛されています〰️

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リリーはクラフト王子殿下が好きだったが クラフト王子殿下には聖女マリナが寄り添っていた そして殿下にリリーは殺される? 転生して2度目の人生ではクラフト王子殿下に関わらないようにするが 何故か関わってしまいその上溺愛されてしまう

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています

腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。 「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」 そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった! 今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。 冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。 彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――

【完結】攻略を諦めたら騎士様に溺愛されました。悪役でも幸せになれますか?

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
メイリーンは、大好きな乙女ゲームに転生をした。しかも、ヒロインだ。これは、推しの王子様との恋愛も夢じゃない! そう意気込んで学園に入学してみれば、王子様は悪役令嬢のローズリンゼットに夢中。しかも、悪役令嬢はおかめのお面をつけている。 これは、巷で流行りの悪役令嬢が主人公、ヒロインが悪役展開なのでは? 命一番なので、攻略を諦めたら騎士様の溺愛が待っていた。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

処理中です...