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雑居ビルの鍵貸します_16
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部屋の片付けを終えた柾木は、玲子、時田、袴田、そして隼子に先に部屋を出てもらい、速攻で身支度を調える。
隼子さんはほぼ確実に俺をからかって遊んでるだけ――それでもベースには好意があるようで、それはうれしい――だが、玲子さんはどうも抑えが効かないというか何というか。いや、それもまた俺に好意を持ってくれてることの表れなんだろうから、嬉しいといえば嬉しいのだけれど、どうも経験値が足りないというか、自分が暴走していることに気付いていないというか。とにかく、このままここに居ると、ろくな事にならない。
柾木はそう判断し、大急ぎで歯を磨いて髭を当たって顔を洗って、玲子と同席しても問題なさそうな、比較的マシな私服に袖を通す。
「お待たせしました!」
きちんと窓に鍵をかけたことを確認した柾木は、外廊下に出ると玄関先で待っている人たちに声をかけ、玄関ドアに鍵をかけた。
スリーピースをきちんと着込んだ時田と袴田を先頭に、薄ピンクのブラウスにもう少し濃いピンクのジャンパースカートを合わせている玲子、スラックスにジャケットの柾木を挟んで訪問着の隼子という、知らない人が見たら一体何事かと思うような装いで外廊下から階段を下り、一同はマンションの玄関を出る。
玄関脇の車寄せに停まっているセンチュリーに近づくと、時田は左後席ドアを開け、玲子はするりとそこに乗り込む。運転席側に回った袴田は、右後席ドアに手をのばすそぶりを見せつつ、柾木の様子を見ている。乗れ、という事だ。
「……すみません隼子さん、ちょっと送って行くって訳にはいかなそうで……」
乗車定員は五人とは言え、この条件下でセンチュリーの後席に隼子を含めて三人乗るのは、例えそれが最寄り駅までであっても危険が大きすぎる。
そう判断した柾木の言葉に、その意を汲んでくれたのだろう、隼子は微笑んで、
「いいよ、駅まで歩くから。本当にお兄さんはお人好しだねぇ」
ポン、と柾木の肩に手を置くと、くるりと回れ右させてから背中をトンと押す。
「じゃあ、今日はこれで」
さっさと行きな、お嬢ちゃんを待たすんじゃないよ。隼子の掌がそう語っているのを受け取った柾木は、小走りにセンチュリーの右後席に近づきつつ、振り向いて隼子に言う。
「はいよ、またお店寄っとくれ、昼でも夜でも」
着物のたもとを押さえつつ、隼子が手を振る。手を振り返した柾木が袴田の開けたドアの中に収まり、時田と袴田が乗車すると、ほどなくセンチュリーはするりと走り出す。
見送って、一つため息をついた隼子は、後ろから聞き覚えのある排気音、今朝、自分をここまで乗せてきた車が近づいてきたのに気付く。
自分に合わせて停まった深紅のベンツ190の助手席を開けて、隼子は革張りセミバケットシートの助手席に乗る。
「早かったじゃない?」
蘭円が、サングラスをかけた視線を前に向けたまま聞く。
「ああ、振られちまったよ、きっぱりとねぇ」
やや自嘲気味な笑みを見せ、隼子がちょっと悔しそうに答える。
「あら、ああいうの好みだっけ?」
サングラスを少し下にずらし、面白そうに口角を上げて、円は視線を隼子に向けた。
「若い燕ってのも、たまにゃあいいじゃないか、そう思ったんだけどねぇ。お嬢ちゃんのガードが堅くてね、初々しいったらありゃしない」
ふふっと、隼子は笑いながら答える。
「「鷹匠の隼子」にそこまで言わせるとはね。北条君、そんなに気に入った?」
車を出しながら、円は聞く。にやり、円に二つ名で呼ばれた隼子は、凄みのある笑顔を見せる。
「……あたしもね、まあビルごと買い取りが落とし所だとは思ってたけどね、ああもキレイに相手を丸め込んでくるとは思わなかったよ。それに……」
隼子は、言葉を途切る。ちらり、運転中の視線を助手席に一瞬流し、円は言葉の続きをうながす。
「……きちんと値切ってくるし。どうやら姐さんに金借りなくても済みそうだよ。いや、さすがは姐さんだね、いい男を紹介してくれたもんだよ」
笑いながら、隼子は言う。円も微笑みつつ、
「北条君、思った以上に使える子だったみたいね、あたしも一肌脱いだかいがあったわ……それに、いくら仲良くっても、金の貸し借りはないのが一番だからね」
「その通りだよねぇ……そうだ姐さん、聞いとくれよ、あのお兄さん、改装の話もまとめて来たんだよ……」
「……なんということでしょう……」
