金色にして漆黒の獣魔女、蝕甚を貫きて時空を渡る -Eine Hexenbiest in Gold und Schwarz-

二式大型七面鳥

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第六章 月齢0ー朔の月ー

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「一体何人居るのよ!」
 動けないユモを護って、周囲の『ウェンディゴ憑き』を切り伏せながら、吐き捨てるように雪風が大声でぼやく。
――かれこれ20体は斬ってるはず。無尽蔵か!――
 なにやら複雑な呪文の詠唱に入ったユモは、棒立ちと言っていい状態で完全に無防備な状態になっている。四方八方から近づいて来る『ウェンディゴ憑き』に対し、半獣化した――プロポーションはほとんど人の姿のままに、木刀れえばていんを振り体術を駆使するのに最も効率が良いバランスで獣の筋を載せた体の――雪風は力でも速さでも上回る自信があるし、実際、同時に三人程度までなら、技量も連携もない相手なれば難なく斬り伏せてきたが、先が見えない状況にはうんざりするし、何より、残り時間が気になって仕方がない。
 そして、気になるのはもう一つ。斬り伏せて来た『ウェンディゴ憑き』だが、いわゆるカウボーイスタイルや、この時代の普通の市民――20世紀後半や21世紀前半のサラリーマンとあまり差はない――だけでなく、少数だが女性が混ざっていたり、明らかにネイティブの容姿だったり、どう考えてもここ数年で『ウェンディゴ憑き』になったとは思えない、年期の入ったそれもあった事が頭から離れない。
「差し出がましいことを言いますと」
 詠唱に集中するユモの胸元で揺れる輝かないアンシャイニング・多面体トラペゾヘドロンが、雪風のぼやきに答える。
「お二人が落ちた洞窟ですが、あちこちに相当数の『ウェンディゴ憑き』が隠れてました。その大半は凍ってましたが」
「マジか……」
「……光の弾丸よ!我が示す的を射抜け!神鳴るごっど剛弓ご-がん!」
 呪文の最終段を唱えたユモは、やおらライフルGew71を構えると、その銃口を青い光の柱に向けて引き金を引き、反動で尻餅をついて小さく悲鳴を上げる。
 水晶玉に封じられていた知識のうちの、優先して解凍していた『存在は教えられていたが使い方を教えられていなかった呪文』から選んだ、今や地上では月の魔女以外に発音できる者はないであろうその呪文は、ライフルGew71の弾丸を核とし、まばゆい光を放ちながら弧を描いて青い光の柱に突進する。ゆるい放物線軌道の終端で青い光に逆流するように突入した光の矢は、しかし、突入してすぐに、何かに押し戻されるように勢いを失い、そして爆散する。
「……もう!何よ!通らないじゃない!」
 尻餅をついた姿勢のユモが、悪態をつく。
「エーテルの乱れが荒すぎるようですね」
 輝かないアンシャイニング・多面体トラペゾヘドロン、ニーマントが、さも当然であるかのように言う。
「それって、光の出所を直接叩かないとダメって事?」
「そうなりますね」
 さらに一体の『ウェンディゴ憑き』を斬り伏せた雪風の問いに、ニーマントがさらりと答える。
「ユモ!日蝕あとどれくらい?!」
 ライフルGew71を杖代わりに立ち上がったユモに駆け寄りつつ、雪風が聞く。
 ユモは、雲の上に薄く光る太陽を見上げて、言う。雲のおかげで、太陽が欠けている事だけは、かろうじてわかる。
「わかんないけど、10分もないことは確かよ!多分あと長くて5分、もしかしたら3分無いかも!」
「じゃあ、もう、正面突破しかないか!行くわよ!」
「って、うわひゃ!」
 ユモの答えを聞くが早いか、雪風はユモを左手で抱え上げると、肩に担いで駆け出した。

「さて、私の目的は大体満足出来ました。このあたりでおいとましましょう」
 黒い男は、そう言って青い光の柱に近づく。
「オーガストさん、あなたには期待しています。是非とも、その知識欲を満足させて下さい。その過程で、何が起ころうとも」
 振り向いて、そう言った黒い男は、ふと頭上から聞こえてくる地響きに気付いて上を見上げる。
「何が、始まったのでしょう?」
 同じように上を見上げてつぶやいたオーガストに、黒い男は答える。
「なに、駄々っ子が暴れているのでしょう……あれは、自分が何をしているか、実のところ何もわかっちゃいないのです。ただの子供の遣い、言われたことを行い、自分の興味のあるものに手を出し、持ち帰り、飽きたら捨てる。あるいは、人にたねを植えて、人形遊びをする、その程度のものです……どうやら、何か癇に障ることがあったようですが」
「人に種……ですか?」
「ああ、種と言っても植物のそれではありません。私も詳しくは知りません。あれがどうやってそれを思いついたのか、私は、意思を持たない人形にはあまり興味がないのですが……オーガストさん、あなたはご興味があるのでは?」
「そうですね……」
 オーガストは、あごに手を当ててしばし考える。
「……私の当初の目的はそれでしたから、まずはそれをまっとうするところから始めるのが、よいのかもしれませんね」
 ひときわ大きな地響きの後、一瞬の静寂の中で晴れやかに微笑みながら、オーガストは言った。
 黒い獣がだしぬけに降ってきたのは、その時だった。

