お飾りの妃をやめたら、文官様の溺愛が始まりました 【完結】

日下奈緒

文字の大きさ
5 / 35

第2章 追放の噂 ①

しおりを挟む
「それで――ご存じですか?」

景文は眼鏡の奥から、真っ直ぐに私を見つめた。

「妃募集で妃になった方は、三年経ってもご寵愛を受けられない場合――」

言いかけたその言葉に、私は息を呑んだ。

喉がひくりと動く音が、自分でも聞こえた気がした。

「――実家に帰されるのです。」

「……えっ⁉」

あまりの言葉に、思わず声を上げてしまった。

「そんなこと……初耳です。聞いたことも……」

「でしょうね。」

景文は肩をすくめるように言った。

「実際に、三年も寵愛を受けなかった妃は、ほとんどいなかったのです。誰かしら、皇帝に呼ばれる。少なくとも、一度は。」

そう言うと、彼はすっと立ち上がった。

鏡台から私の前へと、ゆっくりと歩み寄る。

「あと一年、頑張ってください。」

その言葉は優しい声色で、けれど確かに“期限”を告げるものだった。

「……頑張る、って……何を?」

問い返したくても、喉が震えて言葉にならなかった。

景文はもう一度だけ、私の目をじっと見つめ、

やがて静かに寝殿をあとにした。

扉の音が閉じる。

そして、またひとり。

揺れる灯りの下で、私は初めて、自分の立場が崖の縁にあることを知った。

翌朝。

私は、寝所から一歩も出られなかった。

「あと一年……」

ぽつりと呟いた言葉が、冷えた寝殿に吸い込まれていく。

「寵愛を受けられなかったら……私は実家に戻される」

今まで夢にも思わなかった言葉が、

いまや胸の奥に重く沈んでいる。

このまま何も起こらなければ、

私は“選ばれなかった妃”として、すべてを失ってしまう。

弟たちに顔向けできるだろうか。

後宮に入った意味さえ、消えてしまう。

「……どうしたらいいの……」

答えのない問いに、唇が震えたその時だった。

「――あのお妃様。」

そっと襖を開けて入ってきたのは、侍女だった。

彼女もまた、私と同じように疲れた目をしていた。

「昨夜の……周大臣のこと。本当のお話でしょうか?」

「……確かめようがないわ。」

私は首を横に振った。

「だって、三年経っても寵愛を受けない妃なんて、ほとんどいないのでしょう?」

後宮の妃はみな、美しく、賢く、皇帝の寵を受けるために競い合っている。

私だけが、取り残されていた。

目の前の侍女も、何も言えずにうつむいている。

まるで、言葉を交わせばその不安が真実になってしまうかのように。

灯りはある。

けれど、心の中には、また闇が広がっていった。

「その……お妃様。」

侍女が、どこか気まずそうに口を開いた。

「何?」

私は薄くかすれた声で返す。

「皇帝陛下が、お庭をご散策されるとき……お姿を見せた妃様がご寵愛を受けた、というお話を聞いたことがありまして。」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

32【完結】今日は、私の結婚式。幸せになれると思ったのに、、、

華蓮
恋愛
今日、コンテナ侯爵の、カルメンとラリアリ伯爵のカサンドラの結婚式が行われた。 政略結婚なのに、、いや政略結婚だから、豪華にしたのだろう。 今日から私は、幸せになれる。 政略結婚で、あまりこの方を知らないけど、優しく微笑んでくれる。 あの家にいるより大丈夫なはず、、、、。 初夜に、カルメンに言われた言葉は、残酷だった。

変人魔術師に一目惚れされて結婚しました

ミダ ワタル
恋愛
田舎領主の娘で行儀見習に王宮に出されたはずが、王妃様に気に入られ第一侍女として忙しくも充実の日々を送っていたマリーベル。 国中の有力者が集まる王の誕生祭の日、王宮の廊下ど真ん中で突然求婚され、彼女の意思も婚姻を結ぶにあたって重要な諸問題もそっちのけであっと間に結婚することに。 しかも相手は最強の魔術使いにして変人と名高い男だった―。 麗しい美貌と胡散臭い話術で周囲を丸め込み、地位と財力を駆使してマリーベルを追い込んでくる魔術師に抵抗・反発しているはずなのに、穏便に離婚どころかなんだかどんどん周囲からは素敵な夫婦扱いに……どうしてこうなるの?! ※サブタイトルに*がついているのはR回です。 ※表紙画像はまるぶち銀河さん(Twitter: @maru_galaxy)に描いていただきました。

「今とっても幸せですの。ごめんあそばせ♡」 捨てられ者同士、溺れちゃうほど愛し合ってますのでお構いなく!

