金色にして漆黒の獣魔女、蝕甚を貫きて時空を渡る -Eine Hexenbiest in Gold und Schwarz-

二式大型七面鳥

文字の大きさ
52 / 58
第六章 月齢0ー朔の月ー

606

しおりを挟む
 ユモが起動呪文コマンドワードを発する、少し前。
 ユモと雪風は、人型洞窟の頭部空間に至る横穴の入り口付近で、『ウェンディゴ憑き』と斬り結んでいた。
「こんだけドタバタやってんだ!絶対、気付かれてるわよね!」
 背中におぶったユモを左手で支えつつ、右手に持った木刀れえばていんで目の前の『ウェンディゴ憑き』を伸した雪風が、ユモに言った。
あいつ・・・がよっぽどのボンクラじゃなければね!」
 ユモは、その雪風の太刀筋に感心しつつ、答える。
 雪風の振るう木剣は、『ウェンディゴ憑き』を斬ることなく、しかし衝撃は与えつつ、その胴をすり抜けるように腹から背に振り抜ける。まるで、その木剣には実体がないかのように。
「……大したもんね」
 雪風の背中越しに、ぼそりと洞窟の床に崩れ落ちた『ウェンディゴ憑き』を見下ろしながら、ユモは呟く。本当に、大したもの。その木剣も、雪風自身も。
「まだまだよ。ママに比べたら、あたしなんて全然」
 木刀れえばていんを血振りして、雪風も答える。その言葉には、自分の力が足りない悔しさより、自分よりはるかに高みにいる母を誇る気持ちの方が強くにじみ出ていると、ユモは感じる。
 その意味でも、自分と同じだ、と。

「それより、どうする?」
「どう、って?」
 肩越しに振り返る雪風に問われて、ユモは聞き返した。
「下にオーガストさんが居るとして、話が出来る状態だとしてよ、くださいちょうだいで素直にニーマントを返してくれるとは思えなくない?」
「それは、そうよね……」
 周囲に『ウェンディゴ憑き』が居ない事を見まわして確認して、雪風の背中から下りつつ、ユモも答える。
「話が出来ない場合も考えなきゃだしね……最悪、力尽くで、行ける?」
 顎に手を置いて一瞬考え込んでから、ユモは雪風に聞き直す。
「この程度の相手なら、朝飯前だ、け、ど!」
 ユモに答えながら、雪風は、どこからともなくまた現れた『ウェンディゴ憑き』に、木刀れえばていんの猛烈な突きをかます。
「どっちにしても、目くらましくらい欲しいところよね」
「目くらまし?」
閃光発音筒フラッシュ・バンとか」
「何それ?」
「手榴弾って分かる?」
「バカにしないでよ?うちの納屋に仕舞ってあるわ」
「……お、おう……じゃあ、それの光と音しか出ないヤツ、わかる?」
「ああ……いいわね、それ。いただきだわ」
 ユモは、軍用コートの前を開けて裾をさばき、腰の弾薬盒パトローネンタッシェに手を延ばす。
「ちょっと時間稼いで。繋ぎ直すから」
「繋ぎ直す?」
 色々省略したユモの言い方に、イマイチ意味がとれなかった雪風が質問する。弾薬盒パトローネンタッシェから右手で水晶粉をひとつまみ取り出しながら、左手で胸元の水晶玉を服の上から押さえてユモは説明する。
「この水晶球の源始力マナは、元々はあの光る水晶球に繋がってたのは分かるわよね?一旦距離が離れた上に、今、この水晶球の源始力マナはあたしと、あたしを通じてあんたに繋ぎ直されてる」
「ああ、そういえば」
「それを、一気に大量の源始力マナを流せるように繋ぎ直すの」
「なるほどね」
 雪風は、ユモのやろうとしていることを理解した。そして、その為には。
「じゃあ、水晶玉を、もっとも効果的な位置に持って来てもらわないとね?」
「そういう事、まあ、そこは出たとこ勝負の舌先三寸ね。じゃあ、あと呪文一言のところまで繋ぐから、よろしくね」
 言って、ちらりと雪風の背後を見たユモは、呪文の詠唱に入る。
「お任せ!」
 振り向いて木刀れえばていんを構え直した雪風は、力強くユモに答えて、いつの間にか接近してきた新たな『ウェンディゴ憑き』に向き直った。

