5 / 86
第1章 0日婚の申し込みととまどい
⑤
エレベーターホールまで来ると、彼がボタンを押し、扉が開くと私を先に乗せてくれた。
誰もいない空間に、わずかな緊張が走る。
──そういえば。
ふと、思い出してしまう。
元カレは、こういうことをしてくれる人じゃなかった。
駅まで見送ることもなく、「帰るなら気をつけて」とLINEで済ませるような人だった。
でもそれでいいと思ってた。
恋人なんだから、そんなことは形式的で、必要ないって──
……違う。私は、彼のことが好きだったから、そう自分に言い聞かせてただけなんだ。
10年も一緒にいられた理由はただひとつ。
彼を、純粋に好きだったから。
──けれど、それだけじゃ結婚はできなかった。
そんな思考に沈んでいると、途中の階でエレベーターが開いた。
「あ……」
数名の社員が乗り込んできて、私と神楽木さんの姿を見た瞬間、ほんのわずかに空気が変わった。
「部長、お疲れさまです。」
「ああ。」
神楽木さんは軽く頷き、私にも目を向ける。
そして、次の階でもまた扉が開き、今度は数人が一斉に乗り込んできた。
さすがは一流企業──出入りする人の数も、スーツの質感も、どこか漂う空気感さえ違う。
私は自然と身体をすぼめ、他の人にぶつからないように立ち位置を調整する。
──その時だった。
「……狭くないですか?」
低く抑えた声が、耳元に落ちてきた。
ドキッとする。
反射的に振り返りそうになって、けれど横を向けない。
距離が近すぎて、顔を向けたら頬が触れてしまいそうだから。
神楽木さんは、ほんの僅かに私の前へと身体をずらしていた。
そして、彼の手がそっと壁に添えられている。
まるでガードするように。──他の人が、私に近づけないように。
誰にも気づかれないように、自然に。
でも、確実に“守られている”と感じられる距離感。
胸がじわっと熱くなった。
──こういうところなんだ。
誰にも媚びない。けれど、誰かを守る強さがある。
御曹司という立場に甘えず、実力で“部長”に就いている理由が、ほんの少しだけわかった気がした。
一言も声を上げず、何も言わないその仕草に、
私はまた、心を静かにかき乱されていた。
ふと、視線を感じて顔を上げると、神楽木さんと目が合った。
その瞳は、まっすぐで真剣で──でも、どこか優しさを含んでいた。
まるで、そっと見守ってくれるような、そんな眼差し。
心臓が、また跳ねた。
こんな人だったら、もしかして……
結婚しても、いいのかもしれない──
……って、私はなにを考えてるの?
我に返って、ぐっと目を伏せた。
相手は、神楽木律。
一流企業の御曹司で、会社の部長。
私とは住む世界が違う。
たまたま今、偶然仕事で関わっただけで、私なんかが結婚の対象になるなんて、あるわけない。
誰もいない空間に、わずかな緊張が走る。
──そういえば。
ふと、思い出してしまう。
元カレは、こういうことをしてくれる人じゃなかった。
駅まで見送ることもなく、「帰るなら気をつけて」とLINEで済ませるような人だった。
でもそれでいいと思ってた。
恋人なんだから、そんなことは形式的で、必要ないって──
……違う。私は、彼のことが好きだったから、そう自分に言い聞かせてただけなんだ。
10年も一緒にいられた理由はただひとつ。
彼を、純粋に好きだったから。
──けれど、それだけじゃ結婚はできなかった。
そんな思考に沈んでいると、途中の階でエレベーターが開いた。
「あ……」
数名の社員が乗り込んできて、私と神楽木さんの姿を見た瞬間、ほんのわずかに空気が変わった。
「部長、お疲れさまです。」
「ああ。」
神楽木さんは軽く頷き、私にも目を向ける。
そして、次の階でもまた扉が開き、今度は数人が一斉に乗り込んできた。
さすがは一流企業──出入りする人の数も、スーツの質感も、どこか漂う空気感さえ違う。
私は自然と身体をすぼめ、他の人にぶつからないように立ち位置を調整する。
──その時だった。
「……狭くないですか?」
低く抑えた声が、耳元に落ちてきた。
ドキッとする。
反射的に振り返りそうになって、けれど横を向けない。
距離が近すぎて、顔を向けたら頬が触れてしまいそうだから。
神楽木さんは、ほんの僅かに私の前へと身体をずらしていた。
そして、彼の手がそっと壁に添えられている。
まるでガードするように。──他の人が、私に近づけないように。
誰にも気づかれないように、自然に。
でも、確実に“守られている”と感じられる距離感。
胸がじわっと熱くなった。
──こういうところなんだ。
誰にも媚びない。けれど、誰かを守る強さがある。
御曹司という立場に甘えず、実力で“部長”に就いている理由が、ほんの少しだけわかった気がした。
一言も声を上げず、何も言わないその仕草に、
私はまた、心を静かにかき乱されていた。
ふと、視線を感じて顔を上げると、神楽木さんと目が合った。
その瞳は、まっすぐで真剣で──でも、どこか優しさを含んでいた。
まるで、そっと見守ってくれるような、そんな眼差し。
心臓が、また跳ねた。
こんな人だったら、もしかして……
結婚しても、いいのかもしれない──
……って、私はなにを考えてるの?
我に返って、ぐっと目を伏せた。
相手は、神楽木律。
一流企業の御曹司で、会社の部長。
私とは住む世界が違う。
たまたま今、偶然仕事で関わっただけで、私なんかが結婚の対象になるなんて、あるわけない。
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
「職場では隙のない完璧な先輩が、家ではゆるニットで甘えてくる。それでも彼女は、まだ俺の恋人じゃない」
まさき
恋愛
会社では完璧で、誰も近づけない先輩。
そんな彼女と、俺は同じ部屋で暮らしている。
「…おかえり」
ゆるニット姿の彼女は、家でだけ甘い声を出す。
近い。甘い。それでも――
「ちゃんと付き合ってから」
彼女は知っている。自分が好きになりすぎることを。
嫌われるのが怖くて、迷惑になるのが怖くて。
だから一歩手前で、いつも笑って止まる。
最初から好きなくせに、言えない彼女と。
気づいているのに、待っている俺の話。
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~
けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。
ただ…
トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。
誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。
いや…もう女子と言える年齢ではない。
キラキラドキドキした恋愛はしたい…
結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。
最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。
彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して…
そんな人が、
『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』
だなんて、私を指名してくれて…
そして…
スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、
『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』
って、誘われた…
いったい私に何が起こっているの?
パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子…
たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。
誰かを思いっきり好きになって…
甘えてみても…いいですか?
※after story別作品で公開中(同じタイトル)
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
自信家CEOは花嫁を略奪する
朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」
そのはずだったのに、
そう言ったはずなのに――
私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。
それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ?
だったら、なぜ?
お願いだからもうかまわないで――
松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。
だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。
璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。
そしてその期間が来てしまった。
半年後、親が決めた相手と結婚する。
退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました
由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。
——皇子を産めるかどうか。
けれど私は、産めない。
ならば——
「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」
そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。
毒を盛られても、捨てられず。
皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。
「お前は、ここにいろ」
これは、子を産めない女が
ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。
そして——
その寵愛は、やがて狂気に変わる。
氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁
瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。
彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。