「そこ、どけぇ!」
 左肩にユモを担ぎ、右手で横薙ぎに木刀ればていんを振り抜いて立ちはだかる『ウェンディゴ憑き』を斬り伏せた――斬ってはいないが――雪風は、先ほど来た道を猛烈な勢いで逆戻りする。向かう先には、雲を突くような巨人。雲か霧が凝縮したようなその姿は、輪郭がはっきりしないせいか妙に現実感と距離感が薄いが、件の洞窟の近くに立ち、ほの暗く赤く光る目のようなものがこちらを見ているのは、視線を合わせなくても雪風にはひしひしと感じられた。
 先ほどまでさしたる動きを見せていなかったその『雲と雪の巨人』は、雪風とユモが向かってくることに気付いたのか、その手を伸ばす――文字通り、その腕が伸びた――と、地上の何かを鷲掴みにして、そのまま下手投げにユモと雪風に向けて投げつける。
「うわ!」
「ちょ!な!見え!うぐぇ!」
 岩塊や倒木、果ては巻き込まれた『ウェンディゴ憑き』までがまとめて、でたらめに飛んで来るのをステップで、あるいは木刀れえばていんで叩き伏せて雪風は躱すが、その肩に後ろ向きに担がれたユモは、体をきつくひねらないと前が見えず、しかし、こうも振り回されたのではその無理な姿勢を続ける事すら難しい。
 もう一度飛び込もうとする、さっき跳び出してきたスペリオル湖畔の断崖に開口する洞窟まで、距離にしてざっと500m。半獣の姿の今の雪風の脚なら1分もかからず駆けられる距離だが、ユモを担いだ上に障害物やら投射物やらを躱しながらではそうもいかない。それでも、でたらめに、散発的に投げつけられる岩やら倒木やらを避けつつも、どうにか岸壁までたどり着いた雪風は、勢いを止めず、そのまま肩に担いだユモに声をかける。
「飛び込むわよ!覚悟決めて!」
「え?覚悟?ってうわぁ!……ぐえ!」
 言うなり、躊躇なく雪風は断崖からスペリオル湖に向けて飛び出す。自由落下による一瞬の無重量状態、内臓を襲うむずがゆい不快感にユモは思わず声を上げ、直後、湖面から突き出した大岩を蹴って反対向きにほぼ真横に跳んだ反動をモロに腹にもらって変な声を出す。
 一瞬で、ユモと雪風の姿は断崖の洞窟、横穴の中に消える。巨大であるが故に小回りがきかず、みすみす足下の二人を見のがす結果になった『雲と雪の巨人』は、理解が状況変化に追いつかなかったのか、しばらく洞窟の入り口を見下ろした後に、溶け落ちるように姿を崩し、吹きすさぶ雪嵐ブリザードと化して洞窟に吹き込んでいった。

「ぅおりゃあ!」
 洞窟に飛び込んだ勢いに任せ、斬り伏せるのではなく突き通す事を選んだ雪風――と、その肩に担がれたユモ――は、洞窟内で立ち塞がった『ウェンディゴ憑き』二人をその木刀れえばていんの切っ先で横穴の出口まで突き飛ばし、それに遅れること無く人型洞窟の頭部空間に跳び出した。
 二度目の自由落下の不快感の中、雪風にしがみついていたユモは肩越しに進行方向――つまり落下方向――に顔を向け、そこにこちらを見上げるオーガストと黒い男を見つけた。
「オーガストぉ!」
 ユモは、木の根的なものが網目状になった床に着地した雪風の肩の上から、オーガスト指さして叫ぶ。
「言いたいこといっぱいあるんだから!そこで待ってなさい!」
「……せりゃあ!」
 ユモが叫んだ直後、左腰に構えた木刀れえばていんを前に振り抜き、返す刀で前から右腰の後ろに引き戻して、雪風は床を鋭角に切り裂く。
「はったおしてやるんだから!」
 ユモのその一言を残して、軽く跳躍して二人分の体重を載せた脚でその切り裂いた床を踏み抜いた雪風と肩の上のユモは床下に姿を消す。
 振り向いて声をかけ返そうとしたオーガストは、しかし、急激に低下した室内の気温と、突如頭上の横穴からなだれ込んできた雪嵐ブリザードに視界と行動の自由を奪われ、機会を逸した。
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