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迷宮攻略編

僅かな希望

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 ♢エリナ




 アル君を残して迷宮を脱し、地上に戻った私たちは、すぐにヴァイオレット先生の元へ行き事情を説明した。そしたら直ぐに救助隊は編成され、迷宮へ向かっていった。
 しかし、結果は私の望まないものだった。

 私たちが罠に掛かった十一階層の洞窟には、アル君のものだと思われる血痕はあったものの、アル君本人は見つからなかったらしい。

 その話を聞いた瞬間に私の頭の中にまるで走馬灯かの様にアル君との思い出が蘇ってきた。

 私とアル君が未だ十歳にも満たない幼かった頃、当時は内気だった私に、アル君が一緒に遊ぼうと私の手をとり、一緒に街を駆け回ったりして遊んでいた事。

 お互いどちらかが誕生日になると、両家の家族揃って誕生日パーティーをして、その後必ずプレゼントを渡したりした事。

 アル君が伯父さんに稽古をつけてもらっているのを家の窓から眺めていた事。

 最近では、朝にアル君を起こしに行っていた事。実は、アル君の寝顔を見るのが毎朝の楽しみになっていた事。


 幼い頃からずっと一緒いたせいか気づく事が出来なかった。

 私にとってアル君がどれだけ大切な存在であったのかを。

 ―――そう、私はアル君のことが好きなんだ。

 それを今になってようやく理解した。
 けど、気付くのが遅かった。もうここにはアル君は居ない―――。

 私は、アル君を失ってしまった絶望で目の前が真っ暗になった。
 救助隊の人がまだ何か話している様だけど、私の耳に届くことはなく、そのまま受け入れなくない現実から逃げるかの様に意識を手放したのだった。








 ♢♢♢♢♢♢






 ♢リゼ




 一ヶ月の謹慎―――。

 それがヴァイオレット先生の言いつけを守らなかった私たちに課せられた罰でした。

 クラスメイトを一人、死に追いやったことに対しての罰としては軽い気がしましたが、先生曰く、今回のような事態で、重い罰を与えて若者達の目を摘むような事はしてはならない。首席のケインさんと女神に愛され、初めから『五枚羽』を持つエリナは特にとの事でした。

 それを聞いた時には、納得いきませんでしたが、今回の事件の原因である私たちに反論する権利などなく、大人しく従うしかありませんでした。



 そしてあれから一週間が経ちました。

「……ん…」
「!?エリナ!!起きたのね!?」

 あの日、救助隊の報告を聞いてからずっと意識を失ってベットに横たわっていたエリナが、遂に目を覚ましました。

「……ここは?」
「ここは学園寮で私たちの部屋よ!…覚えてる?貴方、気を失って倒れたのよ」
「…そうだ…私………救助隊の人達の報告を聞いて…アル君が…いなくなったて…はは、救助隊の人達もひどいこと言うよね…だってアル君がいなくなるわけないもん。ね?そうでしょ?リゼ…」
「エリナ……救助隊の人達は嘘をついていないわ。…もう…彼はいないのよ」
「嘘だよ!リゼまでどうしてそんなひどいこと言うの!」
「……」

 私の言葉に強く反抗する彼女の瞳からは、一筋の涙が流れていました。

「……そんなの嫌…嫌だよぉ…うわぁぁぁ―――」

 流れる涙は滝のように勢いを増して、遂に彼女は顔をくしゃくしゃにしながら泣き叫びました。
 私は今にも消えてしまいそうな彼女を離すまいと強く抱きしめました。



 それからどれくらい時間が経ったのか、落ち着きを取り戻した彼女が口を開きました。

「ねぇリゼ…本当にアル君はもういないの……?」
「えぇ…でもねエリナ。私はまだ彼が死んでしまったとは思っていないわ」
「…どう言うこと?」
「貴方は途中で気を失って最後まで報告を聞いていなかったから知らないと思うけど救助隊の人達の報告には続きがあったのよ」
「続き?」
「えぇ……十一階層で彼は見つからなかった。でも他のモノが見つかったのよ」
「他のって?」
「私たちを罠に嵌めた例の魔物の死骸よ」
「―――っ!?それって!?」
「分からないわ。でも私たちが実戦訓練している時も迷宮は冒険者にも開放されていたわ。だからもしかしたら、冒険者の誰かがあの例の魔物を倒して彼を保護したのかもしれないし、思いの外、彼が例の魔物を倒して、今も迷宮の何処かで生き延びている可能性もあるわ」
「その話、本当なの!?」
「本当よ。だからねエリナ。希望を捨てるにはまだ早いと私は思うのよ」
「そうか…そうだよね。いないって言ってもここに居ないだけだし、アル君が簡単に死ぬはずないもん…………ねぇリゼ…私、強くなりたい……強くなってアル君を見つけて今度は守られるんじゃなくて、守るようになりたい」
「そうね…私も協力するわ」
「うん。ありがとう」

 正直な話、希望は薄いと思います。十一階層で彼が居なかったのも、すでに例の魔物に捕食されて、その後誰かに討伐されたのかもしれません。
 こんな話、せっかく立ち直った彼女に言えるはずもありません。
 でも私が話さなくても、きっと彼女もその可能性に気づくかもしれません。

 その時彼女がどうなるかは、分かりません。

 もし彼女が希望を見失うような事があれば、今回のように私が支えになってあげようと思います。そう心に決めました。

 だって私にとって彼女は、初めて出来た友達ですから。

「それにしてもリゼって、私と話す時とアル君達と話す時で少し口調が変わるよね」
「そうかしら?だとしたら私にとって貴方は気の許せる存在なのかもしれないわね」
「えへへへ、そうかー、気を許せちゃうんだー私に。なんだか嬉しいなぁ。…でもいつか皆んなにも私と同じように話せたらいいね!」
「えぇ、そうね」


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