聖女を巡る乙女ゲームに、いないキャラクターの神子(私)がいる。

木村 巴

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神子おちる

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 二人の兄弟がどうなったのか心配しながら、色んな祈りに耳を傾け時に安らぎを、時に励ましの祈りをしながら過ごしていた。



 この日は朝からいつもと違っていた。


 真っ白な部屋で、いつもふわふわと浮いている光の珠達が、なにやらせかせかと動き回っている。この子達はひとつひとつに意志がある様で、私を時に慰め時に寄り添っていてくれた存在だった。話したり表情が見える訳ではないが、感じとれていた。


「みんなどうしたの? 今日はそわそわしてるね」

 話しかけても、何やら忙しそうにしている。しかし、答えがかえってくる訳でも無いので、いつも通り浮かんできた映像を見始めた。



「わぁ~今日は、いつもお祈りに来てくれるみんながいるのね!」

 私は嬉しくなって声を上げていた。


 そして、力ある人達が一同に集まるという珍しい光景を前に、興奮して目が離せなかった為、そこにいた人達がはっと息を呑んでいたのには気づいていなかった。


「あら? あの兄弟のお兄さんは助かったのね。よかった~。隣がお兄さんかな? お兄さんにも見覚えがあるわ! いつも別々に祈っていたから気づかなかったけど、横に並ぶと似てるわね!弟君よかったね。あんなに毎日お兄さんの事をお祈りしていたものね。ふふふ、私の祈りが効かなかったのか心配だったけど……効いていてよかった」

ふふふ、と笑っていると。みんなの顔が固まっている事に気づいた。


「みんなどうしたのかしら? 顔が怖いわ」

 すると、いつものおじいちゃん神官長が一歩前にでて、しんと静まりかえる神殿に響く大きな声で言った。



「神子様! お応えください!」

「………………えっ? 私の事?」


「おおっ!」や「応えたっ!」と、どよめく神殿内。

 どよめきは収まらず、神殿内の人達は口々に話し始めた。兄弟達は口をあけてポカーンとしている。


 私の声が向こうに聞こえ、反応があることに驚く。今までも微かに私の声が聞こえたのかな?と、思う事も度々あったが、こんなにはっきりと大勢の人に反応があったのは初めてだった。


「神子様! どうぞ我らにあなたのお慈悲を!」 

「……ええと? 私の声が聞こえるの? ……はい。あなた方への慈悲を祈りましょう」



 特に何も考えず、そう応えた途端に私の意識は、真っ白な部屋にのみこまれた……





――――  ――――





 今日は神殿で聖女候補の二人を発表し、一年間の試験の開始を宣言する日である。


 あの日、私の祈りが届いたのか祈りの間で兄上の回復を願うと、微かにだが声が聞こえた。いつもの、鈴の様な美しい女性の声だ。

 きっと女神様か神子様の声だと私は思っている。反応がある時の願いは、ほとんど叶っていたからだ。私は兄上が助かる事を確信し、ほっとした。


 私のこの黒髪は、二百年前に隣国に降りて来た神子様の子孫である隣国の巫女が我国の第二王妃となったためだ。
 私に神子様の血が入っているため、やはり他の者よりも祈りが届きやすい様だった。


 その為、正妃様の息子である第一王子よりも、半年後に生まれた第二王子の私を皇太子にとの声が出てしまっていた。


 私は幼い頃から、優しく強い兄が大好きだった。今まで一度も王位を欲した事も無いし、この力が兄上の役にたてば良いと考えていたが……まさか仇になろうとは当時は思ってもいなかった。

 私を推して実権を欲しがる貴族も多いのだ。
 兄上もその側近達も、繰り返される暗殺未遂や刺客が送られてくる事で警戒強めていて、一番怪しい私とは、どうしても距離が出来ていた。