若松だんご
恋愛
「キサマとはやっていけない。婚約破棄だ。俺が愛してるのは、このマリアルナだ!」 婚約者である王子が開いたパーティ会場で。妹、マリアルナを伴って現れた王子。てっきり結婚の日取りなどを発表するのかと思っていたリューリアは、突然の婚約破棄、妹への婚約変更に驚き戸惑う。 「姉から妹への婚約変更。外聞も悪い。お前も噂に晒されて辛かろう。修道院で余生を過ごせ」 リューリアを慰めたり、憤慨することもない父。マリアルナが王子妃になることを手放しで喜んだ母。 二人は、これまでのリューリアの人生を振り回しただけでなく、これからの未来も勝手に決めて命じる。 四つ違いの妹。母によく似たかわいらしい妹が生まれ、母は姉であ、リューリアの育児を放棄した。 そんなリューリアを不憫に思ったのか、ただの厄介払いだったのか。田舎で暮らしていた祖母の元に預けられて育った。 両親から離れたことは寂しかったけれど、祖母は大切にしてくれたし、祖母の家のお隣、幼なじみのシオンと仲良く遊んで、それなりに楽しい幼少期だったのだけど。 「第二王子と結婚せよ」 十年前、またも家族の都合に振り回され、故郷となった町を離れ、祖母ともシオンとも別れ、未来の王子妃として厳しい教育を受けることになった。 好きになれそうにない相手だったけれど、未来の夫となる王子のために、王子に代わって政務をこなしていた。王子が遊び呆けていても、「男の人はそういうものだ」と文句すら言わせてもらえなかった。 そして、20歳のこの日。またも周囲の都合によって振り回され、周囲の都合によって未来まで決定されてしまった。 冗談じゃないわ。どれだけ人を振り回したら気が済むのよ、この人たち。 腹が立つけれど、どうしたらいいのかわからずに、従う道しか選べなかったリューリア。 せめて。せめて修道女として生きるなら、故郷で生きたい。 自分を大事にしてくれた祖母もいない、思い出だけが残る町。けど、そこで幼なじみのシオンに再会する。 シオンは、結婚していたけれど、奥さんが「真実の愛を見つけた」とかで、行方をくらましていて、最近ようやく離婚が成立したのだという。 真実の愛って、そんなゴロゴロ転がってるものなのかしら。そして、誰かを不幸に、悲しませないと得られないものなのかしら。 というか。真実もニセモノも、愛に真贋なんてあるのかしら。 捨てられた者同士。傷ついたもの同士。 いっしょにいて、いっしょに楽しんで。昔を思い出して。 傷を舐めあってるんじゃない。今を楽しみ、愛を、想いを育んでいるの。だって、わたしも彼も、幼い頃から相手が好きだったってこと、思い出したんだもの。 だから。 わたしたちの見つけた「真実の愛(笑)」、邪魔をしないでくださいな♡

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

能力持ちの若き夫人は、冷遇夫から去る

基本二度寝
恋愛
「婚姻は王命だ。私に愛されようなんて思うな」 若き宰相次官のボルスターは、薄い夜着を纏って寝台に腰掛けている今日妻になったばかりのクエッカに向かって言い放った。 実力でその立場までのし上がったボルスターには敵が多かった。 一目惚れをしたクエッカに想いを伝えたかったが、政敵から彼女がボルスターの弱点になる事を悟られるわけには行かない。 巻き込みたくない気持ちとそれでも一緒にいたいという欲望が鬩ぎ合っていた。 ボルスターは国王陛下に願い、その令嬢との婚姻を王命という形にしてもらうことで、彼女との婚姻はあくまで命令で、本意ではないという態度を取ることで、ボルスターはめでたく彼女を手中に収めた。 けれど。 「旦那様。お久しぶりです。離縁してください」 結婚から半年後に、ボルスターは離縁を突きつけられたのだった。 ※復縁、元サヤ無しです。 ※時系列と視点がコロコロゴロゴロ変わるのでタイトル入れました ※えろありです ※ボルスター主人公のつもりが、端役になってます(どうしてだ) ※タイトル変更→旧題:黒い結婚

【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~

世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。 ──え……この方、誰? 相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。 けれど私は、自分の名前すら思い出せない。 訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。 「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」 ……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!? しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。 もしかして、そのせいで私は命を狙われている? 公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。 全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね! ※本作品はR18表現があります、ご注意ください。

【完結】妻至上主義

Ringo
恋愛
歴史ある公爵家嫡男と侯爵家長女の婚約が結ばれたのは、長女が生まれたその日だった。 この物語はそんな2人が結婚するまでのお話であり、そこに行き着くまでのすったもんだのラブストーリーです。 本編11話+番外編数話 [作者よりご挨拶] 未完作品のプロットが諸事情で消滅するという事態に陥っております。 現在、自身で読み返して記憶を辿りながら再度新しくプロットを組み立て中。 お気に入り登録やしおりを挟んでくださっている方には申し訳ありませんが、必ず完結させますのでもう暫くお待ち頂ければと思います。 (╥﹏╥) お詫びとして、短編をお楽しみいただければ幸いです。

処理中です...