古びた雑居ビルを買い取り、一部営業を続けながら耐震性確保に水回り配管の刷新、テナント間取りの変更といったリノベーションをやりきった物件が某テレビ番組で紹介されたのは、それから一年弱経ってからのことだった。
隼子さんはほぼ確実に俺をからかって遊んでるだけ――それでもベースには好意があるようで、それはうれしい――だが、玲子さんはどうも抑えが効かないというか何というか。いや、それもまた俺に好意を持ってくれてることの表れなんだろうから、嬉しいといえば嬉しいのだけれど、どうも経験値が足りないというか、自分が暴走していることに気付いていないというか。とにかく、このままここに居ると、ろくな事にならない。
柾木はそう判断し、大急ぎで歯を磨いて髭を当たって顔を洗って、玲子と同席しても問題なさそうな、比較的マシな私服に袖を通す。
「お待たせしました!」
きちんと窓に鍵をかけたことを確認した柾木は、外廊下に出ると玄関先で待っている人たちに声をかけ、玄関ドアに鍵をかけた。
スリーピースをきちんと着込んだ時田と袴田を先頭に、薄ピンクのブラウスにもう少し濃いピンクのジャンパースカートを合わせている玲子、スラックスにジャケットの柾木を挟んで訪問着の隼子という、知らない人が見たら一体何事かと思うような装いで外廊下から階段を下り、一同はマンションの玄関を出る。
玄関脇の車寄せに停まっているセンチュリーに近づくと、時田は左後席ドアを開け、玲子はするりとそこに乗り込む。運転席側に回った袴田は、右後席ドアに手をのばすそぶりを見せつつ、柾木の様子を見ている。乗れ、という事だ。
「……すみません隼子さん、ちょっと送って行くって訳にはいかなそうで……」
乗車定員は五人とは言え、この条件下でセンチュリーの後席に隼子を含めて三人乗るのは、例えそれが最寄り駅までであっても危険が大きすぎる。
そう判断した柾木の言葉に、その意を汲んでくれたのだろう、隼子は微笑んで、
「いいよ、駅まで歩くから。本当にお兄さんはお人好しだねぇ」
ポン、と柾木の肩に手を置くと、くるりと回れ右させてから背中をトンと押す。
「じゃあ、今日はこれで」
さっさと行きな、お嬢ちゃんを待たすんじゃないよ。隼子の掌がそう語っているのを受け取った柾木は、小走りにセンチュリーの右後席に近づきつつ、振り向いて隼子に言う。
「はいよ、またお店寄っとくれ、昼でも夜でも」
着物のたもとを押さえつつ、隼子が手を振る。手を振り返した柾木が袴田の開けたドアの中に収まり、時田と袴田が乗車すると、ほどなくセンチュリーはするりと走り出す。
見送って、一つため息をついた隼子は、後ろから聞き覚えのある排気音、今朝、自分をここまで乗せてきた車が近づいてきたのに気付く。
自分に合わせて停まった深紅のベンツ190の助手席を開けて、隼子は革張りセミバケットシートの助手席に乗る。
「早かったじゃない?」
蘭円が、サングラスをかけた視線を前に向けたまま聞く。
「ああ、振られちまったよ、きっぱりとねぇ」
やや自嘲気味な笑みを見せ、隼子がちょっと悔しそうに答える。
「あら、ああいうの好みだっけ?」
サングラスを少し下にずらし、面白そうに口角を上げて、円は視線を隼子に向けた。
「若い燕ってのも、たまにゃあいいじゃないか、そう思ったんだけどねぇ。お嬢ちゃんのガードが堅くてね、初々しいったらありゃしない」
ふふっと、隼子は笑いながら答える。
「「鷹匠の隼子」にそこまで言わせるとはね。北条君、そんなに気に入った?」
車を出しながら、円は聞く。にやり、円に二つ名で呼ばれた隼子は、凄みのある笑顔を見せる。
「……あたしもね、まあビルごと買い取りが落とし所だとは思ってたけどね、ああもキレイに相手を丸め込んでくるとは思わなかったよ。それに……」
隼子は、言葉を途切る。ちらり、運転中の視線を助手席に一瞬流し、円は言葉の続きをうながす。
「……きちんと値切ってくるし。どうやら姐さんに金借りなくても済みそうだよ。いや、さすがは姐さんだね、いい男を紹介してくれたもんだよ」
笑いながら、隼子は言う。円も微笑みつつ、
「北条君、思った以上に使える子だったみたいね、あたしも一肌脱いだかいがあったわ……それに、いくら仲良くっても、金の貸し借りはないのが一番だからね」
「その通りだよねぇ……そうだ姐さん、聞いとくれよ、あのお兄さん、改装の話もまとめて来たんだよ……」
「……なんということでしょう……」
古びた雑居ビルを買い取り、一部営業を続けながら耐震性確保に水回り配管の刷新、テナント間取りの変更といったリノベーションをやりきった物件が某テレビ番組で紹介されたのは、それから一年弱経ってからのことだった。
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