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第七章:決戦は土曜0時

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「……ええと……それって、どういう……」
かじか、あたしが何考えてるか、当ててごらん」
 経験豊富な祖母は、この後において、孫に対する教育の機会だと捉えたようだ。
「……五月さんの心は、どうやら莉莉リリの心に一部取り込まれてる。だから、逆に、五月さんの方に莉莉を全部取り込んじゃう、って事?」
「正解」
 ちょっと考えてから正解を出した孫の頭を、祖母は優しく撫でる。
「ちょ、ちょっと!」
 柾木が、その提案の内容の恐ろしさに気付き、抗議する。
「それでは、五月さんの心が……」
「……いえ、それしか手が無いなら」
 柾木に続いて抗議を唱えようとした玲子を制して、五月が決心を伝える。
「……いいの?そんなに簡単に決断しちゃって?」
 円が、あえて決意を鈍らせるように、言う。
「……はい。私は、そもそも拝み屋、落とし屋です。祟られ屋ではないけど、祟られ屋って、そういうものでしょう?」
 祟られ屋は、簡単に言えば、依頼者の代わりにあえて自分に呪いを受ける事で自体を解決する者の事を言う。祟られっぱなしでは命に関わる事も多いので、たいがいはその後、落とし屋、祓い屋の世話になる事が多い。性質の違いから、祟られ屋は男、落とし屋は女が多いとされる。
「いやちょっと違うと思うけど……なんぼ祟られ屋でもそこまで深入りさせないと思う、つかそこまで深入りされたら祓えるものなの?」
 鰍が、ある意味落とし屋、祓い屋とも言える祖母に聞く。
「そういうの、居ない事もないけど……祓うたんびに心削ってたら身が持たないんじゃないかなー」
 円も、ちょっと宙を扇いで思い出しつつ、答える。長い人生の間に、思い当たる節もいくつかあったのかも知れない。
「大丈夫です、どっちみち、今だって心の一部は多分、莉莉と茉茉モモに掴まれたままなんです。だったら、同じ事です」
 五月の決意は変らないらしい。それを聞いて、円は一息、ため息をついて、
「……分かった。でも、自己責任だからね?」
「いいの?」
 それ以上説得しない祖母に、まだ経験では遥かに及ばない孫が聞き直す。
「決めるのはあたしじゃないわ」
「そうだけど……」
 そこの踏ん切りを無理矢理付けられるのが経験の差、言外に、納得はまだ出来ないが、その事を祖母から孫は受け取っていた。

「そしたらね、莉莉は五月ちゃん経由であたしが受け持つわ。茉茉の方は……」
 円は、茉茉を抱く柾木に向いて、
「柾木君経由で、鰍、あんたが受け持って」
「りょーかい」
「わ、わたくしは……」
 玲子が、仲間はずれになるのを警戒して、話しに割り込む。
「玲子ちゃんは員数外なんだけど……」
 円が、ちょっと困ったように言う。
「何をどうするのか分かりませんが、柾木様に何かあったら、私も一緒に、その……」
 論理は破綻気味だが、言いたい事は分かる。
その玲子の、ベールの奥の紅い目を円はしばらく見つめ、何かを決意し、孫に言う。
「……鰍、玲子ちゃんも連れて行って」
「え?」
 ぱっと顔を明るくした玲子と打って変わって、鰍の顔は驚きに曇る。員数外を連れて夢に入る事は、危険性の問題から原則として避けるのがセオリーだからだ。ましてや……
「……いいの?」
 鰍は、円の意図を図りかねて聞き返す。
「そのかわり、悪いけど絶対・・目を離さないで」
 傍から聞けば、それは危険な状況にド素人を連れて行くからだ、としか思えない発言ではあった。だが。
 鰍は、円の意図を正確に見抜き、呟く。
「……アタシに抑えきれりゃ良いけどね……」
 そして、頭を切替えて、言う。
「その前に、問題が二つ。まず、アタシ、法円維持したまんま潜るなんて流石に無理。一旦精霊と天使を退去させないと」
「あ。そりゃそうね……オッサン達の治療は終わってる?」
「と思う、精霊が帰りたがってるから。で、もう一つ。北条さん、生身に戻ってもらわないと、ちょっと、上手くやる自信、ない」
「あー……」

 柾木を生身に戻すにしても、生身の方がそれなりに損傷した状態ではちょっと問題がある。仕方なく、一旦生身の柾木をエータ柾木で担いで表まで持ち出し、柾木が生身に戻る――そもそも柾木がどうやって生身に戻るか、方法が分からず一悶着あったが、「エータの状態で眠る」事で解決した――と同時にとりあえず痛みが出ない程度まで「治療」し、精霊と天使を退去させて法円を閉じてから、改めて一同は、下にいる必要のなくなった酒井達も含めて、事務所跡に向かう。
「意識がないと、ああいうのダメなんですか?」
 外階段を上りながら、出来れば痛みを感じなくなってから生身に戻りたかった柾木が、鰍に聞く。
「ダメじゃないけど、「治ろうという意思」がないと時間かかって大変なんです」
 それが故に、柾木の脳の復元は時間がかかった、と鰍は説明する。そもそも難しかったのも事実だが、まさか脳のない体に意識を戻すわけにも行かず、時間ばっかりかかってしょうがなかったという。
「そういうもんですか……」
「そういうもんです、病は気からって、あれ、割と本当なんですよ」
 ちょっと前に、どっかで誰かから同じような事聞いたな。柾木は、その事を正確に思い出す事はせず、ただ、気って大事なんだなと、心に刻み込んだ。
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