 ユモが起動呪文コマンドワードと唱えた瞬間、それまで励起直前の状態で留め置かれていたまじないは有効化アクティベートされた。
 それは、例えるなら、乾電池で使うための豆電球を工場用の強力無比なパワーソースに直結するようなものだった。
 半永久的に、ちびちびとごく少量の源始力マナを送り込まれてほのかに光を放つように設計された水晶玉に、突如として、人狼ひとおおかみがめいっぱい暴れてもまだ有り余るような量の源始力マナが送り込まれた。その過負荷によって、水晶玉はその構造限界をはるかに超えた明るさで一瞬だけ輝き、そして限界を超えて粉々に崩壊した。
 その光は、冷え冷えする青い光の照り返しのみで照らされていた洞窟に真昼の明るさの数倍の光をもたらし、水晶玉が崩壊する音は、決して大きくはないものの、無音に近かった洞窟に先の銃声並に鳴り響いた。
 右手で、自分の胸ポケットから二つのペンダント、水晶玉と輝かないアンシャイニング・多面体トラペゾヘドロンを取り出し、目の高さに近いところに持ち上げていたオーガスト・モーリー大尉は、その光の目潰しを、水晶玉の破裂音をモロに喰らってしまい、一瞬意識が飛んで脱力してしまう。脱力しつつも反射的に左手で目と顔を覆うように庇った――今更遅いのだが――オーガストは、右手が強い力で引かれ、手の中のペンダントの鎖がすり抜けるのを――それに合わせ、妙に優しく、しかし熱い指先が自分の指を開くのを――感じ取る。脱力したまま、バランスを崩して後ろに数歩たたらを踏むオーガストは、少女二人にしてやられた、はめられたことを、妙に冷静な頭の一部で何故か嬉しく感じていた。

 ユモが起動呪文コマンドワードを口にした瞬間、半獣の姿の雪風はリロードしていたライフルGew71を横穴の床に立てて置き、横穴から人型洞窟頭部空間に飛び出した。壁を蹴り、落ちるより早く眼下のオーガストに向かって跳んだ雪風は、水晶玉が光を放つ瞬間に合わせて一瞬だけ両手で目を覆う。破滅的ですらある一瞬の放射閃オドが過ぎ去ったと同時に目を開け、オーガストの目前に着した雪風は、二つのペンダントを右手で握り、強く引くと同時に左手でオーガストの右手に触れ、ペンダントの鎖を握るその指をほどく。オーガストの手からペンダントの鎖が完全に離れたのを確認した雪風は、体を沈ませると、数日前に自分が壊した床板の代わりによく分からない木の根のような物が網の目のように貼られた床を蹴って、5メートルは上にある横穴に飛び戻る。まだわずかに傾いだだけで立っている、支えもなく床に立てて置いたライフルGew71を左手でひっつかむと同時に、自分に抱かれる体勢になっているユモをお姫様抱っこに抱え込んだ雪風は、
「っしゃ!ずらかるわよ!」
 それでも過度な加速度がユモにかからないよう手加減しつつ、横穴の出口に向かって跳び出した。

「大丈夫ですか?」
 水晶玉が光った瞬間、帽子の鍔を引き下げていた黒い男が、オーガストに聞く。
「……びっくりしました。こんな手があったとは……」
 壁に背をもたれて首を振りつつ、オーガストが答える。強烈な光に焼かれた網膜が、やっと元の明るさに順応しつつあった。
「……それに、熱かった……」
 オーガストは、右手の指を見ながら、言う。
「……この体は、もう、あれを熱いと感じてしまうのですね……」
 未だ、崩壊した水晶玉の破片が漂い、ほのかにあたりを照らす中、オーガストの右手には、雪風の右手の指が触れた痕が、日焼け痕のように赤く残っていた。

「せりゃあっ!」
 ユモをお姫様抱っこしている上にライフルGew71を持っていて全く手が使えないため、ひょっこり出てきた『ウェンディゴ憑き』を全力ダッシュからの跳び蹴りで弾き飛ばし、それでもまるで衰えない勢いのまま雪風は洞窟の横穴から跳び出した。
「出た!」
 弾き飛ばされた『ウェンディゴ憑き』がそのまま放物線を描いてスペリオル湖に落下した音を遠くに聞きながら、雪風は湖畔の岩を蹴って横穴が開口する崖に向かって跳躍、断崖のとっかかりを蹴ってほぼ垂直に飛び上がって、あっさりと崖の上の平地に着地する。
「……よっしゃ!」
 膝を折って着地の衝撃を受け流した雪風は、そのまま猛烈な勢いで駆けに駆け、湖畔の岸壁から安全距離を確保したと判断してから、ユモを優しく雪原の上に下ろす。
「……うう……目、回った……」
 雪風の首根っこにしがみついていたユモは、若干よろめきながら、しゃがんでいる雪風の肩に手を置いて、自分の両足で立つ。
「……でも、これで一安心……って……」
 あたりを見まわして、ユモは怪訝な顔をする。
「まだ安心出来ないわよ、追っ手を撒いて、逃げ切ったと確信出来るまでは……どうかしたの?」
 立ち上がって、ライフルGew71を肩にかけ直した雪風は、ユモの様子に気付いて声をかける。
「……なんか、薄暗くない?」
「え?……そういえば……」
 ユモに続いて、雪風も辺りを見まわす。森の外れの湖畔のこの辺りは立木も少なく、木陰はあっても辺り一面が冥くなるという事はないはずだった。
「……今日、晴れてたわよね?」
 横穴に潜る前の天候は晴天、短時間とは言え明け方のあのタイミングよりも日は高くなっているはずで、明るくなることはあっても暗くなる道理はない、はずだった。
「一天にわかにかき曇り、ってや、つ?え?」
 空を見上げ、雲行きを確かめようとした雪風の動きが止まる。不審に思って雪風の視線を辿ったユモは、雪風が見たものを自分も見て、呟いた。
「……うそ……」
「……マジか……」
 二人の声が、思わず知らず、ハモる。
「日蝕!?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...