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第6章 千尋の元カレ
②
「どういう意味?」
「いや……」
言いかけて、口をつぐむ悠太。
昔から、怒った時や何かを誤魔化すとき、そうやって目を逸らす癖があった。
「俺が言える立場じゃないのは分かってる。けど……」
そこまで言って、彼は私を真っ直ぐに見た。
「俺は10年かけて、千尋と向き合ってきたつもりだった。だけど、その“0日”に全部、負けたみたいで、正直、悔しい。」
一瞬、言葉が出なかった。
胸の奥がチクリと痛んだ。
……やめてよ。
今さら、そんなこと、言わないでよ。
「そうだ。立ち話もなんだから、どこかで一杯……」
「いい。」
私は、その誘いを静かに断った。
悠太は少しの間、黙ったまま私を見つめていた。
「その交際0日婚が、案外うまくいってるの。」
自分でも驚くほど、トゲのある言い方だった。
あてつけみたいに聞こえたかもしれない。でも、止められなかった。
「やっぱり、決断力のある男って、魅力的よね。」
その瞬間、悠太の表情が曇った。
ああ……やっぱり傷ついたんだ。
だけど、私だって10年前、何度も、何度も、傷ついてきた。
「千尋はさ——」
ぽつりと、彼が口を開いた。
「ロンドンに付いてきてと言ったら、一緒に来てくれた?」
私は、目を見開いた。
……そんなこと、一度も言ってくれなかった。
言われてたら、きっと——
でも、もう答えることも、考えることもできない。
「それを言わなかったのは、悠太でしょう?」
「言わなかったよ。言えるか?仕事も家族も捨てて、俺を選べって。」
悠太の声は低く、悔しさを滲ませていた。
それが、彼なりの優しさだったのかもしれない。
でもそれは、私にとって残酷な沈黙だった。
「……あの頃の千尋にそれを言うのは、酷だよ。」
彼は言い訳のように言った。
たぶん、本当にそう思っていたのだろう。
でも――
「それでも、私は悠太を選びたかった。」
声が震えそうになるのを必死に堪えた。
「仕事も順調だったし、親ともやっと向き合おうとしてた。結婚を考え始めたからこそ、家族を大事にしようと思っていた。その時に、あなたが“来て”って言ってくれたら――私はきっと、全部を捨てても、あなたを選んだと思う。」
悠太は言葉を失っていた。
「悩んだと思う。でも、その先にあなたがいてくれるって信じてたから、私は選びたかったの。」
目を合わせた。
もう何も言わない彼の瞳に、今さらの後悔の色が浮かんでいた。
「“言わなかった”ことが優しさだとしても、私は、あの時言ってほしかった。」
言ってほしかった。
あなただけを見て、飛び込んでほしかった。
それだけが、心にずっと残っていた。
家に帰ると、キッチンからいい香りが漂ってきた。
そっと覗くと、エプロン姿の律さんがフライパンを振っていた。
「いや……」
言いかけて、口をつぐむ悠太。
昔から、怒った時や何かを誤魔化すとき、そうやって目を逸らす癖があった。
「俺が言える立場じゃないのは分かってる。けど……」
そこまで言って、彼は私を真っ直ぐに見た。
「俺は10年かけて、千尋と向き合ってきたつもりだった。だけど、その“0日”に全部、負けたみたいで、正直、悔しい。」
一瞬、言葉が出なかった。
胸の奥がチクリと痛んだ。
……やめてよ。
今さら、そんなこと、言わないでよ。
「そうだ。立ち話もなんだから、どこかで一杯……」
「いい。」
私は、その誘いを静かに断った。
悠太は少しの間、黙ったまま私を見つめていた。
「その交際0日婚が、案外うまくいってるの。」
自分でも驚くほど、トゲのある言い方だった。
あてつけみたいに聞こえたかもしれない。でも、止められなかった。
「やっぱり、決断力のある男って、魅力的よね。」
その瞬間、悠太の表情が曇った。
ああ……やっぱり傷ついたんだ。
だけど、私だって10年前、何度も、何度も、傷ついてきた。
「千尋はさ——」
ぽつりと、彼が口を開いた。
「ロンドンに付いてきてと言ったら、一緒に来てくれた?」
私は、目を見開いた。
……そんなこと、一度も言ってくれなかった。
言われてたら、きっと——
でも、もう答えることも、考えることもできない。
「それを言わなかったのは、悠太でしょう?」
「言わなかったよ。言えるか?仕事も家族も捨てて、俺を選べって。」
悠太の声は低く、悔しさを滲ませていた。
それが、彼なりの優しさだったのかもしれない。
でもそれは、私にとって残酷な沈黙だった。
「……あの頃の千尋にそれを言うのは、酷だよ。」
彼は言い訳のように言った。
たぶん、本当にそう思っていたのだろう。
でも――
「それでも、私は悠太を選びたかった。」
声が震えそうになるのを必死に堪えた。
「仕事も順調だったし、親ともやっと向き合おうとしてた。結婚を考え始めたからこそ、家族を大事にしようと思っていた。その時に、あなたが“来て”って言ってくれたら――私はきっと、全部を捨てても、あなたを選んだと思う。」
悠太は言葉を失っていた。
「悩んだと思う。でも、その先にあなたがいてくれるって信じてたから、私は選びたかったの。」
目を合わせた。
もう何も言わない彼の瞳に、今さらの後悔の色が浮かんでいた。
「“言わなかった”ことが優しさだとしても、私は、あの時言ってほしかった。」
言ってほしかった。
あなただけを見て、飛び込んでほしかった。
それだけが、心にずっと残っていた。
家に帰ると、キッチンからいい香りが漂ってきた。
そっと覗くと、エプロン姿の律さんがフライパンを振っていた。
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