 幼い頃は何故、距離が出来てしまったのか解らなかったが、今は良くわかる。静かに、だが力を兄上や国の役にたてつつも、目立たないよう気をつけていた。
 それも兄上が結婚し息子が生まれるまでだ。スペアとしての役割のため頑張ろう。世継ぎが生まれたらすぐに臣下にくだろう。そう考えていた。


 神殿で久しぶりに兄上の横に並ぶ。


 お元気そうで良かった。周りの近衛騎士が少し警戒している様子に、やはり少しだが傷つく。兄上も同じ様にお考えなのだろうか。それとも、私と同じく昔の様に支え合いたいと思ってくれているだろうか。
 そんなことをぼんやり考えていると突然、声が聞こえた。



「わぁ~今日は、いつもお祈りに来てくれるみんながいるのね!」


 はっと息を呑んだ。

 次の瞬間、彼女の声だ! 間違いない! いつも微かに聞こえる程度で何を言っているかまで聞き取れた事などなかったが、間違う筈もない!
 彼女の声はいつもの様に消えずに続く。


「あら? あの兄弟のお兄さんは助かったのね。よかった~。隣がお兄さんかな? お兄さんにも見覚えがあるわ! いつも別々に祈っていたから気づかなかったけど、横に並ぶと似てるわね! 弟君よかったね。あんなに毎日お兄さんの事をお祈りしていたものね。ふふふ、私の祈りが効かなかったのか心配だったけど……毒にも効いていてよかった」



 彼女が嬉しそうな声でふふふ、と笑っている。

 私と兄上は第一印象は似てはいまい。兄上は輝くばかりの金の髪に王家に現れる碧い瞳だ。対して私は神子様の血が流れる証拠でもある黒髪に、王家の碧い瞳だ。瞳の色こそ同じだが印象は大分違う。
 そして、隣をみると兄上が口をあけて私をみている。兄上のこんな顔は初めて見た。



「みんなどうしたのかしら? 顔が怖いわ」

 経験値が違うのだろう。流石というべきか神官長が最初に正気を取り戻し、しんと静まりかえる神殿に響く大きな声で言った。


「神子様! お応えください!」
「神子様! どうぞ我らにあなたのお慈悲を!」 

「……ええと? 私の声が聞こえるの? ……はい。あなた方への慈悲を祈りましょう」


 まさか神子様が我国に降りる事に応えたなんて!



 神殿内は大きな歓声に包まれる。
 やがて神殿内は光に包まれ天井から、白い羽根や光の珠がキラキラと舞い降りてきていた。

 その幻想的な美しさに誰ひとり動けず固まっていた。

 いや。動きたくても動けないのだ。神官長や神官達が次々とひざをおっていく。

 神殿内の泉の先にある女神様の祭壇に光が差し込み、そこに彼女の身体がふわりと落ちてきた。羽根の様だ。ふわふわと浮かんでいるようにみえる。



 一目みて、すぐに彼女だとわかった。


 勝手に身体が動き出す。まだ誰も動けない様だったが、私自身も私の意識なのか、無意識なのかわからない。冷たい泉をザブザブと音をたてながら進み、祭壇の前に立つ。

 そっと浮いている彼女の身体の下に両腕を差し入れると、ポスンと彼女が私の腕に落ちてきた。


 彼女が私の腕に落ちてきたのだ!!

 気を失っているのか瞳は見えないが、艶やかな美しい黒髪に、愛らしく小さな赤い唇、形の良い鼻に、透き通る様な白い肌……手に吸い付く様な触り心地に思わず目眩がしそうだ。
 ああ……彼女を離せる気がしない……理性を総動員してなんとか一呼吸し、自分自身を落ち着かせる。ひとまず彼女をどこか部屋へ運ばなければ……

 彼女を抱え直し振り返ったが、未だに皆は身体を動かせない様だった。



「神子様が我が国に降りられた!」


 と、大きく宣言すると拘束が解けた様に皆が歓声をあげ、神官長や高位神官、兄上や近衛騎士がこちらに近寄ってきていた。





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