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第7章 初めての喧嘩と仲直り
⑤
《帰って来い、千尋。》
──律さんからだった。
短い。
しかも、どこか命令口調。
“帰って来てほしい”じゃなくて、“帰って来い”。
なんだか、私が悪者みたいじゃない。
「はぁ……」
深く息をついた。
返事はしなかった。
心の中で小さく呟く。
──取締役会なんて、毎年あるじゃない。
その度に誕生日をすっぽかされたら、たまったもんじゃない。
私の一年に一度の、特別な日なんだよ。
それなのに、どうして“私が怒っていること”にしか意識が向かないの?
──寂しいのは、私だったのに。
胸の奥が、じくりと痛む。
だけどそれは、律さんを嫌いになったからじゃない。
まだ、ちゃんと期待しているから。愛しているから──。
私はスマホを裏返し、ベッドに寝転んだ。
枕に顔をうずめて、目を閉じる。
本当は、あの人の腕の中で、今日も眠りたかった。
翌日。
時計の針が18時を指した瞬間、私は急いでデスクを片付けた。
「お先に失礼します」と同僚に軽く会釈し、オフィスを出る。
エレベーターで下に降り、ガラス張りのエントランスへ向かったその時──
視界の端に、見慣れたスーツ姿が映った。
──律さんだ。
神楽木律。私の夫。
でも今は、正直……会いたくなかった。
顔を見たら、何もかも溢れてしまいそうで。
言わなくてもいいことまで、口にしてしまいそうで。
──ここで喧嘩なんてしたくない。
私はそっと、足音を忍ばせて出口の方へ向かった。
律さんの視線を避けながら、回転ドアの手前に差しかかる。
あと少しで、この場を離れられる──
そう思った瞬間だった。
「……千尋。」
ふいに、腕を掴まれた。
「えっ──」
驚いて振り返ると、そこには息を殺すような真剣な表情の律さんがいた。
「待てよ。」
低く絞るような声だった。
私は口を開きかけて、すぐに閉じた。
人目がある。ここはオフィスビルのエントランス。
でも、そんな空気も関係ないと言わんばかりに、律さんは私の腕を引いて、回転ドアの前から少し離れた柱の陰に連れて行った。
「話がしたい。」
律さんの目は、私の心を射抜くように真っ直ぐだった。
でも私は、目をそらした。
その瞳を見るのが、苦しかった。
「……今は、無理。」
小さく、でも確かにそう告げると、律さんの指がわずかに震えた。
それでも、私の腕は離さなかった。
「千尋、俺は……」
律さんが何かを言いかけたその時。
「千尋、俺は君の夫であるが、あの会社を継ぐべき人間なんだ。」
律さんの言葉に、胸がズキンと痛んだ。
わかってる。
そんなこと、結婚する前からわかってた。
「俺がしっかりしないと、数千人という人が路頭に迷うことになるんだ。」
彼の手の中にあるのは、私なんかよりずっと大きな責任。
家族という単位じゃなく、会社という大きな組織。
──律さんからだった。
短い。
しかも、どこか命令口調。
“帰って来てほしい”じゃなくて、“帰って来い”。
なんだか、私が悪者みたいじゃない。
「はぁ……」
深く息をついた。
返事はしなかった。
心の中で小さく呟く。
──取締役会なんて、毎年あるじゃない。
その度に誕生日をすっぽかされたら、たまったもんじゃない。
私の一年に一度の、特別な日なんだよ。
それなのに、どうして“私が怒っていること”にしか意識が向かないの?
──寂しいのは、私だったのに。
胸の奥が、じくりと痛む。
だけどそれは、律さんを嫌いになったからじゃない。
まだ、ちゃんと期待しているから。愛しているから──。
私はスマホを裏返し、ベッドに寝転んだ。
枕に顔をうずめて、目を閉じる。
本当は、あの人の腕の中で、今日も眠りたかった。
翌日。
時計の針が18時を指した瞬間、私は急いでデスクを片付けた。
「お先に失礼します」と同僚に軽く会釈し、オフィスを出る。
エレベーターで下に降り、ガラス張りのエントランスへ向かったその時──
視界の端に、見慣れたスーツ姿が映った。
──律さんだ。
神楽木律。私の夫。
でも今は、正直……会いたくなかった。
顔を見たら、何もかも溢れてしまいそうで。
言わなくてもいいことまで、口にしてしまいそうで。
──ここで喧嘩なんてしたくない。
私はそっと、足音を忍ばせて出口の方へ向かった。
律さんの視線を避けながら、回転ドアの手前に差しかかる。
あと少しで、この場を離れられる──
そう思った瞬間だった。
「……千尋。」
ふいに、腕を掴まれた。
「えっ──」
驚いて振り返ると、そこには息を殺すような真剣な表情の律さんがいた。
「待てよ。」
低く絞るような声だった。
私は口を開きかけて、すぐに閉じた。
人目がある。ここはオフィスビルのエントランス。
でも、そんな空気も関係ないと言わんばかりに、律さんは私の腕を引いて、回転ドアの前から少し離れた柱の陰に連れて行った。
「話がしたい。」
律さんの目は、私の心を射抜くように真っ直ぐだった。
でも私は、目をそらした。
その瞳を見るのが、苦しかった。
「……今は、無理。」
小さく、でも確かにそう告げると、律さんの指がわずかに震えた。
それでも、私の腕は離さなかった。
「千尋、俺は……」
律さんが何かを言いかけたその時。
「千尋、俺は君の夫であるが、あの会社を継ぐべき人間なんだ。」
律さんの言葉に、胸がズキンと痛んだ。
わかってる。
そんなこと、結婚する前からわかってた。
「俺がしっかりしないと、数千人という人が路頭に迷うことになるんだ。」
彼の手の中にあるのは、私なんかよりずっと大きな責任。
家族という単位じゃなく、会社という大きな組織。
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